メイン・ストーリークリア
その次の日の明け方、皆はあの、野で煙の上がる場所へと集まっていた。
シュレーが、明け方に皆を呼んで、ラキを送る番が来たことを知らせたのだ。ラキは、そこで静かに眠っていた。その表情は穏やかで、回りに組まれた木の中、まるで本当に眠っているようだった。そこに、皆で代わる代わる準備された薪を積んで行った。これが、ラキに対する別れの挨拶だった。
レンが、もう涙も枯れたような老けた表情で、目の下にクマを入れたまま、松明を手に立っている。シュレーが、そのレンに頷き掛けた。
「よし、終わった。やってくれ。」
レンは頷いて、そこへ点火した。その途端に、また枯れたはずの涙を流した。ずっと一緒にやって来たのだろう。シュレーも、傍目を気にせずに涙を流してそれを見た。その姿は、チュマが去った今、元のヒョウの姿に戻っていた。
舞は、なぜが懐かしい感じのする見慣れていたはずのその姿に、そっと歩み寄って言った。
「シュレー…ラキは、きっとあちらでご両親と妹に会って、今は幸せにしているわよ。シャルディークが封じられていてあんな乱世になってしまっていた、その犠牲者だったんだものね。でも、最後にこの世界を救って逝ってくれたから。皆で、ラキのことを後の世の人達に語りついで行きましょう。」
シュレーは、舞を振り返って、無言で頷いた。舞は、その手を握って、痛みを少しでも分かち合おうとした。シュレーは、それを見て言った。
「…まるで、出逢った最初のようだ。こんな結末が待っていようとは、オレもあの時には思いもしなかった。ただ、メイン・ストーリーを簡単に考えていたよ。軍でそれなりの修羅場をくぐっている、自分なら簡単だろうとな。だが、そうではなかった。」
舞は、笑った。
「私なんて、この世界がなんたるかも知らなかったわ。」と、煙が上がって行く空を見上げた。「ほんの数ヶ月で、すっかりここのエキスパートになった気持ち。ほんとに流されて、ここまで来ただけなんだけどね。」
シュレーは、涙を拭いながら微笑んだ。
「マイは頑張り屋だからな。よく頑張ったよ。」と、下を向いた。「…その…バルクでは、すまなかった。オレはどうかしていたんだ。落ち着いて、ちゃんと謝ってなかったと思ってな。お前を置いて出て行って、なのに帰ってからやっぱり好きだったなんてな。虫が良すぎる。自分でも思う。」
舞は、ふふと笑った。
「いいのよ。なぜか遠い昔のことのような気がする。」と、シュレーから手を離した。「ね、これからも何かの時は仲間で居ましょうね。また、ダッカへ遊びに来て。シアのアパートは荒らされてから帰っていないから、整理しなきゃならないでしょう?」
シュレーは、目の前の炎を見た。
「ああ。シアのアパートは引き上げる。オレは、バルクへ帰ってもう一度軍へ戻るつもりだ。陛下から、そう言ってこられたからな。」
ふと、シュレーの様子が変わった。突然に眉を寄せたかと思うと、頭を、体を、ぐっと押さえて身を縮めたのだ。
「シュレー!」と、離れて立っていた圭悟達を振り返った。「圭悟!玲樹!シュレーがおかしいの!」
圭悟と玲樹だけではなく、遠慮していたマーキスもキールも、アレスもダイアナもメグもアークも、そしてデューラスもシンシアも一気に寄って来た。皆の見ている目の前で、シュレーは光り輝いた…あまりの眩しさに、舞も玲樹も、圭悟も顔をそむけた。キールやマーキス達グーラは、眩しさの中でも大丈夫なのか呆然と見ている。と、マーキスが言った。
「…なんとの。見よ。」と、シュレーを指した。「チュマが術を使っていた、あの姿とは違うぞ。」
舞も、目を瞬かせてそちらを見た。そして、その姿を見て、呆然とした…ああ、そうなの。
「そうか。」圭悟が、つぶやく様に言った。「メイン・ストーリーが、今完結したんだ…。」
玲樹も、頷いた。
「無事にクリアってことなのか。オレ達、やったんだな。」
