崩落
魔法技は、案外に良くきいていた。
しかし、側の三階建ての建物より大きなメールキン相手に、倒すことはやはり無理なようだった。マーキスが唸った。
「元の姿であったなら、あやつの急所である二番目の背びれを食いちぎってやるものを。」
アークが見上げながら言った。
「確かにな。普段はここまで大きくないので倒すのは簡単な種であるのに。」
「飛べぬのは、なんと不便なことか!」キールも言った。「地を這いずり回るなど性に合わぬわ。」
グーラ達は、ピリピリとしていた。確かに格下になる魔物相手に歯がゆいのだろう。しかし、相手はあり得ないほど大きくなったメールキンなのだ。
しかし、イライラしているのは、その巨大メールキンも同じようだった。いつまで経っても捕えられない細かいエサ達が、魔法技で痛めつけて来るうえ、ちょろちょろと鬱陶しい…。
「隙が出来たら、そっちの建物の神殿らしき場所の方へ逃げろ。」シュレーが、舞達に言った。「先に女性が。オレ達が引き付けておくから。」
アークが、ナディアを見て頷いた。
「もうあちらしか逃れられぬ。ここの神殿がどうなっておるのか分からぬが、あんな化け物より良いであろうから。」
ナディアは、首を振った。
「命の気の補充もありまする。アークを置いてなど…」
アークはフッと笑った。
「オレは大丈夫だ。すぐに後を追う。」と、顔を上げた。「シュレー、向こうで魔法を発動してオレが引き付ける。あちらがどうなっておるか分からぬのだから、ナディアをお前達に守ってもらわねば。」
シュレーは術を出しながら迷うような顔をしたが、頷いた。
「分かった。」
すると、メールキンが足踏みをした。地が大きく揺れ、足元の石畳が崩れ始めた。
「時間がない!行くぞ!」
アークは、崩れ始めた石畳の中を、身軽に跳んで向こう側へ渡って行く。ダンキスがそれを見てすぐ、背中の大きな鞄をマーキスに放って寄越した。
「オレも行く!頼んだぞ、マーキス!」
ずっしりと重いその中には、集めた女神の石が入っていた。
「ダンキス!」
マーキスが叫ぶ。ダンキスはもう、アークを追って向こう側へ着いていた。アークと共に術を発動させる。それを見て、シュレーが叫んだ。
「行くぞ!早く!」
「アーク!!」
ナディアが叫ぶ。そんなナディアを、玲樹が小脇に抱えて皆と神殿へ走った。足元の石畳は、もう後ろから崩れて追って来ている。神殿にたどり着いた皆は、ダンキスとアークの方を振り返った。
ダンキスが、必死にメールキンの足を剣で切り付けていた。アークも、魔法技を次々に出してメールキンの注意を引き付けている。
「…今少し!」
アークが叫んだ。石畳がメールキンの背後まで崩れているのだ。
「ダメ!アーク!!」
ナディアが涙を流しながら叫ぶ。
「ダンキス!」マーキスも叫んだ。「クソッ、なぜに飛べぬ!こんな体…要らぬのに!」
チュマが、悲しげにマーキスを見ている。舞も、唇を噛んだ。どうにか出来ないのか。
しかし、石畳は崩れ、その巨大メールキンの足元を後ろから襲った。
「ギュオオオオ!」
メールキンは叫び声を上げた。しかし、メールキンには翼もなく、それに無駄に大きくなっているその体に自由がきかないようで、後ろ向きに崩れた地下へとのたうちながら落ちて行く。
「アーク!アーク!!」
ナディアが、悲痛な叫びを上げる。先に、メールキンの足元に居たダンキスが崩れ落ちた石畳と共に落下し始めた。アークが、それに手を差し伸べたがアークの足元も崩れ、二人はメールキンの後を追うように真っ暗な地下へと吸い込まれて行った。
「ダンキスー!!」
マーキスの声が叫ぶ。そして、キールにダンキスのカバンを投げて寄越すと、すぐにその暗闇に向かって飛んだ。
