創造主
真っ赤な光を見たメグは、思わず目を伏せたが、次の瞬間、チュマが目を開いて宙に浮くのを見た。
「チュマ…?!」
メグが驚いて見ていると、チュマはその真っ赤な目を開けた。そして、手を翳して赤い光の玉を放った。
その玉は、広く大地に無数に飛んで行った。メグとダイアナが呆然としていると、そのうちの一つが、シンシアとデューラスを捉え、二人を赤い光の玉の中へと篭めた。見ていると、格納庫の方にも大きな赤い玉が出来ている…魔物達は、その赤い玉に触れて焼失して行った。それを感じた魔物達は、身を縮めて赤い玉の気配から離れようと地を掘ってもぐり始めた。当然のことながら、神殿の上によじ登っていた魔物達は、必死にそこから降りるというより落ちて、地中へと帰ろうと必死になっている。メグがそれを見て、呆然とチュマを見た。チュマは、言った。
『あやつらは、あれと対峙しようとしておる。』その声は、先刻聞いた低い男声だった。『主らも行け。この子供をそこへ連れて行くのだ。我が先導しようぞ。』
メグは、ダイアナを見た。ダイアナは、頷いた。
『参ろうぞ、メグ。皆が戦っておるのだ。チュマが必要になるなら、行かねばならぬ。』
メグは、意を決して頷いた。ダイアナは、空に開いた亀裂へと方向を変え、チュマとメグを乗せて飛んで行った。
シンシアは、デューラスを抱きしめながらそれを見送った。
「ああ…行ったわ。あっちでは、今きっと戦っているのね。」と、浅い息を繰り返しているデューラスに、治癒術を残った少ない気で送りながら言った。「あなたもがんばるのよ、デューラス。皆が帰って来たら、祝福してくれるわ。私達、一緒になるのよ。」
デューラスは、声は出なかったが、微かに頷いた。
シンシアは、皆が帰って来るまで治癒術を掛けている自分の気も、デューラスの命も、もたないのは分かっていた。だがこの地に住む全ての者達のために、全てが早く終わるようにと、心から願った。
マーキスとキール、アークを先頭に、一行は光のカーテンの中へとためらいもなく駆け込んだ。ふと見ると、シャルディークの姿が見える。つまりは、ここは地上とさほど変わらない場所のようだった。中は、広く明るい空間で、いつかテレビで見たギリシャ神話のオリンポスの神々が住む神殿を思わせると舞は思った。そこはピチュピチュと鳥の鳴き声まで聞こえ、側には清流が流れている様まで見えた。間違いなく、作られた非現実的な空間の、今ある殺伐とした雰囲気とは似ても似つかぬ場違いな雰囲気に、皆はためらった。上からは、光の帯が降りて来ていて、正面の大理石の椅子には、白いドレス姿で黒髪の女が一人、こちらに背を向けて座っていた。デクスはふらふらとその前に倒れ込むように膝を付いた。
『創造主…!どうか、力をお分けください。さすればあのようなもの、すぐに消し去ってしまいまする!』
その女は、ため息を付いた。
「まあ、まだ力が欲しいと言うの?」と、目の前の水がめに移して見ていたらしい女は、手を振ってその画像を消した。「本当に、役に立たないこと。お前のような者に期待した私が間違いだったわ。」
そう言って立ち上がってこちらを向いた女の顔を遠めに見た舞は、思わず絶句した。
「そ、そんな…」
玲樹が、眉を寄せた。
「ほー、お前か。お前があっちこっちを乱して、喜んでいたって訳か。」
その女は、フッと笑った。
「頭が高いわ。あっちではどうであれ、ここでの私は神…このディンダシェリアに居る限り、私にひれ伏すよりないのよ。」
アークが、その女を睨み付けた。
「…魔物に襲われたと、泣いておったのではないのか。」
その女はコロコロと笑った。
「ええ、なかなかの演技だったでしょう?」その女は、ふんわりと浮き上がると、こちらへと進んで来た。皆が構える。女は、皆の手前で止まった。「ちょっと遊んでみるのも面白いかと思ったの。でも、つまらなかったわ。」
側まで来た女を見て、マーキスが言った。
「知っておるのか?」
舞は、震えながら頷いた。
「私の、あちらの世界での友達。律子よ。」と、舞は叫んだ。「りっちゃん!こんなことをしても、しょうがないじゃない!デクスみたいな人が出現したから、しょうがなくこんなことになっているんでしょう?!」
律子は、フッと笑った。そして、言った。
「デクスは、私が初めて干渉した命よ。」と、地上を指した。「最初、私は夢の中でこの地を任せると何かの声に言われたわ。何のことかと思っていたけれど、毎晩ここを夢に見るようになった。なので、設定を考えたの…命の気というものを作ってね。それで、魔法が使えるような場所って。そうしたら、地上に生命が生まれ始めて、動き始めたわ。」
圭悟が、横で息を飲んだ。
「それ…お前は、そんなに長生きなのか?あっちの世界でも、人じゃないのか。」
律子は、面倒そうに手を振った。
