石の行方
皆が、驚いた顔で圭悟達を見る。
何しろ、ミガルグラントまでではないものの、大型の魔物、グーラを三体も連れているのだ。きっと、このままでは街に宿を取ることも叶わないだろう。
皆の視線が痛かったが、三体のグーラ、マーキス、キール、リークはとても行儀よかった。回りをきょろきょろと見回してはいるが、手を出したり翼をばたつかせたり、まして炎も吐くことはなく、ただ翼をたたんで歩いてついて来ていた。皆の視線も否応なく受けていたが、それでも胸に輝く大きな、いかにも高価そうな首飾りを前に、斬り掛かって来る者はいなかった。
そんな中、シュレーは余裕なく舞を引っ張って、雑貨屋のミンの店へと入って行った。中から、熊の人型のミンが出て来た。
「なんだ?!あの影…グーラじゃないのか!」
ミンは、店の外の通りに置いて来たマーキスの影に怯えて叫んだ。シュレーは、そんなことよりあの時見た女神の石を探していた。舞がミンに言った。
「あれは飼ってるグーラなので、大丈夫。それよりミンさん、前にここで見た置物とか言ってた透き通った緑の棒みたいなの、あります?」
ミンはまだ訝しげに、戸についている曇りガラスに映るマーキスの影に怯えていたが、言った。
「緑の棒だって?」
シュレーが苛立たしげに頷いた。
「そうだ、あの透き通った緑のやつだ。山から来たみすぼらしい旅人から買ったとか言っていたろうが。」
ミンは、まだ戸の方を見ながら言った。
「ああ…あれか。あれは、飲食店を経営してるとか言う女に売ったぞ。」
「ええ?!」
舞とシュレーが叫ぶ。すると、戸が勢い良く開いた。
「どうした?!あったのか?」
マーキスと一緒に待っていた圭悟が、気になって中を伺っていたらしい。横から、マーキスも首を突っ込んで来た。
『…いや、あの石の匂いはしないな。』
ミンが悲鳴を上げてカウンターの向こうで身を縮めた。マーキスが眉をひそめてつまらなそうに言った。
『なんだ。猛獣のナリをしておる癖に気の小さいことよ。』
シュレーが、ミンに詰め寄った。
「そんなことはどうでもいい。どんな女だ?!どこへ行った?!」
ミンは、まだおどおどしたまま言った。
「ええっと…やたら綺麗な女だったな。ここに直接買い付けに来たほうが安くていいものが手に入ると言って、食材をしこたま買い込んだって。」ミンは、思い出そうと眉を寄せた。「えーっと、バルクだ。バルクで飲食店を経営してると言ってた。」
圭悟が言った。
「それで、どこに泊まるって?!」
ミンは首を振った。
「もう一週間ほど前だぞ。帰り際、船の時間を待つのにふらりと寄ったみたいだった。」ミンは、少し落ち着いて来たようで、思い出すように遠くを見た。「ほんとにいい女でなあ…歳は30ぐらいなんだが、色気があって。あの置物を見て、ひと目で気に入ったと言って買ってくれたんだ。それも、つけてた値の倍でだぞ?羽振りがいいのかと思ったな。」
シュレーは歯ぎしりした。一週間前と。だったら、もうバルクに帰りついている頃だろうか。ハン・バングから鉄道なら、まだかもしれない。
舞が、そんなシュレーを気遣いながら言った。
「ミンさん…まさか、その人の名前とか分かりませんよね?」
ミンは、ハッとしたように舞を見た。
「名前?ああ、そうだ名刺をもらった。」と、ミンはごそごそと懐を探った。「店の名刺だから、バルクに来たら寄ってくれと言って…ああ、これだ。」
ミンは、綺麗な薄ピンク色の名刺を出した。
シュレーが、その名刺を見て固まっているのに、舞は怪訝そうな顔をしてそれを横から覗き込んだ。
そこには、サラマンダーと書いてあった。
「だから、長い真っすぐな黒髪に緑の目の女だ!」シュレーは、玲樹にまくしたてた。「30ぐらいの。お前、知ってるだろうが!」
玲樹は、旅に備えて食料の買い出しの方へ行っていたので、事の次第を知らない。驚いたようにシュレーを見た。
「女は誰でも知ってる訳じゃないぞ!いったいどこの誰なんだよ。」
圭悟が、見兼ねて助け舟を出した。
「サラマンダーの、すごいいい女だって聞いたんだけど。」
玲樹は、ああ、と頷いた。
「セリーンか。確かにあいつはいい女だが、それがどうした。」
舞が答えた。
「あの雑貨屋へ寄って、女神の石を置物だと思って買って行ったようなの。もう一週間ほど前に。」
玲樹は眉を寄せた。
「…ヤバイじゃねぇか。セリーンを追わなきゃならねぇな。」
シュレーがぷりぷりして言った。
「全く、あれが何か知らないで軽い気持ちで買って行かれたら困る!早いとこバルクへ向かおう。」
玲樹がシュレーを見て憮然として言った。
「あのな、普通の人間ならあれが何かなんてわからねぇだろうが!店に並んでて気に入ったら買うだろうよ。セリーンが悪いんじゃねぇ。それにセリーンは30じゃない、今年40になったばっかだ。身よりの無い困ってる女達を雇って、一人で店を切り盛りしてるいいヤツなんだぞ。」
シュレーは、何も言わずに横を向いた。さすがのマーキスも声を落として圭悟に言った。
『なんだって諍いを起こしておる?サラマンダーとはなんだ。』
