いざ、迷宮へ
ようやく全員の食事が終わって後片付けも終え、圭悟は皆に言った。
「さあ、どうする?このままあの要の間へ入るか、仮眠してからにするか。」
アークが言った。
「前回の事を考えたら、恐らく今からなら深夜二時頃到着になるだろう。一番下の階層なのでな。」
圭悟は頷いた。
「オレは大丈夫だ。皆はどうだ?」
皆、間髪入れずに頷いた。圭悟は、それに応えて頷きながら、歩き出した。
「じゃあ、行こう。」
マーキスは、ダンキスの鞄を背負い直した。そこに、全ての女神の石が入っている。そして、アークとナディアを先頭に、要の間のサインのある入り口へと入って行った。圭悟が、中程を歩く舞に腕輪を差し出した。
「忘れていたよ。修理が出来たと王宮で渡されてたんだった。さ、着けて。」
舞は、ホッとしてそれを右腕に巻いた。カチッと音がして腕にぴったりとはまる。ボタンを押すと、すぐに起動した。
「やっと、戻ったって感じ。ありがとう、圭悟。」
圭悟は頷いて、先を促した。
「さあ、見えてる事を教えてくれよ、舞。アークは一度ここに来てるから、大丈夫だろうけどな。」
舞は、自分の杖の先を光らせて見えないもの達のために道を照らした。そして、回りを注意深く見回しながら、足を進めたのだった。
三つほどの広い部屋を抜けて、たどり着いたのはどこよりも広い空間だった。アークが立ち止まって言った。
「ここからは床に注意せよ。」
玲樹がため息をついた。
「分かってるよ。あの時の神殿と同じだ。花がダメなのか?」
床を見ると、やはりあの時の床と同じように丸い模様と花模様があった。それには、舞が答えた。
「違うわ。ここはそんな単純なものではないわ。」舞は床に目を凝らした。「…皆、アークとナディア、それに私が踏む敷石をよく見ていて。それをピッタリ同じ物だけ踏むのよ。下まで行ったら、まず大丈夫だから。」
アークも頷いた。
「まずオレが行く。次は玲樹、リーク、その次はナディア、その後ろを圭悟、キール、そしてマイ、最後がマーキスだ。それぞれ、前の者が踏む石をよく見よ。」
アークが歩き出した。玲樹が、緊張気味にそのあとに続き、リークがそのあとにしっかりとついて行く。ナディアが圭悟を振り返った。
「さあ、行きますわ。よく見てね。」
ナディアも足を踏み出す。キールが後を追った。舞はマーキスを見た。
「マーキス、行くわよ。ヤバくなったら、マーキス達なら飛べるから。すぐにチュマに戻してもらって。ここならグーラに戻れるでしょう。」
アークが、先頭で振り返った。
「ならぬぞ、マイ。よく見よ、壁も天井も罠がある。翼が当たっただけで発動するわ。」
舞は回りを見た。確かに、ここはたくさんの罠がある。舞は肩をすくめた。
「本当!マーキス、やっぱりしっかりと足元だけ見てついて来て。」
マーキスは頷くと、舞の後について歩き出した。
先頭のアークが到着したのが見えた。次々に皆が安全地帯へ足を進めて行く。ついに舞が到着し、マーキスも無事にたどり着いた。それを確認したアークがホッとして言った。
「前回はここで二人失った。最後尾の者が踏んでの。前の者も共に、開いた床下へまっ逆さまであったわ。下までは20メートルはあって…二人とも、助ける暇もなかった。」
舞は身震いした。一歩間違えば、メグだってそうなっていたかも…。
神殿なのに、確かに恐ろしい場所だと舞は思った。
次の入り口は三つあった。右と真ん中は危険地域、左が要の間だった。
「左ね。」
舞が言うと、アークは頷いた。
「ここから、階層が4階になる。5階が要の間のある階層だ。だが、この4階から複雑になって来る。しっかりついて来ないと、見えぬ者には命取りぞ。我ら見える者は、つまづいてもどこへ足を着けば良いのか分かるが、見えぬ者には分かるまい。なので、難しい…何を言っているのかは、入ってみれば分かる。」
皆は、俄かに緊張した。アークは、左の入口へ向かった。
「並びは、今のままで良い。しっかりついて来るのだぞ。」
緊張した面々の思惑は外れて、舞の杖が照らし出したその道は、すっきりとした、幅三メートルほどもある回廊だった。アークは言った。