「マーキス!やめろ!」
圭悟が叫ぶ。しかし、マーキスはその暗闇の中、人型のまま飛び降りて消えて行った。チュマが、思い切ったように舞のウェストポーチから飛び出して、マーキスを追って落ちて行った。
「チュマ!駄目よチュマ!!」
舞が叫ぶ横で、ナディアが泣き崩れた。
「ああ…!アークが!我の夫が…!」
キールも、そこに開いた大きな穴を、悲しげに睨み付けていた。もしも、自分達が飛べたなら。グーラと呼ばれるあの姿のままであったなら。こんな穴など怖くはなかったであろう。
皆が見ている目の前で、傍の大木が足元から崩れて倒れて来た。
「危ない!奥へ!」
シュレーが叫び、皆を無理矢理押して下がらせる。目の前に、巨木の枝が倒れて来た。その木は大きいので穴には落ちなかったが、穴を塞ぐようになってしまった。
「この下が、空洞になっていたのか。」圭悟が、回りを見回して言った。「神殿の地下は、大体迷宮みたいな感じになっているよな。万が一のために、女神の間には、巫女や仕える者以外は入れないようにしていたんだ。」
シュレーが頷いた。
「おそらくそうだろう。だから、メールキンが暴れたせいで崩れたんだ。」シュレーは、横にある狭い階段を見た。「…そしてだいたいが、入り口は狭い。きっと、ここから地下へ降りて行けるな。」
キールが、シュレーを見た。
「ならば、急がねば。兄者とダンキスの所へ降りて参れるのだろう?!あの巨木のせいで、ここから降りるのは無理ぞ。こちらから参ろう。」
シュレーは、玲樹と圭悟を見た。
「どうする?あの穴は深い…あいつらが助かったかどうかわからん。皆を危険に晒すことになる。」
圭悟は、言った。
「行こう!置いてなんて行けない。身を挺してオレ達を救ってくれたんだ。行くしかない。」
舞も言った。
「チュマも、きっとマーキス達を人にしてしまったから、責任を感じたんだと思うの!お願い、行こう?シュレー。」
シュレーは頷いた。
「オレは元より行くつもりだ。だが、皆で降りて大丈夫かと思ったんだ。まだ崩れるかもしれんしな…オレと、圭悟と玲樹で行って来ようかと思ってるんだが。」
キールが首を振った。
「オレも行く。こんな所で待ってなど居れぬわ。兄者の身が危ないやもしれぬのに。もしや、瀕死に陥っておったら…。」
キールは、自分で言って身を震わせた。グーラは、仲間意識が誰より強いと聞いている。マーキスを失うなど、考えたくもないのだろう。
「私も、こんな所でじっとしてなんて居られないわ!チュマが落ちて行ったのに。」
舞も言う。ナディアが顔を上げると、涙を拭いて言った。
「我も!アークを人様に任せておくなど出来ませぬ。我も探しに参ります。我だって、気の補充が出来まするもの。」
玲樹が、肩を竦めた。
「シュレー、どうせこいつらはついて来るって。それに、前回の時に学習したじゃねぇか。バラバラに行動するのは良くない。一緒に行こう。その方が戦力が分散しないでいい。」
シュレーは、頷いた。
「わかった。じゃあ、オレが先頭を歩く。」
「いいえ、我と舞が先を。」皆が、驚いたようにナディアを見ると、ナディアは付け加えた。「神殿は、巫女でなければ分からぬサインがあちこちにありまする。それを見逃すと、罠が発動して命を落とすことにもなりかねませぬ。我らがそれを見ながら進む。シュレーには、すぐ背後からついて来てもらいまする。」
圭悟は、息を飲んだ。そうか、古来から神殿には命の気が集まるとされていて、たくさんの貢物がひしめいていた。それで、迷宮になっていたり、罠が仕掛けてあったりするのだ。
「では、先を頼む。」
ナディアは、舞に頷き掛けた。舞は、意を決してナディアと並び、狭い階段を、皆を先導して降りて行ったのだった。