行く者残る者
こちらには、以前の地図に、行った先の場所を書き込んだ新しいこの世界の地図の挿絵があります。
リーディスが、その日の午後に皆を呼び出した。メグとダンキスも入れて9人は、すぐにリーディスの居間へ集まった。リーディスは言った。
「どうも腕輪を外しておるようだ。」リーディスは開口一番言った。「シグナルは見付けたが、ずっと一所に留まっておる。首都デシアの北、ベイクの近くの山の辺りだ。おそらく河を遡って辿り着いたのだろうの。そこに放置されておるか、もしくはそこで死んでおるのか。」
舞とメグが息を飲んだ。まさか、山まで逃れて、そこで…?
圭悟が、険しい顔で言った。
「とにかく、その場所を正確にお教えください。我々が行って、確認して参ります。」
リーディスは眉をひそめた。
「死んでおるなら無駄なことぞ。我はそんな命を下すことは出来ぬ。それよりも、生きておる主らを守る義務があるからの。そもそも、シュレーは我の反対を押し切ってあちらへ救出へ参った。それにより、シーマまで巻き込んだ。軍で居る時なら軍法会議ものぞ。」
圭悟は食い下がった。
「では、シュレーと合流出来たら合流致しますが、我らはリシマ王の企みを調べに参ります。」リーディスは、圭悟を見た。圭悟は続けた。「シーマを見つけることが出来たら、王宮の中は詳しく分かる。もしかしたら、シーマも河を遡っているのかもしれません。」
リーディスは、考え込むようにじっと圭悟を見た。皆もじっとリーディスを見る。そのうちに、リーディスはため息を付いた。
「…放って置いても、主らは行くだろうの。では参るが良い。だが、ナディアはそんな危ないことに連れて行かせる訳には行かぬ。ここに置いて行け。」
アークが頷いた。
「元よりそのつもりです。あちらは、ナディアを狙っておる。わざわざ連れて参るほど愚かではありませぬ。」
ナディアが、驚いたようにアークを見た。
「何を言っておるの、アーク?!我も共に行きます。」
アークは首を振った。
「駄目だ。命の気も元に戻った今、主はここに居れ。」
ナディアも激しく首を振った。
「我が居らねば、今のリーマサンデでは魔法が使えませぬ!命の気は、あちらには無いのですから!」
アークは、舞を見た。
「舞が居る。それに、舞は戦うことも出来る。体力もある。主はここに居るべきだ。」
ナディアは、傷付いた顔をした。
「我は…足手まといと?」
アークは頷いた。
「主は長く旅をするには向いておらぬ。誰かが運ばねばならぬだろう。それに、戦う術もない。あちらは、こちらを旅したようには行かぬ。敵地であるのだぞ?我も主を守り切る自信がない。」
リーディスは頷いた。
「己で道を歩ききる力もない主が、共に行くなどと言わぬことぞ。アークの申す通り、我が領地ではなく敵地ぞ。皆それぞれ己を守り切るのが精一杯であるのだ。シュレーやシーマのような手練れでもこれほどに手こずる相手ぞ。こやつらだけでも、我は行かせるのに反対であったのに。アークや他の者が、主を守る為に命を落としたらなんとする。軍隊を率いて参るのではないわ。」
ナディアは、目に涙を溜めて震えていたが、その場を走って出て行った。アークはそれを心配げに見ていたが、リーディスが言った。
「主は正しい。あれがあまりに世を知らなさ過ぎるのだ。案じずとも我が妹ぐらい我が守る。主は己のしたようにすれば良い。」
アークは、頷いた。ダンキスが言った。
「では、オレも此度は行けぬ。」皆が、ダンキスを振り返った。ダンキスは足を指した。「足の傷が深くての。まだまともに歩けぬ。このままでは主らの足手まといになる…それに、グーラで逃れる時、我は重いので二人分の重さになってしまう。」
リーディスはわかってる、という風に頷いた。
「主は一度ダッカへ戻るが良い。あちらで療養して、それから軍へ復帰すれば良い。グーラは二体にせよ。一体は、ダンキスを連れて帰れ。あまりに人数が多いのは良くない。目立つゆえな。」
グーラ達は顔を見合わせた。マーキスが、言った。
「ではリーク、主が行け。オレとキールがあちらへ参る。我らの方が体力があるゆえ、多人数になったとしても運ぶことが出来よう。」
リークは、抗議しようとしたが、思い直して頭を下げた。
「はい、兄者。」
出て行くダンキスとリークを見送ってから、リーディスは言った。
「…残念ながら、ダンキスの足が治るかどうかは怪しい。」皆は、急いでリーディスを振り返った。「損傷の仕方が悪かった。傷が塞がり掛けておるにも関わらず、足がまともに動かぬのだ。頭の傷も、ダンキスであるからあれで済んだが、普通の者なら死んでおった。ダンキスもそれに気付いておるようだが…おそらく、主らに心配を掛けたくなかったのだろう。」
