重要な任務
本日から7時と17時の一日二度更新です。
パチパチとはぜる炎を見ながら、アークが口を開いた。
「…ここは、山の中腹辺りになるな。この道は、ライナンの民でも数人しか知らぬほどの道で、一般的な道からは遠く反れている。最初に見つかった、山頂へ抜ける道は広くて、キャラバンなども利用するもので、今では人通りもあるし、密かに使うといった状態ではない。なので、部族毎に己の道を開拓し、密かに伝えられているこんな道があるのだ。」
圭悟が、感心して言った。
「ここで道を開拓するのは、大変だっただろう。何しろ、見つかった入り口から出口に繋がるかもわからないのに、そこを行くのだから…。」
アークは頷いた。
「まず、入り口から誰にも分からぬものを見つけねばならぬでの。それからは、流れる気を読み、ベイクの気を辿って、父はこの道を知った。他の部族のやり方は知らぬ。だがオレが細かく気を読めるので、助かるといつも父に言われておったの。」
行き止まりではないかとたしかめながらの気の遠くなるような作業…。圭悟は、それを考えて凄いと思った。
マーキスが言った。
「主が特定の気を辿れるのなら、シュレーの気は分からぬのか。同じ山の洞窟に居るなら、わかりそうであるがの。」
アークは首を振った。
「分からぬのだ。もう少し近付けば分かるであろうが、個人の気をこんな広域の山の洞窟の中で探るのは至難の技よ。」
玲樹が、言った。
「お互いに腕輪を使えたら、せめて位置ぐらいは分かるのに…同じパーティなんだし。」
圭悟は、たった一つ持って来た自分の腕輪を見た。電源を切ってあるので、全く光がない。アークはそれを抑えた。
「ならぬぞ。気取られる訳には行かぬ。我らがこちらへ山を越えようとしておったのも、もしかしたら知られておるかもしれぬのに。ここへ入ったゆえ、恐らく追っていたとしてもそれ以上は追って来れなかったであろうがな。」
圭悟は、アークを見つめた。
「アーク…だが、シュレーは怪我をしてるかもしれないんだ。一刻も早く見つけなくては…。」
アークは、ため息を付いた。
「わかっておるよ。オレも焦っておるが、仕方がなかろう。」と、気が進まないように、脇を見た。「…実は、オレがさっき話した一般の通り道へと向かう道が、ここから伸びているのだ。それを話そうかどうしようか、迷っていたのだがな。」
圭悟が、後ろを振り返った。いくつか穴がある。きっと、あのうちのどれかがそうなのだ。
「アーク、行こう!このまま無事にベイクへ行っても、それが目的じゃないじゃないか。まずシュレーの無事を確認して、それからベイクへ出て、デシアに向かわないと…。」
マーキスも頷いた。
「そうだ。まずは仲間を助けるのではないのか。それから、またデシアで向かえば良い。もしもシュレー達が危ない状態であれば、一度ライアディータへ戻っても良かろう。急いでも良いことはないぞ。敵が何を画策しておるのかは分からぬが。」
アークは、玲樹を見て、そして舞を見た。
「お前らはそれで良いか?あちらの道へ近付くと、シュレーが居るなら見つかる確率は上がるが、敵に遭遇する確率も上がる。それに、この辺りはまだ魔物が生息することが出来る命の気があるゆえ、魔物も居る。」
玲樹は頷いた。
「元々、シュレーを見つける方がオレ達には優先事項だったんだ。デシアはオマケさ。だから、シュレーが見つかる可能性のある方へ行きたい。」
舞も、黙って頷いた。アークは、ため息をついてちらりと向こうの穴を見た。
「そうか。オレとしては、デシアへ行ってリシマ王の企みを暴いて、世界の危機などが起こらぬようにしたいというのが本音なんだが、仕方がないな。見つかるかどうかは分からないが、シュレーを探そう。だが、どうしても見つからなかったら、諦めよ。もう、死んでいる可能性もあるのだ。我らは、ここで長く人探しをしていられるほど軽い任務を受けたのではないぞ。」
舞は、その言葉の重みに気付いて、息を飲んだ。そう、アークにすれば兵隊の一人が消息を絶っても、自分で帰って来れないなら仕方がない、代わりに自分が任務を遂行する、といった感覚なのだ。王からの命令を受けて動いているのに、私達のは私情で動いているに過ぎないと感じるのかも…。
圭悟が、仕方なく頷いた。
「…わかった。わかってるんだが、シュレーは、オレ達の最初からの仲間で…ずっと、いろいろ教えてくれて来たから。」
アークはわかっている、と頷いた。
「ああ。ただ、忘れてはならぬことだと思うて、言ったまでよ。我らの任務は、重いものだ。」と、寝袋を引き寄せた。「そろそろ休もう。今頃外では日が暮れた頃。ここへは、誰も来れぬ。だが、火は消すぞ。煙は拡散して辿れぬが、光を辿って来るヤツが居るかもしれないのでな。」
皆は頷いて、慌てて寝袋を準備するとなるべくぼこぼこしていない場所を探してそこに横になった。太陽が見えないのも、気が滅入って来るなあ、と、舞は思っていた。
何時間経ったのだろうか。
アークの腕時計が音を立てて時間を知らせ、皆が目を覚ました。アークはそのアラーム音を止めて、寝袋のファスナーを開けて起き上がった。
