プロポーズ
ハン・バングには、予定通りに深夜到着した。慌ただしく皆を起こして、舞は再びハン・バングの街に降り立った。目の前には、大きなホテルがそびえ立つ。恐らくあれが、レンシャルホテルなのだろう。
「それでは、お気を付けて。フロントには、ケイゴ様のお名前で予約してございます。」
アルガが、そう言って頭を下げる。舞とマーキス以外は寝起きのまま、頷いてホテルほ向かった。早く部屋へ入って夢の続きが見たいといった風情だった。舞は苦笑して、そんな皆を連れてホテルのフロントへ向かった。
「予約をした、圭悟と他五名です。」
フロントの男性は愛想よく微笑んだ。
「承っております。では、腕輪をこれへ。」
圭悟が進み出て、リーディスに持たされている方の腕輪をかざした。眠くて自動的にやっている感じだ。男性は気にする風もなく、頷いた。
「ありがとうございます。お部屋は二つご用意になります。これがカードキーです。七階でございますので。朝食はそこのレストランで朝7時から10時までになっておりますので。朝、そちらでお部屋の鍵をお見せください。」
舞がそれを受け取って、目の前のエレベーターに皆を押し込むと、七階まで上がった。部屋の番号を確認していると、やっと頭がはっきりして来たらしい圭悟が言った。
「二部屋なら、舞は一人で使うといいよ。オレ達は一つに収まるから。」
舞が、カードキーを翳しながら振り返ると、ドアが開いた。中は、三つのベッドが並び、その足元に横向きに一つのベッドがある、四人部屋だった。
「じゃあこっちは無理ね。ベッドが四つだし。」舞は、もう片方も開けた。「あ、こっちはツインだ。」
確かに、6人と予約したのだからこうなるだろう。玲樹は、眉をひそめた。
「うーん、セミダブルかあ。セミダブルのベッドに男二人はキツイよなあ。ルーデンはクイーンサイズだったのに。片方が女ならいいけどさあ。」
圭悟が、玲樹を睨んだ。
「あのな、真面目に話してるんだぞ。」
マーキスが言った。
「オレは床でもいいがな。」
「疲れがとれないぞ。」圭悟は、考えるように舞とマーキスを見た。「ま、いいか。舞とマーキスがそっちを使えば。オレ達はこっちで寝るよ。」
舞は仰天した。ま、いいかって!
「え、え、圭悟…、」
圭悟は伸びをした。
「一晩だけだから。といってももう夜中だし、数時間か。じゃ、また明日の朝…そうだな、8時半にレストランの前で待ち合わせしよう。」
玲樹とアーク、それにキールはその言葉が終わる前にもう歩き出して部屋のベッドへ飛び込んで行っていた。圭悟が振り返った時には、もう足元のベッドしか残っていなかった。それでも圭悟はそっちへ向かって歩いて行った。
「ちょっと待ってよ、圭悟…、」
ドアが閉まった。舞がためらいがちに振り返ると、マーキスはもう隣のツインに入って行っていた。舞も急いで後を追い、カードキーを所定の場所に収めると、仕方なくウェストポーチを外した。チュマがひょこと顔を出す。そうか、チュマが居たっけ。
「チュマ、今日の部屋は狭いけど、ここで休むの。」
チュマは舞を見上げてキラキラとした目をした。
『ボクには狭くないよ!』と辺りをふわふわと浮いて回り出した。『ボクはどこに寝ようかな~』
舞は、上着を脱いでソファに広げた。
「いつも私の上着の上で寝るでしょう?このソファなんてふわふわしてていいんじゃない?」
チュマは、そこに降り立った。
『うん、いい感じ。もう寝ようよ、マイ。電気消して。』
舞は頷いた。
「うん。でも、着替えとかあるから、ベッド脇の電気は着けておくね?」
チュマは、もう舞の上着の中で丸くなって目を閉じている。舞はメインの照明を消すと、ベッド脇の簡易照明だけにしてチュマを上着で包んでやった。いつもこうして、舞の上着にもぐり込むようにして、チュマは眠っているのだ。
振り返ると、向こう側のベッドでもうマーキスは上着を脱いで横になって目を閉じていた。舞は、起こさないように足元を通り過ぎると、シャワールームへと入って行った。
さっぱりしてやっと寝る体勢が整ったような気分になった舞は、ホテルから支給されている作務衣のような上下を着て出て来た。マーキスが、静かに眠っている。舞は思わず微笑んで、眠る前にと、そっとマーキスの額に口付けた。
すると、突然マーキスの腕が伸びて来て、一気にベッドへ引き込まれた。
「マ、マーキス、寝てなかったの?」
チュマを起こしてはいけないので、舞は小声で言った。マーキスは答えた。
