シュレーの真実
「ああ!」アディアが、声を上げた。「物凄いスピードで移動し始めたかと思ったら、フッと気配が消えたの。そんなことってあるのかしら。」
シュレーは、驚いた。気配が消える…それは、気を遮断でもしなければ無理だ。しかし、そんな術を使ったのを見たのは、サラマンテと、ナディアと、舞だけ…。だが、まさかあの二人がこんな所まで来ているはずはない。
シュレーが戸惑っていると、アディアはそれを、失望したせいであると勘違いしたようで、シュレーを見て言った。
「大丈夫よ。この道を抜けて行くのは、今の人達だけではないわ。幸い、あなたはたくさん食料も持っていてくれるし、こうして道を探って行けば、必ず戻れるわ。そのうちに敵の兵士も、全く居なくなるんだから、その方がいいでしょう。」
シュレーは、頷いた。舞…どうしている。オレは、お前に顔向け出来ないな…。
シュレーは、バルクで最後に見た舞の泣き顔が忘れられなかった。あの時は、頭に血が上って何も考えられなかった…アディアが命の危機にさらされていると聞いて。舞は、無事に女神の石を元に戻せたのだろう。だから、こうしてここにまで命の気が復活しているのだ。怪我をしては、いないか。皆が守ってくれるなど、自分は、なんて勝手なことを言って出て来てしまったのだろうか。
シュレーは、ただ後悔していた。アディアを助けられたことは、良かったと思う。だが、こうしてアディアと一緒に居ることを、今の自分は望んだのだろうか。舞と離れて、舞を失ってまで、自分はこうしたいと、望んだのだろうか…。
アークに連れられて辿り着いたのは、こじんまりとした横穴だった。大きさは、あの現実社会で言う所の四畳半ぐらいか。皆、やっとのことで辿り着いて、ぜいぜいと肩で息をしている。しかし、マーキスとキールは、全く息を乱していなかった。玲樹が、途切れ途切れに言った。
「なんだよ…グーラってのは、体力、ほんと、半端ねぇな!」
マーキスは眉を上げただけだったが、キールが言った。
「普段主らのような重い物を何人も乗せて飛んでおるのに。己のこれぐらいの大きさの体を移動させるぐらい、何でもないわ。」
玲樹は、忌々しげに言った。
「ああ、そうだな。嫌味なやつだぜ、全く。」
アークも、やっと落ち着いて来た呼吸の中で、言った。
「とにかく、マイが結界を張ってくれておるし、父の道へ戻った。少しベイク寄りに進んだ位置ぞ。」と、時計を見た。「そろそろ休んでおかねば。今はまだ夕方だが、明日は外へ一度出なければ、マイも疲れがピークになって来ておろうから。」
圭悟が、頷いた。
「そうだな。オレも正直、そろそろ一度太陽を見たいよ。いつも暗いのは、精神に重いものだな。」
アークは、ホッと息を付いた。
「追っ手が来ておるのか…気配を探って来るとは、厄介な。リーマサンデに完全に入ってしまえば、命の気が全くないので術を使ってこのようなことをする奴は居らぬのに。変な機械は使って来るがの。」
チュマが、マーキスの背から降ろされて、膝に乗せられながら言った。
「でも…あのね、さっきの気持ち悪い気、傍にシュレーが居た気がしたの。」
皆が一斉にチュマを見た。チュマは、びっくりしてマーキスに抱きついた。マーキスがチュマを撫でた。
「こら。子供相手に、皆でなんぞ?ゆっくり聞かぬか。」
舞が、チュマに手を出した。チュマは、急いで舞の腕に移った。舞はチュマを抱っこしながら、ためらいがちに聞いた。
「チュマ、本当にシュレーの気がしたの?」
チュマ、頷いた。
「うん…よくよくじっと探っていたらね、あの変な気の人の横に、シュレーが居たような気がするの。」
「二人だけか?」
アークが訊くのに、チュマは頷いた。
「うん。他には、誰も居なかった。」
圭悟が、アークに言った。
「もしかして、助け出した一人が、そんな技を持ってるヤツだったんだじゃないのか?!あれは、シュレーだったんだよ!」
舞が、口を挟んだ。
「でも、変な気なんでしょう?変な気って、何?」
チュマは、顔をしかめた。
「わかんない。ただ、ボクは嫌いだった。気持ち悪くなったんだもん。」
皆は顔を見合わせた。
「…シーマが、仲間は錯乱させられていたって言ってたよな。だからじゃないのか?もしかして、正気に戻った一瞬に探っていたとか。」
圭悟が言うのに、アークは首を傾げた。
「いや、それは分からぬが…しかし可能性はあるな。」と、飲み物を出して、皆に配り出した。「とにかく、明日はもう一度その気を探ってみよう。今日は、もう体力がないだろう。」
皆は頷いて、喉が渇いていたのを思い出し、それを一気に飲み干した。そして、次に寒さを思い出し、急いで寝袋を出した。眠らなくても、これに入っているだけで暖かいからだ。
玲樹が、寝袋に滑り込みながら言った。
「それならシュレー達も、きっと長くここに居るんだろう。寒さにやられちゃいないか、心配だな。」
アークは、同じように寝袋に入って言った。
「だから、シュレーは人型ではないであろうが。全身毛皮で覆われておるのだから、寒さには格段に強いであろう。オレは、シュレーがまだ軍に居った頃、共に戦ったことがあったので知っておるがな。」
圭悟が、驚いたようにアークを見た。
「え、アークも軍に居たことがあったのか?」
アークは圭悟を見た。
「軍と申すか、我らライアディータに従属しておる部族の長は、何かの時に陛下に召集されたら兵として王宮に参じねばならぬ。それで何度か目にしたことがあったぐらいよ。ダンキスは、それが高じて長を止め、軍に入ったのだがな。」
玲樹が、アークなら知っているかと思い、ずっと思っていたことを口にした。
「なあアーク、それなら知っているか?シュレーは、どうして軍をやめたんだ。オレ達にも理由は言わねぇし、あれほどに優秀だったと皆が言うほどの奴なのに。」
アークは、ため息を付いた。
「それは…我も噂だけなら知っておる。というても、近しい者しか知らなんだがの。ダンキスから聞いたのだ。言うていいものかどうか…」と、少し黙ってから、続けた。「ま、長く仲間をしておるのであるから。シュレーはな、あの姿を元に戻したいと、メインストーリーとやらを完結させるために、軍を辞めて一般のパーティへ入ったのだ。」
舞は、固唾を飲んで聞いていた。シュレーは、あの姿が嫌だったの…?
