裏切り
「あーあ、色っぽい姉ちゃんなのになあ。」
玲樹は言って、詠唱を始めた。足元には大きな魔法陣が現れる。そして、炎の筋が一直線にシンシアへと伸びた。
メグが、回復技を後ろから順次飛ばしている。狭い場所だったが、シュレーに似たヒョウ型のラシークは、驚くほどすばしこかった。なので、シュレーがラシークの相手をしていた。シンシアはシュレーがすばしこく動くのに追い付こうと必死に目で追っていたが、玲樹が飛ばして来る炎を受けて逃れるのに手間が掛かって、シュレーに向けて術を繰り出せずにいた。
圭悟とダンキスは、デューラスに向かっていた。ダンキスは大きな剣を軽々と振ったが、魔法技を受けることには長けていないようだった。なので圭悟がダンキスに飛んで来る技を抑え、そして魔法技を担当していた。ダンキスは剣を奮ってデューラスを追い詰めて行った。
圭悟が放った風の魔法がデューラスの足元をすくい、ダンキスがその隙を見て鋭く切り込んだ。
圭悟の魔法で発生した風は、うまく玲樹の炎と偶然に連動して、シンシアを襲い、シンシアは悲鳴を上げてその場に倒れた。
同じ時に、デューラスも石の床に叩き付けられるように倒れ、ラシークはシュレーの氷に抑え込まれて床へ投げ出されたところだった。
「…ふん。口ほどにもないな。急ぐぞ!」
シュレーが、倒れた三人を飛び越えて女神の間へと駆け込んで行く。
圭悟達も、それに続いた。
「ついて来て欲しいとは頼まぬ、巫女よ。」男の声が言った。「ただここから消え去ってくれれば済む。しかし、その知識は惜しいからな。古来の術を、残らず示してもらおう。」
こちらに背を向けている男に向かって、台座の上に立っている、もう老婆である巫女サラマンテは気丈に向き合っていた。ただ黙って、相手を睨み付けている。そこへ、シュレー達が駆け込んだ。
「巫女!」
そして、ハッとしたようにその場を見た。相手の男は、肩越しにふふんと笑ったのが分かった。
「…そうか、あやつら役に立たぬな。」と、こちらを振り返った。「もう来たか。さっさとこのばあさんを連れて行かせて、また戻ろうと思っていたのに。」
シュレーは、その男を睨み付けて、歯ぎしりしながら唸るように言った。
「…ラキ。貴様だったのか。ダンキスから聞いて、まさかと思っていたのに。」
ラキは、驚いた顔をしてダンキスを見た。ダンキスは険しい顔でラキを見た。
「…ずっと、陛下から、お前を見張るように命を受けておった。まさかと思うたが、やはりそうか。」
ラキは、フッと笑った。
「…そうか。バレておったか。だから常、お前はオレについて回ったのだな。王は侮れぬ。どちらにしても、潮時か。」と、サラマンテを小脇に抱えた。「オレは去る!」
天窓から、ポンと放って寄越された細いワイヤーの先に持ち手のようなものがついているのを掴むと、ラキはそれに掴まって上昇した。
「待て!ラキ、巫女をどうするつもりだ!」
ラキは笑った。
「殺せと命じられているが、オレは古来の術が知りたいからな。殺さず口を割らせるさ。あっちには、いい薬があるんだよ!」
「あっちとはなんだ!」
シュレーが叫んだが、ラキは天窓から外へと飛び出した。このまま通路を戻っても間に合わない。
ピーーッと、高い笛の音が聞こえた。ダンキスが、あの小さな笛を吹いている。途端に、ギャア、ギャアとそれに答えるような声が聞こえたかと思うと、グーラ達が天窓を破って女神の間へ降りて来た。ダンキスに頬を擦りつけるのを、ダンキスは抑えて急いで飛び乗った。
「遊びは後だ!行け!」
ダンキスが飛び立ち、それに続いてシュレーも飛び立った。圭悟と玲樹は困った…オレ達を忘れてるじゃないか。
