ダッカ
「見えて来たぞ。」
ダンキスの声に顔を上げると、木々が綺麗に間隔を開けて立っているその森の奥、木で出来た鳥居のような門が見えた。数人の、背の高い男達がその前に立っていた。
「兄上!」
その中でもひと際大きな黒髪の男が走り寄って来る。ダンキスは満面の笑みで手を差し出した。
「おお、ラーズ!元気だったか。」
ラーズと言われたその男は同じように微笑んだ。
「留守の間、オレが守っておりました。」ラーズは、差し出された手を握った。「兄上も、お元気そうです。」
ダンキスは頷いた。
「オレは問題ない。しかし、この辺りも様変わりしたの。あのような魔物が降りて来ることは無かったのに。」
ラーズは表情を暗くした。
「はい。お急ぎでしょう。グーラは準備しております。さあ、こちらへ。」
ダンキスは圭悟達を振り返った。
「ラキとシュレーは知っておるな。こっちが陛下に雇われたパーティの者達。ケイゴ、レイキ、メグだ。」
ラーズは軽く頭を下げた。
「兄からの知らせでだいたいは知っております。」
ダンキスは、圭悟達に言った。
「ラーズはオレの弟だ。本来、ここの族長はオレがしておったのだが、陛下のお力になるために弟に跡を譲って軍へ入ったのよ。さあ、中へ行こうぞ。」
皆は、その門をくぐって村の中へと入って行った。
歩きながら、ラーズが言った。
「魔法は一切使っておりません。」顔は険しくなっている。「山から下りて来る魔物が後を絶たず、こちらの魔物使い達でもとても御し切れなかった。」
ダンキスは頷いた。
「あの数ではの。それで、グーラの餌はどうしておるのだ。」
木造の大きな建物の前に来て、ラーズは言った。
「それは、シャーラが方法を考えてくれて…ああ、来ました。」
圭悟が走って来る気配を感じて振り返ると、赤いような金髪の小柄な美しい女性が走って来て、他は見向きもせずにダンキスに飛びついた。
「ああ我が君!このように長い間、お戻りがなかったなんて…!」
こちらで圭悟と玲樹とメグが呆然としていると、ダンキスはバツが悪そうにそっとその女性を離した。
「ああシャーラ、忙しくての。ほら、此度も仕事だ。皆が揃っておる。」
そこで、初めて気付いたかのように、シャーラは皆を振り返った。そして皆をざっと見回すと、言った。
「お久しぶりであります、ラキ様、シュレー様。それに、そちらの方々は初めましてですわね。」
ダンキスは頷いた。
「シュレーが軍を離れたのは知っておろう。今シュレーのパーティに居る者達なのだ。端から、ケイゴ、レイキ、メグ。」と、ダンキスは三人を見た。「オレの妻の、シャーラだ。昔から居る呪術師の血筋での。」
シャーラは、微笑んだ。
「シャーラと申します。よろしくお願い致します。」そして、ダンキスを振り返った。「此度は、ゆっくりして行かれるのですか?」
ダンキスは首を振った。
「それがそうは行かぬのだ。急ぎミクシアへ参らねばならぬ。グーラを借りるために立ち寄ったのだ。」
シャーラは、残念そうに下を向いた。
「…我が君は、いつもそのようにお忙しくなさっておりまする…。私がお待ち申しておるのは、知っておられるのでありましょうに。」
ダンキスは困ったように言った。
「すまぬの。これが済んだらゆっくり戻る。しかし、今の情勢を知っておろう。オレだけゆっくりはしておられぬのよ。」
シャーラは、涙ぐみながらも頷いて顔を上げた。
「では、グーラを。ラーズと、考えて世話しておるところでありました。」
シャーラがラーズを見ると、ラーズは目の前の建物の戸を開けた。
「さあ、中へ。」
ラーズについて中へ入ると、そこには、間違いなくグーラが6体、鎖に繋がれもせず羽を休めていた。足には、皆色の着いたタグのようなものを付けてある。飼い主を示すものなのだろうと、皆は思った。あまりに間近に無防備なグーラが居るので、圭悟達は面食らった。ミガルグラントを見たあとなので、少しは小さく見えるものの、確かにそれは大きな翼竜だったのだ。
シャーラが、なんの警戒もなくそれらに寄って行く。圭悟は仰天して思わず言った。
「危ないですよ!」
その声が聞こえているだろうシャーラは、こちらを振り返りもせずグーラ達の中へ歩き、手を上げた。グーラ達は、まるで猫がそうするように、顔をシャーラに摺り寄せた。シャーラはその顔を手で撫でた。
「この子達は大丈夫。小さな頃からここで育てて飼っている、良く慣れた子達です。」シャーラは、愛おしそうにグーラを見た。「卵を温めたのも私。生まれてこの方、ずっと私がついていたので、親だと思っているのでしょうね。」
ダンキスは苦笑した。
