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山越え

大きな一室をジョシュから与えられたチュマを含めた七人は、それぞれのベッドの上で座り、話していた。ジョシュは、一階の奥の部屋で、キッチンとくっついている部屋だったので、二階の角部屋のこことは離れていた。アークが、言った。

「ジョシュとは、オレが幼い頃に、父と山を越えようとした時からの付き合いで、あの頃から少しも見た目は変わらぬのだ。」アークは皆に問われるままに話した。「なので歳も知らぬ。髭と髪のせいで、顔も定かに見たことはない。しかし…そうよの、あのブルーの瞳は印象的だったな。あの頃から体格も今のようにしっかりとしていて、今ではオレも肩を並べるようになったが、当時は強そうに思ったものよ。誇り高くて、利用されることを好まぬので、どこかの滅んだ国の長だったのか、それとも王族だったのかと考えた事もあったが、己のことは何も話さぬし、聞かれるのを好まぬので。そのままここまで来てしもうたの。」

玲樹が、言った。

「王族か…確かにそんな感じだったな。」と、マーキスを見た。「どこかの誰かもそんな感じで偉そうだがな。」

キールが、口を挟んだ。

「兄者は我らの王のようなもの。なので主がそんな印象を持ってもおかしくはないの。」

マーキスは、面倒そうに言った。

「王とな?オレはそんなもの、興味はないわ。ただ己に正直なだけよ。偉そうなどと言われる筋合いはない。」

玲樹は呆れたように肩をすくめた。

「そうだろうな。ま、いいさ。マーキスはマーキスだ。」

圭悟が、ベッドに転がった。

「さあ、もう寝よう。明日から三日は晴れるんだろ?その間に向こうへ抜けて、脇道を行かなきゃならないんだから。」

玲樹は頷いた。

「リーマサンデに気付かれないように、だろ?脇道は険しいのに…下りだなんて気が重いよ。」

圭悟は、眉を寄せながら天井を睨んだ。

「きっと、シュレーもこっちに戻る気ならメインの道は通らないだろう。脇のどこかに潜んでるはずだ。リーマサンデは南の温暖な地とはいえ、山は寒い。どうしてるのか、心配だな。」

舞は、シュレーを思って下を向いた。寒い山の、今頃どこに潜んでいるんだろう。怪我をしているんじゃないだろうか…。

アークが、それに気付いたのか、自分もベッドに横になりながら言った。

「寒さは心配ない。シュレーは毛皮を着てるだろう。オレ達よりも、むしろ寒さには強いはずだ。とにかく、明日は夜明けに出発だ。もう寝よう。」

皆はそれぞれにベッド脇のランプを消して、星明かりの中眠りについたのだった。


まだ暗い中、声がした。

「おい、もうすぐ夜が明けるぞ。飯を食ってくんじゃなかったか。」

舞は、その声に目を開けた。まだ真っ暗で、皆がベッドの上でもそもそと動くのが分かる。チュマが舞の背に抱きついていて、横ではマーキスが舞の肩を抱いていた。そのマーキスが、目を開けた。

「…ジョシュか。」

皆が、次々にベッドから起き上がる。舞も、チュマを抱いて起き上がった。

「もう、そんな時間か。寝込んでしまってたな。」

圭悟が、上着に手を通しながら言う。アークも、皆もそれに倣った。

「思った以上に疲れてるんだろうの。酸素も薄いゆえ。」

玲樹が頷いた。

「確かにな。でも、思ったほどつらくもない。ここまで、飛んで来たからだろうな。」

アークは頷いた。

「じっとしていればそう苦しい事もないのかもしれぬな。オレは、元々この辺りを駆け回っていたゆえ、特に不自由も感じぬが。」

ジョシュがランプを持ったまま踵を返した。

「話す時間はこれからいくらでもあろう。とにかく、飯を準備した。早よう食って出発せねば、あちらの脇道はつらいぞ。」

まだうとうととしているチュマを慣れた様に舞から抱き取ると、マーキスは舞を伴ってその後に黙って続いた。アークもキールも、それに続く。玲樹が、圭悟に言った。

「チュマを挟んで、ほんとに夫婦みたいだな。別に改めて子供なんて作らなくていいんじゃないのか。」

圭悟が、玲樹を見て苦笑した。

「マーキスはオレ達より年下なんだぞ?お前もそろそろ落ち着けよ、玲樹。」

玲樹がため息を付いていると、圭悟は皆に続いて歩いて行った。玲樹は、その後に続きながらつぶやいた。

「…オレだって、落ち着きたいんだがな。」

そして、その後に続いて出て行った。


ジョシュが準備してくれた食事は、とても美味しかった。皆が満足して、残り物で作ったサンドイッチを持って、七人は山小屋を出た。ジョシュは言った。

「帰りは、とにかく国境を越えてしまえばこっちのもんだろうから。」ジョシュは山の白んで来ている空の、山の方を見上げた。「国境警備も、命の気が戻ってから正常に機能しているようだ。脇道を使う必要はない。」

アークは頷いた。

「帰りは、隙を見てマーキス達に乗って飛んで来るかもしれない。とにかく、あちらから出るのが優先だからな。」

ジョシュは頷いた。

「しかし、グーラは気を付けよ。飛ぶと、あちらも飛び道具を使って来る。銃や機関銃などもある…撃ち落とされる可能性があるからな。それを考えると、飛ぶよりも、魔法技で防御しながらこちらへ走った方が安全かもしれぬがな。」

