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高速船の上で

バルクの河港に行くと、30ノットぐらいの、客船にしては小さく個人所有にしてはそこそこ大きいモーターボートのような船へ案内された。すると、中から一人の男が降りて来て頭を下げた。

「どうも、船長のアイガです。陛下からうかがっております。かなりお急ぎとか。」

圭悟が頷いた。

「そうなんだ。どれぐらいでハン・バングに着く?」

アイガは答えた。

「飛ばしますので、今からなら本日夜中には。」

マーキスが、こそっと圭悟に行った。

「やはり飛んだ方が良いのではないのか。我らなら、とばせば夕刻には着く。」

圭悟は首を振った。

「このルートには鉄道が走ってるんだよ。オレ達が飛んでるのを見たら、客達を大喜びさせてしまう。目立つ訳には行かないんだ。」そして、怪訝そうに見ているアイガを振り返った。「じゃあ頼むよ。なるべく急いでくれ。ハン・バングのホテルで休む時間も欲しいと今、話してたんだ。」

アイガはああ、と頷いた。

「わかりました。港の真ん前にある大型ホテルの、レンシャルホテルならきっとすぐにお部屋が取れるはずです。船の中から予約しておきましょう。」

圭悟は頷いて、その船に乗り込んだ。皆もそれに倣い、玲樹、舞、マーキス、キール、アークの順に乗り込み、船は桟橋を離れた。

そして、しずしずと順番を待って運河へ出ると、アイガが言った。

「それでは、出発致します。命の気が復活したので、かなりスピードが出ますよ。頭を打たないように、始めは何かに掴まってください。」

六人は、頷いてそこかしこにある手摺を握り締めた。途端に、船は物凄い勢いで加速した。

「きゃ!」

舞が、後ろにいるマーキスに座ったまま押し付けられた。マーキスはそれを両腕で支えた。

「なぜに徐々に加速せぬのだ。オレでも乗っている者のことは考えて飛ぶぞ。」

玲樹が椅子の端に押し付けられながら言う。

「だよなあ。」

そうするうちに、その船はほとんど浮いたような状態で水の上を滑るように進み始めた。アイガが、ホッとしたように皆を振り返った。

「無事高速体勢に入れました。いや~命の気がおかしくなってから、なかなかうまく行かなくて、高速船の意味がなくてね。焦ってたんですよ。」

舞は、興味を持って言った。

「この船は魔法で走るの?」

アイガは頷いた。

「そうです。昔からの方法で、最近はさらにスピードが出るようにと船体の形を変えているので、それは速いのです。これは最新モデルで。新調してすぐに命の気がおかしくなったから、ほんと困ってたんですよ。これで何とか生活もやって行けます。いやいや、ほんとに良かった。」と、歩き始めた。「では、レンシャルホテルの空きを確かめて参りますね。6名様で。あ、この辺の機器には触れないでください。ルートに乗っているので、何かに衝突することはありませんから。」

アイガは、出て行った。皆は、ホッと一息ついた。

「そうか…やはり皆の生活に密着しておったのであるの。命の気が無くては、ライアディータは成り立たぬ。」

アークが言う。圭悟が頷いた。

「本当にそうだ。何千年も昔から命の気を使って生活してたんだからね。今更取り上げられては、生きてはいけないよ。リーマサンデにしたら、命の気は生活に密着してないはずなんだがな。」

アークは黙って頷くと、船の外を飛ぶように流れる景色に目をやった。今はまだ日は高いが、夜中にはハン・バングなのだ。


船の中で出された昼食を済ませ、うつらうつらしていたら起こされて夕食を取り、舞は充分に休息した。皆は夕食が終わるとまた横になって寝ていたが、舞はマーキスとずっと、いろいろな事を話した。自分が、別の世界から来たこと。そちらでしていた仕事。こちらへ来てからのこと。

そして、マーキスからは、小さな頃にダンキスに拾われるまでのことを聞いた。マーキスが生まれた時には、既に両親は傍に居なかった。人と戦って、破れたのだと後に聞いた。群れの誰かが温めて卵をかえしてくれたので、マーキスは誕生出来たのだという。だが、生まれた時からマーキスは異端児だった。グーラと言えども赤子の頃は赤子の知能しかないのに、マーキスは既に皆が何を話しているのか理解出来た。卵の中から聞いていたような気がすると言っていた。

ある日、狩りに出かけた大人のグーラ達が、血相を変えて戻って来た。人が、たくさん来るのだという。大人たちは必死に自分の子を連れて、空高く舞い上がった…人の術が届かない位置まで、子を連れて行くためだった。人に立ち向かうのは、ほんの数体で良かった。

