啓示
圭悟と玲樹は、やっと神殿にたどり着いていた。思ったより坂がきつくて、時間がかかってしまった。皆が集まっている、チュマの寝かされている部屋へと入った二人は、まだチュマの意識が戻っていないのを知って、暗い顔をした。
「…体は大丈夫なのか?」
玲樹が、聞いた。舞が頷いた。
「ええ。かすり傷だけで、メグがすぐに治してくれから。でも、きっと精神的なショックのほうが大きかったんでしょうね。まだ気が付かない…ここに、メグが残ってくれるから。見てもらおうと思って。」
玲樹は、頷いた。圭悟が、チュマに近づいて顔を覗き込んだ。
「顔色は悪くない。こんな小さいのに、あんな思いをして。つらかったんだろうな。」
舞は、それを聞いて涙ぐんだ。本当にそうだ。いくら、選ばれたプーだからって、まだ三歳にしかならないチュマが、こんな命を懸けた戦いに同行しているなんて…間違っていた。
「私が悪いの…チュマが、選ばれたプーだからって、当然のように連れて歩いてた。でも、まだ子供なのに。母親として、この子を育ててあげなきゃならないのに。きっと、母親ならこんなことはしないわ。」
マーキスが、舞に歩み寄って肩を抱いた。
「そのように自分を責めるでない。オレとて同罪よ。これは、少々のことは大丈夫だと思うて高をくくっておったのだから。だが、主の言うとおり、まだ子供よな。オレも父親失格ぞ。」
アークが首を振った。
「チュマは、意味があって生まれて来て、運命の巫女と出逢ったのだ。これこそ、チュマが生まれた意味なのだ。なので、主らのせいではない。憎むべきは、デクスぞ。あれを滅してしまえば、これの責務も終わる。明日、確かにあの亀裂を通って、デクスを滅しようぞ。」
舞とマーキスは、無言で頷いた。すると、チュマが急に目を開いた。それは、気が付いたというよりも、無理やり何かに目を開かせられたといった感じだった。
「チュマ?!」舞とメグは、身を乗り出した。「チュマ!分かる?!」
しかし、チュマの目は二人を見ない。それどころか、その場の誰のことも見ていなかった。ただ、横になったまま、じっと天井のほうを見ていた。よく見ると、その目は金色になっていた。
『…この地の創め、創造主はディンダシェリアという地を見下ろした。』その声は、チュマのそれとは全く違った、低い男声だった。『そして、そこに生命を作った。それは創造主の手を離れて増えて行き、全ては創造主の予想とは違うものとなった。争い、殺し合い、そして減って、また増えた。創造主は、それを面白いと思った。ゆえに何度も空から干渉し、全てを混乱へと導いてはその後の命の動きを観察して楽しんだ。それは、創造主を創造主とした者の、意思とは違った動きだった。』
皆は、それを息を飲んで聞いていた。創造主とは何…?創造主を創造主とした者って?神様ってことなのか?
しかし、チュマは低い声で続けた。
『創造主は、あの地に居る。』チュマは、小さな手を空へ向けた。『この地、悪魔を悪魔とした創造主は、思いもかけずその悪魔の訪問を受けている。悪魔は、創造主の手を借りて、この地を手中に収めんと、あの地へ向かった。急げ。主らの力を持って、確かに生きようと思うのなら、己の未来を己の手に取り戻せ。我は、主らに、その手段を与えよう…。』
すっくと起き上がったチュマは、手を翳した。すると、そこには剣が一振り現れた。舞の杖と同じディアムなのか、金色のような、銀色のような色をしている。そして、その柄には赤色の石がはめられてあった。
チュマは言った。
『これは、悪魔を滅することは出来ぬが、創造主を滅すことは出来る。悪魔は、主らの世界の生き物。主らが主らの力で持って排除せよ。』
我に返った、圭悟が必死に言った。
「創造主とは?!あなたは誰なのですか?!」
チュマは、金色の瞳で圭悟を見た。
『我は、全てを見ておるもの。全てを管理するもの。だが、我の判断は間違っておったやもの。主らの力で、あれを滅せよ。』と、視線を上へ戻した。『もう、行かねばならぬ。』
そう言ったかと思うと、突然にチュマは、その場にくず折れた。
「チュマ!」
