メガ・グーラ
アークは、かなりの手練れだった。シュレーが抜けているので心配した玲樹も、その様子にホッとした。ダンキスもそうだが、長となるとやはり違う。
デュークは、アークに圧されてうなり声を上げた。
「くそー、こいつめ!」
デュークは、後ろへ飛んで術を詠唱した。アークもすぐに手を上げて詠唱を始める。ナディアが、後ろから大きく力をアークへと送った。
「勝てぬ!」ラキが飛び出して術を繰り出した。「あっちにはエネルギー供給源があるんだぞ!馬鹿者め!」
アークは、ラキから飛んできたフォトンを軽くしのいだ。やはり命の気が足りないので、威力は弱い。すぐに、ラキはアークに斬りかかった。アークは、それを受けて術を出した。大きな風の力は、ラキを数十メートルも吹き飛ばし、その手から剣が飛んだ。
「…卑怯な奴め!」
アークは、涼しげに笑った。
「お前に言われたくないわ。」
ラキは、剣を拾おうと手を伸ばし、その時、大きく地が揺れた。
「なに?!」
シンシアが振り返る。
そこには、見たこともないほど大きく、そしてよく太ったグーラが着地したところだった。
「なんだぁありゃあ!?」
デュークも、茫然と見上げている。ダンキスが叫んだ。
「グーラだ!こんな大きなヤツは初めて見る!」
グーラは、足元の人間達を見回している。玲樹は呟いた。
「マジかよ…ミガルグラントよりデカイじゃねぇか…メガ・グーラだぞ。」
「…一旦退け!」
ラキが叫ぶ。三人は、ものすごい速さで駆け出した。
「こっちも逃げろ!」
玲樹が叫ぶ。ダンキスはメグを掴んで肩に乗せ、アークもナディアを担いで走り出した。
メガ・グーラは、迷うようなそぶりをしたが、玲樹達の方へ足を踏み出した。そして、大きな翼を使って飛び上がろうと羽ばたいた。
「うわっ!!」
逃げる玲樹達は、その羽ばたきの起こす風に足を取られる。走っていた方向へ吹き飛ばされた五人は、前のめりに転がった。
「きゃー!」
メグが、悲鳴を上げる。ナディアを庇って抱き締めて転がったアークは、少し先に岩に開いた小さな穴を見つけた。
「あれぞ!」
アークがナディアを手に走り出す。ダンキスもメグを先に放り込み、自分もそこへ飛び込んだ。玲樹も、なんとか滑り込むと、肩で息をしながら外を見た。
メガ・グーラは、なんとか五人を引きずり出そうと、岩壁を叩く。回りの壁は震動した。
「…何であんなのが、ここに。」
玲樹は言った。ダンキスは首を振った。
「分からぬ。あんなにデカくなれるとは。間違いなくグーラなのに。」
アークが、メガ・グーラを見ながら言った。
「ここも、そう持たぬぞ。どうしたものか。」
ナディアが、じっとグーラを見つめている。そして、言った。
「…やはり。おかしいなとは思っておったのだけど…あの、グーラの腹辺りから、女神の石の波動を感じまするわ。」
「ええ?!」
他の四人が、ナディアを振り返った。ナディアは、頷いた。
「恐らく、あのグーラの中に。」
ダンキスが、ため息混じりに言った。
「つまり、命の気に引かれて、あやつはあの機械を食ってしもうたということか。そして、その石の力であやつは命の気を大量に摂取してあんなナリになったと。」と、メガ・グーラを見上げた。「あやつを倒さねば、石の回収は出来ぬ。」
玲樹も、肩を落とした。
「やっぱりな、どこまでも簡単に回収なんか出来ねぇと思ったんだよ。最後にこれか。」
アークが剣を握った。
「正確には最後ではないがの。これを回収しても、まだ二つあるからの。」
ヘリの音が遠く聞こえる。ラキ達は、逃げおおせたらしい。
「…リーマサンデに黒幕が居るってことだな。ヘリといい…こっち側へは来ない方がいいかもしれない。」
玲樹は遠ざかるヘリの音に言って、剣の柄を握った。メガ・グーラがまた岩壁を叩く。アークが、外を見た。
「二人はここに居れ。」と、剣を抜いて飛び出した。「行くぞ!」
ダンキスと玲樹もそれについて次々とそこを飛び出した。
小山のように大きく、見上げなければ上まで見えない怪物グーラに、三人は向かって行った。
「ああ…!」
ナディアが、岩穴の端にしがみつくように、出て行った皆を見て気遣わしげに息を漏らす。メグは、意を決して言った。
「私も、この前に出て回復と守りの魔法を飛ばします。幸い、グーラはあちらに気を取られてこちらに背を向けているし。ナディア、命の気の補充をお願いね。」
ナディアは頷いた。メグは穴の外へ足を踏み出すと、杖を構えた。そして、体力を失って来る三人に向けて、回復魔法を送り、襲われそうになったら、シールドを掛けて防御出来るところまで防御した。
「ギャアアアウ!」
