女神の真実
シャルディークとナディアは、その強い気と能力を使い、自然現象や、その他様々なことに悩まされる民達を助け、なんの憂いもなく生きて行けるようにと助けて行くのが使命だと思って生きていた。
ナディアは、大地の力をその身に集める能力を持っていて、その力で力を集め、シャルディークへ送ってその技で地を穏やかに保つ助けをしていた。そして、自分達が持つ術を、才能のある者には一部でも使う事が出来たので、教えて使えるようにと促していた。
二人は、空を飛ぶ術も知っていた。それほどに気が強かったので、民達には神と崇められていた。しかし、ただ強い力を持っただけの人であると、シャルディークもナディアも常に言っていた。決して、特別な存在ではない。ただ、この力を持って生まれたからには、同じ人を助けて行かねばならないのだ。
シャルディークとナディアは、それは仲睦まじい夫婦だった。いつも共に居て、そして二人で洪水の水が人里へ来ないようにしたり、迷った家畜を探し出して持ち主へ帰したりという細かい事もした。
そんな二人がいつものように、穏やかな里を見てゆったりと過ごしていると、急に大きな地の揺れを感じた。それは立って居られないほどのもので、建物もぐらぐらと揺れて軋んだ。
「外へ!ナディア、早く!」
シャルディークに手を引かれ、ナディアは外へ出た。すると、傍の家も既に崩れたものもあり、シャルディークが慌てて飛んで行った。
「下敷きになっておる者もおるぞ!早よう建物を!」
ナディアとシャルディークは、必死に建物を避け、全ての住民を救い出した。怪我をした者も居たが、とりあえず命を落とした者は居ない。二人はホッとして、他の地に住む民達はどうかと飛んで行った。
そこは、激しい揺れが陸全域に渡ったことを物語っていた。二人は飛んで行く道すがら、壊れた家屋の下から人を救出しつつ海側へと飛んでいた。しかし、その作業中の二人の耳に、海の方から唸るような音が聞こえて来た。
「なんぞ…?」
シャルディークは、高く飛び上がって海を見た。すると、海から信じられないほど大きな、壁のような波がこちらへ向かって進んで来るのが見えた。シャルディークは叫んだ。
「ナディア!力を!あれを何としても抑えねば、早く!」
ナディアは必死にありったけの力をシャルディークへと送った。シャルディークは、それを使って自分の持てる力全てを放って波を抑えようとした。しかし、その波は勢いを失わず、既に海辺は没して見えなかった。
「ああシャルディーク!もう!」
ナディアは、必死に叫んだ。シャルディークは歯を食いしばった。
「駄目だ、抑えられぬ!どうしても…!」
幾分波の高さは収まったものの、それでも波は地を洗うように押し寄せて来た。ナディアとシャルディークは近くの村の人々を、気で持ち上げて必死に宙へと引き上げた。
「里へ!このままだと里へまで水が参るぞ!」
シャルディーク達はすぐに里へ取って返した。
すると、既に里の民達は進み出て、教えた術を使って必死に水を押し返そうとしていた。連れて来た民達を里へ降ろすと、シャルディークもナディアもそれに加勢して必死に水を押し返した。
そうするうちに、水はそこまでで止まり、段々と退いて行った。あの、助け出せた僅かな民達は呆然としている。シャルディークとナディアも、ただ茫然とした。なぜなら、これほどに大きな災害があるなど、思ってもみなかったからだ。しかも、自分達の力ではどうしようもなかった。このままでは、駄目だ…。
「気が、足りないのですわ。」ナディアが、シャルディークに言った。「他の民達も、皆で集まればいくらかの術を使うことが出来るのに。あの山から自然に発生する気だけでは、大地に分散してしまって民達が自ら術を使うことが出来ないのです。集めて、この大地を横断するように命の気を流す事が出来れば。そうすれば、皆が自分で、ある程度は身を守ることが出来まする。そう、力を合わせれば、きっと我らが手を貸さずとも、困らず生きて行けるはず。」
そうして、シャルディークとナディアは、この大陸を斜めに横切るように命の気を流すため、現在のミーク平野の中、バーク遺跡がある場所に大きな神殿を作ることにした。その時は何も無かった、ただの平地だった場所に、民達が皆総出で手伝って、術を使って地を掘り下げ、巨大な石を組み、建設して行った。その当時は、誰もその場所にいたずらするような民は居なかった。なので、地下牢も罠もなかった。ただ、気の流れは強いので、それで命を落としたりする者が居てはならないということで、気が到達する場所へ行くには苦労するように、迷宮のようには作って行った。
そして、命の気を集めるためには、それを惹きつけるための、強い力が要った。シャルディークは、言った。
「我の力を、石に封じてここへ置こう。」シャルディークはナディアを見た。「我らは対。なので一人が力を持っておったらそれでよいではないか。我の力は、ここで皆の為に命の気を惹きつけることに使おう。」
