二手に分かれて
騒ぎに、メグとナディアが何事かと起き出して来た。
「どうしたの?!何かあったの?!」
メグが、慌てて杖の準備をしている。舞は頷いた。
「圭悟が、あっちの急斜面から落ちたみたいで…今、シュレー達が見に行ったの。」
メグは、ナディアと目を合わせた。
「我らも行きましょう。」
三人は、騒ぎの斜面へと向かった。
そこは、斜面と言っても、ほとんど崖だった。落ち葉が多く降り積もっていて、足元が見えない。
「気をつけよ!」アークが叫んだ。「落ち葉で境目がわからぬのだ。」
玲樹が、頷いた。
「危ないなと思っていたら、圭悟が足を踏み外したんだ。」
舞は、下を覗き込んだ。だが、横からも伸びている木々が邪魔して下が見えない。シュレーが言った。
「…オレが、降りて探して来よう。アーク、ロープを出してくれ。」
アークが頷いて、袋から小さな輪っかを出すと、大きくした。それは、しっかりした登山用のロープだった。それを受け取ったシュレーは、近くの木に端を結び付けながら言った。
「アーク、ダンキス、玲樹。お前らは、殿下とメグを連れてあと二つの石の回収に行って来てくれないか。オレとマイで圭悟を探して助け出す。ここへ戻って来てくれ。」
ダンキスが、気遣わしげに言った。
「下に、何があるかわからぬぞ。二人で大丈夫か。」
シュレーは、フッと笑った。
「大丈夫だ。それより、時間がもったいない。また夜になってしまうだろう。機械のことは、玲樹がなんとかしてくれるだろうし、とにかくそっちは頼んだ。圭悟が、もしも怪我でもしていたら大変だからな。」と、舞に手を差し出した。「舞、来い。一緒に降りるぞ。」
舞は慌ててシュレーに掴まった。シュレーは、舞を片腕で支えると、片腕でロープを持って、軽く斜面を蹴ると崖下へと降りて行った。
見送ったダンキスは、言った。
「さあ、荷物をまとめるんだ。すぐに出発して、早く戻らないとな。寝袋も何もかも置いて行っただろう。シュレーは夜までここに居るつもりはないんだ。オレ達も、そのつもりで行動しなきゃな。」
アークとナディア、それにメグと玲樹は、ダンキスに促されて慌てて木の根の所へ取って返し、さっと片付けた。すると、アークが木と綱で出来た何かを、リュックを背負うように肩に掛けた。
「?それは何?」
ナディアが、不思議そうに言う。アークは言った。
「ナディアを乗せる為の物だ。オレは、ダンキスのような背負う鞄を今持って居らぬからな。ここに座って、オレに背を向ける形になるが、背負っていける。なので、昨夜作ったのだ。」
メグは、それを見て薪を背負うアレみたいと思った。しかし、座る所は分厚い布が張られてあった。ナディアは、半信半疑な様子でそれに座り、腰の辺りにベルトのような物を巻かれて、アークはよいしょとそれを背負って立ち上がった。
「まあ!何だかおもしろいわ!」
ナディアは、きゃっきゃと喜んでいる。メグはそれを見て微笑みながら、自分は杖を握り締めて、その後を追った。
一行は、四台目の機械を目指していた。
圭悟は、何かに引きずられているのを感じて気がついた。玲樹と一緒に話していて…足を踏み外したんだったっけ。なら、誰に引きずられてるんだ?助けに来てくれたのか。
回りは、木々が生い茂って暗かった。頭がくらくらする…どこか打ったのか?それにしても、運ばず足を持って引きずるって…。
ふいに、足が離されて圭悟の脚は地面に放り出された。
「いてて…乱暴だな。」
上半身を起こしてそう言って回りを見た圭悟は、固まった。
…回りには、グーラがたくさん圭悟を取り囲んでこちらを見下ろしていたのだ。
思わず生唾を飲み込んだ圭悟は、そのままじっと固まっていた。動いたら、一斉に襲って来るのではないかと思ったからだった。
『…誰か助けてくれ~!』
圭悟は、心の中で叫んだ。
降り立った崖下で、シュレーは舞を背後に置きながら、辺りを見回した。
「…魔物の気配がする。」
舞は、慌てて杖を出した。
「圭悟は?」
シュレーは、黙って下を指した。
そこには、何かを引きずったような跡が、森の奥までずっと続いていた。
「魔物って…その場で殺すとかじゃないの?」
シュレーは首を振った。
「頭のいい魔物ほど、獲物を仲間と分け合うために巣へ持ち帰る。」
舞は、ゾッとした。じゃあ…、
「い、急がなきゃ!」
シュレーは、舞を抑えた。
「落ち着け。オレ達が近付いてるのを知られたら、囲まれて終わりだ。巣へ行って、様子を見よう。」
舞は固唾を飲んで、冷静に足音を忍ばせて歩くシュレーについて歩いて行った。
しばらく歩くと、奥まった場所に大きな木の葉がたくさん掛けられた家のような形になっている場所が見えた。シュレーが、それを見て息を飲んだ。
「…あれはグーラの巣だ。」
小さく囁くような声だ。グーラが賢いのは、マーキスで知っている。じゃあ、仲間と分けるために圭悟を連れて行ったの?あんな家まで作るような魔物だもの、きっと家族のために、とか…。
「ど、ど、どうしよう、シュレー。もう、家族のご飯になっちゃったかも…。」
シュレーは、険しい顔で言った。
「…ここに居ろ。見てくるから。」
ここに?!
