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ダイアナとアレス

アレスは、ダイアナを探して、走って行った後を森の方へと抜けて行った。信じられないほど静かで、鳥の鳴き声まで聞こえる森の中を辺りを見回しながら歩いて行くと、広く開けた場所に出た。そこは、リーマサンデを広く見渡す高台の上だった。

ダイアナは、その一番向こうでリーマサンデの大地を見ながら立っている。アレスは、追いかけて来たものの、何を言えばいいのか皆に聞いて来なかったと後悔した。だが、とにかく話しかけねばと、言った。

「女王…。」

ダイアナは、振り返らない。ただ、じっとそこから見える地平線を眺めているようだった。アレスは、ダイアナに近づいて、同じ景色を見た。

そこは、ライアディータとはまた違った形で美しい大地だった。ライアディータに居た頃は、こんな所まで来ることがなく、見ることのなかった景色だ。ダイアナが、言った。

「…命の気が供給されていない、死の大地だと聞かされていた。」ダイアナは、言った。「なのに、ここはこんなに美しくて、命の気は木々から生み出されているのには変わりなかった。魔法は使えぬかも知れぬ。だが、そこでもああして命は生きているのだな。」

アレスは、頷いた。

「我らのように、命の気を摂取せねばならぬ命は育たぬかも知れぬが、こうして生きている者達も居る…現に、人は全く平気であるのですからな。我らのほうが効率が悪い生命なのかも知れませぬ。」

ダイアナは、頷いた。

「我は、嫌いではない。」と、アレスを見上げた。「この地も、あちらの地も、我はこのままであって欲しいと願う。種族も何も関係なく、生きているものは全て。皆、同じ命なのだ。我も、人も、皆。我はあやつらとこうして話すようになって、それを思った。」

アレスは、斜め後ろからダイアナを見て、言った。

「はい。我が、女王のお気持ちを汲んで、必ずあちらで役に立って参りまするゆえ。」

ダイアナは、アレスを振り返った。

「なぜにいつもそうよ!」突然に、ダイアナは叫んだ。「我が代わりに!我が盾に!そんなことは望んでおらぬのに!アレス、昔は共に飛んでおったではないか。並んで夕日を見たではないか。なぜにそうして、我の後ろへ立つようになった。此度、こちらへキールを探しに来る時も、我を連れて行かぬと言うたであろう。我は、必死に主を説得せねばならなかった。なぜ、我を置いて行こうとするのだ!主は我の護衛ではないのか!」

アレスは、戸惑った。護衛だからこそ、危険な場所には代わりに行く。その命を守るために、自分の身を差し出すのが、我の役目…。

「…我は…我の役目は、あなた様を守ること。いついかなる時でも、守りきることでございまする。危険な場所へは、代わりに行くのが使命。だからこそ、申したことでありまするが。」

ダイアナは、ふるふると震えた。アレスは驚いた。この様子…幼い頃に見た。確か、こうなった時は…。

思った通り、ダイアナは涙をぽろぽろとこぼした。こうなると、アレスにはどうしようもなかった。大きくなってから、ついぞこの姿は目にしないようになっていたが、赤子の頃から一緒だったアレスにとって、ダイアナの泣き声と涙は一番に怖いものだった。いつも、急に破壊的な泣き声を上げて無理を言った。そんなダイアナの機嫌を直すため、アレスはいつも、小さなダイアナを乗せて大空を飛んだ。そのうちに、飛び方を教えて共に飛ぶようになり、グーラの言葉を覚えて話すようになった。そうするうちに、アレスも立派な兵士になり、そしてぐんぐんとそこで頭角を現し、若いながらその長へと上り詰めていたのだった。

大粒の涙を落としているダイアナに、アレスは、困って言った。

「女王…そのように、聞き分けのないことを。その御身を、危険にさらすことは、どうあってもなりませぬ。」

ダイアナは、アレスをじっと見上げた。

「アレス…本当に忘れてしもうたのか?我と、約したこと。あれは、子供相手の、我の機嫌を取るためだけのことであったのか?」ダイアナは、悲しげに顔をしかめて下を向いた。「…キールの話が、出た時、分かってはいたが…。」

しゃくりあげるほどに、泣いている。アレスは、何のことだろうと思った。我が何かを忘れていると、この間も女王は言っていた。

「女王…いったい、何のご命令を、我は忘れておるのでしょうか。」

ダイアナは、じっとアレスを見上げていたが、キッと睨みつけると、首からあの、身代わりの石がついた首飾りを外した。そして、それをアレスに投げつけた。

「…待っていた我が、バカであったわ!どこへでも行くがいい!我は知らぬ!」

ダイアナは、グーラに変げするとそこから飛び降りて飛んで行った。アレスは、投げつけられた首飾りを見た。その、中心の新たにはめ込まれた身代わりの石は、やはり亀裂が入ってしまっている。そして、その横に、隠れるようにひっそりと、不思議な色に光る小さな玉が着けられていた。明らかに不釣合いで、それが後からつけられたものであることは、誰の目にも明らかだった。

