地下牢
「マイ!」
マーキスは、舞の腕を掴んだ。これを離してはならぬ…!
舞は、気が遠くなるのを感じていた。落ちて行く…かなりの高さ…。
「チビ!急げ!」
舞のウェストポーチの中で震えていたチュマが、急いで光をマーキスへと流した。マーキスは見る間にグーラになったが、大き過ぎて羽ばたいても、壁に翼が当たってしまう。しかし、翼に鋭い痛みを感じながらも、マーキスは唸り声を上げながら舞を足に掴んだまま必死に羽ばたいた。すると、下へ着くすれすれで、何とか浮き上がることが出来た。
マーキスは、そのまま下を見た。思った通り、下には山のような亡骸が折り重なって倒れていた。その中には、目の前にある鉄格子にもたれるようにして亡くなっている者も居た…おそらく、何らかの状態で落下では死に至らなかったのだろう。それもまた、不憫だとマーキスは思った。
『…今、出してやろうぞ。』
マーキスは言うと、口を開いて大きな炎を吐いた。その勢いで、鉄格子は吹き飛んで前の石の壁に当たって大きな音を立てた。マーキスはそこから牢を出ると床に降り立ち、急いで人型に戻り、舞を抱いて言った。
「マイ!マイ、しっかりせよ!」
舞は、ハッとしたようにマーキスを見た。
「マーキス…」と、慌てて回りを見た。「え、ここは?!床下に落ちたの?!」
マーキスは頷いた。
「だが、チビが間に合ったゆえ。」マーキスは、チュマの頭を撫でた。「下に激突せずに済んだのよ。」
舞は、杖を探して辺りを見回した。そして、絶句した。牢の中には、亡骸が山のように積み重なっていたからだ。
「……!!」
舞が口を押えて吐き気を押さえていると、マーキスが進み出て牢の中に落ちていた杖を拾い上げて、舞に手渡した。
「皆、哀れなことよ。即死の者はまだいい方、しかし生き残ったものは、生き地獄であったろうの。オレはそれを思うと、居たたまれぬわ。オレには鉄格子を破壊する術があったゆえ、こうして外へ簡単に出れたがな。」
舞は、気を取り直して杖を掲げ、光で自分達の回りだけ照らした。すると、マーキスの腕が血だらけになっているのに気付いた。両腕が、擦り切れたようになっている。
「マーキス、怪我をしたの?大変…、」
舞が傷口を確認していると、マーキスは言った。
「案ずるでない。グーラの体は少し、あの牢には大き過ぎたようよ。羽ばたいた時に、壁に何度かあててしもうた。だが、浮き上がることが出来たゆえ。」
舞は、手の平を上に向けて開いた。そこに、ぽうっと光が浮き上がる。サラマンテに教わった、気を集めて直接与える方法だ。
「さあ、マーキス。これを飲んで。傷の治りが物凄く早くなるから。」
マーキスは頷いた。
「巫女とはなんと便利なものか。」
マーキスは、それを口から吸収した。舞は、マーキスを見ながら言った。
「ありがとう、マーキス。マーキスが助けてくれなかったら、私今頃死んでいたか、それともとても怖くて狂いそうになっていたかどちらかだったと思うわ。」
マーキスは首を振った。
「良い。気にするな。それより、皆と合流せねばならぬ。オレが女神の石を全て持っているのだ…しかし、あの床板は閉じておるし、飛んで上がろうにも、翼が当たってどこまで飛べるか分からぬしの。」
舞は、通路を左右に見渡した。
「…ここには、罠はないわ。それに、サインも見当たらない。でも、方向から行くと、きっと要の間はこちらの方だと思うの。」と、上を指した。「ほら、あの罠の回廊が、ずっとこう、続いていたでしょう。牢も、それに沿ってあるのよ。行ってみる?」
マーキスは、頷いて舞の手を握った。
「参ろう。それしか、今はないしの。」
二人は、杖の灯りを頼りに、回廊とその下の牢を辿って歩いて行った。
アーク達は、五階へ到達していた。玲樹は、神経をすり減らしてふらふらになりながら言った。
「この、階にあるのか?」
アークは頷いた。
「もう目の前だ。だが…」
アークは、上を見上げた。圭悟が気遣わしげに問う。
「どうした?」
