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ムークスの巣

「ふぇぇぇぇぇっ!!」

チュマが、情けない声を上げた。舞が、慌てて、マーキスにしがみついているチュマの背を撫でた。

「チュマっ?どうしたの?」

チュマは、小刻みに震えている。何かに怯えているのではないようだ。それでも、情けないような顔をして、チュマは舞を見た。

「来てるよ~!あの、変な気持ち悪いのが、ボクのふわふわの光…「気」に触って行った…!」

マーキスは、チュマを背中から前に抱き替えながら、言った。

「オレも、気を付けておったらわかったぞ。今も、まるで這い回るように探っておるわ。なんと言えば良いか…確かに気持ちの良いものではない。」

キールが、マーキスの後ろで言った。

「確かにそうよ。どうした訳か、兄者とオレの上を何度も通っての。まるで蛇か何かが身の上を這うような。」

舞がうわっと気味悪げな表情をすると、玲樹がうえ!と叫んだ。

「そりゃあ気持ち悪いわ!なんだってそんな感覚がするんだよ。どんな術なんだ、それは?」

アークが怪訝な顔をした。

「自分の気を飛ばして、相手の気を探る術であるから、そんな悪い術ではないはずなのにの。」

言い終わったかと思うと、急にアークとマーキス、それにキールが一斉に通路の先を振り返った。圭悟と玲樹、舞は驚いた顔をした。

「な、なに?!何があったの?!」

アークが、向こう側を睨み付けた。

「…ムークスの気だ!」

マーキスが頷いた。

「それに、シュレーも。」と、チュマを背に戻した。「急がねばならぬ。ムークスの数が多い。」

アークは頷いて駆け出した。

「巣の方向だ!なんてこった、あいつらはこっちへ来ようとして巣に迷い込んだんだ!」

皆が、一斉に下りになっているその狭い穴を走り出した。

着くまでシュレーとあと一人が無事かどうかは、分からなかった。


シュレーは、必死に技を繰り出していた。しかし、やはりこの辺りは命の気が薄く、不安定だった。アディアが攻撃技に疎いのは知っていた。ここで戦えるのは自分一人…だが、三体だったムークスが、今は五体になりこちらを囲もうとしている。魔法技を使えば使うほど、ムークス達はその命の気を読んで、こちらへ寄って来るようだった。逃げようにも、ムークスは狭い穴の通路さえ形を変えて追って来る。倒さなければ、逃げるのは不可能だった。

やっと、二体のムークスがシュレーの氷の魔法で凍り付き、それでも後から後から、他の穴から帰って来たムークスで、数は減るどころか増えていた。このままでは、助からない…。

そう思った時、大きめの穴からアークが飛び込んで来た。その後ろから、次々に皆が転がるように入って来る。アークは状況を見て、即座に叫んだ。

「チュマ!補充しろ!皆でムークスを向こう側へ固めよ!追いやるのだ!」

チュマは、ピョンとマーキスの背から飛び降りると、急いで後ろへ下がって小さな両手を上げた。あれは誰だ?

シュレーは思いながらも、皆が均等に並んで構えるのに、無意識に倣った。そして、術を放った。

玲樹と舞、マーキスとキールの炎の技が渦巻いて、進む。それをアークとシュレーが風の技で丸くムークスを包んであちら側へ押して行った。小さな子供の姿のチュマからは、無尽蔵に命の気が流れ込んで来て、いくらでも術が放てそうだった。