「起きよ。あれから7時間ぞ。」
皆が、それぞれの寝袋から出て身を起こす。良く寝た…でも、なぜだがスッキリしない。舞が額に手をやっていると、マーキスが言った。
「マイ?気分が悪いのか。」
舞は、小さく首を振った。
「ううん、違うの。なんだか、すっきりしないの…寝た気がしないみたいな。」
マーキスは、気遣わしげに舞を見つめた。
「気が、少し落ちておるの。いつもの勢いが無い。疲れて来ておるのかも知れぬな…主にとっては、慣れぬことばかりであろうから。」
チュマが、舞を見上げて心配そうにした。
「マイ、旅ばっかりだもんね。ゆっくりすること、なかったんだもん。大丈夫?」
舞は、微笑んでチュマの頭を撫でた。
「平気よ。起き抜けはいつもこんな感じじゃない。朝ご飯を食べたら、きっと元気になるわ。」
アークがぽんぽんと食料を元の大きさに戻して、小さなキャンプ用のコンロで手早く温めている。圭悟が、舞の方へ近寄って来て言った。
「確かに、ここまでほとんど休みなく来たもんな。疲れが溜まって来ていてもおかしくはない。大丈夫か?これから、敵と対峙するかもしれないのに。」
舞は、圭悟を見上げて頷いた。
「平気。ほんとに大丈夫よ。ここは、きっと太陽の光がないし、気分的に疲れているだけだと思うわ。そのうちに良くなるから。ごめんなさい、心配掛けて。」
アークが、手際良く皆の食事を皿に取り分けて言った。
「確かに太陽の光が無いと、気分が滅入る。このまま行けば、シュレーを探す時間も考えて、今日中にはここを出るのは無理だ。早くて明日の朝ぐらいではないか。途中、上に開けている場所があるかもしれないが、そう言う所には行かない方がいいしな。敵が居る可能性が高いゆえ。」
マーキスが舞の肩を抱いた。
「オレがチビと一緒に背負って行っても良いぞ。無理をするでない。」
舞はマーキスを見上げて微笑んだ。
「本当に大丈夫。苦しくなったら、お願いね。」
そして、そこで七人は慌ただしく食事を済ませて、寝袋を畳んで片付けると、昨夜話し合った一般の洞窟の道へ向けて、歩き出したのだった。
途中、通路の真ん中で誰も通らないことをいいことに、皆で昼食も取った後、また歩き始めた時、アークがぴたりと立ち止まった。皆も、急なことに驚いて同じように立ち止まる。アークが、正面に現われた穴から向こう側を覗き、左右を見て言った。
「…間違いない。ここを左へ抜けたら、一般道へ出る。しかし危ないだろうから、横に平行に走っている狭い道を行こう。」
圭悟は、アークに言った。
「シュレーの気配は?」
アークは首を振った。
「ここには無いな。まだそんなに近付いていないということだろう。もっとベイクに近い位置にいるかもしれぬし。とにかく、進むしかない。」
その道に出て、左へ回ってから、また横の道へと入って行くアークから離れないように、皆はしっかり歩いて付いて行っていた。マーキスが、舞を振り返った。
「マイ、大丈夫か。ペースは速くないか?」
舞は、頷いた。
「大丈夫よ。心配しないで、マーキス。」
すると、チュマが変な顔をした。舞は、びっくりしてチュマを見た。
「チュマ?どうしたの、どこかおかしい?」
皆が、舞の声に立ち止まる。チュマが言った。
「マイ…ボク、気配を感じる。何かが、ボク達を探ってるの。ボクの回りのふわふわした光、それが触って行った。気持ち悪い。」
アークが、驚いてチュマを見た。
「回りのふわふわした光とは「気」のことだな。誰かが、我らの気を探って、追っているのか。」
チュマは首を傾げた。
「わからないよ。みんなが魔法を使う時と、同じ力の種類で、ボク達みんなを探っててね。こっちへ来ようとしてる。」
玲樹が誰にともなく言った。
「…シュレーは、そんな術は持ってなかったな。」
アークは、それを聞いて眉をひそめた。
「リーマサンデには、魔法に長けたヤツは居ないはず。使えて炎とかの攻撃魔法が手いっぱいだ。気を探るような術を使える者など…。」
チュマは、また顔をしかめた。
「あ、まただ。」と、舞を見た。「なんか、イヤ。マイ、この力の波動、イヤな感じがする。」
アークは、踵を返した。
「急ごう!こっちの気を読んでるということは、こっちへ来ようとしておるのだろう。チュマ、その力は、どっちから来る。」
チュマは目をグッと瞑って唸った。そして、目を開けて指差した。
「あっち!」
アークはそれを見て、チッと舌打ちをした。
「ベイクの方角。だが、道から外れている方角だな。あっちに、新しい道があるなら別だが。さあ、こっちへ!オレが知ってるのは、父の作った道へ戻ってベイク側へ抜ける道だけだ!とにかく、今はそっちへ戻る!」
アークが急いで足場の悪い中駆け抜けて行く。マーキスが、舞を小脇に抱えて駆け出した。
「しばらく我慢せよ!マイ。」
マーキスに抱えられてアークについて行きながら、舞は咄嗟に気を遮断する結界を張った。そのまま七人は、アークの父の道へと飛び込んで、落ち着く場所まで走って行ったのだった。