しかし、親の居なかったマーキスは、その数体のグーラと共にそこに残ってしまった。大人達は必死に戦ったが、術がマーキスに届くのを庇うだけの余力はなかった。そして人を追い払った時には、小さなマーキスは傷付いて倒れていた。その様子を見た大人達は、もう自分達の力でマーキスを助けるのは無理だと判断し、瀕死のマーキスを置いたまま、そこを去った。そこへ通り掛かったのが、ダンキスだった。

ダンキスは、息をするのもやっとだったマーキスを、里へ連れて帰った。そして、卵を温めていたシャーラと共に、マーキスという名を与えて、一生懸命、命の気を注ぎ、治そうとした。毎日毎日、付きっ切りで傍に居て、食べ物を与え、水を与え、命の気を与えて必死に看病してくれた。

そうして、元気になったマーキスが、逃げ出そうとしても、シャーラもダンキスも、元気になって良かったと見ているだけだった。止めようともしなかった。鎖につなごうともしない。変な人間だと興味が湧いて、それからももう少しと、マーキスはそこに留まり続けた。

そうしているうちに、言葉が理解できるようになって、よりダンキス達の考えていることが分かるようになった。そのうちにシャーラが一生懸命、ダンキスと代わる代わる温めていた卵がかえった。皆グーラだった。たくさんの数が一個かえると皆一気にかえり出し、シャーラが寝る間もないのを見ていると、マーキスはついついその手伝いをした。そのうちに、そのグーラ達は自分を兄者と慕い出し、マーキスは皆に言葉を教えたり、遊んでやったりして、そこは居心地のいい家になって行った。

「なのでな、キール達が盗まれた時はそれは案じた。」マーキスは言った。「まだ幼かった…オレがダンキスに拾われたぐらいだったのではないか。だがな、グーラは成長も遅い。人と同じだと思うてくれたらよい。成人するまでは、盗まれた先から戻って来れぬと思うておった。それも、もしかして方向が分からなくて戻って来るのを諦めるやもしれぬとも思っていた。それが、ああして戻って参って。ほんにホッとしたことよ。」

マーキスは、懐かしそうな表情だった。舞は、過ぎて行く景色を見ながら、マーキスの肩に頭をもたせ掛けた。

「じゃあ、もしかしてマーキスは複雑なのかしら。ご両親が人に殺められて、自分も瀕死の重傷を負わされて、でも、助けてくれたのも、人で…。」

マーキスは、舞の肩を抱いた。

「確かに、最初は信用ならなかったの。だがな、グーラにも、魔物にもいろいろ居るように、人にもいろいろ居るのだと思うた。そうであろう…マイ、オレはの、まさか人の女とこうして過ごすなど思いもしなかったのだ。そもそも我らグーラにとって異性は、子をなして育てる間だけ共に居るだけの存在であるのだ。それが、こうして人型になって主と過ごすうちに、何やら違う気持ちが湧いて参って…これを、何というのであろうの。」

舞は、マーキスを見上げた。

「なんだか、マーキスって不思議よね。」舞は、マーキスの頬に触れた。「何だろう…他のグーラと何かが違うっていうか。それに、人っぽいわ。マーキスは嫌かもしれないけど、人の姿になってから、余計に何だかいう事が人っぽいの。」

マーキスは眉を上げた。

「人っぽい?人のようだと言うのか。しかし、確かにオレもそう思うことがある。感情と申すか…確かに我らにも感情はあるが、人のように細かな感情は無いように思うておった。しかし、長く共に暮らすうちに、理解出来るようになって参って…」と、舞をじっと見た。「その中で、愛情と申すものは、何となく分かるものの、よく分からないものの一つだったのだ。なのに、マイを見ておると、傍に居たいと思う。その気もそうだが、声も心地よいと感じるし…もしかして、これが愛情と申すものなのかと…。」

舞は、微笑んだ。

「焦らなくてもいいのよ。私は、マーキスのことを確かに好き。ずっと一緒に居てくれる?」

マーキスは、微笑んだ。

「ああ。これが愛情かどうかオレには分からぬが、マイのことが大切で、マイとずっとこうして居たいと思うのは確か。そして、マイが同じことを望んでくれておると思うと、どうしたことがとても嬉しいのだ。」

舞は、とても嬉しくてマーキスに微笑み掛けた。

「私もとても嬉しいわ。」

マーキスは、舞に口付けた。舞は、それを受けながら、マーキスを心から好きだと思った。だが、心の片隅で、シュレーのことも案じていた。確かに、シュレーは自分を捨てて行ったのかもしれない。でも、シュレーの優しさは本物だった。今は兄のように、ただ無事を祈った。

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