炎の熱さに向こうへとにじり寄って行ったムークスを見て、アークは叫んだ。

「行け!来た道を戻るんだ!」

走りかけた皆を見て、マーキスが叫んだ。

「ならぬ!アーク、主が先頭を行け!迷うぞ!穴を塞ぐのだろう?!」

アークは、驚いた顔をした。

「…そうだ!マーキス、出来るか?」

マーキスは、ニッと笑った。

「誰に言うておる。行け!」

アークは、駆け出した。皆がそれに続いて横穴に飛び込んで行く。玲樹がチュマを小脇に抱え、シュレーは呆然としているアディアに叫んだ。

「アディア!急げ!」

アディアはシュレーに引きずられるように横穴に入った。最後に残った舞は言った。

「マーキス!皆行ったわ!」

マーキスは頷いて、術を止めて舞を掴んだ。途端にこちらへ追って来ようとするムークスに、舞を先へと押し込んでから、マーキスは穴から巣を振り返り、手を翳して叫んだ。

「伏せておれ、マイ!」

舞は、慌てて身を伏せて頭を抱えた。

マーキスから、大きな炎の技が出たかと思うと、穴の前の天井が音を立てて崩れ、その穴は巣の方向に向けて塞がった。

「マーキス!」

舞は、まだ土埃の舞う中、マーキスを探して戻った。向こう側から、ムークスのくぐもった鳴き声が聞こえてくる。穴は完全に塞がっているようだった。

「マーキス!どこ?!」

「…ここよ。」マーキスの声が、下からした。「思うたより力が出たの。死ぬかと思うたわ。」

マーキスは、細かい石を体から振り払って立ち上がった。

「ああ!」舞は、マーキスに抱き付いた。「もう、ほんとにこんなことはやめて!心臓が止まるかと思った…!」

マーキスは、舞を抱き締めて苦笑した。

「オレは丈夫だ。大丈夫だと常、申しておるであろうが…案じるな。」

圭悟の声が、呼んだ。

「マーキス?舞?!居るのか?」

真っ暗な向こうから、玲樹の声もする。

「なんだ暗くて見えねぇぞ。舞に光の魔法で何とかしてもらわねぇと大変だ。」

舞は、マーキスと共にそちらへ歩きながら、杖を光らせた。

「ここよ!大丈夫よ、道は塞がったから。念のため、気を遮断する膜を張るわね。」

舞はそういうと、もう慣れたように結界を張った。そして落ち着いて光の中を見ると、シュレーが、こちらをじっと見ていた。

「マイ…。」

舞は、会えて嬉しいという気持ちと、マーキスのことを何と話したらいいのかという気持ちが混ざり合って、複雑な表情をした。

「シュレー…。」

圭悟が、そこへ割り込んだ。

「さあ、話しは後だ。とにかくここを離れよう。いくら道が塞がったとはいえ、ムークスの巣の真ん前でゆっくりしていられない。」

アークも頷いた。

「一般道からは外れよう。ここからなら、オレの知っている道がある。ちょっと狭いが、ついて来い。」

アークが足早に進み出したので、皆はそれに慌ててついて歩き出した。チュマが、舞の足に抱きついて来る。舞がそれを抱き上げると、マーキスが黙ってそのチュマを抱き取って、背負った。

「マーキス…。」

舞が何か言い掛けると、マーキスは首を振った。

「今は、ここを抜けることだけ考えよ。後で聞くゆえ。」

舞は頷くと、マーキスの前を歩き始めた。


小一時間ほど、狭い人一人がやっと通れる縦穴を降りて歩くと、先を行っていた玲樹が安堵の声を上げた。

「あ、抜けたぞ!」

先頭のアークが止まって言った。

「ちょっと待て。ここからはロープを伝わないと…。」

アークが、傍の突き出た大き目の岩にロープを巻きつけて結わえ、金具を打つ。滑車を付けたり、何やら大層に細工をしている。圭悟が、先はどんなだろうと、そっと覗いた先には、大きな空洞があって、覗いているその穴は、その天上近くに斜めに開いた穴だということを悟った。下まで、20メートルはある。

「ひぇ!めっちゃ高いじゃないか!」

圭悟が思わず声を上げると、玲樹が苦笑した。

「ロープを伝って行けば大丈夫だ、圭悟。」

アークが振り返った。

「怖いだろうが、オレが先に行って斜めにロープを張るゆえ。そこを滑車を使って滑り降りて来ればいい。前に迷い込んだ時、使ったのだ。」と、大きな輪になったロープを手に、下を見た。「では、合図をしたら一人目が滑り下りて来い。」

アークは、ロープを下へ投げると、するすると降りて行った。その身体能力には、舞も感嘆のため息を付いた。アークって、本当になんでも出来るんだよなあ…。

下を覗くと、辿り着いたアークが、広い空間の向こう側へと駆けて行った。結構な広さのある空間で、ちらちらと日の光が見える所を見ると、地上に向けて開いている穴があるようだ。見る間にアークは向こう側へ辿り着き、斜めに降りて行くようにロープを張った。カーンカーンと何かに金属を打つ音がする。

皆がじっとそれを見ていると、アークがこちらを向いた。

「来い。」

アークが手を上げて、そう言っているのがわかる。皆は顔を見合わせた。

「…誰から行く?やっぱ、オレ?」

玲樹は、皆を見回して言った。マーキスが頷く。

「主はこういうことが平気である上、万が一のことがあっても悲しむ者が少ないだろう。やはり主かの。」

玲樹は、傷付いたような顔をした。

「どういう意味だよ!…ま、確かにそうかもな。オレが行く。」

玲樹は、意外にもあっさり言うと、滑車を手にした。そして、下にぶら下げられた足を掛ける場所に片足を突っ込んで掛け、しっかりとロープを握ると、穴の端に座って足をぶら下げ、一気に飛び降りた。

結構なスピードで、滑車はその斜めに張られたロープの上を滑り降り、アークの居る場所まで辿り着く前にうまくたわんだロープの加減で失速して大きく揺れながら止まった。玲樹は、数センチ下の地面へ飛び降りた。

