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山小屋

チュマは、何人になっても大きな力を補充出来た。長の家で皆で囲炉裏を囲みながら、舞はチュマが食事をするのを横で見守っていた。皆はというと、食事はとっくに終えていた。チュマは体が小さいし、子供なので不器用で遅いのだ。

チュマのあちら側の隣に座ったマーキスが、それを見ながら言った。

「大したチビよの。女神の飼いプーとはよく言ったもの。もしかして、もっといろいろなことが出来るのではないのか。」

舞は頷いた。

「そうかも知れない。でも、私も何も知らないし、ほんとにチュマの能力をきちんと出してあげられないの。」

圭悟が、チュマを見ながら言った。

「でも、何より体が小さい。もしかして、無理をさせてしまってるかもしれないだろう。人型のチュマが子供だってことは、まだプーとしても幼いんだ。自分の限界も分からないかもしれないから、こっちで無理をさせないように見てやらないと。」

舞は、頷いてチュマを見た。確かにそうだ。マーキスやキールがあの形なのに、チュマは幼稚園児ぐらい。もし、自分のためと無理をしたら…。

舞が、気遣わしげにチュマの頭を撫でると、チュマは舞を見上げて微笑んだ。

「ボク大丈夫だよ。これで、舞を助けてあげられるね。ちょっと疲れただけだし、寝たら治るもん。」

舞は、一生懸命言うチュマに微笑み掛けた。

「そうね。チュマ、でも私は大丈夫。だから、チュマも無理はしないって約束してね?チュマが倒れちゃったら、私もとっても悲しくて、きっと泣いてしまうわよ?」

チュマは驚いたような顔をして、頷いた。

「うん。ボク無理しない。だからマイ、泣いちゃダメだよ?」

やっぱり子供なんだ。

舞は思った。こちらの言うことは分かるし、とても理解しているけど、反応が幼い。チュマを守らなければ…。

「それで」アークが言った。「元に戻れるんだろう?移動の時、その姿では運べないし、しかし自分では歩いて登るのは無理だ。」

チュマは頷いた。

「戻れると思う。でも、またこの姿になるのに、力が要るの。マーキス達を変えるのはすぐに出来るのに、自分が変身しようとしたら、すっごく力が要るんだ。だから、急に怖い人達に出逢って、この姿になってって言われても、きっと出来ないと思う…どうしよう。」

確かに、マーキス達を人型にした時は、寝ている時にすんなりしてしまっていたし、それに今でも、慣れたようにすっすと形を変えるが、自分の時はかなり唸って力を出しているようだった。毎回あれではチュマ自身も疲れるだろうし、何より敵の急襲などでは対応できないかもしれない。そうなると、今までのように魔法は使えず、打撃技だけで渡って行かねばならず、大変だった。

マーキスが言った。

「ならば、チビはオレが背負って行こう。これぐらいなら軽いし、持ち運びに困らぬわ。」と、ひょいとチュマを持ち上げて、肩に乗せた。「ただし、戦闘になったら、すぐに影に隠れて我らに力を送ることだけを考えよ。主を守ってやるだけの余裕がないかも知れぬから。」

チュマは、マーキスの肩できゃっきゃと喜んだ。

「うん。わーい!マーキス、高いね!」

マーキスは苦笑した。

「ほんにまあ、子守りをしながら旅をするとはの。」

舞も、横で困ったように微笑む。

明日は、やっとリーマサンデへ向けて、山を越えて行くことになっていた。


装備も全て、各個人で持って、誰が脱落したとしても、残った者が困らないようにと準備されていた。前回罠に落ちてしまった時のことを思い出して、舞は暗くなった。もしかして、誰かが山を滑落してしまったりしたら…それは、自分かもしれないのだ。

チュマを抱いてグーラになったマーキスに跨りながら、舞は絶対に皆とはぐれずついて行こうと思っていた。舞の後ろに、圭悟が乗る。見ると、キールにはアークと玲樹が乗っていた。

「どこまで行けそうだ?」

圭悟が言うと、マーキスは山を見上げた。

『ここが1500メートルと言ったな。3000メートルまでは絶対に行けるが、それ以上となると主らがつらいのではないか。気温も酸素も格段に少なくなるぞ。徐々に慣らすのではなく、突然にその環境に放り出されるわけであるから、我らのような生き物ならまだしも、人は体がおかしくなろう。』

アークが言った。

「オレも山岳民族なので、高所でも大丈夫なのだがな。一応酸素も買い込んでいるようであるし、行ける所まで行こう、マーキス。恐らく大丈夫だろう。」

マーキスは頷いて、構えた。

『では、参る。』

マーキスは、飛び上がった。それにキールも続き、二体はライナンの民達に見送られながら、山の上へと向けて進んで行った。


上に行くほど、雪が深くなる。それは、上空から見ていて分かった。冬季でも、山道の回りはライナンなどの山岳民族達によって、きちんとロープが張られて、登れるようになっている。特に、このルートは山を越える一般的なルートで、ある程度の装備があれば、問題なく登って行けるようになっていた。ここまで飛んで来て見ていたが、山小屋もそこかしこにあって、山越えして行く者達にとって、安全な道を確保出来ているのは分かった。