「そんなもの、時の流れだって思うがままよ。数十年だって数百年だってすっ飛ばして行ける。何事も必死で、なかなかに進まない世の中に笑っちゃったわ。戦をしたり、せっかく耕した土地が流されたり。何一つ上手く行かない世の中なのよ。私はそんな馬鹿なやつらと見て、あざ笑うのが楽しかった。でも、」と、側に浮いているシャルディークを指した。「そいつが生まれたの。思っても見ない力を持っていて、しかも善良。他に類を見ないほど頭が良く、自分のためより人のために生きるような男。こんなやつが居たら、ディンダシェリアは綺麗にまとまってしまう。せっかく、戦をしたり自然災害に苦しんだり、いろいろな事があって面白かったのに。そうそう、面白くないから大きな洪水だって起こしてやったわ。それでも、こいつは皆をまとめてすぐに復興させた。犠牲者だって、思ったより少なく済んでしまって。」
シャルディークは戸惑うような顔をした。では、自分は偶発的に生まれた命なのか。何かの使命を帯びているからこそ、この力を持っていると思っていたのに…。
律子は、続けた。
「だから、こいつを使ったの。デクス…シャルディークとかいうヤツの妻に、密かに思いを寄せていた。でも、指一本触れようとはせず、ただ神と崇めてその女のために尽くすことで生涯を終えることを良しとしていた。例に漏れず、こいつも吐き気がするほど善良なやつだった。」律子は、あざ笑うようにデクスを見た。「だから、人の心に眠る、悪魔の部分を増幅してやったの。こいつが、きっと何かしてくれるはずだと思って。確かに、そこからの数年は上手くやってくれたわ。回りの勢力を吸収して自分本位の国を作り、シャルディークを消し、その妻ナディアを封じ…」律子は、急に険しい顔をした。「でも、その時に自分まで封じられてしまって。役に立たない男。せっかく私の駒にしてやったのに。もう要らないわ。」
その言葉と共に、デクスは何かの力に捉えられた。声も出せずに喉元を押さえてのたうち回っている。律子は、それを見て暗い笑いを浮かべていた。舞は、その表情にぞっとした…りっちゃん…まさかこんなことをしていたなんて。
「やめて、りっちゃん!元は善良なら、あなたの力で元へ戻せるはずでしょう?!消してしまうなんて…、」
律子は、キッと舞を睨んだ。
「うるさいわね!舞、あんたはいつだってそうよ。善良ぶって、心の中では妬みや暗い気持ちが流れてたんじゃないの?!私に彼氏が出来たって聞いて、自分は誰も居ないのに、一緒に喜んだり。指輪を見て素直にうらやむふりをしたり。そんなあんたが、何だってここで巫女なのよ?そんないい男に守られて、その上、結婚ですって?!馬鹿じゃないの?ここは私の世界よ!そんな場所で幸せになろうなんて、甘いわ!」
デクスが、ついに倒れて動かなくなった。そして、その体はすーっと光に変わって消えて行く。律子は、無表情にそれを見下ろした。
「思ったより長く掛かったわね。すぐに死ぬかと思ったのに。」
皆は、それを呆然と見た。弱っていたとはいえ、デクスを指一本触れずに殺してしまった。自分達では、そんなに簡単に殺してしまったり出来なかった…。
「りっちゃん…そんな風に思ってたの…。」
律子は、舞を見た。
「ええ。あんたは快活で前向きだったわ。私はあっちの世界じゃ引っ込み思案で表へ出るのが苦手だった。唯一、優越感を持っていられたのがここだった。何でも思うようになって、人の生き死にさえ思うがまま。気持ちだって操作出来る。なのに人が増え過ぎて、皆思い思いに勝手なことをし始めて…収拾がつかなくなった。ついにはあんたまでこっちへ来た。私が呼んだんじゃない、あんたが。だから、こっちの世界を一度リセットしようと思って。」と、律子は、手を上げた。「あっちへ帰ってよ。ここは私の世界よ。愛する夫なんか忘れて、また私を羨望の目で見ればいい。こっちの人はみんな今から死ぬんだから。あんたは一人で居るのがお似合いだわ。」
律子から、真っ白い光の帯が舞目掛けて飛んで来た。舞は、ショックのあまり動けなかった。
「マイ!」
マーキスが舞に飛びつき、律子の光を跳ね返した。律子は驚いてマーキスを見た。
マーキスは、手にあの剣を持っていた。それを盾にしたのだ。
「そう…」律子は、その剣の柄にある赤い石を見ながら言った。「あいつが知恵を授けたのね!私は返さないわ!この世界は私のもの。私が作ったのよ!こんな失敗作ばかりの世界、一度リセットしてやるわ!」
律子は、何か空間の上へ向かって叫んでいる。尚もショックを受けたままの舞に、マーキスは言った。
「マイ、しっかりせよ。ここで負けてはならぬ。あやつを倒すのだ。主の友なら、あちらの世界へ帰そう。何も覚えておらぬ…死ぬことはないのだろう。」
舞は、髪を振り乱して天空に向かって叫んでいる律子を見て、決心して頷いた。
「ええ。私は、ここを守る。この、ディンダシェリアを。」
皆が、剣を抜いた。
全員が、一斉に律子に向かって魔法を放った。