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想いの行方

舞が相当なショックを受けているにもかかわらず、マーキスは全く平気なようだった。二人で並んで座って、夜はカフェがバーになっていたので、酒はまずいと仕方なく売店で飲み物のボトルを買って来て、庭で飲んでいた。マーキスが、じっと黙っている舞を見て言った。

「マイ?どうした、気が乱れておるぞ。」

そうか、マーキスには人の気が見えるんだった。舞は、うらめしげにマーキスを見た。

「マーキス…あのね、さっきのことなんだけど。」

マーキスは眉を上げた。

「さっき?どのことぞ。」

舞は言いにくそうに言った。

「ほら、唇をくっつけたでしょう?薬が苦いのがどうのって。」

マーキスは頷いた。

「ああ。あれの。我らのような生き物は、苦みが特に苦手なのだ。毒のある物を見分ける基準のように、生まれた時から感じておるからの。」

そういうことではないのに。

舞は思ったが、辛抱強く言った。

「あのね、人の間では、あれはとても重要なことなの…ほら、お互いにパートナーって決めてる相手としか、しないのよ。」

マーキスは、目を細めたかと思うと、言った。

「…知っておる。」

「うん。だからね…」舞は言い掛けて、急いでマーキスを見た。「ええ?!知ってる?!」

マーキスは頷いた。

「つい数時間前に知った。トイレに連れて行った時、マイがオレに唇を寄せて来たからの。なんだろうと思うたが、主が離れぬので好きにさせた。心地良かったし、いいかと思うて。」

舞は呆然とした。酔ったら荒れるんだ、私。気をつけよう。って言うか、ファーストキスはルーデンホテルのトイレ?!それならまだ、中庭の方が良かった!というか、どうしよう…私、シュレーが…。

舞の胸が、チクリと痛んだ。シュレーは、アディアさんを助けに行った。私も命に関わるほどの目に合ったけど、その時傍に居て助けてくれたのは、マーキス…。

「マーキス…。」

舞は、下を向いた。マーキスは言った。

「圭悟からいろいろと聞いた。あの行為の意味もな。主が酔ってオレにそれをしたのを聞いた時、圭悟は言うたのだ…もしかして、マイはマーキスを好きになって立ち直ろうとしてるんじゃないか、とな。」

舞は、マーキスを見た。鋭い青い瞳に、ブルーグレイの髪。本体はグーラで、同い年で…。

「マーキス…私、分からなくて。でも、酔ってあなたにそうしたってことは、きっと私はそれをどこかで望んでいたのかも…。」

マーキスは微笑んだ。

「どっちでも良いよ。オレを利用すれば良い。それで主のあの明るい気が戻るのならば、安いものぞ。」

舞は、涙を流した。

「利用なんて…。マーキス…。」

マーキスは、舞の頬を撫で、今度こそ普通の恋人同士のように、舞に口付けた。舞は、それを黙って受けた。

そして、確かに安らぎと、愛情のようなものがわき上がって来るのを感じたのだった。

玲樹と圭悟が、それを部屋の窓から見て言った。

「…なんだか複雑な気分だ。舞とシュレーは、確かに幸せそうだったんだ…シュレーだって、舞と一緒の時はいい表情をしていたのに。どうしてこうなっちまったんだろう。シュレーは、本当にアディアとかいう女を選んだのか?オレには分からねぇ。」

圭悟も、険しい顔をした。

「オレも同感だよ。だが、いくら巫女とは言っても、神殿に入るのが命の危険が伴うのは分かっていたはずだ。現に舞は、マーキスが居なければ死んでいたかもしれない。なのに、シュレーは舞の側を離れた…だから、オレはもうシュレーには権利はないと思ってるよ。」

玲樹は、しばらく黙っていたが、頷いた。そんな二人の前で、マーキスは舞を抱き締めていた。舞も、ためらいがちにその背に手を回したかと思うと、同じように抱き締めていた。


部屋へ戻ると、もうみんな寝ていた。律儀に使っていたベッドに戻って寝ていて、手前に圭悟、窓際に並んだ大きな三つのベッドには、向こうから玲樹、アークとナディア、キールとリークと寝ていた。マーキスは、先に上着をさっさと脱ぐと、ベッドへ入った。