マーキスが、キールに乗っているアークの方を振り返った。

『どこに降りる?我らはどこでも良いが、足場が悪い場所に降りたら主らが困るだろう。』

アークは、もう考えていたらしく、下の山小屋を指した。

「あの山小屋から少し登った所に、もう一つ、ライアディータ側の最後の山小屋がある。そこへ降りよう。」

圭悟が、驚いたように言った。

「グーラで降りて大丈夫なのか?」

アークは頷いた。

「あの山小屋は、オレの友人のものだ。昨夜連絡しておいたので、分かっている。大丈夫よ。」

『では、そこへ降りるぞ。』

マーキスは言うと、スーッと急降下した。圭悟が、慌てたように言った。

「うわ!マーキス、尻が浮く!浮くって!」

落ちて行くような感覚に、舞も絶句していたが、チュマは嬉しそうにはしゃいだ。

「わーい!おもしろいよ、マイ!マーキスってすごいね!」

「どこがおもしろいんだ~!」

玲樹が、後ろのキールの上で叫んでいる。そうこう言っている間に、二体のグーラはライアディータ最後の山小屋の前に降り立った。

気配に気づいた、山小屋の主らしき顎髭を蓄えた男が、外へ出て来た。日に焼けている上、髭のせいではっきりと顔も歳もわからない。髪の色は、暗めの青で、少しくすんだような色だった。アークがキールから飛び降りると、急いでその男に駆け寄って言った。

「ジョシュ!」

その男は頷いた。

「アーク。予定より早かったな。」

二人は握手を交わしている。舞、圭悟、玲樹、そしてグーラから人型になったマーキスとキール、チュマは、そんな二人を見守った。アークが、六人を振り返った。

「一緒に山を越える仲間だ。」

ジョシュは、順番に握手をした。そして、チュマの前にしゃがんで、じっと見て言った。

「…おチビちゃん、どうしても行かなきゃならんのだろうが、これは厳しいな。」

チュマは、マーキスの方へすすと寄って、その後ろに隠れた。

「マーキスが運んでくれるの。だから、大丈夫なの。」

マーキスが頷いた。

「オレが運ぶ。なので、大丈夫だ。」

ジョシュは、マーキスを見た。

「主は、グーラか?」

マーキスは頷いた。

「そうだ。そう人に呼ばれておる種族。幼い頃に人に拾われて育てられたゆえ、人の言葉も解すがの。」

ジョシュは、しばらくマーキスを見つめ、そしてキールに目を移した。それから、皆を見回して、言った。

「入るといい。この時期に山越えするヤツはそう居ないからな。客は誰も居ない。」

ジョシュは、先に立って小屋というには大きい、山小屋の建物に入って行く。アークが、ホッとしたような顔をした。

「良かった。ジョシュは気難しくてな。ここまで来ても、気に入らなかったら前の山小屋に帰すか、その辺にキャンプを張れと中へは入れてくれぬのだ。ここで天候を見てあちらへ越えるのと、下の山小屋から一気に越えるのとは全く違うからな。天気は時間との闘いであるし。」

それを聞いた圭悟と玲樹はホッとして顔を見合わせた。髭で表情は読めなかったが、しっかりとした低い声で、確かに気難しそうな感じは受けた。アークが歩いて行くのについてその建物に入って行くと、中はとても広いログハウスで、入ってすぐの場所にはソファがたくさん置いてあって、天井までの吹き抜けになっていた。正面の階段を上って行くと、上に扉が並んでいるのが見える…おそらく、あれが部屋なんだろう。ジョシュは言った。

「その辺に座ってくれ。」と、暖かい暖炉の傍を指した。「上空を飛んだら、コートも濡れているだろう。そこにかけて乾かすといい。」

言われるままに、皆はコートを脱いでそこへ掛ける。舞がチュマの小さな、襟が毛皮で出来ているコートを脱がせると、それをマーキスが暖炉の前へ掛けた。舞とマーキスが並んで座ると、チュマはマーキスの膝に乗って座る。舞が、チュマに言った。

「温かいミルク、飲む?チュマ。」

飲み物らしき物の入ったヤカンを暖炉とは別にあるストーブの上にドンと乗せたジョシュは、言った。

「カップは伏せてあるのが洗ってある分。セルフで入れて飲んでくれ。」と、持って来たルクルクのミルクを金属のカップに入れて、ストーブに乗せた舞と、チュマを膝に乗せているマーキスを見た。「なんだ、親子なのか?」

舞は途端に赤くなったが、マーキスは眉を寄せた。

「これはオレの子ではない。こいつはプーなんだ。こいつの力で、オレはこの姿を取っている。」と、カップにヤカンの飲み物を注いで持って来た、舞から一つ受け取った。「だが、マイにはオレの子を生んでもらうつもりでおるがの。」

「ぶっ!」

舞は、口に含んでいた飲み物を拭き出しそうになった。初対面の人に向かって、なんて事を言うの、マーキス!

ハンカチでくるんだカップを両手に抱えてひと肌ミルクを飲んでいた、チュマが舞を見た。

「マイ?大丈夫?へんなとこに入った?」

「へ、平気…。」

圭悟が、苦笑して玲樹を見た。玲樹は、呆れたようにこちらを見ていたが、何も言わなかった。ジョシュが、アークを振り返った。

「グーラと人の婚姻など、聞いたことはないがな。」

アークは頷いた。

「まあ、あの姿のままなら無理であろうから。しかし、マーキスはこの姿で居ると言うし、そういったことは、我らが預かり知らぬことよ。」

ジョシュは、舞とマーキスを見て、じっと考え込むような顔をした。そして、しばらく黙った後、低い声で言った。

「…道は、一本。決して間違ってはならぬぞ。」

二人は驚いた顔をした。一本?何の事…?

「それは、どういう意味ですか?」

ジョシュは、首を振った。

「言葉通りよ。厳しい道が一本だけある。それ以外は悲劇でしかない。」と、不思議そうに見上げるチュマの頭を撫でた。「のうチビよ。」

舞は、急に不安になった。なんだろう。何の道だというのだろう。

しかし、それからジョシュはそのことに関しては答えなくなって、アークや玲樹、圭悟達と天気予報から出発の日などを決めることに没頭していた。

それを聞きながらも、舞はそのことが気になって、マーキスの横顔を見てばかりいた…。

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