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サラマンダー

皆、昨日から寝ていなかったし、食べてもいなかったので、用意された食事を口を開く事もなく平らげると、お茶を飲んでやっと一息ついた。特にメグはまだ、罠に落ちた時のショックと、その後の神殿の崩壊で憔悴しきっていて、とても話が出来るような状態ではなかった。なのでナディアに付き添われて、早々に部屋へ引き上げた。玲樹が言った。

「このまま、オレはサラマンダーへ行くよ。」皆が驚いた顔をしたのを見て、玲樹は手を振った。「勘違いするな。まだ営業時間外だ。セリーンから、石を取り返して来る。寝ちまったら、夜まで目が覚めない気がするし、気になって仕方がないんだ。」

圭悟が頷いた。

「オレも行くよ。状況を説明しなきゃならないかもしれない。お前じゃ時間が掛かりそうだしな。」

舞も言った。

「私も!本当にそれが女神の石なのか確認しなきゃ。」

玲樹は、立ち上がった。

「じゃあ、三人で行くか。」

すると、マーキスも立ち上がった。

「オレも参る。ダンキスの代わりに役に立たねばならぬ。それに、シャーラがあれほど怒った場所というのが見てみたい。」

玲樹は、複雑な顔をした。

「ん…まあ、行っても理解は出来ないと思うがな。シュレーはどうする?」

シュレーは、何かを考えていたようで、ハッとしたような顔をした。

「ああ…オレも行く。」

アークが、立ち上がった。

「いや、お前は残れ。オレが行く。気になる事があるのだろう。ゆっくり考えよ。」

シュレーは、ためらいがちに頷いた。舞が、シュレーから視線を反らした。もしかして、さっきシーマが話していたアディアという女の人のこと…。

皆もそう思ったようだったが、それに触れずに歩き出した。

「さ、行こう。」

圭悟に促されて、舞もそこを後にした。


バルクの街は、活動を始めていた。

考えると、もう昼近くになるのだ。頭から、シュレーとアディアのことが頭を離れない舞は、気持ちを変えようとまたキョロキョロと回りを見た。あの時はまだあまり慣れなくて、珍しいとしか思わなかったけど、さすがにもう、位置関係を覚えなければならない。

王城が見える方向と距離で、様々なものの場所を覚えながら、舞は玲樹達について歩いた。

圭悟が、ソッと近付いて来て言った。

「舞…シュレーのことだけど、気にするなよ。あんなお堅い奴が、裏切るなんてないと思う。昔には、オレだってまあ、いろいろあったさ。いちいち気にしていたらきりがないしな。」

舞は、無理に笑った。

「うん。大丈夫。ありがとう。」

圭悟も微笑んだ。圭悟は、本当に回りに気付いて、気を遣う。ほんとにいい人なんだろうな、と舞は思った。圭悟は、それが舞の空元気だとわかるようで、何も言わなかったが、横に居てくれていた。それだけで気遣ってくれているのが分かって、舞は心が幾分落ち着いていくのが分かった。

「ここだ。」

玲樹が、横道から裏通りへと入り、奥のアイボリーの壁に優しいピンク色の屋根の、思っていたよりずっと品のいい建物の前で言った。奥まった場所で、他の派手な原色の建物に大きな看板とは違い、白い横長の細い看板に、流れるような筆記体のアルファベットの金文字で、サラマンダーと書いてある。高級カフェかレストランと言われても、そうかと言ってしまいそうな風情だった。

「…思っていたのと違った…。」

舞が言うと、玲樹は笑った。

「やってることは他の店と変わらねぇけどな。でも、セリーンは女達を大事にしてる。そこが他の店とは違うのさ。」

玲樹は、慣れた様子でその樹の扉を開けて入って行く。他の仲間も、慌ててそれについて入った。

中は、やはり明るくて、一見カフェだった。窓には良い布のカーテンが掛かっている。客が入って来たのを気取った女が、中から出て来た。

「申し訳ございません、まだ営業時間では…、」と、玲樹を見てパアッと明るい顔をした。「レイキ!まあ、どうしたの?」

その女は親しげに玲樹に抱き付くと、軽く口づけた。皆はびっくりしたが、見ないふりをした。しかし確かにその女はとても美しくて、長い黒髪に、緑の目だった。

「セリーン、すまないな、時間外なのは知ってたんだが、今日はお前に話があって。」と、皆を振り返った。「ほら、話しただろう?オレのパーティの連中だ。今、でかい仕事を任されてて…時間はあるか?」

