変化
その日のうちに、メル高原を抜けてミーク平野へ出ることが出来た。しかし、そこでやはりマーキス達にも疲れが見え始めたので、前日と同じように街道沿いの無人の小さな村に入り、早々と休む準備を始めた。もうすっかりグーラの世話係になっていた圭悟が、前日と同じようにせっせと水を汲み、肉や野菜を皿に盛り、命の気の玉を口へ投げ入れた。疲れが激しいので、玉は二個ずつにした。
マーキスが言った。
『良い感じよ。やはり、命の気は回復に良いの。これが無いと、我らとて疲れがとれぬのだ。』
リークがマーキスを見た。
『兄者、キール、すまなかった。もうすっかり回復したゆえ、明日は三人乗せて飛べる。』
キールが言った。
『おお、血色が良くなった。さっきは死にそうな顔をしておったものの。』
圭悟が、安心したようにリークの首を撫でた。
「良かった。無理させてごめんな。でも、こんなに短時間でここまで来れたなんて、やっぱり来てもらえてよかったよ。」
マーキスが微笑んだようだった。
『主も疲れただろう。乗っておるものも落ちぬようにと気を遣うものと聞いた。食して来ると良い。』
圭悟は、いい匂いがして来たあちらを見た。アークが奮闘しているのが見える。
「じゃあ、そうしようかな。また明日な、マーキス、キール、リーク。」
圭悟は皆に合流した。それを見送って、キールが言った。
『変わった人よのう。我らを見る目が里の人とは違う。』
リークは頷いた。
『オレもそのように。』
マーキスがフフンと鼻を鳴らした。
『我らは仲間なのだと。飼いグーラなどと呼ばぬのだ。事実は飼われておるのは分かっておるが、オレもあやつの力になってやりたいと思うた。仲間としての。』
キールは驚いた。
『兄者…兄者がそう言うのなら、我らもそのように。』
リークも頷いた。マーキスは翼を畳んで、近くに敷かれた厚みのある敷物の上に丸くなった。
『さ、明日も飛ばねばならぬぞ。もう休もう。』
三体は集まって丸くなると、目を閉じた。
夕飯が終わって舞達が談笑していると、ふと、チュマはそこを抜け出してグーラ達の方へふわふわと飛んで行った。グーラ達は、三体集まって丸くなって目を閉じていたが、ブルーグレイの一体がちらりと片目を開けてチュマを見た。
『…なんぞ。我らは休む。』
チュマは、不思議そうにそのグーラを見た。それは、舞がマーキスと呼んでいるグーラだとチュマは思った。
『マーキス。』チュマは甲高い声で言った。『どうしてかな。ボク、マーキスが気になるの。』
マーキスは顔を上げた。
『気になるとはなんぞ。我ら種族も違うし、そもそもお前も雄だろう。』
チュマはぶんぶんと首を振った。
『そうじゃないよ!』と、チュマは言葉を探した。『マーキスって、なんか違うんだよ。』
マーキスは眉を寄せた。
『何が違うのだ。あのな、我らは疲れておるのよ。いい加減にせよ。ではの。』
マーキスは、また目を閉じた。チュマはまだ何が違うのかとじっとマーキスを見ていたが、マーキスが全く相手にしなくなったので、そのままそこで眠ってしまったのだった。
舞が、チュマを探してそこへ来て、その姿に微笑ましい気持ちになった。
「見て、シュレー。」舞はふふと笑った。「ほんとなら、グーラに食べられちゃう関係なのに、チュマったら。」
シュレーは苦笑した。
「自然界では有り得ぬことであるのだぞ?全く…どうする?」
舞は、シュレーの手を取った。
「いいじゃない。このままにしとこう?仲良くなったなら、よかったわ。」
チュマは、マーキスとキールの間で挟まって寝ていた。シュレーは頷いた。
「ここでしか見られない光景だな。」
「あっちの世界だったら、写メ撮ってたわ。」
舞とシュレーは、チュマをそのままにして、皆の所へ戻って休んだのだった。
次の日の朝、メグの悲鳴で皆が目を覚ました。
「きゃーーー!!」
何事かと皆がとりあえず武器だけを握り締めて飛び出した所には、素っ裸の男が三人、眠っていた。しかし、メグの声に目を開ける。
「なんぞ、朝からうるさいの…。」
圭悟が叫んだ。
「グーラ達は?!」必死に回りを見て探している。「ここに居たのに。グーラ達はどこへ行った?!」
目の前の、ブルーグレイの髪に、青い瞳の男は言った。
「ケイゴ、どうした。目の前に居るではないか…それにしても、主、一晩で大きゅうなったの。」
