ナディールの地下
ラキが先頭に立って、人けのないその建物の、木の戸をそっと開いて中をうかがった。
辺りはもう、すっかり暗くなっている。その建物の中は、誰もおらず真っ暗で、シンと静まり返っていた。
ラキは、皆に来いと合図をして、皆は一列に並んでさっとその戸を入った。最後尾のシュレーが戸を閉めると、がらんとした室内を見た。舞が、不必要に小声で言った。
「そっち。そっちの戸を開けて、奥の戸を開けたら階段があったわ。」
ラキが、そこの戸を開ける。舞が言ったとおりに、その奥にもう一つの戸が見えた。それを開けると、神殿特有の狭い幅の下へと降りる階段があった。
「…罠はないな。」
アークが言った。舞も頷く。ここは、リーマサンデ側の神殿。リーマサンデは、元々神を信仰していない。信仰していても、ライアディータほど真剣に信じているという感じではなかった。なので、神殿も形状は同じでも、見せ掛けだけで完全に同じ機能を持っているとは思えなかった。なので、恐らくここは、形だけ同じに作られていると思って間違いないようだった。
そこを一列で降りて行くと、居間に使っていたような大きな部屋があった。それも、やはり向こうの神殿と同じ作りだった。舞が杖の先を光らせて中を照らすと、あちこちに入り口が開いている。だが、あのあちらの神殿で見た緑のサインはやはりどこにもなかった。
舞が、顔をしかめた。
「…かえって困るわよね。あちらでは、行きたい場所のサインに従って行けばいいんだもの…。」
ラキが、足を進めた。
「おそらく、こっちだ。方向的にはこちらなのだから。ここは、そんな複雑には作られていない。」と、シンシアを見た。「デシアの本部のコンピュータに、ここの見取り図があるんだ。それを見て利用して、ここの格納庫とか施設を作ったはずだから、ちょっと待て。」
シンシアが、頷いて自分のカバンから小さくしていたノートパソコンを出して大きくした。そして、起動させて、何か作業をし始めた。舞が、さくさくとキーボードを叩くシンシアを見て、男の人を追っかけてばっかりの人だと思っていたのに、とても仕事が出来るんだと思いながら、感心して見ていた。
そんな舞の気持ちの知らず、シンシアは顔を上げた。
「ラキ、出たわ。地図よ。」
ラキは腕を上げた。
「腕輪に送ってくれ。」
シンシアは頷いて、カチカチとキーを叩いた。圭悟は、それを後ろから覗き込んだ。
「本当だ、とてもシンプルだぞ。見てみろ、玲樹。」
玲樹が、同じようにそれを覗き込んだ。
「道が覚えやすいな。これでこそ、普通の建物だよ。あっちの神殿、ありゃ気違いが作ったとしか思えねぇ。罠まであるし。」
ラキが、腕輪を見て頷いた。
「シュレーにも、ケイゴにも送っておいてくれ。皆がそれを見て歩けるようにな。ここから格納庫へ行くには、あの入り口を入って、地下三階まで降りて、そこから真っ直ぐ行くと大きな部屋に出るから、それを突っ切って行き、次の入り口を入ったらいい。思ったより簡単に入れそうだ。問題は、そこまでに兵が居る可能性もあるってことぐらいだな。」
シンシアがパソコンを閉じた。
「その可能性は少ないわ。だって、気配がないもの。」皆がシンシアを見るのに、シンシアは続けた。「あら、知らないの?私、半分魔物だから。気が見えるのよ。ラキ、言ってなかったの?」
ラキは、腕輪を閉じた。
「別に言う必要も無いしな。それに魔物じゃないだろう。シュレーのように、人のように動く動物型と人との間の子だってだけだ。」
圭悟達が驚いていると、シンシアはパソコンを縮めて腰のカバンに入れながら言った。
「同じようなものよ。私はね、だから人の男ってあんまり興味がないの。人なら少し獣の臭いがする男に惹かれるわ。」と、マーキスとキールを指した。「そこのいい男達とか、それに、こっちのシンとか。」
マーキスとキールが目を丸くした。確かに、目は確かなようだ。人型を取っているが本体が魔物や動物の者ばかりを的確に見抜いている。しかし、まだシュレーをシンだと思っているのか。
圭悟が問いかけるような視線をシュレーに向けると、シュレーは微かに首を振った。何か知らないが、シンシアとシュレーの間には、本当にのっぴきならない事情があるようだ。なので、黙っていた。
ラキが気にも留めていないように言った。
「そんな話はいい。それより、本当に他の人の気はしないか。」
シンシアは頷いた。
「しないわ。私はだいたい半径100メートル以内ぐらいなら分かるじゃない。それより向こうは知らないわ。」
ラキは頷いて、歩き出しながらぶっきら棒に言った。
「お前は正確だ。気取ったらすぐに言え。」
シンシアは、ため息をついて答えた。
「はいはい、ほんといつも偉そうよね。」
デューラスがシンシアの肩を叩いた。
「さ、行くぞ、シンシア。」
シンシアはふんと鼻を鳴らした。
「分かってるわよ。」
そうして、皆はラキが入って行く入り口を抜けて階下へと向かった。
地図の通り、三階まで降りると真っ直ぐな通路があった。そこへ降り立った途端、シンシアが言った。