セリーンは、頷いた。

「いいわ。でも、あなたは必ず今夜はここに泊まること。いい?」

玲樹は困ったように笑った。

「そうしたいが、まだ分からねぇ。話次第だな。」

セリーンは、ため息をついた。

「仕方ないわね。じゃあ、こちらへ。」と、皆を見た。「どうぞ。」

玲樹が、セリーンについて奥へと戸を入って行く。皆も黙ってそれに続いた。するとセリーンは、二階へと続く階段を上がって行った。


突き当たりのドアを入ったそこは、居間のような設えの部屋だった。クリーム色の大きなソファが置いてあって、窓からはレースのカーテンを通して明るい日射しが入っている。こんな店の一室というより、誰かの住んでいる家へ訪ねた感じだった。奥のソファに腰掛けたセリーンは、皆を自分の前のソファに促した。

「そちらへ掛けてくださいな。」

言われるままにそこへ座った舞は、確かに女神の石の波動を感じ取っていた。ある…近くにあるはず。

しかし、回りを見てもそれらしき物は見当たらなかった。

玲樹が口を開いた。

「セリーン、二週間ほど前、シオメルへ行ったな?」

セリーンは驚いた顔をした。

「ええ、食材の買い出しに。お酒もあっちの方が安いのよ。でも、どうして知ってるの?」

玲樹は続けた。

「雑貨屋の店主に聞いたのさ。お前、船の待ち時間に寄ったろう。」

セリーンは、思い出したようで笑った。

「ああ、ミンさんだったっけ。覚えてるわ。私の顔ばかり見て、こちらが話してもウンウン言うばかりで会話にならないの。だから手近な置物を買って、名刺を渡して店を出たのよ。」

玲樹は身を乗り出した。

「お前が美人だからだ。その時買った置物を、見せてくれないか。」

セリーンは、怪訝な顔をした。

「…あれを?」

圭悟が横から言った。

「あれは置物などではないのですよ。神殿に伝わる大切な物で、どうしてもそれが要るのです。」

セリーンは、背筋を伸ばした。

「…理由を詳しく聞かせてくださる?あれは私も大切にしているから、そうでなければ簡単にはお渡し出来ないわ。」

玲樹はセリーンが表情を険しくしたので驚いたようだったが、何も言わなかった。圭悟が代わりに頷いて、話した。

「あれは、本来バーク遺跡の神殿の奥深くにあったものです。太古の昔、女神ナディアがこの地を守るための力を皆に与えようと命の気を一方向へ流し、安定させるために設置した石の一つで、オレ達はそれを集めています。」

玲樹が言った。

「今のこの混乱は、その流れが変わってしまったことで起こっているんだ。長くその流れが育んで来た生き物達が、命の気に飢えて人を襲い、人は魔法を使うことも出来ないでいる。オレ達はそれを、元に戻そうとしているんだ。」

セリーンの表情は険しいままだった。

「じゃあ、どうして流れを変えたりしたの?私は何も知らない訳ではないわ。少し前に、他のパーティが、命の気の流れを変えて、それをライアディータだけではなく、リーマサンデにも分け与えようとそうしたのよね。それが、間違いだったというの?」

圭悟が頷いた。

「ええ。そのパーティは、恐らくそれが間違っていないと信じて行なっていたのでしょう。だが、結果はこうだ。命の気に頼って生活していたのは、何も人だけではなかったのです。魔物達も、それを糧に繁栄していたのに、それが無くなり、生きる道を絶たれてしまった。確かに魔物は厄介ですが、おとなしく人と共生していたものまで飢えに苦しんで人里を襲わずには居られなくなってしまった。元々、リーマサンデにはそのような生き物も繁栄しなかった。そんな環境ではなかったからです。なので、今のように命の気が少なくても、なんの憂いもなく生活して行ける。でも、こちらの民と魔物は違います。このままでは、魔物も人も共倒れになるでしょう。戦う術が魔法が主だったこちらなのに、その術すら取り上げられているのだから。現に、何人もの人が犠牲になっています。グール街道上の街は、皆避難して壊滅状態でした。」

セリーンは、考え込むような顔をした。そして、顔を上げてアークを見た。

「…やはり間違いだったのね。女神が行なったことが不平等なのではないかと言ったのに、違いましたってこと?」

アークが、その目をじっと見返した。圭悟も玲樹も、訳が分からずアークを見る。アークは、しばらく黙っていたが、口を開いた。

「…そうだ。オレも、あれが一番の方法だと考えた。貴重な物を、独占していいわけは無いと言われ、そうだと思っていたからな。」

舞が、じっとセリーンを見た。この感じ…。

「セリーン。」舞は、言った。「あなた、巫女?」

玲樹が仰天したようにセリーンを見た。セリーンはあっさり頷いた。

「ええ。バーク遺跡の女神の間へ行くには、巫女の力が必要だった。前回の旅に手を貸したのは私。そして、そこに居るアークも共に居たわ。」

全員が息を飲んだ。

アークはただ黙ってセリーンを見ていた。

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