グーラが、何をしてるんだと言う顔をして、鼻の辺りで軽く圭悟を突いた。圭悟は、思い切ってグーラに飛び乗った。
「行くぞ、玲樹、メグ!」
「マジで?!」玲樹は慌ててメグを掴むとグーラの背に乗って圭悟に掴まった。「頼むから高く飛んでくれるな!」
何もしないのに、グーラはちらと振り返って三人が乗ったのを確認すると、一気に飛び立った。
「きゃーー!!」
メグが叫ぶ。
「頭下げろ!」
圭悟に言われて慌てて下げると、天窓を抜けた所だった。あのまま頭を上げていたら、天窓に当たって首がなくなっているところだ。
グーラは、何の指示もしていないのに、ダンキス達のグーラを追って飛んでいた。ラキが、右に左に上から斬り付けてくるシュレーとダンキスを避けながら素早く走っていた。グーラはラキすれすれの高さを器用に飛んでいる。圭悟達に何が出来るかというと、何もなかった。先程の敵兵達は、まばらに残っていてラキを援護しようとしたが、グーラに追われた状態でどうしたらいいのか分からないようだった。それに、たくさんの魔法技を使ったせいもあって、集まって来た魔物たちが襲い掛かって来るのでそちらに気を取られても居た。
ラキが、息を切らせながらフッと笑った。
「…追い掛けっこはおしまいだ!」
目の前に、見たこともないような四角い金属の箱のようなものが見えた。ラキがそれに駆け寄って梯子に掴まると、それは突然に、折りたたんでいた細い板のような物が伸びて開き、回り出した。あれは、プロペラだ!
「逃げるぞ!」
その金属の箱の中からは、フォトンによるものか、火の玉が飛んで来る。それを避けながら、グーラは一声鳴いた。フォトンの一つが、翼をかすめたのだ。
まるでヘリコプターのように飛び上がったそれは、小脇に気を失った巫女を抱えたまま笑うラキを乗せて、上昇して行った。
「なんだ?騒がしいぞ。」
その少し前、アークが、ミクシアの方を見て言った。舞が、その背から前を覗いて見た。確かに、騒がしい…まるで、戦っているかのような。
「…魔法技の発動を感じるわ。しかも、あちこちで。」
アークが頷いた。
「ミクシアが襲われているのだ!」と、辺りの気配を読んだ。「くっそう、魔物がうようよ居る!離れるな、しっかり掴まっていろ!闇で見えないぞ!」
ナディアが、ぼそりと言った。
「どうして、ミクシアを。」
アークは、飛び掛かって来る魔物を避けながら走り抜けて言った。
「どう考えても、巫女しか居ない!巫女を狙ったのだ!」
アークは、村の方から回り込んで様子を伺った。幸い、このバイクは音がしない。
どうやら、賊は神殿のほうへ集中しているようだった。茂みにバイクを隠して裏側からそっと歩いていると、小さな声がした。
「もし。旅のかたですか?」
三人は、びっくりして声の方を振り返った。傍の、円形の布を掛けた家から、一人の女がこちらを見ていた。
「はい。住民のかたは無事ですか?」
相手は頷いた。
「はい。あの賊達は家の中まで入って来ませんでした。どうぞ、こちらへ。ここに居れば安全です。一番離れた家なので。」
三人は、頷き合ってそこへ入った。すると、十数人の住人達がひしめき合って入っていた。
「…これで、村人全てですか?」
相手は、首を振った。
「隣りの家にも数人居ります。急なことで、もしもこのようなことがあったらと、昔から教えられておりました。神殿から離れた家に、皆で潜むように、と。」
アークは舞と視線を交わした。
「ここに、旅人が来ませんでしたか?こんな、腕輪をしている。」
舞が、それを見せると、ああ、とその人は頷いた。
「巫女のお客様だと、六人のかたが参りました。その方達が巫女を助けようと戦ってくださっておるようです。」