ナディアは、シャルディークが力を無くすことに不安を覚えたが、そうするより他、あの命の気を惹きつける術はなかった。シャルディークは、一本に収まらなかったその力を八本の石に封じ、そしてあの石板と収め、命の気を一方向へ向けて流すことに成功したのだった。
全てにうまく行っていたと思っていたその頃、一人の男が現れた。その男は、大変に熱心に神殿を守っていた。名をデクスといい、ナディアを女神と崇めて、命の気の恩恵を受ける民達から、今の税に当たる貢物を定期的に持って来させるべきだと強く訴えた。しかし、ナディアはそんなものは要らないと一笑に附していた。それでもデクスは、狂信的に女神ナディア信仰を推し進めようとした。シャルディークは、そんなデクスをいつも抑え、余計な事はするなと諭していた。
そんなある日、ナディアとシャルディークの間に、娘が生まれた。娘の名は、シャリーナだった。シャリーナはナディアに似た緑の瞳に、シャルディークに似た黒髪の、それは美しい顔立ちの娘だった。大変に利口で、何を教えてもすぐに覚えた。二人の気を受け継ぎ、いろいろな術を使うことが出来、小さな頃からナディアを手伝って時に乱れる命の気を調整して生きていた。
そのシャリーナが10歳になった頃、各地の民達が回りに住むようになって発展しつつあった神殿の回りには、一つの国が出来ようとしていた。デクスは、いつの間にかその王国の王の座に座っていた。そして、神殿をさらに大きなものにしようと石を切り出して周辺の地下を掘り、準備を始めていた。全ては、ナディアにもシャルディークにも知らせられないままのことだった。
ある日、シャルディークが騒がしい工事にもっと音を抑えるようにと言う為に、工事中の地下へと訪ねた時、その現場監督の元に、デクスが来ているのを見た。今や自分のために建てさせた王城とやらで踏ん反り変えているだけと聞いていたデクスが、こんな所にまで来ているなど珍しいと伺っていると、デクスは言った。
「それで、この地下牢は言った通りの物になっておるか。」
現場監督は頷いた。
「はい。間違いなく、こちらへ侵入して来た者が罠に掛かった時点で、全てここへ落ちて来るようにと、一番の地下深くまで術で掘り進めさせ、広く取っております。鉄格子も問題なくはまりましたし、後はこれから、上を設計通りに作って参れば済むことですので。」
デクスは頷いた。
「全て、滞りなく完成させよ。女神に手出しする奴は容赦せぬということを、知らしめねばならぬからな。」
シャルディークが、そこへ進み出た。
「神殿の地下に、そのような物を?何も聞いておらぬ。それに、なぜに命を奪う必要がある。そのようなこと、我もナディアも望まぬ!」
デクスが、驚いた顔をした。
「これはシャルディーク様ではないか。あなたは、力もないというのに態度が大き過ぎまするな。女神の夫というだけで、気に入らぬと思うておったのに。」
シャルディークは、眉を寄せた。
「ナディアは女神ではない。いつもそう言っておったであろうが。そんなことは望まぬのだ。」
デクスは、声を荒げた。
「ああ、いつもそのようにあの方を言いなりにしおって!今の我は、もうあの頃のような下っ端の男ではないぞ!王よ!力がある!お主など、全く恐ろしゅうないわ!」と、背後に立ち並ぶ鉄格子を見た。「ああ…そうよ。居なくなってくれれば、今度は女神が我の思うがまま。さすれば気も思うがままよな。しかし、殺すなど無理よな。封じ込めておっても、その気は尚も強い。」
そうして、顎を振って合図した。そこには、杖を持った男が居た。
「…どうするつもりだ。」
シャルディークはデクスを睨み付けた。デクスは笑った。
「力だけでなく、その身も封じられてはどうだ?」デクスが手を上げると、傍の術者らしき男が杖を振った。すると、シャルディークは気で持ち上げられて傍の小さな牢へと放り込まれた。「そこで、終生過ごすのだ。誰にも気取られずにな。」
術者の腕が上がった。そこに、デクスも手を上げた。シャルディークは叫んだ。
「このようなことをしても、ナディアは我の気を探ってすぐに居場所を突き止めるぞ!」
デクスは高らかに笑った。
「分かっておるわ。だから、こうするのよ!」
デクスと術者の放った力は、シャルディークの入った牢を包んで結界を張った。それは、一見強い結界ではなかったが、特殊な結界であることは分かった。デクスは言った。
「それは、女神の気を跳ね返す力のある結界。我が、いつかこうしてやろうと編み出した技よ。ああ、やっと叶ったわ。そっちから来てくれるとはの!これで女神を思うように動かせるわ。世は我の手に落ちたようなものよ!」
デクスは出て行く。シャルディークはその背に叫んだ。
「デクス!デクス、なんという奴なのだ、主は!」
しかし、デクスは振り返ることもなく、シャルディークはそのままそこに取り残された。
出来上がって行く神殿の地下深く、誰にも気づかれることがないまま、シャルディークはそれからひと月もの間気が尽きず、そこでナディアと娘のシャリーナを気に掛けたまま、死んで逝ったのだった。