サンショウウオ?
次の日は、やはり真っ暗な中アークのアラームが鳴って目が覚めた。慌ただしく朝食を済ませて、アークが言った。
「では、今度はこちらの道からあの一般道へと向かおう。」と、出てすぐ横の道を指した。「もう少しベイク寄りにはなるが、あの辺りに向かえる。マイ、結界を外せ。あちらから気を探るだろうから、その方が良い。」
舞は頷いて、結界を消した。そして杖を掲げて辺りを照らすと、出発の準備を整えた。
「これで大丈夫よ。」
アークは、それを聞いて進みだした。
「今日は見つかったとしても、見付からなかったとしとも、どちらにせよ地上へ一旦出るゆえ。それから、杖の灯りはもう少し小さくしてくれぬか。あちらは、オレがここへ入る前に言うた魔物の巣が近い。」
玲樹が、あーあ、と声を漏らした。
「なんだってあっちに巣があるんだよ。」
アークは答えた。
「なぜなら、あちらは人通りが多くて、命の気をより多く感じられるからであろうの。ライアディータと違って、こちら側は命の気が少ないゆえ、そういった気に敏感なのだ。命の気を求めるあまり、人を食らうこともしょっちゅうであっての。何しろ、目が見えぬ。光りを感じる程度の視力しかないのだ。暗闇で住むものの、常と同じでな。魔物にしたら、人を食らうつもりは無うて、ただ命の気を食らったら人だったという程度なのだろうよ。」
舞は、身震いした。どんな魔物なんだろう。
「どんな形?アークは見たことあるの?」
アークは頷いた。
「ある。太った蛇の短いのに手足を生やしたような、巨大な魔物ぞ。まるでスライムのように形が変わるので、細い穴にも追って入って来る。名は、ムークスという。気質はおとなしいのだ。なので、刺激したり空腹な時に当たらなければ、目の前を歩いても乗っても踏んでも大丈夫なのだが。」
圭悟は、歩きながら、何かを思い出すように言った。
「…なんか見たことがあるぞ。小さいヤツだが、前に山を越えようとした時に、刺客に襲われたオレ達の前に現われて、もうオレ自身死にかけていたからどうすることも出来なかったんだが、ムークスは去って行こうとした刺客達の方を追って行ったんだ。サンショウウオのデカいヤツみたいだなと思った。」
舞は、想像してみた。サンショウウオなら分かる。しかし、玲樹と舞以外にサンショウウオが分かる者はいなかった。アークは首を傾げた。
「サンショウウオは知らぬが、ムークスは命の気を感じ取っておるから。死にかけて命の気が尽き掛けた圭悟より、多くの命の気がある方へ行っただけではないかの。とにかく、ほとんど見えておらぬからの。」
舞は、そんな魔物に出くわしたくはなかったので、極力光を抑えめにして、足元に気を付けて、先を急いだのだった。
シュレーは、ここへ入ってもうかなりの日数が経っているは知っていた。腕輪は気取られることが分かったので囮にして置いて来たが、まだ時計を持っていたので、日が昇ることも落ちることも分からない状況でも、時間感覚だけは失わないで居れた。心配したアディアも、太陽の光を見ない時間が多くても、精神的にまいることもなく、表面上は元気にしていた。しかし、あのデシアの王城で受けた心の傷は、心の奥底でまだ根強く残るようで、時に突然に目覚めては、汗をかいて涙を流し、必死に自分を抑える姿を見ることがあった。
アディアは、とても幸せそうにシュレーに寄り添い、シュレーもそれが面倒だとは思わなかったが、昔とは何かが違った。アディアと幸せになるために、人型に戻らねばと思っていた。だが、舞と出会って、そのままの自分を愛していると言われ、ついぞ人型に戻ることなど考えなくなっていた。むしろ、舞は何も言わなかったが、自分が舞のために姿を人に戻したかった。そうすれば、舞もきっと喜んでくれるはずだと思ったからだ。しかし、そこに焦りは、もう無くなっていた。なぜなら、舞はこのままの自分でも良いと言ってくれていたからだ。