「あれは魔物使いでもあるのでな。本当はもっと居ったのだ。なのに、まだこやつらが小さかった頃、人懐っこいのをいいことに、五体が盗まれてしもうた。どうしておるのか、気になるのだ。しかしシャーラ、こやつらに与える命の気はどうしておるのだ。これらの糧を、今は与えることが出来まい。与えておったら、野生の魔物たちが気取ってやって来るだろう。」
それには、ラーズが答えた。
「最初は困ったのですが、シャーラが考えたこの餌で凌いでいます。」
ラーズは、傍の布の袋を手に取った。そして、その中からいくつかの、野球ボール大の透き通った玉を出した。ダンキスはそれを手に取った。
「…中身が気取れぬ。」
シャーラが微笑んだ。
「気取れてしまってはいけませぬ。それを作り出すのに時間が掛かってしまいました。外の透明の膜が、命の気を遮断しておりますが、それが破れると中から命の気が溢れるようになっておりますの。この玉を作って与えることで、命の気を外へ気取られることなく餌を与えられるようになりました。」
圭悟は、それをダンキスから受け取った。硬いと思った玉は、柔らかい膜だった。この中に、命の気を閉じ込めてあるのか。
黙って聞いていたラキが、シャーラに言った。
「命の気を遮断する膜を作る術があるのか。」
シャーラは頷いた。
「古い術でありましたが、これは命の気で作る膜ではありません。なので、これで餌を作ることを考えたのですわ。」
シュレーは、考え込むような顔をした。
「…そんな術があるのか。何かに使えるかもしれないな。」
ラキは頷いた。
「オレもそう思った。戦いの際、それで回りを囲めば中で魔法を使って居ても外へ漏れることがないので他の魔物が寄って来ないだろう。」
ラーズが、首を振った。
「それは無理だ。かなり脆いものなので、戦いで生じたエネルギーで簡単に破れてしまう。維持するためには、ひっきりなしにその膜に術を掛け続けねばならない。かなり複雑な呪文なので、そこまでの集中力を持つ人は、居らぬでしょう。」
ダンキスは長く息をついた。
「…うまく行かぬものよ。とにかく、その餌を持って行けば良いのだな。」
ラーズは頷いた。
「はい。一日一個で大丈夫ですので、与えてください。後は、その辺の魔物を与えておけば大丈夫ですので。」
メグが身を縮めた。その辺の魔物を与えなきゃならないのか。私には無理…。
ダンキスは、頷きながらその袋を受け取った。
「三体借りる。ミクシアまで行く…それからのことは、また連絡する。」
シャーラが、ダンキスに自分の首に掛かっていた物を取って、渡した。先に、竹のようなもので作った小さな筒のようなものがついている。
「もしも用済みになりましたなら、これを三回吹いてくださいませ。こちらへ勝手に帰って来ます。呼ぶ時は、長く一回。我が君の元へグーラ達は飛んで参ります。」
ダンキスは頷いた。
「わかった。」
シャーラはまた、涙ぐんだ。
「お早いお戻りを。」
ダンキスは息を付いて、微笑んだ。
「そのように心配せずとも、すぐに戻る。」
グーラ達をその建物から引き出して、手綱を付けた一向は、二人ずつに分かれてその背に跨り、ミクシアに向けて飛び立って行った。
ダンキスの後ろに圭悟、ラキの後ろに玲樹、シュレーの後ろにメグが掴まって、その揺れる背に揺られていた。
「怖い…シュレー、上がったり下りたりしないで!降りる時の感覚が半端なく怖いの!」
メグは必死にシュレーに掴まりながら言った。シュレーは答えた。
「オレが指示してるんじゃない。グーラは生きてるんだから、落ちないように調節してるんだろう。方向は間違いないんだから、文句を言うな。」
メグはまだ言いたかったが、淡々とした口調のシュレーに何も返せなかった。やっぱりいつものシュレーとは違う…。メグは、その後は黙ってその飛行に耐えた。
しかし、玲樹は違った。
「おい!急降下なんかするなよ!オレはこういう絶叫系の乗り物は嫌いなんだ!」
ラキが眉を寄せて言う。
「絶叫系の乗り物とはなんだ。グーラが勝手にやってることだ。オレに文句を言うな。」
玲樹はお構いなしだった。
「何とかしろ!お前、偉い軍人なんだろう!グーラだってお手の物なんじゃないのか。」
ラキはため息を付いた。
「乗りこなすことは出来るが、飛び方までどうの出来ない。魔物使いじゃないんだからな。それより、そんなに強く抱きつくな。男にしがみ付かれるのはいい気がしない。」
玲樹は答えた。
「オレだって女のほうがいい!」
ダンキスは、そんな二組を見て笑っていた。
「はっはっは、オレは当たりクジを引いたようだな。うるさい同乗者は迷惑極まりないからの。な、ケイゴ?」
「……。」
圭悟は、おとなしかった。ただ、あまりの揺れに恐怖で口が聞けないだけだった…。