あの空へ
次の日、日の出前に皆は神殿前に集まっていた。亀裂へ向かうのは、圭悟、玲樹、舞、シュレー、アーク、ラキ、マーキス、キール、アレスの9人だった。メグはチュマと共に神殿へ残り、デューラスとシンシアは、何かあった時のために同じく残った。そして、ダイアナは、やはり残ることになり、見送りに来ていた。
「この世界を守るために参る。」アレスは、ダイアナに言った。「必ず戻る。」
ダイアナは、涙ぐんでいたが、頷いた。
「共に行くだけの、力が我にあれば良いのに。くれぐれも無理はせぬように。」
アレスは、微笑んで頷いた。
「これも主と暮らす世を平和にするため。待っておれ。」
玲樹が、横から言った。
「なんだ、うまくやったみたいだな。」
圭悟が、慌てて玲樹を小突いた。
「こら、玲樹!」
ダイアナが、恥ずかしげに頬を染めた。アレスが、笑った。
「ああ、我ら昨夜婚姻をの。なので、ダイアナは我の妻。主、手を出すでないぞ。」
玲樹は、呆れたように言った。
「なんだよ、手が早い。心配しなくても、オレは女王には奥手なんでぇ。もっと軽くていいんだよ。」
アレスは、ふんと鼻を鳴らした。
「手が早いとはなんぞ。我は17年も待った。主とは違うわ。」
アークが、割り込んだ。
「めでたいことだが、これから行くのは未踏の地。主、本当にいいのか。」
アレスは、頷いた。
「ダイアナとも話し合ったこと。空に向かうのであるから、飛べるものは、一人でも多い方が良いであろう。共に行く。」
アークは、頷いた。
「あちらに足場があるのかどうかも分からぬのでな。来てくれたら、助かる。」と、皆を見た。「さあ、では向かおう。」
マーキスとキール、アレスがグーラへと戻る。全員がそれに分乗し、一向は空高く開いた亀裂へと向かって、昇り始めた朝日の中飛び立って行った。
「アレス…。」
ダイアナは、それを見上げて涙を流した。きっと、帰って来るはず。皆、無事で…。
見る見る地上が小さくなって行く。舞は、圭悟と共にマーキスに跨りながら、見送るダイアナと、デューラスとシンシア、それにメグを見た。悲しげなダイアナを見ていると、自分の姿が重なった。自分は、巫女だからこうしてマーキスと共に行ける。でも、そうでないダイアナは、ああして夫が危険な未知の地へ行くのも、見送らなければならない…。
圭悟は、舞の様子を見て、言った。
「戻って来よう。皆、全員揃って、平和な地でまた、楽しく旅が出来るように。」
舞は、頷いた。目の前の亀裂は、どんどんと大きくなって行く。マーキスが言った。
『もう、中へ入るぞ。気が流れておるやもしれぬから、しっかり掴まっておれ。』
舞と圭悟は、しっかりとマーキスに抱きついた。マーキスは先頭を切って、その亀裂の中へと入って行った。続いてキールが、そしてアレスがそこへ進入した。
そこは、明るいが、どこが光源なのか分からない場所だった。明らかにあちらの世界とは違い、遠く向こうの方まで見渡すことが出来る。光は、夕方の明るい夕日に照らされているような色だった。
「静かだな。」
圭悟がつぶやく。本当に、風一つない空間で、遠く靄の掛かった場所が見える。マーキスは言った。
『あちらへ参るか?』
圭悟は、険しい顔のまま頷いた。
「そうだな。他は何も無いし。あの靄の下に、何かあるのかも知れない。」
マーキスは、そちらへと首を向けた。キールもアレスも、それに従ってついて来る。マーキスはそのまま、その霞の中へと突入した。
それは、雲のようだった。
そこから、少し下へ下がると、眼下にぽつぽつと、岩のようなものが見える。それは平たく大きさはまちまちで、大きいものは直径10メートルほど、小さいものは直径1メートルほどだった。飛び石のようになっていて、岩同士は細い足場で繋がっていた。それを皆、固唾を飲んで見ていると、マーキスが不意に、ガクンと揺れた。
「きゃ!」
舞が、驚いて必死にマーキスに掴まる。マーキスは、その場で羽ばたいた。
『ここに、見えない何かがある。これよりは、上空からは無理ぞ。気の障壁のようなものだ。』