「はー!なかなかスリルがあったが、面白い!もう一回やりたいな。」

アークは苦笑しながら滑車をロープを引っ張ってあちらへ戻しながら言った。

「オレが初めてこれを体験した5歳の時に同じ感想を持ったよ。だがレイキ、遊びじゃないんだぞ?」

玲樹は、子供扱いされたようで、少し顔をしかめた。

「アークには何やっても敵わねぇ。」

一方、上では玲樹が無事に滑り下りたのを見て、キールが言った。

「では、次はオレが。よろしいか、兄者。」

マーキスは頷いた。

「行くが良い。」

キールは強度を確かめるように、そのロープをクンッと何回か引っ張った。そして、圭悟を見た。

「ケイゴ、オレの背に掴まっておれ。一緒に降りようぞ。」

圭悟は、顔を上げた。

「本当に?助かるよ、キール。気を遣わせて、ごめん。」

キールは笑った。

「何を言うておる。オレは高さは気にならぬのだと言うに。」

舞はそれを聞いて、圭悟が高い場所が苦手なんだと知った。でも、グーラに乗って飛ぶのは平気みたいだったのに。

圭悟は、キールの背にしっかり抱きついた。キールは、先ほどの玲樹と同じように、何のためらいも無く飛び降りて行った。

重さが増えたらどうなるのだろうと舞は慌てて先を見た。キールと圭悟は玲樹よりは少しオーバーラン気味だったが、無事に向こうへ辿り着いていた。圭悟が座り込んでいるのが見える。そして、また滑車は戻って来た。

マーキスが、それを手にして言った。

「では、行くかの。」と、舞に手を出した。「さ、こっちへ。」

シュレーが、足を踏み出した。

「マイは、オレが連れて行こうか。」

マーキスはちらとシュレーを見たが、片手で舞を自分の方へ引き寄せながら言った。

「いいや。主は、その女を連れて行かねばならぬだろう。オレは、見ず知らずの人に触れられるのは好まぬからの。そやつは連れて行けぬのだ。」と、舞をしっかりと腕に抱き、言った。「舞、ここに足を掛けよ。後はオレに掴まっておれ。」

舞は緊張気味に頷くと、マーキスの体に腕を回してしっかり抱きついた。そして、マーキスの背に居るチュマに言った。

「チュマも、しっかり鞄に入って掴まっているのよ?」

チュマは、鞄に潜った。

「うん、大丈夫ー。」

鞄の中から、くぐもった声が聞こえて来る。マーキスは、穴の淵に腰掛けた。

「では、参る!」

やはり何のためらいもなく、マーキスはすんなりと舞を腕に滑り降りて行った。舞は、物凄いスピードに感じて、思わず目を瞑った。そして、何かに引っかかったようなガクンとした感じの後、体が左右に振れ、到着したのを知って目を開けた。マーキスは、軽々とそこから飛び降りた。

「何て事はないの。人型とはなんと不便なものか。この距離を降りるのに、これほど手間が掛かるとは。」

先に着いていたキールがそれに応えた。

「確かに、オレもそう思うた。しかし、元の姿では狭い場所には入れぬしの。それもまた不便なことだと思う。」

玲樹が笑った。

「どっちもどっちだよ。ま、普通の場所ではグーラの方が、何倍も優秀かも知れないけどな。」

マーキスは、チュマを降ろして無事を確かめている。どこもなんともないのを見て、舞がチュマの頭を撫でた。マーキスはチュマを抱き上げて、きゃっきゃとはしゃぐチュマに微笑み掛けていた。

「チュマ、お腹空かない?でも、まだ移動するかな。」と、舞は言ってから、アークを見た。「アーク、これからどこに?」

アークは答えた。

「ここを脇を伝って登って行けば、地上だ。と言っても、ベイクから離れた地上で、キーク湖に流れ込む川の近くの、森の中だがな。ほら、そっちの上を見てみよ。日が入っておるだろう。」

舞は、示された方向を見た。そこには、チラチラと木洩れ日らしきものが見えた。

「じゃあ、このまま外へ?」

アークは、圭悟を見た。

「どうするかの。外へ出てしまうと、見つかる可能性はあるが…しかし、ベイクからある程度離れておるゆえ。この出口を知っている者も居らぬ。」

その間に、シュレーがアディアと一緒に滑り下りて来て、そこへ降り立った。皆は、一様に緊張した顔をした…やっと落ち着いて話が出来る環境になった。

圭悟が、進み出た。

「シュレー。助け出せたのは一人だけか?お前は怪我はしてないか?」

シュレーは首を振った。

「かすり傷程度で済んだ。敵に捕らえられていた五人は助け出したが、一人以外は全て錯乱状態で…ここへ逃げ込んだ時、皆散り散りになってしまった。」

圭悟は、横に立つ茶色の髪に紫に瞳の女を見た。

「その、一人以外ってことか。紹介してくれるか?」

シュレーは頷いた。

「アディアだ。」と、アディアは皆に軽く会釈した。シュレーは続けた。「オレが傭兵の時の兵の一人で、あちらへ偵察に行って、ラキに裏切られて捕まっていた。」

舞は、努めて普通に見えるようにと、表情を抑えた。本当は複雑な気持ちだったが、皆に気を遣わせる訳にはいかない。でも、アディアさんは私よりずっと大人っぽくて、綺麗なひと…。

舞が黙って見ていると、マーキスが舞の髪をさらっと撫でた。舞はびっくりしたが、振り返るとマーキスが優しく微笑んだので、微笑み返した。マーキスには、気の乱れとかで、私の心情が伝わってしまうんだわ…。

舞は、何も考えないでおこうと一生懸命だった。


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