アークは、険しい顔をした。
「問題はここよ。我らは良い、見えるからな。ここの罠は変化する。あの、二つ並んだ扉は見えるか?」
皆は前方10メートルほど前にある、扉を見た。舞が居ないので、今は皆の腕輪の放つ光でぼんやりとし見えない。
「…なんとか見える。」圭悟が答えた。「あれか?」
アークは頷いた。
「左が要の間、右が地下牢だ。その手前に、気を読む術が施されていてな。巫女以外が通過すると有無を言わさず床板が開く。」
玲樹が、両手を軽く上げた。
「お手上げだ。気なんて変えられねぇ。」
アークは険しい顔をした。
「だが、巫女と共になら通過出来る。」と、アークはナディアを見た。「まず、オレがナディアと玲樹をあちらへ運ぶ。一人ずつオレが背負って運ぶよりない。」
玲樹が驚いたようにアークを見た。
「え、二人抱えて行くのか?!オレが何キロあると思ってるんだ。」
アークは、玲樹を見た。
「それより他に手立てはない。ナディアを一人で往復させてお前達を導かせるのも心配だ。幸い、オレには変化する罠が見えるし、ここに居る誰より体が大きい。マーキスが居たら難しかったかもしれないがな。さあ、急げ!」
アークは、背を玲樹に向けた。玲樹は仕方なくその背に乗った。そして、アークはナディアを小脇に抱えると、意を決したようにその回廊を飛び出した。
「ひえ~!」
玲樹は、情けない声を上げながら必死にアークに掴まっている。見る間にアークは、あちら側へ到達した。その手前で、間違いなく両脇の壁が光ったのを圭悟は見た。
「よし!」アークは満足げに言うと、玲樹を下ろした。「ここに居ろ。すぐに他も連れて来る。」
アークはすぐにナディアを抱いて、また戻った。圭悟は言った。
「あの、両脇の壁が光ったよ。」
アークは、息を切らせながら頷いた。
「あそこで選別しているのだ。オレの体力が満タンなうちに重い方からあちらへ運ぶ。キール、次はお前だ。」
キールが、頷いてアークに掴まる。アークは、また向こう側へと跳んで行った。
そうして、リーク、圭悟と無事に運び終わった時には、さすがのアークも息をついた。
「なんとか、最大の難関は通ったようだ。」と、扉に向き合った。「ここからは何もない。ナディア、主は要の間で待て。我らは地下牢へ、舞とマーキスを探しに入る。」
ナディアは首を振った。
「そのような。我も参りまする。」
アークは、首を振った。
「ならぬ。この罠には、あの折二人落ちておるのだ。恐らく入って降りてすぐに見えるのは、そやつらの姿。主は見ない方が良い。」
玲樹は、それを聞いて身震いした。
「なんだって?オレも残っていいか?」
アークはそれを無視して、キールとリークに言った。
「キール、リーク、お前達もナディアと共にここに残ってくれ。チュマが居らぬから、グーラに戻れぬし、ここに居った方が良い。何かあった時、ナディアを頼む。」
二人は、ためらった顔をしたが、頷いた。
「足手まといにはなりとうない。我らはこの形だとあまり役に立たぬゆえ。兄者を頼んだぞ。」
そう言うキールに、アークは頷いた。そして、要の間の扉を開けた。中は、広く、どこから光が入っているのか明るい場所だった。
三人がそこへ入って行くのを確かめてから、アークは地下牢の扉に手を掛けた。
「さあ、行くぞ。誰か光の魔法は持たないか?」
玲樹が渋々言った。
「魔法は持ってないが、工具箱に懐中電灯が二本ほどあったな。電池がどこまでもつか分からんが。」
圭悟が言った。
「なんだ、あるんじゃないか。電池が続く限りそれを使おう。」
玲樹は、工具箱を出して大きく戻し、中を探った。
「お、ペンライトもある。三本だ。」
圭悟が、大きい二本を手に取り、一本をアークに渡した。
「お前はペンライトにしとけ。はっきり見えたら嫌だろうが。」
玲樹は、これから目の前に現れるだろう光景を思ってまた身震いした。そして、コクコクと頷くと、工具箱を直し、アークが開いた扉の中を恐る恐る見たのだった。