真実
地上に舞い上がって水平に体勢を変えたグーラ達の上で、皆は崩れて行く神殿を見降ろした。神殿はまだ、音を立てて崩れていた…それこそ、女神の間を中心に、建物全体が崩れて行くといった感じだった。そのうちに、あの、巨大メールキンが開けた穴の近くも崩壊し始め、その上に蓋のように倒れていた巨木も落ちて行った。それを見たマーキスが、言った。
『あれのせいで、あの場からすぐに出られなかったのよ。』と、憎々しげに巨木を見送った。『アークとダンキスを追ってオレが飛び降りた時、あのチビも一緒に来ただろう。オレはチビに強く願ったのだ…この姿に戻りたいとな。そうしたら、チビから光が流れ込んで来て、この姿に戻った。アークはすぐにオレに掴まったが、ダンキスが、掴まったが一足遅くて腕と頭と脚、全て左側を打ち付けた。』
アークが、それを聞いて言った。
「しかし、マーキスに掴まっておったから衝撃は和らげられたのだ。でなければ、粉々になっておったわ。そのまますぐに地上へ戻ろうとしたのに、巨木が倒れて参って…抜け出す隙間が無くての。仕方なく出口を求めて、神殿の中を進んだのだ。」
ダンキスの息が荒い。圭悟が言った。
「とにかく、話しは後だ。ダンキスの手当てをしなければ。マーキス、キール、リーク。疲れてるだろうが、このままバルクまで飛べるか?」
マーキスは、他の二体と視線を合わせてから言った。
「もちろんよ。地上に居るより、よっぽど疲れぬわ。ここからなら、一刻ほどよ。」
そうして、一行は朝焼けが近付く中、バルクへと一気に飛んで行ったのだった。
バルクへ着いた時には、もう朝日が昇り始めていた。すぐに王宮へと向かい、早朝だったが慌ただしくダンキスの治療を頼み、リーディスに面会を求めた。
よく見ると、皆一様にどこかしら擦り傷を負っていた。再び人型になっていたマーキス達もそうだった。
「我らは大丈夫、すぐに治る。ダンキスはどうか?」
マーキスが、気遣わしげに言った。すると、包帯を巻かれて、ベッドに横になっていたダンキスがうっすら目を開けて言った。
「案ずることはないぞ、マーキス。少し休めば、すぐに旅立てる。」
バーク遺跡のことを言っているのだ。マーキスは首を振った。
「ならぬぞ。我ら、こうして変幻自在になった。ダンキスが居らぬでも、充分にやっていけるわ。ここに居れ。」
すると、そこに違う声が割り込んだ。
「そうよ、主は休むが良いぞ。」
振り返ると、リーディスが立っていた。皆が慌てて頭を下げる。リーディスは、手を振った。
「良い。ようやったの。途中途中でダンキスが報告して参っておったので、事の次第は知っておる。」と、ナディアとアークを見た。「で、主らは婚姻を済ませたとか。」
アークは、深く頭を下げた。
「は…ご報告が後になってしまい、申し訳ございません。」
リーディスは首を振った。
「まずは、めでたいことよ。主ならば良い。こんなじゃじゃ馬を守っておってくれたこと、感謝しておるしの。我もこれに責任が無うなって正直ほっとしておるわ。」と、ナディアを叱るような目で見た。「主もの、もう少し考えて行動せよ。考え無しに飛び出しおって。マイが居らねばシアでラキの手の者に捕えられておったやもしれぬのだぞ?」
シュレーが、驚いたようにリーディスを見た。
「…では、オレの部屋を荒らしたのは…」
リーディスは頷いた。
「ラキの雇ったパーティであったわ。シーマ!」
リーディスは、声を上げた。すぐに、シュレーと同じヒョウの外見の兵士が入って来た。黒い毛皮…その姿に、見覚えがあった。
「そ、それは、ラシーク!」
それは間違いなく、デューラスとシンシアと一緒に居た無口なヒョウだった。そのヒョウは、フッと笑った。
「本当の名はシーマだ。陛下にお仕えしておる傭兵よ。」
シュレーが、シーマを見た。
「そうか…お前まであんな奴らと行動を共にするようになったのかと思っていたが、違ったか。」
シーマは、頷いた。
「そんなはずはあるまい。あの女が、お前に固執しておるのは知っていたからな。オレが潜入するのが一番だと思った。うまく行ったぞ?…しかし、面倒な女だ。お前が気の毒になったわ。」
シュレーは肩を竦めた。
「頭がおかしいんだよ。それで、お前が調べたのか。」
シーマは頷いた。
「そうだ。この度陛下より帰還のご命令が下ったので、あちらを出て来た。今頃は作戦変更を余儀なくされておるかもな。オレが出て行ったのが、ただの気まぐれだと思っていたらそうはならないだろうが、ラキはそこまで馬鹿じゃあるまい。」
「じゃあ…どういうことかわかるんだな?」ダンキスが、力なくかすれた声で言う。「黒幕も。」
リーディスがダンキスを制した。
「全て話すが、主は何も考えず休んでおれ。任務に戻れる状態になることだけを考えよ。」と、他の皆を見た。「体に余裕のある者だけ来るが良い。後は部屋を準備させておるゆえ、休むのだ。」
しかし、全員がリーディスに付き従おうと足を向けた。リーディスは苦笑した。
「全く、長生きせぬぞ、主らは。」
