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約束

アレスは、足取りも重く戻って来た。皆はナディールの神殿の方へ休みに行っていて、居たのは玲樹と圭悟だけだった。玲樹が、腕を組んで言った。

「なんだ、やっぱり揉めたか。」

アレスは、玲樹を見た。

「我は…忘れておったのだ。」アレスは、ダイアナのペンダントを持ち上げて、言った。「すっかりな。だが、まさか女王がそんなことを覚えていて、待っておられたなど思いもせず…。」

アレスは、じっとそのペンダントについている石を見つめた。あの時、忘れないようにとこれを渡したのに。当の渡した本人が忘れてしまっていたとは。

玲樹が、ため息をついた。

「もしかしてと思っていたんだ。ダイアナは、女王としても責務と、お前のへの思いと、そんなものが胸の中にあったんじゃねぇか。」

アレスが、玲樹を見た。

「…なぜに、主にそんなことが分かる。」

玲樹は、ふんと鼻を鳴らした。

「伊達に女と仲がいい訳じゃねぇ。一緒に旅をしていて、感じることが端々にあった。ダイアナは、お前にくっついて乗るのが好きだったろう。抱きついては嬉しそうに頬擦りしていたもんだ。そんな様子を見ていて、このオレが気付かないとでも思ったか。」

アレスは、下を向いた。

「我は、駄目だ。瞳が金色でもない我が、女王を娶ってあの地に君臨するなど出来ぬ。」

圭悟が、口を挟んだ。

「そんなこと。どうして目が金色でないといけないんだよ。」

アレスは顔を上げて圭悟を睨んだ。

「代々そうだったからだ。例外は、女王だった時だけ。王女は皆瞳が緑色だったからな。そんな女王も金色の瞳の同族と婚姻し子はやはり金色の瞳だった。そうやって、受け継がれて来たものなのだ。」

玲樹が、怒ったように言った。

「あのな、そんなこたあ後で考えたらいいんだよ。お前の気持ちはどうなんだ?ダイアナのこと、迷惑だとか面倒だとか思うのか?だったらその、瞳の色云々の話を出して断んな。そのほうがダイアナだって諦めがつくだろうからな。だが、惚れてるんなら受け止めてやれ。子供の目が金色かもしれねぇだろうが。キールに談判して王になってもらうなり、とにかくなんなとなるものだ。ま、ダイアナにそこまでゴタゴタを乗り切るだけの、価値がないとお前が思うなら、じっと後ろから見てたらいいんじゃないか?そのうちにもっといい女になって、頼まなくてもわんさか求婚者が現れるだろうよ。もちろん、目は金色じゃねぇだろうがな。」

アレスは、玲樹の言葉に目をほんのり光らせて睨みつけた。

「女王の価値は…計り知れぬ。我が生涯を懸けて守り抜こうと決めたのだ。」

玲樹は、ふんと横を向いた。

「ふーん?だがお前はそれを行動で表してねぇだろうが。オレ達の社会では、生涯懸けて守り抜くってのはプロポーズの言葉だぞ?お前、それでもまだ後ろで一生指くわえてるつもりか。」

アレスは、何かを言おうと口を開いたが、玲樹の目を見て閉じた。そして、力なく目を伏せた。

「…そうだな。分かっていた。オレも、赤子の頃からずっと見て来て、あれほどに素直で美しい女には出会ったことがないと思うて来た。ただ幸せにと、そればかりであったのだ。しかし、女王の幸せが、我と生涯共に過ごすことであるのなら…。あの集落を出て、さまようことになろうとも、そうするべきなのかもしれぬ。」

圭悟が、ふっと笑った。

「なんだ、分かってるんじゃないか。だったら、話は早い。そうだよ、臣下に反対されたらダッカのダンキスの所で暮らせばいいじゃないか。今は、お互いの気持ちを大切にした方がいい。それでなくても、空にあんなものが出て来て、いつ何が起こるかわからないのに。」と、上空にある亀裂を指した。「オレ達は、明日朝、あそこへ向かう。行くと言う者だけを連れて行くつもりだ。何があるか分からない。生きて帰れるかどうかも。でも、あそこへ行かなくても、ここに居たら同じかもしれない。だから、オレ達はそこへ行って確かめて来る。何が出来るのかってことを。アレス、今しかないんだ。思いを告げるなら、今すぐ行け。ダイアナは、メグと舞が神殿の部屋へ案内して行ったよ。泣いて戻って来たからな。」