圭悟は、下を指した。
「あの、大き目の岩に降りれるかな?」
マーキスは下を見た。
『…やってみよう。』
すーっと旋回して、マーキスはそこへと降り立った。そして、足を踏みしめてその感触を確かめた。
『確かに、ここには岩があるような感じぞ。なぜにこんな場所にこんなものが。』
圭悟は、ホッとしてマーキスから降りた。
「どちらにしても、これを渡って行けば先へ進める。」と、舞が降りるのを手伝った。「きっとこの奥にデクスが居る。」
『創造主とかいうヤツもな。』キールの声が言った。同じように降りて来て、ラキとシュレーを降ろすと、人型に戻った。「ここからは、歩きだな。」
アレスも、同じように玲樹とアークを降ろしながら言った。
『まあ、人型用に出来ておる地であるとは、予測はしておった。』と、アレスも人型になった。「この術のコツがつかめるようになったわ。こっちの体の方が、効率的よな。」
玲樹は、固くなった肩を回した。
「あー緊張しちまった。案外にめちゃくちゃな地でもなかったな。息も出来るし、寒くもねぇ。それに、足場もあるしよ。」
しかし、岩の外をじっと見つめていた圭悟が言った。
「…ここから落ちたら、一巻の終わりだがな。」
玲樹も、岩の下を見た。岩は、何の支えもなくそこへ浮いているような状態で、結局は何かの空間の上にあった。岩を外れたら、間違いなくどこかへ向かって落下して行く。玲樹は身震いした。
「ひえ~。怖い怖い。気を付けなきゃ。こんなことで死にたかねぇ。」
「オレもだ。」
圭悟は、冗談を言う玲樹に少し腹を立てながら言った。何しろ、高いところは苦手なのだ。なのに、こんないつ落ちるとも知れない足場を通って行くなんて。
キールが察して言った。
「まあ、落ちてもすぐに拾いに行くゆえ。案ずるでない。」
頷いた圭悟の表情は、まだ硬かった。回りを見回していたアークが言った。
「とりあえず、あちらへ向かえばいいのか?検討違いの方向へ行っている暇はないだろう。」
「上空から地形を確かめられると思っていたからな。」シュレーが言って、目を細めて先を見た。「だだっ広いから、どっちへ行けばいいのか分からないな。」
ラキが、何かの計器を出していたが、首を振った。
「駄目だ、反応がない。というより、ここの空間自体が強い命の気の反応があって、それにかき消されて他の反応が拾えないんだ。とにかく、行くよりないな。あそこに障壁あったってことは、あっちで間違いないんだろうから。」
「真っ直ぐか、右か、左か?斜め右か、斜め左か…」玲樹が、ぐるりと見て肩をすくめた。「困ったな。」
マーキスが、痺れを切らして足を踏み出した。
「考えているより、先へ進むのだ。参るぞ。」
マーキスは、斜め右の方向へと足場を踏みしめて進み出した。それに、舞が続く。他の皆も、ぞろぞろとそれに従って歩き出した。すると、舞の後ろを歩いていたキールが、言った。
「兄者?剣が…、」
皆が一斉にマーキスの腰にぶら下がった剣を見た。その、柄の部分にはめ込まれた赤色の石が光っている。
「何かに反応してるのか?」
圭悟が言った。マーキスは、じっとそれを見て、言った。
「しばしここで待て。」
そして、一人で斜め左の岩へと移った。すると、その石は光を失った。マーキスは、戻ってまた今度は右の岩へと移った。すると、石はまた光り始めた。それを見たラキが、言った。
「そうか、これが道案内をしておるのだな。」
マーキスは、向こうの岩から頷いた。
「これの光に従って行けば、おそらく創造主の所へ行ける。」
玲樹が、吐き捨てるように言った。
「デクスもそこへ向かってるんだろうな。いや、もうたどり着いてオレ達をどうやって殺そうか、話し合ってるかもしれねぇぞ。」
キールがマーキスの方へと歩き出しながら言った。
「ならばその話し合いの時間は少ない方が良いの。さっさと行こう。」
9人は、ぞろぞろとマーキスの持つ剣に従って、果てしなく見えるその岩場を歩いて行ったのだった。