「我らの眠りは浅いのだ。いつでも回りを気取っておることが出来るのでな。」と、シーツをめくって舞を横へ寝かせた。「ここで寝るであろう?離れておると、落ち着かぬ。」
舞は苦笑した。
「私がここで寝たら、マーキスには狭くない?せっかく広々使えるのに。」
マーキスは首を振った。
「落ち着かぬと言うたであろう。ここに居れ。」と、舞を抱き締めると、頬を擦り寄せた。「この方が良いわ。」
舞も、マーキスの暖かさにホッとしてマーキスを抱き締めた。
「うん。おやすみ、マーキス。」
マーキスは舞を見た。
「しかし…今は二人きりであるの。」
舞は、びっくりしてマーキスを見上げた。その顔を見て、マーキスは笑った。
「冗談よ。これから敵地へ参るというのに、ここで子が出来たら大変だからの。それぐらいわきまえておる。」ホッとしたような舞を見て、マーキスは抱きしめる腕に力を入れた。「だが…何もかも終わって落ち着いたら、我らも子をなさぬか?」
舞はもう一度びっくりしてマーキスを見た。マーキスは真剣な表情でそれを見返した。
「人は何と言うのだ。オレには分からぬのだが。グーラ同士では、確かに子をなして育てる間だけ共に居る仲であるが、また子をなすのなら同じ相手なのだ。つまりは、お互いに相手が良ければずっと同じ相手としか子はなさぬ。人が、ダンキスとシャーラのように共に居ることを、何と言う?」
舞は、言葉に詰まりながら答えた。
「それは…きっと、結婚する、ってことだと思うわ。お互いに、本当にずっと一緒に居るの。子供を育てて、育て終わっても、年老いて死ぬまで共にってこと…子供を生む生まない関係なくだけれど。」
マーキスは頷いた。
「そう、恐らくそれよ。全てが落ち着いたら、オレと結婚しないか。ダンキスとシャーラのように。ダッカに、家を建てさせてもらうゆえ。主が別の場所が良いと申すなら、それでも良い。」
舞は、目を潤ませた。
「でも私…船の中でも話したように、別の世界から来たの。だから、あちらへ帰っている時もあるわ。自分の意思ではこちらへ来られないようだから、あなたを待たせてしまうかも…。それでも、いい?」
マーキスは頷いた。
「良い。待っておるよ。」
舞は微笑んでマーキスに思い切り抱きついた。
「居ない間、寂しいからってサラマンダーへ行っては駄目よ?」
マーキスは、大真面目に答えた。
「ああ、それはダンキスで身に沁みてわかっておるゆえ。心配は要らぬ。」
そして二人は、そのままぐっずりと眠りについた。
次の日の朝、二人がレストランへと降りて行くと、圭悟達はロビーの椅子に座って待っていた。
「ああ、時間通りだね。」圭悟が、微笑んで立ち上がった。「こっちは皆、早く目が覚めちゃってさ。コーヒー飲んでたんだ。朝飯、行こうか?」
二人は頷いて、皆と共に歩き出した。
「確かに、主らは船でも良く寝ておったのに、ここでもすぐ寝ておったものの。ゆっくり出来たのではないか?」
舞が、レストランの入り口でカードキーを担当の男性に渡して手続きしている。玲樹が、そんなマーキスに寄って行って、声を潜めて言った。
「…で?お前らはどうなんだよ?すぐに寝たのか?」
マーキスは眉を寄せた。
「寝た。それがどうしたのだ。」
圭悟がため息をついた。
「自分と一緒にするな、玲樹。マーキスがそう軽々しく手を出すはずはないじゃないか。」
マーキスは、ああ、と玲樹を見た。
「そういうことか。何もしておらぬわ。だいたいの、これから敵地へ行こうとしおるのに、こんな所で子を作ってしもうたら、マイをあちらへ連れて行けなくなるではないか。巫女の力は不可欠なのだろうが。」
玲樹は肩をすくめた。
「ふーん、あくまでグーラにとってはあれは子作りなんだな。」
マーキスは両眉を上げた。
「人は違うのか?」そして、何やらレストランの担当者と話している舞を見ながら言った。「だが、全て終わったら我らは結婚というものをすることにした。子はそれからよの。」
玲樹も圭悟も、キールもアークすら驚いてマーキスを見た。
「…何を驚いておる。」
キールが、何とか言った。
「し、しかし兄者、マイは人で、我らはグーラと呼ばれる種族で…、」
マーキスは首を傾げた。
「わかっておるが、何とかなるのではないか?良いではないか、オレが人型で過ごせば良いだけであるし。」
「みんなー席が空いたって!」
舞が、こちらを見て呼ぶ。皆は、慌ててそちらへ向かって行ったのだった。