「ここの通路を抜けたら、確かに大きな部屋があるみたい。部屋っていうより、大広間?ホール?…ぐらいの大きさがあるわね。そこに、結構な数の人を感じるわ…でも、入って来て出て行ってるのかしら。減ったり増えたりしているのよ。」
ラキは、眉を寄せた。
「やはり一筋縄では行かなかったか。そこに兵士を全部集めてるんだろうな。恐らく格納庫への入り口があるから。」
シュレーが、ラキを見た。
「オレが先に行って様子を見て来るか?この人数で潜むのは無理だろう。」
ラキが考えあぐねていると、デューラスが言った。
「オレとシンシアが行って来よう。その方がいいだろう。」
すると、シンシアが頬を膨らませた。
「なんでいっつもあんたとなの、デューラス。」
デューラスは困ったようにシンシアを見た。
「あのなシンシア、事が事なんだから少しは我慢しろ。」
それを見た圭悟が、割って入った。
「じゃあ、オレがデューラスと行くよ。」デューラスも、他の仲間も驚いて圭悟を見た。圭悟は肩をすくめた。「オレも、少しは役に立つかなと思うし。」
シンシアはまだ膨れっ面だ。デューラスは圭悟に頷き掛けた。
「じゃあ、ケイゴとやら。一緒に来てくれ。」と、ラキを見た。「お前達はオレ達からの連絡を待ってろ。」
そうして、他の仲間をそこへ残して圭悟とデューラスは先に奥へと進んで行った。
圭悟とデューラスは、懐中電灯を手に奥へと進んで行った。圭悟には気が読めないので、どこに誰が居るかなど全く分からなかった。なので、何かの通路と交差するたびに、はらはらした。そこから、何かが飛び出して来るかもしれないからだ。
しかし、デューラスは慣れたように進んでいた。慎重に回りを確かめてはいるが、それが的確で、確かにこんなことに慣れているようだった。圭悟は、初めて間近でデューラスをまじまじと見つめた…シンシアが無下に扱うので、どんな男かと思ったが、意外にも結構整った顔つきをしていた。確かにマーキスやシュレーの人型に比べたら、綺麗という感じではなかったが、ワイルドないい男といった感じで、シンシアが獣の臭いがする男がいいと言うのなら、まさにそんな感じなのに、と思った。
圭悟がじっと見ているのに気付いたデューラスは、ちらと圭悟を見た。
「…なんだよ。言っとくがオレは男には興味はねぇぞ。」
圭悟は、首を振った。
「オレもない。ただ、シンシアが結構ボロくそ言うから、どんな男だろうと思ってたんだが、デューラスは結構いい男なんじゃないかと思ったんだ。」
デューラスは、目を丸くして圭悟を見た。明らかに虚を突かれたようだ。そして、長くため息を付いた。
「あいつはなあ、オレが嫌いなんだよ。っていうか、同族嫌悪ってヤツかな。」圭悟はきょとんとしているのに、デューラスは少しイラっとした顔をした。「オレも人と人型動物のハーフだってんだよ。オレにはあいつみたいに気は読めねぇが、普通の人より動きは軽い。同じ孤児で一緒に育ったから、あいつの過去はみんな知ってる。だからそれが嫌なんじゃねぇか。」
圭悟は、驚いた顔をした。
「え…孤児?」
デューラスは頷いた。
「ああ。オレ達みたいな境遇のヤツは結構多い。親がわざわざ預けに来るのさ。二度と引き取りには来ねぇがな。」
圭悟は、絶句した。そんな過去があるなんて。あまりに軽いから、思いもしなかった。
デューラスは、そんな圭悟を見て、苦笑した。
「おいおい、別に不幸じゃねぇぞ?同情されるのは真っ平だ。だが…ま、シンシアは不幸かもしれねぇがな。」
圭悟は、顔を上げた。
「同情なんかしてない。ただ、そんな風に生きて来たのを知らなかったな、って。でも、どうしてあんなに無下に扱われるのに、シンシアと一緒に居るんだ?」
デューラスは、まだ歩き続けながら遠くを見て言った。
「なんでって…まあ、オレこそ同情してるのかもな。シンシアは両親に虐待されて保護されて、施設に来た時にはボロボロのやせっぽっちな子供だったんだ。あいつがいろいろ屈折してるのも、そのせいじゃないかって思ってる。だから、まあ、面倒見てやらなきゃならねぇなって、その時思ってよ。それからずっと、腐れ縁さ。いっそ結婚でもとは思うが、あいつが嫌がるし、面倒見てくれる男が見つかるまではオレが見てるつもりだ。」
そこまで話した時、デューラスが何かに気付いて圭悟を横の通路へぐいと押した。圭悟は、息を飲んでじっと身を縮めた。
体をぴったりと壁に押し付けて伺う二人の横を、数人の兵士が、空虚な目のまま歩いて行く。大きなカートを押している。積荷は、布が被っていて見えなかった。そして、デューラスは兵士の行き先を確認し、小声で言った。
「…あの通路を曲がって行った。どこだ?」
圭悟は、腕輪を開いて地図を見た。
「ええっと、あの先にも、また比較的大きな部屋があるんだ。そこだろう。」
デューラスは、腕輪の地図を横から見た。
「近いな。あいつらは戻って来るかもしれない。そうしたら、先にそっちを確認に行こう。何かを作ってるのかもしれねぇ。それで企みが分かるかもしれないからな。」
圭悟は、頷いて腕輪を閉じた。あの兵器のほかに、一体何をしているんだ。