花嫁
その日のダッカは、朝から慌しく皆が走り回って、とても明るく活気に溢れていた。
木の香漂う真新しい家々が立ち並ぶそこは、あれからひと月近く、もうすっかり復興しているように、皆には見えていた。
事実、村人達には笑顔が戻って来ていて、元々戦闘民族で戦で仲間を無くすなどしょっちゅうだったこの村では、皆を涙で送った後は、自分達の生活のために前向きだった。常に前向きなダグラスの民達のおかげで、舞もチュマが去って行ってしまった事実を、少しずつ前向きに受け入れられていた。
長の家では、皆が台所で忙しなく動きまわっていた。舞も、例に漏れず必死に出来上がった料理を盛り付けていた。メグが、鍋の前で奮闘しながら叫ぶ。
「舞!ちょっとそこの野菜取って!」
舞は、くるりと振り返ると、その野菜が入ったボールをフリスビーのように投げた。
「ハイ!」
メグはそれを器用に受け止め、鍋に投入する。そこへ、シャーラが女達を連れて急いで入って来て、盛り付けられた料理を手に出て行く。シャーラは、叫んだ。
「さあ、あっちに酒が足りていなかったわ!急いで!」
すると、そこをシンシアが、おずおずと覗いた。
「あの、私、手伝うわ。こう見えても料理は得意なのよ。」
舞は驚いて、シンシアを見た。
「まあシンシア!何をしているの!」と、シャーラに叫んだ。「シャーラ!シンシアがまだこんな格好うろうろしてるわ!」
シャーラが、せり出た腹を庇いながら、こっちへ急いで来た。まだ5ヶ月なので、ここまで大きくなるはずはないのだが、ダクルスの民の、男は生まれる時ですら巨大サイズらしい。戦闘民族で、男は皆大きいのだ。なので女は、男を産むのに苦労するのだそうだ。シャーラの腹の子は、男なのだと自ずとわかった。
そのシャーラは、シンシアの腕を掴んだ。
「まあ!世話係は何をしているのかしら。さあ、急ぎましょう!時間が無いのよ!」
シンシアは、焦りながら言った。
「あの、あんなの着なくていいわよ!それにサイズが合わなくて…」
シャーラは譲らなかった。
「そんはずないわ!さ、早く!」
シンシアは、シャーラに引きずって行かれた。舞は、ため息を付いてそれを見送った…今日は、シンシアとデューラスの結婚式なのに。
そして、引き続き料理の盛り付けに没頭した。
しばらくして、やっと解放された舞は、台所を出て真新しい長の家の中を歩いていた。とても広く綺麗な作りになっていて、前より過ごしやすい。そう思っていると、奥の部屋の戸が開いてシャーラが出て来た。
「あら、マイ、ちょうど良かったわ。シンシアが、どうしてもおかしいと言って聞かないのよ。ちょっと見て。」
舞は、頷いて中へと入った。シンシアが、こちらを振り返った。
「マイ?ねえ、おかしいと思わない?こんなの私の柄じゃないわ。」
舞は、驚いてシンシアを見た。アイスブロンドの髪を結い上げられてピンクのバラや淡い色の花をたくさん飾られ、化粧はいつもと違う淡い色合いで薄くされているだけ、それでもシンシアは、目が覚めるほど美しかった。まるで、穢れの無い女神のようだ。ただ、胸元だけは、舞やシャーラと違って、とても窮屈そうだった。
「シンシア…すっごく綺麗よ。きっとそれが、シンシアの素の美しさなんだわ。」
シンシアは、それでも、下を向いた。
「でも…こんなにいつもと違っちゃって。あいつだって、どう思うか…。」
あいつとは、花婿のデューラスのことだ。舞は首を振った。
「デューラスだって、きっと見とれると思うわ。でも、デューラスはそんなことにこだわると思う?」
すると、シンシアは少し赤くなった。
「確かに…そうだけど。」
シャーラが、満足げにうなずいた。
「さ、行きましょう。男達がいらいらしているのよ。式が終わるまで何も飲めないし食べられないから、ご馳走を前にしてね。」
舞も、頷いて歩き出した。
「ええ、シャーラ。」
そうして、シンシアと共に、二人は外へと歩き出した。
外では、皆が一列に並んで待っていた。デューラスは、甲冑のような飾りの付いた服を着せられて落ち着かないようだった。ダンキスが言った。