圭悟が、もっと声を落として言った。
「男が、女性と飲食しながら遊ぶ場所だよ。マーキスには関係ない場所だろうが。」
マーキスは首を傾げた。
『いや、何とのう分かるぞ。ダンキスが昔、街でそんな場所に行ったとシャーラの耳に入って、大変な騒ぎになったことがあっての。あの時は訳がわからなんだが、あれであろう?』
圭悟は驚いた顔をした。
「え、そんなことがあったのか?」
背後で、ダンキスが顔をしかめた。
「こらマーキス、余計なことを言うでない。もう懲り懲りよ。やってられぬわ。」
マーキスは神妙な顔をした。
『よく分からぬが、良いことをする場ではないようだな。シャーラの怒りようは、並ではなかったからの…我らも、あの時は隅に寄って嵐が過ぎ去るのを待ったものよ。シュレーは、そんな場が嫌いであるからそこで働く女も嫌いで、あのように憤っておるのであろう。』
あながち間違ってもいないかもしれないが、全てがあっている訳でもなかった。だが、圭悟はあえて何も言わなかった。
アークが、痺れを切らして言った。
「とにかく、シオメルでの食糧の買い出しは終わった。グーラ達の命の気の玉も十分に持ったし、足りなくなればマイとナディアが作れば良いので大丈夫だ。一刻も早くバルクへ向かおうぞ。ここからバルクなら、三日と少しだろう。」
ダンキスがアークを振り返った。
「直線距離をグール街道の上空を飛ぶのか。途中、休むのにグール街道上に降りることになるが…。」
アークは頷いた。
「確かに魔物が多いが、ミクシアで張っていたのと同じ、命の気を遮断する膜を張れば野営出来る。それは、ナディアとマイに確認済みだ。」
舞とナディアは頷いた。
「サラ様お一人でも張れたもの。我ら二人居りまするゆえ。ご安心を。」
シュレーが、サッと踵を返した。
「よし。もうここには用はない。街道へ出て飛ぶぞ!」
皆は頷いて、シオメルの門へと向けて歩き出した。三体のグーラ達も、黙ってそれに付き従って歩いて行ったのだった。
舞にとっては、初めてのグール街道だった。
広い高原の中を、ずっと道が続いていて、景色は最高だった。だが、恐らくいつもはそうではないのだろうが、魔物が多かった。街道上に、ずっといろいろな魔物が群れを作っていて、魔物同士の諍いも起きていた。力尽きて倒れている魔物も多数見た。その上、倒れているパーティもいくつか見つけた…これは、既に手遅れだと、上空からでも見て取れたので、位置を腕輪で王宮へ送り、届けを出しながら飛ぶという感じだった。
そんな状態なので、聞いていた通り人っ子一人いなかった。居るのは、魔物だけだった。街道上の小さな村々も、既にもぬけの殻で、おそらくどこかへ避難したのではないかと思われた。しかし、間違いなく生活をしていた跡は残っていて、畑などもそのままに残っており、舞は心を痛めた。早く、気の流れを元に戻さなければ…。
夕日が、地平線に沈んで行く頃になると、さすがのグーラ達にも疲れが見え始めた。ダンキスはそこで野営を決め、グーラ達を街道の脇の、小さな村々のうちの一つへと降ろした。
「遮断の膜を張ってくれないか。」
アークに言われて、舞は一番最初のページに書いた呪文をちらと見て確認し、ナディアと共に手を上げた。そして、二人で声を合わせて呪文を唱えると、そこには綺麗に半球を描いて、薄い膜が出来た。
「やった!完璧ね?」
舞は、ナディアと喜びあった。ダンキスが、傍の井戸を見た。
「良し、枯れておらぬぞ。さあ、グーラ達も休ませて、我らも飯にしよう。」
圭悟がせっせと水を汲み上げてグーラ達の前に置いた桶に流し込んでいる。舞とメグは、買って来てあった食材を出して、アークを手伝って夜ご飯の準備に取り掛かった。
やはりアークは、大変に手際が良く、それはたくさんの人数を賄う食事でも変わらなかった。舞は、ただ感心してそれを見ていた。
圭悟が、グーラ達に命の気の玉を与えて、肉などの乗った皿をマーキスから順番に並べると、三体のグーラはそれをほんの数口で平らげてしまった。足りなかったかと思っていたら、グーラ達はそれで満腹のようだった。
「食べるの、めっちゃ速いな。」
圭悟が言うと、マーキスが答えた。
『主らが、時間を掛け過ぎるのよ。食しておる時、一番隙が出来るもの。長い時間そうしておったら、隙だらけで危険も増えよう。だいたい一口か二口で終わらせるのが普通であろう。』
横の、キールが言った。
『そう、見ていてハラハラする。今のお前達など、我らが本気になれば簡単に食われるぞ。そんなつもりはないが。』
するとあちらから、アークの呼ぶ声が聞こえた。
「ケイゴ!飯が出来た。」
圭悟が立ち上がってそちらへ向かおうとすると、マーキスが言った。
『ま、無理をするでないぞ。主らが食しておる間は、我らが回りを見ておるゆえ。安心せい。』
そう言うと、マーキスとキールとリークは、ぶらぶらと村の膜の中を囲むように歩き出した。圭悟は笑った。
「お前達みたいな仲間が居て、心強いよ。」
マーキスは、少し笑ったようだった。
圭悟は、皆の所へ食事をするために走った。