アレスは、日が暮れ始めた空の下の、神殿を見上げた。そして、頷くと、グーラに戻ってそちらへ向けて飛んで行った。

「便利だなあ。」玲樹は、言った。「行くなら連れてってくれたらよかったのに。オレ達ゃ歩きで上まで登るんだぞ。結構な坂だ。」

圭悟は、笑った。

「ま、いいじゃないか。歩いて登ろう。」

二人は、皆が居る神殿へと歩いて戻った。


舞は、メグと共にチュマについていた。マーキスもキールも、後ろでそんな舞を気遣わしげに見ながら座っている。アークが言った。

「チュマを、連れては行けないな。ここへ置いて行くよりない。」

舞は、頷いた。

「ええ。でも、ここへは無理よ。ひとりぼっちに出来ないわ。皆が元に戻ったとはいえ、チュマにとって知らない人ばかりなんだもの。それに、何があるかわからないわ。でも、私は行かなきゃならない…巫女の力が必要になるでしょう。デクスが居るのだもの。」

すると、入って来たデューラスが言った。

「オレが残る。」と、シンシアを見た。「お前も残れ。ここは、オレ達で守ろう。チビ一人ぐらい何とでもなる。」

舞は、それでも迷う顔をした。

「でも…この子はあなたを良く知らないのに。」

メグが言った。

「じゃあ、私も残る。舞、私はついて行っても回復しか出来ないわ。ここでチュマを見ているから。安心して。」

舞は、少し考えたが、メグの手を握った。

「メグ…チュマをお願い。目が覚めたらあなたの力が必要になるわ。きっととても怖かったと思うの…心に傷が残ってるかもしれない。あなたの力で癒してあげて。」

メグは、微笑んで頷いた。

「任せて。そういうのは得意なの。」

舞は、チュマの髪を撫でた。本当は、私が側に居てあげたい。でも、ナディアが居ない今、巫女は私だけなんだもの…。


アレスは、ダイアナを探して同じ神殿の中に居た。ダイアナは、一人で与えられた部屋の、バルコニーに出て考えに沈んでいた。

アレスに、あんなことを言ってしまった。わかっていたことだったのに。アレスがキールのことを言い始めた時に、全てはわかっていた。アレスが望むのが、自分の女王としての地位の安定ならば、そうしようと心に決めたはずだった。アレスは、女王の自分を望んでいる…。だからこそ、キールと婚姻をしようと思っていたのに。

ダイアナは、込み上げて来る涙を押さえながら思った。アレスは、ただ責務に忠実なだけ。婚姻をせずにあの歳まで来たのも、ただ他意などなく機会がなかっただけ…。

ダイアナは、苦しくて下を向いた。アレス…生まれた時から側に居て、一緒に生きて来たのに。愛するとは、本当に苦しくままならぬもの。太古の昔、善良な長すら狂わせた、どうにもならない想い…。

旧ラルーグ最後の長、レイのことを、ダイアナは思っていた。

「女王。」

不意に後ろから、聞き慣れた声がする。ダイアナは、驚いて振り返った。

「アレス…。」

ダイアナは、慌てて涙を拭った。アレスは、何やら険しい顔をして近付いて来る。ダイアナは、生真面目なアレスが、困っているのだと思った。

「あ、あの…すまなかったの、アレス。」ダイアナは、アレスの顔を見ないで言った。「我の申したこと、忘れて欲しい。子供の戯れ言よ。」

アレスは、ダイアナが必死に己を隠しているのを感じた。伊達に赤子の頃から共に居るのではない。

「女王…我は、馬鹿であった。」アレスは、唐突に言った。「我の気持ちは、とうに定まっておった。あなたを幸せにと、そればかりを思って。そしてそれは、女王としての地位の安定だと思っていた。だが、違ったのだ。」

ダイアナは、アレスを見上げた。アレスは続けた。

「我は、ずっとあなたの幸せを願っていた。自分の事など二の次で、とにかくあなたさえ幸せならばと。なので、女王の地位の安定を願い、必死にキールとの婚姻がなるよう進めた。しかし、我は…」と、ダイアナを見つめた。「我はそんなことは望んではいなかった。それがなっていたなら、恐らく己の短慮さに後悔して苦しんで、のたうち回っておったであろう。あなたを愛している…我は、この手であなたを幸せにしたい。我と共に生きてはくれないか、ダイアナ。」

アレスは、初めてダイアナを名で呼んだ。これまでは、王女か女王と呼んで来た。だがダイアナがいつか言っていたように、名で呼んだ方がダイアナがダイアナであるように思ったのだのだ。

ダイアナは、ポロポロと涙を流した。今度は、嬉し涙だった。

「アレス…」ダイアナは、アレスに手を伸ばした。「ああ、どこまでも、共に行く。女王など、望んではいない。我はいつも、主だけを望んでいたのに。」

「ダイアナ…。」

アレスは、ダイアナを抱き締めた。人の体とは、なんと便利なものか。こうして抱き締める事が出来るのだ。

「…これが終われば、皆に公表しよう。反対されたら、集落を出る。それで、良いか。」

ダイアナは、アレスの胸に顔を埋めて頷いた。幸せ…これが、幸せなのだ。

その日、二人は夜を共に過ごしたのだった。

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