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ウラノス

「ああキール!キール!」

舞は叫ぶ。力を放った後の律子は、何も出来ない。舞は走ってキールに飛びついた。圭悟も、それに倣った。

「キール!しっかりして!」

しかし、キールの応答はなかった。傷の具合を確かめようと上着を開くと、そこにあった母の形見の首飾りの、身代わりの石が真っ二つに割れて、キールの胸には黒く火傷の跡があるだけだった。しかし、かなりの衝撃だったのだろう。キールは、全く身動きしなかった。

「…これに、当たったんだ。身代わりの石は、こんなことも出来るのか。」

圭悟が、つぶやく。舞は、圭悟に言った。

「シャルディークが、自分を憑依させて飛んであの剣で律子を刺すしかないと言うの!でも、でもこれでキールも出来なくなったわ!身代わりの石も、これで無くなった。どうにも出来ないわ!」

玲樹が、向こうで剣を拾いながら言った。

「オレがやる。」と、ふら付きながら言った。「どうせもう、長くはもたねぇ。最後にシャルディークに使ってもらうさ。オレが動かなくても、勝手にこの体を動かして使ってくれるだろう。なに、あっちで待ってるさ。何も覚えちゃいねぇがな。」

玲樹がガクッと膝を付いた。手から剣が滑り落ちる。玲樹は、必死に立ち上がろうとした。

「くそ…足が言うことをきかねぇ。」と、その場に倒れ込んだ。「こんな…無駄死にじゃねぇか…。」

舞は、そちらへ足を向けた。

「玲樹!」

圭悟は、それを止めた。そして、言った。

「オレがやる。」と、急いで走って行って剣を掴んだ。「舞!防御を頼む!」

しかし、シュレーが言った。

「オレがやる!オレの方が、戦い慣れている!」

だが、圭悟は首を振った。

「言っただろ、お前は死ぬが、オレは死なない。あっちの世界で、また生きて行くだけだ。」

「圭悟…。」

再び律子の攻撃がやって来る。舞は必死に防御の膜を張った。それは前面だけに特化したものだったので、力の全てを掛けると律子の気弾も避けることが出来た。

気弾が終わると、圭悟は叫んだ。

「よし行くぞ!シャルディーク!」

シャルディークの声が言った。

《主の覚悟、無駄にはせぬ。》

圭悟の体に、力がどんどんと入って来る。それは、満タンを過ぎても終わることはなく、そして逃れる場所もなく、悲鳴を上げる体に、容赦なく注ぎ込まれる力の放流だった。

圭悟は、がっくりと肩を落としたが、次に顔を上げた時、険しい顔つきで律子を睨んでいた。目は、真っ赤になっている。

『死ね!この悪魔め!』

シャルディークの声が飛ぶ。

舞とシュレーの援護の中、浮き上がった圭悟=シャルディークは、律子に向かって突っ込んで行った。


ダイアナは、赤い目のチュマが指し示す方向へと、広い何もない空間を飛んでいた。しばらくすると、岩場が幾つも連なっている場所が眼下に見えたが、それでもチュマは先へと促した。

途中、何かの障壁のようなものを感じても、チュマが手を上げると、途端に何もなくなってしまう。メグもダイアナも、チュマに憑いているのがどんなものなのか、畏怖の感情を持って見ていた。

そのうちに、遥か向こうに光のカーテンが見えて来た。

『あの、中ぞ。』

チュマが、低い男声で言う。ダイアナがそれに向かっていると、メグが、あ!と叫んだ。

そこには、激しい戦闘の跡があり、ラキが一人、横たわっていた。メグは、口を押さえた。

「ああ…ラキが。」

ダイアナも、それを見て心を痛めた。世界のためにと戦った。こんな所で命を落として、一体誰がそれを知るというのだろう…。

そうして、光のカーテンの中へと、三人は入った。

点々と、人が倒れている。一体はグーラだった。ダイアナは、息を飲んだ…アレス!

そこへ、声が聞こえた。その声は、あまり聞きなれないシャルディークの声だった。

『死ね!この悪魔め!』

メグの目には、浮いている人型に向かって行っているのは、どう見ても圭悟に見えた。だが、聞こえた声はシャルディーク。メグは最悪の事態を思った。まさか…まさか圭悟…!