「なんだ、そわそわと。そもそも式は本日とは言うても、主らはとっくにすることはしておるのだろうが。」
デューラスは、ダンキスを睨んだ。
「ふん。あれでシンシアはな、誰にでもって訳じゃねぇんだよ。」
玲樹が仰天したような顔をした。
「え、なんだって?まだなのか!」
デューラスはブスっとした顔をして頷いた。
「だから、あいつはほんとに尻が軽そうで軽かないんだよ!誰にでもくっついて行くが、ほんとにそんな関係になったのはほんの一握りだっての。オレとは結婚するって決めてから、式が終わってからだと決められて、この一ヶ月一緒に住んでただけなんだ。」
玲樹が呆れた顔をした。
「へ~。人は見かけによらねぇな。すっかり誤解してたよ。」
圭悟が、横で指を立ててシッと言った。
「静かに!花嫁が来た。」
舞とシャーラと共に、真っ白いドレスに身を包んだシンシアが出て来た。舞は、すぐに側に立つマーキスの隣に並んで列に入り、シャーラがシンシアの手を取って前へと進み出る。その姿に、皆が一瞬にしてシンと静まり返った。デューラスも、息を飲んでいる。玲樹が、固まって言った。
「あれ…シンシア…だよな…?」
圭悟が、頷いた。
「そうだよ。ほんと、シンシアって素顔はああだったんだ。かわいいじゃないか。」
玲樹は、言葉に詰まってただコクコクと頷いた。デューラスが、呆けたようにシンシアが近づいて来るのを見ている。シンシアは、顔を赤くて下を向いた。
「…何よ。そんなにじっと見ないでよ。あんたは、もっと濃い化粧が好みかもしれないけどさ。私は、そんなの知ったこっちゃないし。みんな花嫁はこうだって聞かないから仕方ないじゃないの。」
言葉は強気だが、声は小声だった。デューラスは、ハッとして言った。
「いや、こっちの方がいい。」シンシアが、驚いて顔を上げた。「ああ、びっくりした。お前、物凄く綺麗なんだもんよ。オレの好みを知ってたんじゃないかって思った。」
シンシアはさらに顔を赤くした。
「だ、だから別に、あんたの好みになんで私が合わせる必要があるって言うのよ!」
デューラスは気にせずうんうんと頷きながら、シンシアの手を引いて女神の社に進み出て行った。舞は、それを微笑ましく見つめながら、マーキスに寄り添った。マーキスは、それを感じて舞の肩を抱いた。舞は、本当に幸せだった。ああやって式を挙げた私達も、こうしてここに、他の人達を祝福するために立っている。
そうして、シンシアとデューラスは式を挙げ、皆に祝福されて、その日は夜遅くまで宴席は続いたのだった。
舞は、空を見上げた。月の合が近づいているのだ。そろそろ、皆あちらの世界へ帰るか、こちらの世界に留まるのか決心をしなければならない。リーディスとリシマによって、ディンダシェリアの全域にその触れはなされ、それは皆の知れるところとなっていた。マーキスが、言った。
「マイ。そろそろ春の気配とはいえ、まだ夜は冷える。宴の席には飽きたか?」
舞は、マーキスを振り返った。
「ううん。もう、お腹いっぱい食べたし。お酒は何だか気分が悪くって飲めないし…。」
マーキスは、気遣わしげに舞の肩を抱いた。
「体調が良くないか?明日、さっそくに村の治療の者に診てもらおうぞ。」
舞は、微笑んで首を振った。
「大丈夫よ。今日は朝から働きっぱなしだったから疲れたんだと思うわ。マーキスこそ、もういいの?私は先に家に帰ってるし、気にしないで戻って。」
マーキスは笑った。
「何を言う。オレは元より付き合いで場に居っただけ。戻るなら共に戻ろうぞ。」と、月を見上げた。「…そろそろよな。」
舞は、頷いた。
「ええ。きっとみんなここへ残るわね。玲樹なんて、一生遊んで暮らすんだって最初言ってたのに、今じゃ結婚しようかなんて、真面目に言うのよ?おかしいでしょう。」
マーキスは、意外だという顔をした。
「レイキが?いったいどういった風の吹き回しかの。ま、何にしろ真っ当に生きるのはいいことよの。」
舞は、頷いた。そして、数日後に迫った合の日を、なぜか気ぜわしい気持ちで待っていた。