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星空の下

舞は、もう何度目かになる野宿の準備をしている最中だった。

アークがさくさくと小さな天幕を立ててくれるので、その中に布団代わりに寝袋を敷いて、ナディアが少しでも眠りやすいようにと整えるのが舞の仕事だった。アークは、天幕では休まず、いつも外で番をしていた。アークが付いて来てくれていて、本当に良かったと舞は思っていた。

天幕の中も整い、舞は顔を出した。

「ナディア、準備が出来たわ。」

ナディアは微笑んだ。

「まあ、ありがとうマイ。では、もう休みましょうか。」

舞は頷いた。

「明日の夜には、恐らくミクシアまで辿り着くだろう。」アークが、二人に言った。「このように休むのも、後しばらくの間です、殿下。」

ナディアは、アークを見た。

「アーク、本当にありがとう。あなたが居なかったら、私達だけではきっと困り果てていたでしょう。ダッカまでだって、辿り着けておったかわかりませぬわ。」

それは、ここまで決して平穏に来た訳ではなかったからだと舞は思った。このバイクで走っていた間も、魔物が襲って来ることはあった。しかしそれも、アークが手際良く魔法も使わずに始末してしまうので、舞も杖を振り回すこともしなくて良かった。これが、舞一人だったら、ナディアを庇ってどれほどに大変だったか。舞も、ナディアと同じ気持ちだった。アークが答えた。

「通常のように、魔法が使えたならマイでも充分にミクシアまで殿下をお守りして行けたと思いますよ。」と、アークは、舞を見た。「マイは、魔法能力が高い者特有の気を感じる。だから分かるのです。しかし、今は非常時。オレのように、力のある者が重宝されるのですね。」

舞は驚いた顔をした。自分の魔法なんて…玲樹の方が大きな炎を出せていたと思うし、呪文だってあんまり知らないし…。

しかし、ナディアが微笑んだ。

「ええ。我もマイのことは信頼しておりまするが、此度の旅はアークが居らねば大変でした。ありがとう、アーク。」

アークは、また少しためらった顔をした。そして、横を向いて頷いた。

「…お役に立っておるのなら、良かった。では、明日に備えてお休みください。夜明けには出発しますので。」

舞とナディアが頷いて天幕へと向かった。

「では、おやすみなさい、アーク。」

ナディアの言葉に、アークはただ頷いた。

そして舞は、安心してぐっすりと眠ったのだった。


与えられたミクシアの村の空き家で、圭悟は眠れずにいた。ミクシアの村は、とてもこじんまりと小さな集落だった。生活は質素で、小さな畑で自給自足しており、シオメルからの物資がなくても、充分に生きて行けるのだとマーラが言っていた。

丸い形の、組んだ木の上に何枚もの分厚い布をかけただけの家々が、十数件ほどあるだけで、店も何もない。それでも、村人は皆、穏やかで幸せそうだった。女神ナディアを崇拝し、巫女の力に守られた村人達は、豊富な物資を有して電気もあり鉄道も走る街の人々より、遥かに豊かに見えたのだった。

ふと、外に気配を感じて、圭悟は寝ている皆を起こさないように、布の戸をソッと巻き上げて外へ出た。すると、ラキが歩いて来るところだった。

「ラキ。何か問題が?」

圭悟は、驚いて小声で聞いた。ラキはいつものように無表情で答えた。

「いいや。何かあってはならないから、見回るのだ。」

圭悟は少し恥ずかしくなった。ラキは、本当に優秀な軍人なのだろう。ここがミクシアで、巫女の守りの中にあって、絶対に安全なのだと思い込んでしまっていた。

「…用心に越したことはないということか。オレには、そんな発想もなかった。」

恥じ入るような圭悟の様子に、珍しくラキは、フッと笑った。

「別に恥じることはない。シュレーもダンキスもこんなことはしていないだろう。オレは、用心深過ぎるのだ。それよりお前はどうした?眠れないのか。」

圭悟は頷いた。

「こんな穏やかな場所なのに、落ち着かなくて。」圭悟は言った。「何かの予感だろうか…それとも大きな仕事に携わっている緊張感か、とにかく不安なような、何かが起こりそうな、予感がして。前に、一度仲間を失った事があるから。今度の事でも、舞を失った。まだ、実感はないんだが。」