圭悟は、暗い顔をした。あの時、自分達を逃がそうとしたばかりに…。
皆も一様に暗い顔をした。リーディスは、圭悟に紙を渡した。
「これが、シュレーの腕輪の座標だ。しかし、ここへは行かぬ方が良い。なぜなら、敵がこれを頼りに助けに来ることを気取って待ちうけておる可能性が高いからだ。あやつらとて同じように腕輪を辿る術は持っておる。であるのに、放置しておるのだからの。あくまで、シュレーがここに居ったということが分かるだけぞ。決してここを目指してはならぬ。わかったの。」
圭悟はそれを受け取って、腕輪にサッと入力した。
「はい。ありがとうございます。では、早速にラクルスから高速船でシアへ抜け、リーマサンデへ向かいます。」
玲樹が横から口を挟んだ。
「サン・ベアンテに船で行くのはマズい。シュレー達も、きっとそれで見つかったんだろう。オレ達は、山を徒歩で越えよう。」
圭悟は、頷いた。
「ああ。その方がこの座標に近いし、逃れて来たシュレー達が見つかる可能性もある。」
アークが言った。
「では、我がライナンから山を目指せば良い。山へ向かう装備も、ライナンには充実しておる。自分達で作った物もあるしの。」
圭悟は、地図を見た。
「…じゃあ、ここからラディック運河を船で移動して、ハン・バングから行った方が早いな。」
舞も、地図を覗いた。その地図には、前に見た地図より細かく地名があった。
「前より増えてるね。」
舞が言うと、圭悟が笑った。
「これはパーソナルマップといって、自分で書き込んで作って行くからな。オレが書いてるんだよ。」
舞は、感心した。そうか、自分もこうやって腕輪に地図を作ろう。
リーディスが言った。
「では、船を用意させる。河港へ行け。」
皆は頷いた。舞は、ふと呼ぶ声を聞いて、慌ててバルコニーへ出た。リークとダンキスが庭に立ってこちらを見上げている。
舞は、チュマを出して言った。
「チュマ、リークを戻してあげて。」
『分かった!』
チュマから光が伸びる。リークは瞬く間にグーラに戻り、ダンキスは足を引きずりながらそれに股がった。
「ではの!気を付けて参れ!」
笑って言うダンキスに、皆は手を振った。
「ありがとう、ダンキス!りっちゃん達が気になるから、落ち着いたらダッカへ訪ねるわ!」
舞が叫ぶのに、ダンキスは頷いて、リークに乗ってみるみる遠く消えて行った。圭悟が、それを見送って言う。
「ダンキスには、本当に助けてもらったんだ。きっとお礼に行こう。」
玲樹は頷いた。
「シャーラが喜ぶだろう。働き通しだったって聞いたから。それに、シャーラならあの足も治しちまう気がするな。」
マーキスが笑った。
「違いない。願わくばオレがサラマンダーへ行った事を黙っていて欲しいものよ。」
玲樹がそれを聞いて吹き出した。
「息子が酒飲んだぐらいで怒りはしないさ。お前は真のサラマンダーを知らねぇよ。」
マーキスは首をかしげた。
「ふーん?」
舞は苦笑した。そして、メグを見た。
「メグ、あなたは大丈夫?まだつらかったら、ナディアとここに残っていてもいいと思うわ。」
圭悟も、それを聞いて言った。
「そうだ。ここからはあの神殿ごときじゃないと思う…敵地だからな。行くなら、まずその服から変えなきゃな。裾が長過ぎて長距離歩けないだろう?」
玲樹も頷いた。
「オレも今度は運んでやれるか分からねぇからな。どうする?」
メグは、迷うような素振りをした。
「でも…私もこのパーティの一員だし…。」
圭悟が、首を振った。
「無理はしなくていい。迷うなら、やめたほうがいいよ。ナディアも、メグが居た方が寂しくないだろうし。」
舞も、優しく頷いた。
「そうよ。私も神殿で落ちたから、どれ程怖かったか分かるつもりよ。宙ぶらりんで居た間、気が気でなかったでしょう。下にたくさんの亡骸を見た状態で…。」
メグは、身震いした。思い出したのだろう。そして、舞を見た。
「私…今回はここに居る。きっと足手まといになるわ。確かに回復は出来るけど、戦うのは苦手だし、今まで魔物しか相手にしてこなかったから…正直、兵隊とか相手になると、どうなるのか分からないの。はぐれるかもしれない。」
舞は頷いた。
「ナディアをお願いね。私は行ってくるわ。」
メグは舞の手を握った。
「舞…気を付けてね。」
舞は頷くと、出て行く圭悟達について、マーキスと並んで出て行った。
メグは、ナディアを慰めようと、ナディアの部屋へと向かったのだった。