舞は思ったが、黙って頷いた。シュレーが、そろそろとその巣に近付いて行く。
ふと、こちら側から見ていた舞は、叫んだ。
「シュレー!後ろ!」
シュレーは振り返ったが、遅かった。グーラが、シュレーの剣を翼で叩き落とすのが見えて、舞は駆け出した。
「シュレー!」
シュレーは、舞の方を見た。
「…舞!逃げろ、来るな!」
大きな暗い影が射し込んだかと思うと、舞は気を失った。
ダンキスが、言った。
「…何やら良くない空気を感じるの。早く済まさねば。」
玲樹が、慎重に女神の石を抜きながら言った。
「これを取れば、後一つだ。まだ魔物の気配がするな…リーマサンデは、山を降りちまえば魔物は居ないのに。」
アークが、言った。
「気の乱れを感じる。大概は殺気を伴うようなものが側に居れば生じる気ぞ。」
ダンキスは、剣を抜いて、そのまま歩き始めた。
「さあ、終わったなら先へ行くぞ。長居は出来ぬ。」
アークは、それに倣いながら、通り過ぎ際に剣で機械を真っ二つにし、先を急いだ。
「う…。」
舞は呻いた。シュレーが、慌てて声を掛ける。
「マイ?大丈夫か?!」
舞は目を開いた。顔を覗き込んでいるシュレーの向こうに、大きな葉っぱがきれいに円く重なり合って見える。
「シュレー…?」
圭悟も、横から顔を覗き込んだ。
「舞、軽く当て身を食らったんだよ。」
舞は、思い出してガバッと起き上がった。
「そうよ圭悟?!ご飯になったんじゃなかったのね…、」
そう言いかけて、舞は固まった。
三人の回りには、五体のグーラがじっとこちらを見て囲んでいたのだ。シュレーは言った。
「…騒ぐなよ。何を考えてるのかわからないんだ。」
横で、圭悟が頷いた。
「オレをここまで引きずって来たくせに、一向に食べようとしない。だが、ここから出してもくれないんだ。」
シュレーは険しい顔で言った。
「しかし、食わないつもりとは限らない。もしかして、晩飯の時間じゃないだけかもしれないからな。」
舞は身震いした。
「そうよね。私達までここにつれて入ってるんだもんね。シュレー、剣は?」
シュレーは首を振った。
「外だ。さっき不意を突かれて落としてから、拾うことも出来ていない。お前の杖も外だな。」
圭悟はため息を付いた。
「オレもだ。グーラは、ほんとに頭がいいよ。分かってるんだ…何が武器かってこともね。」
舞が回りを恐る恐る見回すと、グーラ達も舞をじっと見た。その目に、どこかで見たことがあるようなと思っていると、ウェストポーチから、チュマがひょこっと顔を出した。
「ぷ?」
舞は、慌ててチュマに言った。
「チュマ、グーラに掴まってるのよ。あなたなんて一口だから、おやつにされちゃうかもしれない。中に居て。」
しかし、チュマは舞をじっと見上げている。チュマの目…そうか、このグーラ達と感じが同じなんだ。
「ぷぷぷ、ぷーぷ、」
チュマは、何かを一生懸命舞に話しているようだ。舞は、困って言った。
「チュマ、どうしよう…なんて言ってるのかな…。」
チュマも困っているようだ。そして、何かを思い立ったようで、ウェストポーチへ戻ると、何かのメモを出して来て、振って見せた。
「それ、サラ様が教えてくれた術をメモった紙よね…この術で、守れって言うの?」
「ぷーぷ!」
チュマはどこにあるのか分からない首を振った。そしてぱらぱらと中をめくると、一か所をぽんぽんと叩いた。
「あ、意思を表す術…。」
舞は、思い当たった。他の術もたくさん習って忘れていたが、確かにサラ様は、相手の意思を知りたい時は、この術を使えと言っていた。人に対してだと思っていたが、魔物もアリなのか。
「わかったわ、チュマ。これでチュマの気持が分かるのね?」
「ぷっぷっ。」
チュマは頷いた。得意げでかわいい。シュレーは、急かすように言った。
「なんだか分からんが、早いとこやってくれ。いつ何時グーラ達の夕食の時間になるかわからんじゃないか。」
舞は、そうだ、と思い立った。そして、そこのメモ書きを見ながら、呪文を唱えた。
舞から、ふわっと光が湧きあがったかと思うと、グーラの巣の中を満たした。
すると、チュマが間違いなくニコッと笑ってふわふわと浮いた。
『マイ、ありがとう~。』
圭悟も、シュレーも仰天してチュマを見た。
だが、一番驚いたのは、舞だった。