ライナンを目指して
朝食を済ませた一行は、すぐにチェックアウトして街へと出た。
ハン・バングには、たくさんの物がひしめいている。シアほどではないものの、やはり物資は豊富だった。そこで当面の食料などを買い揃え、新たにマーキスやキールのための寝袋も、防寒具も買い揃えて、河に掛かる大きな橋を歩いて渡った。そこは、山岳部からやって来る人達の道になっており、両側は歩く人用、真ん中は乗り物用だった。魔法が復活したせいか、そこの往来は激しかった。
「すごいわ…広い河よね。船がたくさん!」
舞が、橋の真ん中辺りで言う。圭悟が頷いた。
「シオメルからシアへ向かうのに使う、一番便利な河だしね。」と、前を見た。「ほら、凄い光景だろ?」
目の前には、大きな山脈が見えた。近く見えるが、実際は手前に広く高原が広がっていて距離がある。あの山に登るのか…。
「高さはどれぐらいなの?」
それには、アークが答えた。
「一番高い所で7000メートル少し、しかし我らが今回越えようとしておる辺りは4000メートルほどぞ。ま、途中まではマーキスとキールに飛んでもらえるので、そう辛いこともないだろう。」
舞が目を丸くした。
「4000メートル?!」
玲樹が笑った。
「大丈夫だよ、富士山よりちょっと高いぐらいじゃないか。」
舞は暗い顔をした。
「私…富士山にも登ったことない…。」
圭悟が言った。
「心配するな。酸素もしこたま買って来たから。高山病にはならないように気を付けよう。」
アークが言う。
「大丈夫だ。だいたいの、主らと最初に会ったあの場所は、主らはバイクで走って来たから分からぬかも知れぬが、標高1000メートルほどの場所だったのだぞ?ライナンはさらに上、標高1500メートルほど。特に問題なく過ごしておったではないか。」
舞は思い出していた。確かあの時は、船から見えたらいけないと思って、山寄りへかなり寄せて走っていたっけ…。そんなに上だったんだ。
そんな話をしながら橋を歩いていると、向こう岸が見えて来た。圭悟が辺りを見回した。
「えーと…人目につかないような場所へ入らなきゃな。マーキス達がグーラに戻るのを見せたくないし。」
アークが、向こう側を指した。
「あの雑木林が良い。」
少し先に、山まで続く雑木林が見える。圭悟は頷いた。
「そこへ行こう。」
すると、突然に圭悟の腕輪が光った。それが、通信の呼び出しの光だと舞はもう知っていた。
「…なんだろう、シアからだ。」圭悟は応答ボタンを押した。「はい、圭悟です。」
腕輪からは、掠れた声がした。しかし聞き覚えのある声だ。
『ケイゴ…まだハン・バングか?』
圭悟は、驚いて叫んだ。
「シーマ?!シーマか?!」
『そうだ。』相手の声は、まだ掠れて苦し気だった。『やっとシアへたどり着いた…オレには地の利があるからな。それに身が軽い。しかし、シュレーは、数人の仲間という荷物を抱えているから…。』
圭悟は頷いた。
「シュレーの腕輪の反応を見付けた。恐らく河から山へたどり着いたようで、そこに留まっている。これからライナンに寄って、山を越えようとしているんだ。」
シーマが、慌てたように言った。
『駄目だ!その腕輪の場所は罠だ!』
圭悟は相手に見えないのを承知で頷いた。
「わかってる。だが、恐らく山をさ迷っているだろう。合流出来るかもしれない。」
シーマの声は幾分和らいだ。
『そうか…だが、危険なのには変わりない。ケイゴ、不安だろうが、腕輪のスイッチを完全に切るか、ライナンに置いて行け。やつらは腕輪の電波やシグナルをたどって居場所を突き止められるのだ。通信も傍受される…だからオレ達は、あっさり囲まれて捕まっちまったんだからな。』
圭悟は、アークと玲樹と視線を合わせた。
「だが、これがないと正確な方向が分からない。」
すると、マーキスが首を振った。
「我らはわかる。」
圭悟はマーキスを見た。そうか、グーラは元から腕輪や方位磁石なんて使わない。
「人型でも?」
マーキスは頷いた。
「分かる。我らは大地の音を聞いて方向を知る。」
シーマの声が割り込んだ。
『不安なら1つだけ、何の電波も出ぬようにして持って行けばいい。だが、危険なのには変わりないがな。』
シーマは、苦し気に息を乱した。横から、別の声がした。
『シーマ殿!もう休むんだ。とにかくその出血を止めねば…、』
怪我をしているのか。
圭悟は息を飲んだ。たった一人で敵地から逃れて来たのだ…間違いなく、殺そうとしている多くの兵隊の間を抜けて。
『仕方がない…ケイゴ、無理はするな。オレは結局リシマ王の企みが何なのか突き止められなかった。駄目だと思ったら、すぐに退け。』
圭悟は、答えた。
「わかった。とにかくシーマは休んでくれ。」
シーマの声は弱々しく答えた。
『ああ…休ませてもらうよ。』
通信は切れた。アークが圭悟に言った。
「あちらはライアディータが何かの企みに気付いて動いているのを知っている。かなり面倒なことになりそうだな。」
圭悟は頷いた。
「とっくに分かってたことだ。オレ達があの石を回収してたのを、恐らくラキは報告していただろうし、命の気が元に戻ったんだからな。」