シュレーが、ためらいがちに目を上げた。シュレーの姿は、白いような金髪の、青い瞳の人型に戻っていた。そして、自分の手を見て、言った。
「ああ」そして、今わかったといった感じで、皆を見回した。「そうだ。オレは、あっちの世界で生きるのがつらかった。それで、無理にこちらへ来ようとして、そう、ずっと眠ったままでいようとして、瑠璃色の玉を握り締めて睡眠薬を大量に飲んだ。きっとあっちでは死んだんだろう。そして、こっちでヒョウの姿に生まれ変わった…そんなことは、すっかり忘れてしまっていたがな。」
メグが、その姿に息を飲んで見とれている。舞も、あっけに取られていたが、ハッとして少し赤くなった。シンシアが、あーあ、いうように肩をすくめた。
「なあにシュレー、そんなんじゃ私の好みじゃ全然ないわよ。私のシュレーは死んだのね。」と、デューラスを見た。「この人の方が、まだワイルドじゃない?」
舞は、整った顔立ちだが確かにワイルドなデューラスと、驚くほどに綺麗な顔立ちのシュレーを交互に見た。確かにどっちもいい男だけど、私はシュレーの顔の方が好みかも。
すると、後ろに居たマーキスがぐいと舞の腕を引っ張って引き寄せた。
「マイ、忘れてはおらぬか。オレとダッカへ帰って子をなす約束ぞ。とっくにオレの妻なのだからな。今更姿がどうのと、心変わりは許さぬ。」
舞は、慌てて手を振った。
「まあマーキス!分かってるわ、夫はマーキスなんだから。ただあんまり綺麗な顔立ちだから、驚いただけよ。」
少し落ち着いたシュレーが言った。
「そうか。マイはこのオレが好みなんだな。ま、オレはバツイチでも気にしないから、いつでもバルクへ来てくれたらいいぞ。待っている。」
舞は慌ててかぶりを振った。
「シュレー!ちょっと波風立てないで!」
マーキスはぷりぷり怒って舞を引っ張って歩き出した。
「もう、ラキの葬儀は終わったの?今日はダッカへ発つ。準備に戻る。」
キールも、慌ててそれについて足を速めた。
「兄者!戻るならオレも共に。」
アレスとダイアナも、歩き出した。
「我らもついて戻らねば。我らの兵もあちらへ残しておるしの。それに、ダンキスに事によっては頼まねばならぬこともある。」
二人で住むということだろう。デューラスも、慌ててシンシアの肩を抱いて言った。
「オレ達もだ。あそこで式を挙げるんだろう。一緒に連れて帰ってもらわなきゃな。グーラで飛んだらすぐだ。」
残ったシュレーと圭悟と、メグと玲樹に、レンは言った。
「これで、全て終わった。オレ達は、ここに数名の兵士を復興のために残してデシアへ戻る。シュレー、ラキを頼んだぞ。あと数時間で、ラキの準備は出来る。」
シュレーは、頷いた。
「ああ。オレも一度ダッカへ行って、そこからラキの元の里がある場所へ行くよ。そこへラキを葬ったら、オレはバルクへ行く。」
玲樹が、頷いた。
「オレ達も、一度ダッカへ行くよ。オレ達がどっちの世界へ留まるか決める期限まで、あとひと月あるしな。月の合は、一ヶ月後だろう。」
シュレーは笑った。
「なんだ、どうせ残るんだろう。」と、腕輪を開けて中を見た。そして、ニッと笑った。「そらみろ、お前、サラマンダーに一生住めるぞ?」
圭悟も玲樹も、慌てて腕輪を開いた。そこに、残高を示す値が出ている…桁数は関係なく、ただ無限に99999…と数字が続いていた。そこに表示出来る限りの桁が、9で埋め尽くされていたのだ。
「うわ!すげぇ!昨日までは普通の残高だったのに!」と、圭悟を見た。「圭悟、これで一生食うには困らねぇぞ。あっちで仕事する必要もない。ここで気ままにやってける!」
圭悟は、フッと笑って腕輪を閉じた。
「そうだな。」
玲樹は、まだ興奮気味にシュレーに話しかけている。
圭悟は、じっと明るくなって来た空に薄く見える、二つの月を見上げた。
平和に戻った、新しい朝がやって来たのだった。