圭悟が、頷いた。
「それは、何となくわかったよ。出逢った始めから、とにかく大きな仕事を受けたがったからな。きっと、メインストーリーを完結させたいんだろうなとは思ってた。でも、それが姿を元に戻したいからだとは、今初めて聞いたよ。」
アークは頷いた。
「あの、アディアという女と、シュレーはいつも一緒に居たのだ。そして、恐らくは結婚するだろうと、回りは思っていた…が、アディアは、先を考えた。シュレーがあの姿だから、子供が生まれた時、どうなるんだろうと案じたのだ。そして、断ったのだろうの…どちらから、結婚の話になったのかは知らぬ。だが、ダンキスが言うには、それからすぐにシュレーは軍を辞め、出て行った。陛下も、姿を元に戻したいと言うシュレーに、反対は出来なかったのだと聞いている。」
舞は、下を向いた。シュレーは、アディアさんに結婚を断られて、あの姿を人に戻したいと思ったんだ…そして、軍を辞めて、傷付いた心のまま、ああしてパーティで戦っていたんだ…。そんなシュレーが、突然にひょこっと現れた自分なんかを、心底好きなるはずはなかった。世話を掛けてばかりで、とても子供で、シュレーのそんな心の深くの苦しみさえ、気付かない私を…。アディアさんが捕まったと聞いて、脇目も振らず助けに行くのは、当然の事だったんだ。
舞が沈んだ様子だったので、マーキスが舞の肩をそっと抱き寄せた。玲樹が、それに気付きながらも何も言わずに、アークの方を見て言った。
「ま、シュレーにはシュレーの事情があるってことだな。オレ達は、シュレー自身が言うまで、聞かなかったことにしておくよ。その方がいいだろう。どの道、この任務が無事に終われば、メインストーリーは完結して、シュレーの姿は元に戻る。人だった頃の、姿にな。」
圭悟は頷いた。
「そうしよう。そんな事情があったなら、シュレーのいつにない動揺も理解できる気がするよ。」と、もそもそと寝袋に潜って行った。「今日は冷えるな。すっぽり入って眠っても、舞の結界の中だし大丈夫だろう?」
アークは、頷いて自分も寝袋に潜った。
「体を壊してはならぬしの。ではな、また朝の時間に起こす。」
皆、それぞれの寝袋に、潜って行って中からぴっちりファスナーを閉めた。舞も、マーキスとチュマと共に大きな寝袋に収まって、じっと考え込んでいた。チュマの寝息が横で聞こえて来たが、舞はまだ眠れなかった。
「…眠れぬか?」
マーキスが、目を開けて言った。舞は、マーキスを見上げた。
「ごめんなさい、先に寝ていていいのよ?」
マーキスは首を振った。
「主がそのように浮かぬ顔をしておるのに。」と、舞を見つめながら抱き寄せた。「オレに気を遣わずとも良い。主は、シュレーを大切に想うておるのだろう?」
舞は、すぐに首を振った。
「マーキス、違うのよ。今は仲間として、兄のような気持ちで居るの。本当よ。でも…心にそんな傷を抱えていたなんて、私は知らなかったから…。それが、自分が不甲斐ないなって思って。」
マーキスはじっと舞を見ていたが、ため息を付いた。
「…確かに、主は嘘をついておらぬの。」と、唇を寄せた。「では、その憂さを晴らしてやろうぞ。主はオレを想うておるのだろう?オレは他を見ては居らぬぞ。」
舞は、ホッとしたようにマーキスに寄り沿った。
「マーキス…。」
マーキスは、優しく舞に口づけて、舞の気持ちが穏やかになるまで、そうやって居てくれた。マーキスには気が見えるので、舞の心情が手に取るように分かるのだろう。そうして、マーキスの腕の中でホッとした舞は、この洞窟に入ってから初めて、ぐっすりと眠ったのだった。