そこへ、悲鳴が響き渡った。

『あああああ!』律子は、自分の胸に刺さった剣を見た。『ああ!嫌よ!ここは私の世界なのよ!』

圭悟は、素早く降り立った。そして、シャルディークがすぐに抜けて、その場へくず折れた。やった…案外、痛みは少ないな…。

圭悟が思っていると、舞が駆け寄って来た。

「ああ!圭悟!圭悟!」

圭悟は、笑った。

「やったぞ、舞。」と、剣の突き刺さった状態でのたうち回りながら形を変え、どんどんと光を無くしていく律子の方を見た。「今度こそ、死ぬな。前は、死に損なった。あっちで待ってる。また、車でも見に店へ来てくれ。覚えてないだろうけど…」

「圭悟…」

「舞!圭悟!」

ここに居ないはずのメグが、あちらから走って来る。向こうには、グーラの姿のダイアナと、チュマが居た。ダイアナは、一目散にアレスの方へと向かっている。メグは、すぐに圭悟と、側に倒れている玲樹に、治癒術を放った。

「なんだってこんな…どうしてこんなことに!」

メグは、伝わって来る感触から、二人が助からない可能性のほうが高いことを知った。チュマがこちらへと飛んで来る。その目が赤いことに、舞は気が付いた。

「チュマ…?」

しかしチュマは、こちらへは見向きもせずに、今や下に落ちて痙攣するような動きをしている律子を、上から眺めた。

「あんた…あんたの仕業ね!これ…助けなさいよ!」

チュマは、じっと律子を見た。

『何度も警告したはずぞ。ここは、夢の世界などではない。生まれた命は、皆意思を持って生きている。主はそれらを教え導き、世界を平穏に保つ努力をせよと。ここは、主の玩具として与えたものではないぞ。』

律子の声が、さらに弱々しくなった。

「ちょっと…いつもの脅し…よね…?私を殺したり、しないでしょ?」と身を振るわせた。どうやら、勝手に体がガクガクと震えるようだ。「は…早く助けて。もう…」

チュマは、無表情に律子を見下ろした。

『主はやり過ぎた。我に背くものは、消滅しかない。これを預けた時、申したの。この任を降ろされる時、主の存在も消える。消え去るが良い。』

律子は、今度は本当に震える声で必死に言った。

「嫌よ…!消えたくない!舞、あんたからも頼んで…!消されてしまう!あっちにも戻れない!どこにも存在しなくなる…!」

舞は、驚いた。こっちの記憶を無くしてしまうだけではないの。

「そんな…消えてしまうの?!りっちゃんが?!」

チュマは、半分振り返った。

『我が存在するべきでないと思ったもの。しかし我が作った命でないゆえ、主らが滅するよりなかった。礼を申す。』と、手を上げた。『礼として、今息のある者は助けようぞ。』

赤い光が、そこに居る皆の上に降り注いだ。そして、必死に意識を取り戻さないアレスに取りすがっていたダイアナが、歓喜の声を上げた。

「ああ!アレスが!」

舞は、急いで玲樹を圭悟を見た。二人共、何事かと言う顔で半身を起こしている。舞は、マーキスの方を見た。

マーキスも、身を起こして頭を振っていた。舞は、何も考えずにマーキスへと駆け寄って抱きついた。

「ああマーキス!マーキス!心配したわ…!」

マーキスは、舞を抱きとめて言った。

「どうなったのだ…?頭がはっきりせぬ。」

アークも起き上がって、下で虫の息の律子を見た。そして、その前に赤い目のチュマが居るのを見て取った。

「嫌…!消滅するのは嫌…!」律子は、涙を流しながら言った。体が、光の微粒子ではなく、さらさらと砂のように崩れて風に流されて行くように消えて来る。「舞!舞…!嫌よ怖いわ!助けて!助け…て…!」

「りっちゃん…!」

律子は、そのまま全てが塵となり、消えて行った。チュマが、皆を振り返った。

『長く、この世界を苦しめた世界の管理者は、消え去った。』チュマの姿を借りた誰かは、言った。『ご苦労であったの。これで、何が起ころうとも全てはこの世界の者達の責。誰のせいでもない。今までは、あやつのせいで混乱の世であったがな。主らで世を作って行くが良い…これで、邪魔者はおらぬ。』

舞が、浮いているチュマを見上げて言った。

「あなたは、誰ですか?」

チュマは、片方の眉を上げた。

『おおそうか。』と、皆を見下ろして答えた。『我は、そうよの、ウラノス。そう呼ぶ管理者が居ったので、それを名にしておる。しかし主らの世界の語られておる神とは違う。全ての命を管理するもの…そんな感じかの。』

「ウラノス…。」

玲樹が、つぶやく。天を意味する、男神。ギリシャ神話の神…。

そう呼ばれるということは、そんな神なのだろう。皆は、ただ呆然とそのチュマについたウラノスという神のような力の持ち主を見上げていた。

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