舞は思わず立ち上がった。戦っているの…腕輪が壊れていて光らないから、分からなかった。腕輪を開いて見る…今は、神殿に居る。
「行ってきます。ナディア、ここに居て。」
アークも立ち上がった。
「敵でなくても、魔物も居る。オレも行く。」と、ナディアを見た。「あなたはここに。終わったら迎えに参ります。」
ナディアは、足手まといになると、頷いた。
「分かりました。気を付けて。」
アークと舞は、頷き合うと、サッとそこを出て神殿の方角へと急いで行った。
見ていると、攻め込んで来た者達の動きは、おかしかった。
神殿の回りを囲んでは居るものの、命の気に引き付けられて寄って来た魔物の相手をするのに必死で、他は見えていないようだった。そのうちに、ドーム状の天井から、ラキが何かを小脇に抱えて出て来た。
「あれは…!」
舞が声を上げようとすると、アークがその口を押えた。
「し!様子がおかしい。」
舞は、口を押えられたまま、こちら側に潜んでその様子を見ていた。出て来たラキが、回りの者達に叫んだ。
「退け!自分の身は自分で守れ!オレはあれで逃げる!」
そして、上から地上へ飛び降りると、ミクシアの外へと走り出した。訳が分からず舞が混乱していると、甲高い笛の音が聞こえ、グーラが三体飛んで来て中へ飛び込んで行った。
「…あれは、飼われているグーラだ。」
アークが、それを見ている前で、ダンキスがグーラに乗って飛び立って行き、続いてシュレー、そして遅れて知らない三人組が乗ったグーラがそれぞれ飛び立って行った。
「仲間よ!」舞がアークの手を避けて言った。「追わないと!」
アークは、回りを見て、何も無いと見るや先程の茂みへと物凄いスピードで走り去り、あのバイクに乗って戻って来た。
「乗れ!」
舞は、もはや慣れたその後ろに飛び乗った。そして、ナディアがやっていたように念じると、動力を得てバイクは、グーラの後をかなり遅れて疾走して行った。
「巫女!」
シュレーが、何とかしてサラマンテを取り返そうと必死にグーラで飛ぶ。しかし、そのヘリに似た乗り物のほうが上昇するのは早かった。
「駄目だ、フォトンを警戒して、グーラがあれに近付きたがらない!」
もう駄目かと思った時、下から、声が飛んだ。
「フォトン!」
三つの玉が、ラキのすぐ横をかすめてその乗り物の横っ腹へ命中した。ラキは、その衝撃で手にしていたサラマンテを落とした。
「巫女!」
ダンキスが物凄い速さで落下地点へ飛び、サラマンテを受け止めた。後ろを飛んでいた圭悟達は、フォトンの出所を見て、叫んだ。
「舞!」
シュレーとダンキスは、グーラを下へ降ろして地上へ降りた。舞は、さらにフォトンをそのヘリに向けている。ラキは、歯ぎしりして言った。
「くっそう、ならば死ぬがいい!最初から殺すはずだったのだからな!シンシア!」
と、梯子を上って中へ入った。中から、少し顔色の悪いシンシアが、何かの玉を手にしたを見た。
「殺してでもものにしたいって気持ち、分かる?私からのプレゼントよ、シュレー!死んで!」
その玉を見たシュレーが、顔色を変えて叫んだ。
「…まずい!命の気の拡散型爆弾だ!」
メグが仰天して、シールドを張ろうと必死に念じるが、命の気が足りずにシールドが出来ない。
「間に合わぬ!」
ダンキスが叫ぶ。シンシアの手から離れた爆弾が、強い光を発した。
「シュレー!」
舞は、シュレーを庇おうとそちらへ手を伸ばした。
「マイ!」
シュレーも、舞を抱くように覆い被さった。舞は、チュマを抱き締めた。少しでも痛くないように…!
しかし、チュマはつるんと舞の手を抜け出て、宙へ浮いた。
「ぷ。」
「チュマ!駄目よ、チュマ!」
目の前に、閃光が走った。
辺りは真っ白だった。