玲樹が言った。
「だが、表立って軍隊を動かさないのはリーマサンデも同じだ。公に知られたくない何かなんだろう…余計にややこしそうだがな。」
アークはマーキスとキールを見た。
「では、ライナンへ参ろう。玲樹と圭悟はキールへ。オレとマイはマーキスへ。オレがマーキスに場所を教える。」
マーキスとキールは離れて立ち、見る間にグーラに戻った。いつも思うがグーラになると本当に大きい…あのメガ・グーラを見たのでそうでもないかと思っていたが、しばらく見ないとやはり大きかった。だが、無駄を省いた体型でスリムなので、人を乗せて飛ぶようには出来て居ない。なので、本来なら何かを乗せて飛ぶなどしないグーラが、こうして人に育てられて人を乗せられるように訓練されたせいで、二体は他の野生のグーラに比べて格段に翼が大きく、筋肉も付いているように見えた。
アークは舞をひょいと持ち上げるとマーキスに乗せ、自分も乗った。そして、圭悟と玲樹もキールに乗ったのを見ると、言った。
「さあ、では参る!マーキスは、あちらの方角だ。」
マーキスは空高く舞い上がった。すぐにキールもそれに倣ってついて来る。二体と四人は、ライナンへ向けて飛んで行った。
「いつもよりスピードがあるの。」
アークが、マーキスに話し掛けた。マーキスは答えた。
『複数乗せて長距離を行くのに、かなり慣れて参ったせいよ。』マーキスはちらりとこちらを振り返りながら続けた。『落としてはならぬし、せいぜい乗せても一人ぐらいであったのに、突然に何人も乗せろと言われた訳であるから。二人を落とさずにとなると、かなり気を遣わねばならぬ。何も乗せておらねば、ここからシオメルへ行くのでも半日ほどであるのだぞ。そんな我らが、こんなスピードに甘んじておるのは、ひとえに主らのためぞ。』
舞は感心した。普通に飛んだら、そんなに速く飛べるんだ。すごい。
「すごいわ!最高速度で飛ぶのも、翼の力だけで飛ぶの?」
マーキスは小さく首を振った。
『いいや。命の気を使ってスピードを上げる。上空へ上がって気流に乗れば、翼は広げておるだけで充分であるし。』
アークは考え深げに頷いた。
「覚えておこう。いつか役に立つ知識やもしれぬ。」
『ふん、まあせいぜい良いように利用すれば良いわ。気が向いたら、聞いてやろうぞ。』
マーキスはそう言うと、前を向いてさらにスピードを上げた。アークは苦笑して舞を見た。そうだった、グーラは誇り高いのだった。利用されるなど、本来は嫌うのに。
後ろを振り返ると、キールが必死にスピードを上げていた。
それからそう時も経たない頃、アークが指差した。
「あちらぞ。」しかし、気が生い茂っていて良く見えない。アークはさらに言った。「我が部族は、上空から攻撃しづらいように、見えぬ場所に村を作っておるからな。木々は役に立つ。」
しかしマーキスには、見えているようだった。スーッと降下すると、木々の隙間へと降り立ち、アークと舞が降りるのを見守った。キールが、遅れて降りて来る。圭悟が、キールから降りながら言った。
「マーキスがどんどんスピードを上げるから、キールが大変そうだったぞ。ちょっとは後ろを気にしてやれよ。」
すると、マーキスが言った。
『何を言う。それでもキールはちゃんと付いて参ったではないか。こやつの能力は、今伸びておる盛りよ。多少の無理は鍛錬になるのだ。』
キールは、少し息を切らせながら頷いた。
『良いのだ、ケイゴ。兄者は昔から我らの訓練に付き合ってくれたもの。オレの限界はよく知っておるのだ。』
そこへ、アークの弟シンと、村の人々が出て来た。
「兄上!お待ちしておりました。まさか、グーラに乗って戻って来られるとは。」
アークは頷いた。
「シン、長らく留守にしてすまぬの。しかし、知らせた通りまだ落ち着く訳には行かぬようだ。」
シンは、まだ戸惑うように二体のグーラを見た。
「あの…何やら、グーラが話しておるように見えたのですが。」
アークは苦笑した。
「おお、巫女の術でな。それに、もっと驚くこともあるぞ。」
チュマがひょこと顔を出した。
『はーい、人の形になる?』
シンと村人達が、絶句した。小さいプーがしゃべった!
舞は、チュマに頷き掛けた。
「お願いね。」
チュマから光が飛んだ。二体のグーラは、見る見る人型を取ってそこに立った。
「良い場所よ。気が清浄であるし。」
マーキスが言いながら、舞に歩み寄った。舞は微笑んだ。
「そうでしょう?ここは良い人ばかりなのよ。」
マーキスは、ちらりと村人達を見た。村人達は息を飲んだ。その様子を見て、マーキスはため息を付いた。
「…ま、あまり期待はせずに置こうぞ。」
アークは笑った。
「皆、慣れぬだけぞ。そのうちに奇異な目で見ることも無うなるわ。」と、村の中へと歩き出した。「シン、話しを聞こう。オレも詳しく話さねばならぬ。」
シンは、アークについて慌てて歩き出した。
「はい、兄上。」
皆は先を行くアークとシンについて、遠巻きに見ている村人達に見守られた状態で、長の家へと歩いて行ったのだった。