しかし、心に傷を負っている、アディアにそれを言うことは、今のシュレーには出来なかった。それに、あの謝罪の瞬間に、アディアの気持ちを受け入れてしまったのだから…。
シュレーは、暗闇の中で、ひたすらに舞のことを想った。そして、迷ってしまったことを、心からすまないと思っていた。
目の前で術に集中していたアディアが、ふと顔を上げた。
「シュレー!昨日の気と同じ人達が、こちらへ向かって歩いて来るわ。たくさんの気…何かしら、変わった気も混じっているけれど、小さいものも入れて全部で七つ。きっと、そちらの方向へ行けば道があるわ。」
シュレーは、眉を上げた。
「変わった気?」
アディアは、頷いた。
「ええ。例えるならば、かなり強い大型の魔物みたいな気。でも、大型の魔物が、人と一緒に歩いているなんておかしいし。こんな狭い所に入って来ることも出来ないもの。」
シュレーは、身を固くした。大型の魔物…歩いている。
「…例えば、グーラとか?」
アディアは、驚いたように頷いた。
「ええ。確かにグーラが一番近いわ。でも、グーラがこんな所に入れる訳はないでしょう。」
シュレーは急いで立ち上がった。
「どっちだ?!」
急に動き出したシュレーに戸惑いながら、アディアは言った。
「えーと…こっちよ!」
シュレーは、小走りに向かうアディアの背を追いながら思った。昨日の気を遮断する結界。歩くグーラの気。間違いない…皆が来ている。自分を探して、ここに来ているのだ!
アディアが、トーチのような短い杖を掲げて、その先を光らせて前を行く。シュレーもそれに続いて、ただその大勢の気だけを頼りに、そちらの方向へと開いている穴を選んではその通路を行った。細い通路を這って進んでいると、先のアディアが言った。
「あ、広い空間に抜けるわ、シュレー。」
シュレーは、ホッとした。これで行き止まりだったら、他の道を行かねばならない所だった…。
アディアがその空間に降り立ち、シュレーも出ようと這って行ったその時、アディアの悲鳴が聞こえた。
「きゃー!!」
シュレーは、慌てて出口まで這った。目の前には、とても広い空間が広がっていて、ここからまたいろいろな穴が横へと伸びているのがわかる。光りを頼りにアディアを探すと、トーチが下に転がっていて、その脇に、アディアが尻餅をついて何かを見上げて震えていた。シュレーは、急いで横穴からその空間へ出ると、アディアを駆け寄って起こした。
「アディア?」
「シュ、シュレー!あれ!」
シュレーは、何かの唸り声を聞いた。そして、その気配がトーチをバシッと叩いて弾いた。シュレーはその勢いを気取って、アディアを抱いて後方へ飛び退いた。そして、慌てて剣を抜くと、それを掲げて光りを放つ。
「ギュウオオオオ!」
また唸り声が聞こえる。剣の光が照らした先には、大きなムークスが三体、退化して光しか見えない小さな目を庇うように頭を左右に振り、もがいていた。
「なんてことだ、ムークスの巣か!」
シュレーの頭の中には、位置関係がやっと出て来た。ここがムークスの巣だということは、ここより西の方角が一般道だ。しかし、今わかったところでどうしようもない。ムークスは、目が良くない代わりに気配を辿る能力に長けている。普段はおとなしいムークスも、自分達の巣に入って来た命の気を持つ生き物を、放っておくはずもなかった。
思った通り、シュレーが剣の光を抑えて横へとどこかの横穴へ入ろうかと壁ににじり寄って行っても、ムークス達はこちらをぴったりと追って顔を向けた。
「どうしたら、いいの…?ムークスは狭い穴も形を変えてすごいスピードで追って来るのに…。」
シュレーは、剣を構えた。
「仕方がない。倒すより他に、逃げ切る方法はない。」
アディアは、渋々頷いた。
「あまり、自信がないけれど。とにかくシュレーが怪我をしないように、補佐するわ!」
アディアは、また細い杖を出した。そして、それを振って辺りを、蛍のような小さな光を無数に出すことで仄明るくし、戦いやすいようにする。
「よし!じゃあ行くぞ!」
シュレーは、剣を手に三体のムークスに向かって行った。