リーディスは、呆れたように言うと、先に立って歩いて行った。
宮殿の中をリーディスの部屋に抜けて歩いて、その豪勢な居間に入ると、リーディスは椅子を示した。
「どこなり座るが良い。」
皆は、広い居間なのにあまり離れず固まって座る。リーディスは正面の椅子に座り、シーマはその横に立った。リーディスは口を開いた。
「此度、シーマが戻ったことで疑念が確信に変わっての。」リーディスは険しい顔で言った。「我は今まで折角に落ち着いているリーマサンデとの関係を、荒立てとうはなかった。なので、水面下で調べさせておったのだ。しかし、秘密裡に会談した時のリシマに不信な様子もなく、それどころかあの無愛想だった奴が、命の気の流れが変わったせいか友好的な雰囲気になったと感じた。しかし、事態は悪くなっておるしの。疑わぬ訳には行かなくなった。なので、数人の間者を潜ませたが、このシーマとあと一人以外、皆すぐに消息を絶ってしもうた…なので、こちらにも間者が居ると疑わざるを得なくなった。」
シュレーは、険しい顔をした。
「それが、ラキだったのですね。」
リーディスはため息と共に頷いた。
「あれは、子供の頃に難民として山で居て、餓死寸前のところを拾ったのだ。戦の後であったし、我も責任を感じての…あれを教育して生きる道を与えようと思うた。すると、思った以上に優秀であったので、ああしてすぐに軍で台頭したのよ。しかし、誰をも疑うべきだと思った我が全ての側近に別々の偽の情報を流した結果、敵が動いたのはラキに渡した情報に基づいた方法だった。そこで、ラキが敵の間者であることが分かったのだ。」
シーマが、下を向いた。
「あちらへ潜入して、オレは他の間者の末路を目の当たりにした。殺されるならまだ良い方だ。皆、あちらで変な部屋へ連れて入られて、出て来たら一様に気がふれておったのだとデューラスから聞いた。そこは、我らでも入れぬ場所で、中で何があったのかは分からない。ただ牢へ訪ねて話し掛けても、もはや何も分からないようだった。」シーマは、シュレーを見た。「シュレー、その中には、アディアも居る。」
シュレーは、目を見張った。しかし、他の仲間達には誰のことか分からなかった。圭悟が、言った。
「昔の仲間か?」
シュレーは頷いて視線を反らす。シーマは言った。
「唯一こいつが気を許していた女だ。見た目は柔だが、それは魔法に長けた奴でな。」
シーマは、何も知らないので普通に話していたが、他の皆は落ち着かなかった。それはもしかして…。
だが、舞の手前、誰も何も言わなかった。リーディスが言った。
「皆、大変に優秀なもの達なのに。ラキの事に気取れなかったばかりに、みすみす敵の手に渡してしもうた。」リーディスは、皆を一様に見渡した。「事は、前回の大きな変動からであった。あれも、世のためなどとうそぶいたリシマにかどわかされたもの達によってなされ、今の我が国の混乱を招いた。」
玲樹は、身を乗り出した。
「では、リーマサンデのリシマ王の命令で、こんなことに?全て、リシマ王の策略なのですか。」
リーディスは頷いた。
「そうだ。あやつが命じておることだ。この上ナディアを拐い、さらに命の気を得ようとしておるらしい…そんなことをして、何をしようとしておるのか、シーマにも探れなんだがの。」
シーマは頷いた。
「側近以外には、リシマ王は目通りしないからな。我らなど、金で雇ったパーティだと思われているから。」
リーディスは、皆を見た。
「あちらへ攻め入って、兵をこれ以上無くしたくない。あちらが表立って攻め入って来たら動くが、多くの兵士や市民を巻き込みたくないゆえな。なので主ら、これは厳しい任務になろうぞ。支援は惜しまぬが、リーマサンデへ行ってもらわねばならぬ。そして、リシマの真意を確かめて、始末するのだ。出来るか。」
圭悟は息を飲んだ。そこまで、オレ達がするのか。シュレーが言った。
「オレやアークと違って、こいつらは軍の訓練を受けているようなやつらではありません。やはり、戦闘員に命じるのが一番ではないでしょうか。オレがその戦闘員を率いてあちらへ参りましょう。」
リーディスは、首を振った。
「我が国の、今残っておる精鋭の面が皆、割れておるからよ。本当ならシュレー、主は目立つし外したいぐらいぞ。あちらが知らぬ顔でなければならぬ。」
シュレーは食い下がった。
「しかし、ラキはこいつらの顔を知っている。面が割れているといえば、こいつらもではないですか。」
リーディスは、ためいきをついた。
「主は、下っぱの兵士にまで名が轟いた傭兵。ラキに知られるというレベルではない。こやつらは大丈夫だ。」
圭悟が、皆を見た。皆、不安そうに圭悟を見返す。
「…陛下、それは女神の石をバーク遺跡へ戻して来てからお答えするのでよろしいでしょうか。まだ、回収しなければならない石がこの街にありますし。私達にも覚悟が要ります。」
リーディスは、頷いた。
「良い。とにかく、今日はもう休め。日も高くなった…このまま休んで、明朝発つが良い。」
圭悟が立ち上がり、皆もそれに倣った。そして、そこを後にした。