アークは、頷いた。

「分かっている。戻る時の状況を見て考える。世話を掛けた、ジョシュ。」

ジョシュは頷いてアークの手を握った。

「気を付けよ。リシマは、何やら不穏な考えを持っておるようだからの。」

圭悟は、皆から集めた腕輪を、ジョシュに渡した。

「これを、どうかお願いします。」と、電源の入っていないそれらを見た。「あちらでは、これのシグナルを辿って来ると言われて。一つだけ、全くのオフモードにして持って行きます。必ず、またこれを取りにここへ戻りますので。」

ジョシュは、それを受け取って頷いた。

「ああ。必ず戻れ。責任を持って保管しておくよ。」

そうして、七人は山に向けて歩き出した…皆が通る、きちんと手入れされた道ではなく、脇の木々の間を抜けて、雪を踏みしめて歩いて行った。


日が高くなり始めて、頂上が見えて来た。とは言っても、回りを見渡すほど見通しの良い場所ではなく、脇の岩がゴツゴツと突き出た場所から上って行ったので、もうすぐ頂上だとアークに言われて、そうなのか、と思ったぐらいだった。

アークが、白い息を吐きながら言った。

「国境を越える。」アークは、回りを見た。「リーマサンデの国境警備隊が居てもおかしくないのに、居ない。確かに少なかったが、いつも何人かは居たのにな。」

圭悟が、アークに並びながら言った。

「やっぱり、あっち側で何かあって、それに駆り出されているってことか?」

アークは頷いた。

「山を守っている兵隊は少ない。リーマサンデは特に、海側を重点的に守っているからな。山から越えて来るのは、越えてすぐにある、ベイクというあっちで言う所のシオメルのような農業と酪農の街に買い付けに行く者ばかりで、皆おっとりしている。後は観光にしろ何にしろ、海から多少金は掛かっても回って行くのだ。その方が、首都のデシアにも行きやすいしな。山は険しいから、滅多に越える者など居ないのだ。」

玲樹が言った。

「確かに前に行った時もそうだった。何かあったら、そっちへみんな召集されて行って、任務に就く。」

アークは玲樹を見た。

「そうなのだ。山に対応出来る兵が圧倒的に少ない。何しろ皆、魔法を使えぬので、あちらで開発された機械を装着しておるが、それでも一人一人の体力勝負であってな。ライアディータの民ほど、自然現象に強くはない。機械が故障すると、途端に弱くなるのよ。我らのほうが、なので自然現象には強いの。」

圭悟が付け足すように言った。

「魔物も居ないしね。だから、あっちの民達は、魔物を見るためにわざわざライアディータツアーなんかに来たりするんだ。」と、舞を見た。「リーマサンデは、オレ達の現実社会に近いと思ったらいい。電気もあるし、機械頼みで魔法も魔物もない。未だ魔法を夢物語だと思ってる人も居るぐらいだ。」

舞は、もう忘れそうになっていた、現実社会の常識を思い出した。そうだ、あっちには魔法はないし、魔物も居ない。こっちに来て、すっかり慣れていたけれど。

「国境を越えたら、突然に命の気がなくなるの?」

舞が言うと、アークは首を振った。

「もちろん、少しずつ薄れて行く感じだ。リーマサンデでも、もっと西のデルタミクシアに近いナディールという街は、命の気も豊富で魔法も使える。あっちの医術で治らなかった重い病の民が、それに頼ってはるばる訪ねて行くと聞いた。」

舞は、それを神頼みと言うのだと思った。でも、ここでは本当に魔法で治せる病気もあるんだけど…。

アークが、思い切ったように言った。

「国境を越えるぞ。向こう側は、段々と右に反れて降りて行く感じになる。なぜなら、左側は切り立った崖があって、そこは普通には降りれないからだ。表面の道を行くと滑落の危険もあるんだが、地下に降りることが出来て…かなり広い網目のようになった迷宮のような洞窟だ。それは、この山の至る所へ通じているが、知らない者が入って行って、まず生きて出て来られない。オレだって、全ての道は知らない。」

圭悟は、ああ、と手を打った。

「つまり、そこに潜んでいる可能性があるってことか!」

アークは、分かって嬉しそうな圭悟に、複雑な表情で答えた。

「まずそうだろうとオレは思うが、それなら腕輪もない今は、まず居場所は掴めぬだろうな。その代わり、敵にも見つからないだろうから、便利なのは確かよ。どうする?オレの知っている道は、一本。それを辿ればベイクへ抜けられると、父が見つけた道を教えられて覚えておるのだ。それ以外は、無数にあるのに、我にはどこへ通じておるのかも、どこへも通じておらぬのかも分からぬ。ゆえ、横道に反れることは絶対に出来ぬ。少しなら知らぬ訳ではないが、そんな危険は極力冒したくないゆえな。シュレーを探し出せる確率は、かなり低いと思うてくれてよい。同じベイクへ抜ける道でも、何十通りとあるのだからの。皆それぞれ、ここを通る者は先人に教わったり、自分で見つけたりしたその一本を使っておるのだ。」

しかし、その洞窟にシュレーが入っているのだとしたら、上を危険を冒して進むよりも、効率的な気がした。圭悟は、頷いた。

「よし。洞窟の中を行こう。万が一にも、シュレーを見つけられる可能性がある場所なんだ。」

アークは、玲樹、舞、マーキス、キールと見て、皆が首を振らないので、頷いた。

「よし。では、参ろう。オレが使う入口は、あちらだ。」

急に急な斜面になった道を、雪で足を取られそうになりながら、舞は皆について必死に降りて行ったのだった。

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