「マイ?何をしておる。早よう寝なければ明日はバルクへ早々に向かうと聞いたぞ。」

舞は頷きながらも、落ち着かなかった。さっきは酔っていたから意識せずに寝ていられたのであって、今回は物凄く緊張するんですけど。

だが、ずっと立っている訳にもいかないし、舞は上着を脱ぐと、おずおずとマーキスの横に寝転がった。マーキスは、慣れたように舞を片手で引き寄せると、目を閉じた。舞は、かちんこちんに固まった。とても眠れそうにないんですけど…。

マーキスは舞の様子に目を開けた。

「マイ。何をそんなに警戒しておるのだ。」

舞は首を振った。

「違うわ!警戒してるんじゃないの。緊張しているの!ほら、人って、あの、一緒に寝るとね、いろいろあるの。」

マーキスにはきっと人同士のことは分からない。 しかし、マーキスは言った。

「いくらなんでも人型であるのに、ここで子を作ったりせぬわ。オレも人があれをこそこそ隠れてするのは知っておるし。」

舞は真っ赤になった。知ってるんじゃないの!

「マ、マーキス…。」

マーキスはため息をついた。

「ま、グーラ同士ならその気になればどこでも良いが、人はそうでないのはダッカに居る時に学んでおったしの。この型で、しかも人を相手にしておるなら、そこは考慮せねばなるまいに。ゆえに、主ももう寝るのだ。」

舞は、下を向いて目を閉じた。そうか、やっぱりグーラ同士はそうなんだ。マーキスが良識持ってて良かった…。

そうしていると、また眠気が襲って来て、舞はいつの間にか寝入っていた。


次の日の朝、舞はマーキスの声で目を開けた。

「マイ…朝ぞ。皆、もう先に朝食に降りて行った。」

舞はびっくりしてガバと起き上がった。もう上着を着て起きていたマーキスが、呆れたように舞を見ている。

「…私、すっかり寝入ってしまってた。ごめんね。すぐ起きるから。」

舞は慌てて上着に手を通した。ベッドを降りると、マーキスがソッと舞に口付けた。

「朝が弱いと圭悟から聞いた。案じずとも、オレが起こすゆえ。」

あまりに自然にマーキスがそうするので、舞はまた頬を染めた。なんだか、本当に恋人同士みたい…いや、恋人同士なのだ。マーキスは利用すればいいと言ったけど、私にはそんなことは出来ない。

「うん。ありがとう、マーキス。」

マーキスは、鋭い目を細めて微笑んだ。

「行こう。しっかり食べねばの。」

舞はマーキスと手をつないで、階下のレストランへ降りて行ったのだった。

皆は、知っているようで何も言わなかった。舞も、あえて何も言わなかった。シュレーのことがあってから、皆に気を遣わせているのは分かっていた。なので、これ以上皆を煩わせたくなかったのだ。


そうして、朝食を済ませた皆は、再びグーラに戻った三体に分かれて乗り、バルクまではほんの数時間だった。王宮へ直接降り立った皆を、リーディス、それにメグ、ダンキスが出迎えてくれた。グーラ達は見る間に人型になり、皆に倣ってリーディスに頭を下げた。リーディスは感心したように三人を見た。

「このように人型になるのも自在であるとは。なんと便利な事か。」

圭悟が答えた。

「舞の飼っているプーの力なのです。ここまでの旅で、我ら大変にいろいろな事を学びました。」

リーディスは頷いた。

「主が報告してくれたことでだいたいは知った。まさか女神が囚われの身であるなど…我も本当に驚いたわ。して圭悟。」リーディスは真剣な目をした。「リーマサンデへは、行ってくれるのか?」

圭悟は、強く一つ、頷いた。

「はい。このままでは、真の解決にはなっておりません。我々はたくさんの事を知った…今さら他のパーティに、この任務をこなすのは無理でしょう。」

リーディスは、満足げに頷いた。

「それを聞いて安心した。そう、今さら他の者達にこのような事を話したところで、上滑りの知識しかなかろう。経験で知った主らの方が頼りになるのだ。」と、足を王宮へ向けた。「中へ。詳しく状況を話さねばならぬ。」

皆は、リーディスについて中へと入って行った。

バルクの空も、命の気に満ちていた。

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