ラキ=デクス
上空の亀裂の中では、ラキがデクスを憑依させて姿を変えていた。
目の前には、今までデクスが居た場所にラキの体があり、それは目の色も金色に変わり、しかし顔はラキのまま、何か刺青のような縦の線が二本、その顔の両横に黒く入っていた。髪も長くなり、ラキはもはやラキではなかった。しかし、それは間違いなくラキだった。
「ラキ!」シュレーが叫んだ。「どうしてそんな!お前は皆の不幸を望んでいなかったじゃないか!」
ラキは、ふっと笑った。
『それが甘いのだ、シュレー。オレの恨みはこんなものではない。父を母を妹を奪われ、その根源に飼われるしかなかったオレの気持ちが分かるか?取り戻せぬのなら、皆消えてなくなればいい。』
シュレーは、呆然とラキを見た。
「ラキ…。」
すると、デクスの声が笑った。
『そうよ、我らは新しい地を作る!我が血族のみで作られた、優秀な世界をな!』と、手を上げた。『死ね!』
激しい破壊光線が皆を襲う。シュレーも皆も、寸でのところでそれを避けた。デクスはまた笑った。
『今のは試しに撃ったまで。やはり実体があると違うわ!』
皆が一斉にラキ=デクスに向けて術を放ち始めた。アークがシャルディークを呼ぼうと身代わりの石を手にすると、マーキスが言った。
「主では長くシャルディークを留められぬ。オレがやる。石をこっちへ。」
アークは抗議しようとしたが、思いとどまった。確かに、マーキスのほうが長く大きな力を使うことが出来る。アークはマーキスに石を渡した。
「頼んだぞ、マーキス。」
マーキスは頷くと、身代わりの石を掴んだ。途端に、何も言わなくても目が赤く変わる。間違いなく、シャルディークは側で見ているのだ。
『ここでは、姿を見せることが出来ぬ。』シャルディークが言った。『だが、力を貸すことは出来るぞ!』
マーキス=シャルディークの力は、真っ直ぐにラキ=デクスの方へと飛んで行った。デクスはそれを、正面から自分の放った力で受け止めた。
『今は力は同等ぞ、シャルディーク!』デクスは、歯を食いしばりながらも不敵に笑った。『実体がある!』
シュレーと圭悟、アレス、玲樹の術がラキ=デクスに向かって飛んで行く。デクスは少しよろめいた。シャルディークがフッと笑った。
『…我は、一人ではないわ!』
勢いを増したシャルディークの力は、ラキ=デクスの力を凌駕して吹き飛ばした。ラキ=デクスは、体勢を立て直そうとしたが、もはや浮き上がるだけの力はないようだった。それだけ、シャルディークの力は大きいのだ。
舞は、浄化の気砲を構えながら、マーキスが次の石を握るのを見た。今の力の放出で、一気に石が砕けたのは間違いなかった。アークが、舞に言った。
「それは、連発出来ぬだろう。機をうかがうのだ。シャルディークが押しておる時に、一気に放て。」
舞は、頷いた。マークは、足元に魔方陣を出して、引き続きラキ=デクスに向かって力を放った。マーキス=シャルディークは容赦なく地に落ちたラキ=デクスに向かって力を放っている。それを辛うじて受けているような状態のラキ=デクスは、戸惑うような素振りを見せた。
『なぜ、思うように力が出ぬ。』デクスは、手を見た。『実体があるのに。器は申し分ないはずぞ。我の血筋…』
すると、同じラキ=デクスが、微かに笑った。
『お前は、勘違いをしているんじゃないか?』それは、ラキの声だった。『シャルディークで分からなかったか?所詮人の体から出せる力など限られている。オレの力は一般的なそれ。生まれながらに持っている力を使うのとは訳が違うのよ。』
デクスの声が、わなわなと震えた。
『主…まさかそれを知っていて…』
ラキ=デクスは身を縮めた。
『早く!』ラキの声が叫んだ。『マーキス!オレがこいつを留めているうちに、殺れ!』
マーキス=シャルディークが構えた。シュレーが叫んだ。
「やめてくれ!ラキ…あれは、ラキなんだ!」
ラキは激しく首を振った。
『シュレー!今しかないんだぞ!下を見ろ、このままでは皆滅びてしまう!』
マーキス=シャルディークが力を収束した。
『多数を助けるためぞ。』シャルディークの声だ。『消えよ!デクス!』
「ラキ!!」
シュレーが叫ぶ。シャルディークの力はラキ=デクスを捉え、その体は激しく光り輝いた。
『うわああああああ!!』
デクスの声が叫び声を上げた。
「ラキ…」
舞が、気砲を構えたまま、ラキを見つめた。すると、ラキの姿は見る見る元の姿へと戻って行き、その場へ倒れた。その体から、最初に見た人の姿のデクスが抜け出て光のカーテンの方へと飛んで行く。舞は、それに向けて気砲を放った。
『逃さぬぞ、デクス!』
再びマーキス=シャルディークから力が放たれる。舞の気砲と、マーキス=シャルディークの力が同時にデクスを捉え、デクスは叫び声を上げた。
『ぎゃああああ!シャルディーク…め…!』
デクスは、その場へ落ちた。マーキスの目が元の色に戻る。シャルディークがマーキスから抜けたのだ。つまりは、二個目の石も砕けたのだろう。
「留めを!」
アークが、叫んで走り出した。舞、キール、マーキス、玲樹もそれに続く。圭悟とシュレーは、倒れたラキへと駆け寄っていた。
「ラキ!ラキ、しっかりしろ!」
シュレーが、ラキを助け起こして必死に言った。ラキは、うっすらと目を開けた。
「…どうだ?なかなか、うまくやっただろう。」
圭悟が、涙ぐみながら必死に治癒術を唱えている。だが、ラキの体が身代わりの石無しでデクスを憑依させていた事実は消せなかった。マーキスとは違う…人の体のラキなのに。
シュレーは、言った。
「お前は馬鹿だ。」シュレーは、涙を浮かべて言った。「他に方法があったはずなのに。なんだってこんなことをした。」
ラキは力なく笑った。
「さあな。オレは馬鹿だからな。」と、地上の方へ目を向けた。「助けてやってくれ。もう少しだ。創造主とやらの面を拝めなかったのは残念だ。オレはデクスの血族…身内の不始末は、身内がなんとかしなきゃな。」
シュレーは、こらえきれずに涙を流した。ラキは、シュレーを見て笑った。
「泣くなよ。どうせお前もそのうちに来る場所じゃないか。」と、ふーっと息を付いた。「ああ、父上と母上だ。」
シュレーは、ラキの視線の先を見た。誰も居ない。それでも、ラキは微笑んだ。
「妹も居る。じゃあな、シュレー。」と、手を伸ばした。「父上、母上…。」
ラキの手は、ぱたりと落ちた。圭悟が、嗚咽を漏らしている。シュレーは、ラキを抱いていた腕に力を込めた。
「くそう…!ラキ!なんだってこんなことに…!」
玲樹の声が、遠く呼んでいるのが聞こえる。
「シュレー!圭悟!デクスが光のカーテンの中へ逃げ込んだ!行くぞ!」
シュレーは、涙を拭いて、ラキをそこへ寝かせると、立ち上がった。
「行って来る。ラキ、必ず平和になった地上へ連れて帰ってやるからな。」
シュレーと圭悟は、皆を追って走り出した。デクスに止めを刺して、創造主とやらを消し去ってやる!