アレスは、目を見張った。

「まさか…!あの日、約したこと?だが、あれは10年も前の…。」

それは、アレスが今の女王と同じ17歳、そして、ダイアナが7歳の時のことだった。


父王が病弱だったダイアナは、さらにアレスと一緒に居ることが多かった。アレスは通常の守りのほかに、幼い王女の世話と大変に忙しい毎日を送っていた。疲れた時も、ダイアナの無邪気で明るい顔を見ていると癒されるような気がして、アレスは日の終わりには、必ずダイアナの様子を見に出掛け、そして挨拶をしてから休むようにしていた。

いつものように、最上部にある王の居室の斜め下にある、ダイアナの居室になる岩山に開けられた洞窟に降り立つと、ダイアナが嬉しそうに駆け寄って来た。

「おお、青緑の!待っておった。我は一人で退屈しておったのよ。明日は、あちらの山へ連れて行ってくれる約束であるの。」

アレスは、頭を下げた。

「申し訳ありませぬ。明日は訓練が入って、こちらへ参ることが出来ませぬ。またの機会に、必ず参りますので。」

ダイアナは、ふるふると震えた。アレスは構えた…間違いなく、大声で泣く。

しかし、ダイアナははらはらと涙を流すだけだった。

「…そうか…父上が、言っておった。あれも忙しくなって来たゆえ、将来を思うなら今は邪魔はするなと。なので、我は主の邪魔はせぬ。」

それでも、涙を流して一生懸命我慢しているダイアナを見て、アレスは不憫になった。幼いながら、理解しようとしているのだろう。

「王女…しかし、きっと暇は出来まする。その時、確かに共に参りましょう。」

ダイアナは、無理に微笑んで、頷いた。

「分かった。」と、アレスに並んで座った。「のう、アレスは、出世というものをするのか?父上がそう話しておられたのだ。今日、臣下達が来た時にの。」

アレスは驚いた。臣下と王が、我の話をしておったのか。

しかし、何でもないように答えた。

「どうでございましょう。まだ、我は子供のような歳でありまするから。」

ダイアナは、アレスを見上げた。

「だが、主は強いであろう?我は知っておるぞ。いつなり他より強い気を発しておるもの。」と、息を付いてから、思い切ったように言った。「出世したら、つれ合いを娶るのだと。アレスも、そうか?」

アレスは、首をかしげた。

「さあ。我とてまだそのようなことを考えたことがありませなんだ。しかし、そうなるのかもしれませぬな。臣下達も、娘の嫁ぎ先に困っておるのだとか。我が出世したらと考えておる者も居るのかもしれませぬ。」

ダイアナは、目に見えて消沈した。アレスはびっくりした。今の話の、どこにそんなにがっくりすることがあったのだろう。

「王女?何かご気分を害されましたか?」

ダイアナは、頷いた。

「大変に害した。」ダイアナは、幼い手で、アレスの頬に触れた。「主が出世するのは、いつぐらいか?」

アレスは、戸惑いながら答えた。

「そのようなこと、己では分かりませぬ。ですが、通常は20を越えたらそこそこの地位なり、婚姻もするのだと聞いておりまするが。」

「我は、その時まだ10。」ダイアナは、つぶやくように言って、アレスの目を見つめた。「のう青緑の、我と約せ。20を越えても、婚姻はせぬと。」

アレスは、それこそ驚いた顔をした。

「は…王女の命でありましたら、守りまするが。」

ダイアナは、大真面目に頷いた。

「命ずる。そして、我が婚姻できる歳になったら、我を娶ると約せ。」と、少しためらいがちに、下を向いた。「その…これは、命令ではないが。」

アレスは、それこそ驚いたが、幼い少女がそれは必死に自分の瞳を見て言うので、思わず、頷いた。

「は。では、そのように。」

ダイアナは、それは嬉しそうに、ぱあっと花が咲いたような笑顔を浮かべた。

「本当に?!アレス、約束ぞ!我は、急いで育つゆえに。」ダイアナは、きゃあきゃあとはしゃいだ。「主の口から、申せ。我を娶ると。」

アレスは、苦笑して言った。

「はい。我が出世して王女の御身が大きくなられたなら、我は王女を妻に致しましょう。」

ダイアナは、飛ぶように翼を翻してくるくると回り、はしゃいでいる。アレスは、その愛らしい姿に思わず微笑んだ。子供の頃のことと、その頃には忘れてしまわれるであろうに…。

「忘れてるでないぞ?」ダイアナは、少し心配げに言った。「主、我が何を話しても、すぐに忘れてしまうゆえ…命じたことは忘れぬのに。」

アレスは、少し考えて、自分の首についている、細いチェーンの先にある、虹色に光る小さな玉を外して言った。

「これは、我の祖父が空から降って来た不思議な石と聞いて遠くの地へ行って拾って参ったものと聞いておりまする。幸運を呼ぶ石と。これを、お預けしましょう。これで、忘れぬでしょう。」

ダイアナは、瞳を輝かせて、その石を見た。

「美しいの…とても小さいが。無くさぬようにせねば。」

本当に大事そうにそれを握り締めると、ダイアナはアレスを見上げた。

「大切にする。いつか共に住むようになった時、主に返す。その日まで、きっと大切にするゆえ。」

そして、アレスの頬に、自分の頬を擦り付けた。アレスは、とても暖かい気持ちになった。叶わぬ、恋。おそらく、もう王には王子が生まれることはない。ならば、次代女王は、このかた。我などが、娶れるはずはないものを。

しかし、幼い心を受け止めて、アレスは先を考えずに、ただダイアナを守って行こうと心に決めていた。

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