シャルディーク
一行は、その不思議な空間を後にした。シュレーは黙ってラキを布で包んで回収し、ナディールへと連れ帰った。あちこちが掘り起こされたようになった、変わり果てた姿のナディールでは、シンシアとデューラスが、レンと共に表へ出てこちらを見上げてた。辺りはもう、夜になっている。回りでは、兵士達が辺りを片付けるために働いている。メグが、ダイアナの背で叫んだ。
「ああ!無事だったのね、シンシア、デューラス!」
二人は、並んで微笑んでいる。その姿が、以前より落ち着いたように見えた圭悟は、地上に降り立って言った。
「二人共、大丈夫だったか?メグから聞いていたから、心配してたんだ。」
シンシアが言った。
「私の気も残り少なくなって来て、もう終わりだと思っていた時に、天上から赤い光がたくさん落ちて来たのよ。」シンシアは、デューラスを見た。「それで、私達もその力に捉えられて、気がつくとなんともなかったわ。驚いてこちらを見たら、格納庫の前の兵士達もそうだった。ディンダシェリア全体に落ちてるんじゃないかというぐらい、たくさんの光だったわ。」
デューラスは、シンシアの肩を抱いた。
「お前達が戦ってくれたから、助かった。オレ達はもう、駄目だと思っていたからな。これで、生き直せる。」と、シンシアを見て微笑んだ。「オレ達、結婚するんだ。」
メグが、涙ぐんだ。
「おめでとう!そうなの、本当に良かった…!」
舞も、微笑んで頷いた。
「本当、お祝いをしなきゃ。」と、マーキスを見た。「ねえ、ダッカでする?あ、でも、まだ火事の後が復興してないか…。」
シンシアが、肩をすくめた。
「今はどこも同じようなもんよ。そっちがいいなら、ダッカでもいいかな。」と、デューラスを見た。「私、ほんとは都会より田舎の方が好きなのよね。」
デューラスは笑った。
「知ってらあ。お前は清流で泳ぐのが好きだったもんな。」
「もう、よく覚えてるわねえ。」と、歩き出した。「神殿に戻ってるわ。」
二人を見送って、レンが言った。
「全く当てられっ放しなんだよ。」と、シュレーが布の包みを抱いて下りて来るのを見て、表情をこわばらせた。「…誰だ?」
シュレーは、レンを見た。
「ラキだ。」レンは、ショックを受けた顔をした。「立派に戦ったんだぞ?こいつが居なけりゃ、オレ達はデクスを倒せなかった。」
アークが、進み出て頷いた。
「命を懸けてデクスを倒す機会を作ってくれたんだ。丁重に葬りたい。」
レンは、頷きながら言った。
「とにかく、皆火葬にしている。」と、遠く離れた野で、上がっている煙のほうを指した。「この騒ぎで亡くなった者達を、デシアに連れて帰るためにな。夜を徹して行なわないと、間に合わないんだ…命の気を取られて、殺された兵士が多い。ラキも、ああして連れて帰ろう。」
シュレーは、その弔いの煙を見ながら言った。
「ラキは、オレが故郷の土に埋めてやる。こいつは、きっと最後まで、平和だった自分の出身国へ帰りたかったはずだ。こうして平和になったんだから、オレはそこへ連れて行ってやりたい。」
レンは頷いて、歩き出した。
「さ、こっちへ。お前達の王も、そろそろ連絡して来るんじゃないか?こっちのリシマ王は、早々にデシアへ戻ると伝えて来られた。我らも、ここを始末して早くあちらへ戻らねばならん。きっと、向こうも我に返った奴らで大混乱だろうしな。事情を知っているオレ達が、何とかしなきゃならないんだ。」
シュレーは、ラキを抱き上げて歩きながら、レンとそんなことを話ながら去って言った。圭悟が、それを見送ってから皆を振り返った。
「さあ、とにかく今日は休もう。陛下から書状が来てるみたいだが、ちょっとぐらい待たせてもバチは当たらないさ、なあ?」
玲樹は、ふふんと笑った。
「なんだ圭悟、言うようになったじゃないか。お前ほんと、真面目なヤツだったのによ。」
そう言うと、圭悟と強引に肩を組んで神殿の方へと歩き出す。圭悟は、足を取られながら、玲樹に引っ張られて歩いた。すると、目の前にシャルディークとナディアの透き通った姿が並んで浮いた。驚いた二人は、思わず足を止めた。
「シャルディーク…。」
シャルディークは、穏やかに微笑んだ。
『主らは、ほんにようやってくれたの。』シャルディークは、傍らのナディアと微笑み合った。『ウラノスの仕業であろう。ナディアが、我が何もせぬのに解放されておった。』
舞が、二人を見上げて言った。
「では、命の気はまた分散されたのでしょうか。」
ナディアは首を振った。
『いいえ。シャルディークの力の石は、ひとつあのまま残して置きまする。もはや意思はありませぬが、それでも命の気はシャルディークの力に吸い寄せられて流れる。心配は要りません。』
舞は、ホッとした。マーキスが、言った。
「本当に世話になった、シャルディーク。主が居らねば、我らどうなっておったか分からぬ。最後まで、主の力に頼ってしまったの。」
シャルディークは首を振った。
『我こそ礼を申さねばなるまい。マイと主が我をあの地下で見つけてくれておらねば、我は未だにあのままナディアに会うことも出来なんだ。』と、ナディアの肩を抱いた。『我らは、参る。』
アークが、寂しげな顔をした。
「…また、会えるか?」
シャルディークは笑った。
『おそらくはすぐにの。我ら、あちらでしばらくゆっくりしたいと思うておったが、ウラノスのあの言い方では、それも叶うまい。早よう転生して、この地を平和に保つ力添えをせねばならぬ。恐らく、何も覚えてはいまい…それでも、我はそなた達を忘れぬぞ。』
ナディアも、微笑んだ。
『では、また。あなた達と共に居て、楽しかったこと。』と、舞とダイアナを見た。『我の娘達。どうか幸せにね。』
二人は、黙って頷いた。そうして、シャルディークが手を上げる。二人は、天から伸びて来た光の中、上昇し始めた。
「シャルディーク!ありがとう!」
圭悟が叫ぶ。玲樹も、同じように叫んだ。
「またな!結構好きだったぜ、シャルディーク!」
それを聞いたシャルディークは、驚いた顔をした。そして、ナディアと顔を見合わせて、微笑み合った。
『我も、主らと一緒に居って、楽しかったぞ。』
遠く、もう姿さえもはっきりと見えなかったが、シャルディークの声は届いた。
そうして、シャルディークはナディアと共に、光の中へと消えて行った。