「決して踏んではならない敷石もある。オレが歩く道を必ず歩け。」と、後ろの玲樹を見た。「見て覚えろ。オレが1メートル進んだら、後に続け。」
玲樹は固唾を飲んで頷いた。アークは、慎重に足を踏み出した。何も無いように見える回廊も、アークには何か見えているらしい。もちろん舞にも見えていた。アークがどす黒い光を放つ敷石を器用に避けて歩く中、1メートルほど進んだ時、玲樹がそろそろかと足を踏み出そうとすると、突然に横から、太い棒のような物がせり出て来てアークの足元をかすめた。アークは瞬間的にそれを避け、次の敷石に着地する。それを見ていた玲樹が、呆然とアークを見た。アークが言った。
「これよ。前を何かが通ると、壁から足元を狙ってああして石の棒が素早く伸びて来る。避けるのは簡単だが、着地する時にきちんと罠の敷石でない物を選ばねばならない。オレが踏んだのは、この石。そこで石を避けて跳んだら、必ずこの石に着地するのだ。」
玲樹は、緊張してがちがちになった。そして、必死に覚えた石を復習しながらブツブツと言い、歩き出した。皆、次は自分だと必死に玲樹の足元を見つめた。そして、アークが跳んだ地点へ到達した時、やはり横から石がせり出して来て玲樹の足元を襲った。玲樹は必死に飛んで、アークが着地したあの石へと飛び移った。
玲樹が無事にそこまで行けたのを見て、皆ほーっと息を付いた。そうして次はキールが、そして圭悟が、そしてリークが同じように跳んだ後、アークが言った。
「ここからここまでで、この石とこの石以外は大丈夫だ。ここに居ろ。オレは戻ってナディアを連れて来る。」
アークは、ひょいひょいと器用に戻ると、ナディアを抱き上げた。
「マーキス、どうだ?もう覚えたか?」
マーキスは頷いた。
「ああ。あそこまでなら無事に行けそうよ。」
アークは頷いた。
「舞はどうだ?」
舞は、見えているが今一瞬発力に自信がなかったが、頷いた。
「大丈夫。」
アークは、先に跳び始めた。
「では、こちらへ!」
マーキスが、足を踏み出した。そして器用にひょいひょいと、見えているかのように敷石を跳んで行く。舞も、置いて行かれてはいけないと、すぐにその後ろに続いた。
目の前で、せり出して来た石を避けてマーキスが跳び、舞も次にせり出した時に跳ぼうと構えたその時、すぐに後ろについて来ていたので、石が戻り掛けてすぐに戻ってせり出して来た。一度戻ってから出て来るものだと思っていた舞は、驚いてバランスを崩した。
「きゃ…!」
もろに足に石を食らった舞は、足を払われた状態で前向きに転倒した。咄嗟に着いた手は罠の石を避けていたが、着いた膝が罠に掛かっていた。
「舞!」
床が無くなるのを感じて、舞の必死に振る手は空を切った。何かに掴まれるかと思ったが、何もない。マーキスが叫んだ。
「マイ!」
マーキスの手は、舞の腕を掴んだ。だが、そのマーキス自体もその穴に落下して行く状態だった。
「マーキス!マイ!」
アークが叫ぶ。しかし下は真っ暗で、中まで見えない。その目の前で開いた床は無情にもバタンと音を立てて閉じた。
「舞!マーキス!」
圭悟が、必死に叫ぶ。ナディアが、涙ぐんで口を押えている。じっと閉じた床を見つめていたアークは、立ち上がった。
「…先へ進むしかない。」
だが、玲樹が言った。
「でも、女神の石を運んでいたのはマーキスだ!あれがないと、要の間まで辿り着いてもどうしようもない!」
アークは、玲樹を振り返った。
「要の間の横に、地下牢というサインがあった。恐らくそこからこの床下へ辿り着くことが出来るだろう。どんな状態で居るかはわからぬが、確かに石を回収することは、出来る。」
ナディアが、息を飲んだ。それは、恐らく全ての罠に落ちた者達が眠る、ここに侵入しようとした者達の墓場…。
玲樹が、生唾を飲んだ。
「…おそらく、最高にオレにとって忘れられない体験になりそうだがな。」
そこには、何百年の間眠っている亡骸が転がるのだろう。舞も、マーキスも、そこで今頃は…。
アークは、踵を返した。
「行くぞ。先を急ごう。もしかしたら、息があるかもしれない。急げば助けられる可能性はある。」
そしてアークは、また床石を睨み付けたのだった。