圭悟は、じっとその目を見た。そのキツい切れ長の青い瞳、そして何よりこの声…胸の青い宝石の首飾りは…。
「…マーキス?!」
相手は、眉をひそめた。
「そうよ。なんだ、朝からキンキンと叫びおってからに。」と、後ろを振り返った。「…なんだ、主らは。」
後ろの二人は、戸惑って目を合わせている。一人は赤紫の髪に金色の目、もう一人は浅黄色の髪に緑の目だった。
「…兄者。」
赤紫の髪の男の方が、言った。その声に、ブルーグレイの髪の男は目を見開いた。
「キール?」そして、自分の手を見た。「…な…なんだこれは!」
愕然としている皆の足元で、チュマがコロンと転がった。
『んーよく寝た。』と、舞を探してきょろきょろした。『マイ?おはよう~。』
呑気なチュマは、舞の腕に飛び込んだ。舞は、ハッとして言った。
「チュマ…ひょっとして、あなた、何かしたんじゃ…。」
チュマはきょとんとした。
『何かって何?ボク、マーキスのこと、変わっているなーって思って、どこが変わってるのかなーって考えながら寝たんだよー。そしたら、ここで寝ちゃってた。あのね、夢ではマーキス達は、人だったのー。』
…それだよ。
舞は思った。シュレーも我に返って、チュマに言った。
「チュマ、見ろ。」と、チュマを人型のマーキス達に向けた。「夢では、こうだったか?」
チュマは、驚いたように三人を見て、嬉しそうに笑った。
『そうそう、こんな感じ!すごいね、こんな術があるの?マーキスったらこんなことが出来たんだ。』
「出来ぬわ!」マーキスの人型が叫んだ。「早よう元へ戻せ!これじゃあ飛べぬではないか!」
チュマは首を傾げた。
『元に?どうやって戻すの?』
「こっちが訊きたいわ!」
マーキスは裸に大きな首飾りを下げた状態で叫んでいる。確かにとてもいい男だったが、これでは目のやり場に困る。舞は、チュマに言った。
「だったらチュマ、せめて服をなんとか出来ない?裸じゃ困るから。」
チュマは、ふわふわと浮いて、首を傾げたが、頷いた。
『念じてみる~。』
チュマが空を仰ぐと、すっと光が降りて来て、マーキス達三人はすぐにシュレー達が着ているような服をまとった姿になった。それを見て、チュマは喜んでいる。
『わーいマイ!出来たよ~。』
きゃっきゃとはしゃぐチュマに、責めることも出来ずに、舞は苦笑した。マーキスは、憮然として言った。
「どうするのだ。我らがこうなったら、主らが困るのではないのか。首都までは、もう少しであるのに。」
ダンキスが言った。
「仕方がないの。予定より早く進んでおるし、歩いてもここからなら二日も掛からんだろう。今日中に着けるつもりでおったゆえ、残念ではあるがの。」
マーキスはダンキスを見た。
「そんなことを言うておるのではないわ。これでは何のために我らが来たか分からぬではないか。この辺りには、魔物の群れがおるのであろうが。あの姿であったゆえ、牽制も出来たのに、これでは寄って来るのではないのか。戦い通しで首都へ入るつもりか。」
アークが、ため息を付いて言った。
「確かにお前の言う通りだが、仕方があるまい。その姿で戦えとは言えぬが、人の姿になっても良い体格をしておるし、恐らく何か出来るであろうよ。この際であるから、とにかく慣れよ。そのうちに、チュマも戻し方が分かるようになるであろう。」
マーキスは、横を向いた。
「…ほんに子供の戯言に付き合わされる身にもなれ。」と、キールとリークの人型を見た。「お前達も、少し慣れよ。ここよりこの体で行かねばならぬようだぞ。」
見ると、マーキスがアークぐらいの大きさと体格なのに比べ、キールは玲樹ぐらい、リークは圭悟ぐらいの大きさなのが見て取れた。グーラの時にはあまりはっきり分からなかった体格差が、人型になったらよく分かった。
圭悟が、マーキスに歩み寄った。
「とにかく、朝飯にしよう。きっと、その体だと腹が減るからな。」
マーキスは肩を竦めた。
「ま、これで主に世話にならずとも食す手段が出来たのだから、良かったと思うようにしようぞ。しかし小さい体よの。軽いゆえ扱いは楽だが。」と、圭悟について歩き出しながら、通りすがりにチュマに言った。「こら、早よう戻し方を考えよ!皆に迷惑を掛けておるのだぞ。笑ろうておる場合ではないわ。」
そう言って、チュマの額辺りを指で軽くトンッと突くと、圭悟と共に歩き去った。
舞は、チュマの能力をもっと研究しなければと強く思った。