仲間
圭悟は、明けて来た清々しい空気の中、村の外れの小さな川の所で立ち止まった。黙って歩調をゆっくりと合わせて歩いて来ていたマーキスに、圭悟は言った。
「まあ、座れよ。」
マーキスは、圭悟の横に翼を畳んで足を揃え、待機の姿勢になった。圭悟は言った。
「マーキス、今世の中で何が起こってるか知ってるか?」
マーキスは首を振った。
『知らぬ。そんなことは誰も我らには言わぬからの。何しろ、飼われておる身であるから。』
その口調には、皮肉が混ざっていた。圭悟は言った。
「命の気のことは知っているだろう?一年以上前、オレ達みたいな民間人の集まりが、世を良くすると信じて、あの山の頂上、デルタミクシアとオレ達が呼ぶ場所から、バーク遺跡に向けてまとまって流れていた気を、山の向こうの国、リーマサンデにも均等に振り分けようとある機械を使って変えてしまったんだ。うまく行ったように見えた…だが、こっちに来る気が極端に減ってしまって、命の気に頼っていた全ての生き物がそれを摂れなくなった。特に魔物達は、命の気で生きてるから、飢えておとなしかったものまで人を襲うようになったんだ。」
マーキスは、驚いた顔をした。
『…確かに、ここの皆も魔法を使わなくなった。使うと、山から魔物達がわんさかやって来るゆえの。なので我らに与えられる気も、シャーラが術を掛けて玉になっておった…だからなのか。』
圭悟は頷いた。
「そうなんだ。それでオレ達は、ミクシア…ほら、最初に連れて行ってもらった小さな村だ…に居る巫女に、どうすれば元に戻るか聞きに行ったんだよ。それで、その方法が分かって、気の流れを変えている機械の中にある女神の石を回収するために、山に行った。マーキス達と別れてから、オレ達は山の向こう側へ歩いてそれをやってたんだ。そこで、キール達と会ったって訳だ。」
マーキスは圭悟を見た。
『それで、その石は集め終わったのか?』
圭悟は首を振った。
「全部で8つあるうち、あるのは7つ。後の1つは恐らくシオメルっていうこの近くの街に有りそうなんだが、まだ分からない。どちらにしても、早く集めて、バーク遺跡に行かなきゃならないのに、ここからバーク遺跡は遠い…海に近いからな。オレ達の持ってる手段だと、14日は掛かる。だが、お前達なら5日で飛べるんだよ。」
マーキスは、圭悟から視線を外して川の方を見た。
『…知らなかった。ダンキスは、いつも大層な事をしておるようだったが、何も言わぬしの。我らはただ、毎日腹を満たされ、たまに言われるまま飛ぶのみであったゆえ…。』
そのまま、マーキスはしばらく黙った。圭悟は、待った。マーキスは、本当に頭がいい。分かるはずだ。
マーキスは、翼を広げて伸びのような格好をした。そして、圭悟を見た。
『主は変わっておるの。主らから見たら、我らなど魔物の一種なのだろう。利用するだけの奴らとは違って、そうして話す。なぜだ?』
圭悟は、マーキスを見上げた。
「そりゃあ最初は、こんなに頭がいいって知らなかったから、魔物の一種と思ってたよ。グーラに襲われて倒した事も何度もあったからな。でも、今は違う。オレみたいな初心者を乗せて、気を遣って飛んでくれたじゃないか。だからオレは、マーキスも姿が違うだけで、同じ仲間だと思うようになったんだ。シュレーのように。シュレーも、元は人だけど、今はヒョウの姿だもんな。考えてみると世の中には、人型でないもの達もたくさん居る。同じように生活してるんだから。」
マーキスは、まじまじと圭悟を見た。
『不思議なヤツよ。オレを仲間と言うか。』
圭悟は頷いた。
「まあ、能力はお前達より劣るかもしれないが、仲間になって欲しいんだ。それで、気を正すのを助けて欲しい。確かに、いろいろ危ないかもしれないが…。」
じっと圭悟を見ていたマーキスが、にやりと笑ったように思った。圭悟はびっくりした…今、笑ったよな?!