信じられない大きさの泣き声を上げて、メガ・グーラは玲樹達を振り払おうと手足と翼を動かした。そのグーラは、今のこの状況で、考えられない魔法をとめどなく使って攻撃して来る。今までの魔物は、命の気が少ない今の環境で、気の枯渇を恐れて絶対に魔法で攻撃して来なかった。しかし、このグーラはこれだけの巨体を維持しなければならないにも関わらず、湯水のように命の気を使う。ダンキスが言った。
「…なんだこやつ!」
アークが、息を切らせながら言う。
「石だ!」剣を振る腕が何度もグーラに当たる。「あの装置と石に引き付けられた命の気を、こやつが全部吸収しておるのよ!」
玲樹は、痺れを切らせてグーラから後ろ向きに飛び退いたかと思うと、術を詠唱した。かなり大きな魔法陣が足元に現われる。
「きりがねぇ!丸焼けにしてやる!」と、剣先をメガ・グーラに向けた。「メテオ・ファイア・ストーム!」
ナディアからの命の気が一気に玲樹に流れ込んだ。一瞬、電気が消えるかのように辺りが暗くなり、大きな火の玉が一気にいくつもメガ・グーラに降って来て包んだ。
「ギュオオオッ!!」
メガ・グーラはこの世の物とは思えないような声で叫び、辺りを揺らして暴れた。長く続く火の玉に、じっと状況を見守っていると、グーラは、その場へ横倒しに倒れた。
「きゃあ!」
メグは、その倒れた振動でよろけて悲鳴を上げた。玲樹は、一気に大技を出し切ったので、ぜいぜいと肩で息をしながらそれを見ている。
「…やったか…。」
ダンキスがため息を付いた。
「ああ、ようやったの。」
肉の焦げる臭いが辺りに漂う。プスプスと燻るグーラに、慎重に足を進めていたアークが、不意に叫んだ。
「まだだ!」と、後ろへ飛び退き玲樹を突き飛ばした。「一瞬気を失っただけだ!」
メガ・グーラは、ぐいと体を反らせて飛び起きた。着地した先は、それまで玲樹が立っていた場所だった。
「しつこいヤツだ!」
ダンキスが再び飛び掛かって行く。しかし、火傷の跡もゆっくりと治って行くグーラに、眉を寄せた。
「命の気を使ってやがるのか!」
ダンキスは、グーラを見上げた。グーラの急所は、額の真ん中だ。しかし、このままではそこを突くことが出来ない。しかし、そこ以外を斬り付けても、少ししたら治ってしまうようなヤツ相手に、どうやって倒せばいいのだ。
アークが、ダンキスにロープを手渡した。
「ロープを!」
そして、もう一つのロープの端を大きな輪にして、頭上に大きく回しながらグーラへ向かって行く。ロープを掛けて、頭を引きずり下ろすのか!
ダンキスは、急いで自分の手渡されたロープも同じように輪を作って駆け出した。見ると、アークが左側からロープを事もなげにグーラの首に掛けると、ぐいと引っ張った。ダンキスも右側からロープを掛け、同じように引いた。
ナディアが、岩穴から飛び出した。
「固定します!」
そう叫ぶと、命の気のしない術がナディアから発しられた。なんの術かと思っていると、ロープが光り、まるで鉄のワイヤーのように固く引っ張られた形で固定された。
「古来の固定の術ですの。本来逃げる間を作るために、相手を足止めするために使われるものらしいですわ。ただし、物にしか使えませぬ。生物に使うことは禁じられていると教わりました。」
メグは、感心して頷いた。見ると、その隙にためらいも無くアークがグーラの巨体に上って行く。グーラは、頭を下に下げられて繋がれたまま、激しく首を振って翼を動かして暴れた。
「すごい…アーク、カッコいい…。」
こんな状況なのに、思わずメグは呟く。ナディアは、得意げに胸をそらした。
「我の、夫ですの。頼りになりまするでしょう?」
しかし、アークは何度も振り落とされそうになり、掴みかかるが頭に到達できない。せめて、少しでも頭の固定が出来たら…ダンキスにひと突きにしてもらうものを。
「アーク!無理だ、もう少し弱らせなければ…!」
ダンキスが叫ぶ。アークは、ついにメガ・グーラから振り落とされた。
「くそ…!こんな魔物は初めてよ。」
ダンキスが、アークを助け起こしながら言う。
「普通ではないからの。命の気を使って体の細胞まで再生しよる。これでは、いつまで経っても倒せまい。」
「しかし、倒さねばならぬだろうて。」アークは、剣の柄をグッと握った。「あの、口の中から上に向かって突き上げれば、額を割るのは容易いかの。」
ダンキスは慌てて首を振った。
「あやつが絶命するまでに腕が無うなるわ!」アークは、走り出した。「止めよ!アーク!」
こちら側では、走り出したアークを見て、ナディアが何かを感じ取って叫んだ。
「アーク!なりませぬ!」
その時、空にフッと影が差した。
そこには、五体のグーラが飛んでいた。