ラキは、じっと圭悟を見た。そして、しばらく黙っていたが、言った。

「…そういう勘は、大事にした方がいい。」ラキは、星空を見た。「人には、生まれた時から持っている能力がある。それぞれに違うものだがな。ケイゴには、危険を察知する能力があるのかもしれない。もしも他の者が大丈夫だと言って信用していても、自分が危ないと思ったら疑うことだ。それで、自分の身も仲間の身も守ることが出来るだろう。」

圭悟は、黙って頷いてラキと同じように星空を見上げた。危険を察知する能力…そんなものが、本当に自分に備わっているならいいのに。

その夜は、結局あまり眠れなかった。


次の日の朝、一行は返事を聞かせてもらうため、もう一度神殿へと向かった。すぐにリューが出て来て、皆を迎えてくれた。

「巫女にはお話しいたしましたが、首を振られるだけで、面会を許されることはありませんでした。」リューは、申し訳なさそうに言った。「お話は出来ずとも、ご面会だけでもと申したのですが。ただ、首を振られて…あのようなご様子の時、考えを変えられることはありませぬ。」

圭悟は消沈した。では、無駄足だったということなのか。シュレーが言った。

「このような世であるのに。巫女はどうお考えなのか。」

リューはため息を付いた。

「憂いておられるのは間違いありませぬが、此度あなた方に会うことは拒絶されたのでありまする。巫女のお考えを知りたいのなら、我らでは役不足です。やはりナディア殿下をこちらへお連れして頂くよりありませぬ。」

ラキが、昨日とは打って変わって落ち着いた様子で言った。

「つまり殿下になら、何でも答えられるということですね?」

リューは頷いた。

「はい。同じ巫女でありまするから。サラ様も、もう一人の巫女が生きておった時には、よく話をしておりましたから…本来、お話好きなかたなのですわ。」

ダンキスが、口を挟んだ。

「巫女の名は、サラ様と申すのか。」

リューは頷いた。

「はい。本当のお名はサラマンテ様でありまする。もう一人の巫女が、サラと呼んでおられたので、我らもそのように。」

圭悟は、つい玲樹を見た。サラマンデーが浮かんだからだ。玲樹は、それを見て肩を竦めた。

「ま、偶然は怖いよな。」

「あまりにもかけ離れた感じよね。」

メグは小さな声で言った。清浄なイメージの巫女と、歓楽街のお店…。

ラキが、踵を返した。

「ならば、我らにここですることはなかろう。長くお邪魔してはならぬ。」

皆が突然のことに驚きながら、ラキに倣って出て行こうとすると、リューが言った。

「あの家に滞在することはお許しなっておられまする。なので、充分にご準備を整えられてからこちらを出られませ。」

ラキは、その状況に似合わない表情で不敵に笑うと、頭を下げた。

「それは、ありがとうございます。では、そのように。」

そして、そこを出て行った。

シュレーが、そんなラキを追って行ってその腕を掴んだ。

「ラキ、何を考えている。簡単に退いてしまって…まさか本当にバルクへ戻って、殿下をここへお連れしようと思っているのではないだろうな。」

ラキは眉を上げた。

「それ以外に、どうやって巫女の口を割らせることが出来ると言うのだ。無理強いしては、反って口を開かぬだろう。」

ダンキスも追い付いて来て言った。

「ラキの言う通りぞ、シュレー。巫女の不興をかっては、此度のことは解決しない。手間は掛かっても、今一度バルクへ戻って陛下に事の次第をご報告し、殿下をお連れする許可を頂くよりない。」

シュレーは苛立たしげにダンキスを見た。

「そんなに時間を掛けていたら、手遅れになるかもしれないんだぞ!何としても今情報を貰って対策を練らねば…そう何日も掛けておられぬわ!」と、神殿のほうへ足を向けた。「もう一度話して来る。」

ラキは無表情にシュレーを見た。

「好きにせよ。オレ達は、旅の準備を整える。」

シュレーは、何も答えずにさっさと神殿の中へ戻って行った。それを見送ってから、ラキが少し表情をゆるめて言った。

「さあ、また長旅になるだろう。出発は明日でいい。今日はゆっくりと旅の準備をして皆体調を整えるといい。食物は、村人が分けてくれるだろうから、頼んでみよう。」

圭悟も玲樹もメグも、意外なことに驚いた。行くと決めたからには、すぐに出発だと言うかと思ったのだ。今まで、こんな余裕を与えてくれたことはなかったのに。

しかし、何も言わずに頷いた。

ダンキスは、シュレーの去った後を気遣わしげに見、そしてラキをじっと見つめていたのだった。

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