『面白いヤツだ。ケイゴといったか?良い、ならば共に行こう。命の危険など何とも思わぬわ。恐れはない。ただ、いいようにされるのが気にくわなんだだけよ。』と、村の方を振り返った。『で、仲間になるにはあの首飾りとやらを巻かねばならぬのだな?』
圭悟は渋々頷いた。
「人はグーラの姿を見たら剣を抜くだろう。あれがあれば、ただの野生のグーラでないのが分かるから、簡単には手を出せない。」
マーキスは頷いた。
『分かった。一緒に世を救おうぞ、ケイゴ。』
圭悟は、心から嬉しくてマーキスの首に飛び付いた。
「マーキス!ありがとう!」
マーキスは身を固くした。
『…おい。驚くだろうが。マイやメグに抱き付かれておった方が心地良いと感じるのはなぜかの。』
圭悟はマーキスを離した。
「ふーん、やっぱりマーキスも男なんだなあ。」
マーキスは顔をしかめたようだった。
『生まれた時からそうだが?』
圭悟は笑いながら、ためらうマーキスと共に皆の元へと戻って行ったのだった。
マーキスの首に、大きなサファイアのような石が真ん中にはめ込まれた、金色の金属で形作られた首飾りが掛けられた。
そうやって見るとブルーグレイの体に澄んだ青い目の、大変に美しい翼竜だった。メグがため息を付いた。
「マーキス…っとっても似合うわ。こうして見ると、ほんとに綺麗な生き物よね、グーラって。」
舞も頷いた。
「本当ね。私もグーラに襲われたのが始めての戦闘だったから、怖いって気持ちしかなかったのに、マーキスを見ているとそんな気持ちも無くなるわ。本当に綺麗。」
メグと舞が遠慮なくマーキスの顔に頬を摺り寄せている。マーキスは居心地悪げに言った。
『綺麗などと言われたことはないの。』
横で、同じように紅い石が真ん中にはめ込まれた首飾りを下げたキールがマーキスを見た。キールは、赤に近い紫の体に、金色の目だった。
『兄者、確かに兄者にそれは似合っておると思うぞ。』
すると、緑の石を掛けられたリークという浅黄色の体に緑の目のグーラが言った。
『確かに、兄者の姿は良いと思う。我らの中でも、目立って良い色であるし。』
マーキスは、引き続き舞とメグに纏わりつかれながら答えた。
『己れの姿など分からぬわ。見ることもないのに。しかし、人にはそれが評価の対象になるようであるの。』
ダンキスが、手を打って注意を促した。
「さあ!では時が惜しい。さっそくシオメルへ向かうぞ。それでこれらの首飾りであるが、これには我らの腕輪と同じ機能が備わっている。腕輪から、居場所を探ることが出来るのだ。なので、もしもはぐれたり、盗まれたりした時はそれで追って行くことが出来るゆえ。」
皆は頷いた。だが、この三体に限って盗まれるようなことはないであろうことは分かっていた。
そして、舞、メグ、圭悟、玲樹、シュレー、アーク、ナディア、ダンキスの八人は、三体のグーラに分乗し、一路シオメルへと飛び立って行った。
シオメルまでは、ほんの半日ほどだった。
グーラの身体能力は本当に高い。スピードを出そうと思えばいくらでも出た。そして、揺らさず飛ぶこともお手のものだった。
問題は、それに乗っている人が耐えられるかどうかだった。
一応引き綱は着けているし、鐙もある。揺らさぬように気遣ってくれるので、酔うこともない。だが、直接に風が当たるので、息がしづらくなる。それに、体感気温が嫌でも下がった。なので、皆コートを着て乗っていた。
グーラ自身はというと、便利な皮膚のお蔭で平気なようだった。良く見ると、薄くベルベットのような感じの肌触りで毛が密集して生えているのだが、その毛も特に必要もないようだった。
見る見る近付くシオメルに驚きながら、一行はシオメルの入り口、グール街道の端へと降り立ったのだった。