舞が、慌てて駆け寄ってチュマを抱き上げる。チュマは、気を失ったままだった。シュレーとラキが、途中で入って来てその後半部分を聞いていた。圭悟は、それに気付いて言った。
「どういうことだ?」圭悟は、混乱していた。「デクスだけではないってことか?他に、大きな力を持っているやつが居るってことなのか?」
アークが、深刻な顔をした。
「そうだろうの。デクスはそれを知り、空へ向かおうとしていたんだ。あんな兵器なんかじゃない、この世界を作った創造主とやらに、もっと力を分けてもらい、確かに世界を手中に収めるために。」
キールが、言った。
「だが、その創造主とやらの親玉にあたるヤツが、我らの力を貸そうとしておるのだろう。」皆が、キールを見た。キールは続けた。「その剣でなら、その創造主が殺せるのだ。」
マーキスが頷いた。
「そうよの。どういうわけか、その親玉は己の手で創造主とやらを殺すつもりはないようだ。」と、その剣を拾った。「オレが持っている。確かに、そやつの息の根を止めてやろうぞ。」
シュレーが言った。
「事が大きくなってきやがった。今、ラキとここへ連れてこられていたデシアの兵士達を、一応収めて来たところだ。元は静かな土地、駐屯する場所もないから、天幕を張らせてそこで休むように指示して来た。レンは、まだ本調子がないからな。頭ははっきりしているが、体がまだ回復してないんだ。」
ラキが、言った。
「兵器は、首の部分を外して解体した。元の形に組み直すのは困難だろう。亀裂の中から帰ってきたら、全て処分するつもりで居る。だがしかし、聞いていたところでは、オレ達みんなが無傷で戻って来るのは厳しそうだな。」
圭悟が、身を硬くした。確かにその通りだからだ。この世界を作ったようなやつ相手に、どうやって勝てると言うのだろう。マーキスが、舞のほうを気遣わしげに見た。舞は、マーキスの手を握って、無理に微笑んだ。一緒に行く。危ない場所なら、尚更。
マーキスは、舞の意思の固さを感じて、何も言わなかった。ただ、手は硬く握り返してくれた。玲樹が言った。
「その点なら、心配ねぇ。オレ達は、死なないんだ。こっちでのことを全て忘れてしまうだけで、あっちへ帰ったらまた、何事もなかったように向こうの生活に戻るんだよ。だからつらいことも何もない。何かあったら、盾にしてくれたらいい。つらいのは、お前達の方じゃねぇか。」
アークやシュレー、ラキが顔を見合わせた。マーキスとキールは、じっと下を向いている。確かに、命は懸かっていないのかもしれない。しかし、二度とこの世界へ来ることが無くなるのなら、それはこの世界では死と同じなのではないのか。
「…誰一人、死なせるわけには行かぬ。」アークが言った。「こちらのことを忘れてしまうなど、我らにとっては主らが死んだと同じ。いくらあちらで幸せに暮らしておるからと、割り切れるものではない。だから、何かの時に盾になるなどと、考えるのではない。」
玲樹は、黙って頷いた。しかし、舞は思っていた…確かに、忘れてしまいたくない。でも、マーキスが死んでしまうというのなら、私はマーキスの盾になる。だって、私は死なないのだから。あの現実世界に、戻って行くだけなんだから…。
マーキスが、急に舞の手をぐっと握った。舞が驚いてマーキスを見ると、マーキスは首を振った。きっと、分かったのだ…自分が、盾になると思ったことを。
「主を失って己だけ生き延びるなど、生きたまま身を焼かれておるようなもの。決して、それだけはするでないぞ。」
マーキスは、舞に強い口調で、しかし小声で言った。舞は、下を向いた…でも、マーキスだけは生きていて欲しいのに。
しかし、マーキスはじっと険しい目で舞を見て、舞が頷くまで目をそらさなかった。仕方なく、舞は渋々頷いた。マーキスは、握っていた手を緩めて、舞の肩を抱いた。
「…己の身に置き換えて考えてみよ。主とてオレに、それを望まぬはずぞ。」
舞は、考えた。そして、生き残った自分がどれほどにつらいかと思った。
圭悟が、言った。
「あの声は、急ぐように言った。明日の早朝、出発しよう。今日はもう、皆休んでくれ。」
皆は、黙って頷くと、それぞれの割り当てられたこの、神殿内の部屋へと帰って行った。
明日は、いよいよ、あの亀裂へと入るのだ。