二つの戸
ラキとの通信を切ったデューラスは、辺りを見回した。この辺りは、あまりにも無防備過ぎる。つまりは、ここには出入り口はないのだ。おそらく地下から入るようになっているのではないか。
あちらを調べに行っていたシンシアが戻って来た。
「デューラス、入り口らしきものを見つけたの。あっちよ。」
デューラスは、そちらを見た。
「人の歩いてた場所か?」
シンシアは、頷いた。
「ええ。窓がないんだけど、明かり取りの作りつけ窓が上にあったわ。そこから覗いてみたんだけど、皆一列に並んで地下らしき場所へ入って行くのよ。一緒に来て、見てみて。」
ラキは頷いて、その一見ただの倉庫にしか見えない小さな建物へと向かった。
そうして、シンシアについて屋根に音を立てないように注意しながらよじ登ると、30センチ四方ぐらいの大きさのガラス窓があった。天井に伏せたまま、そこから覗き込む。
「ね?地下へと続いているでしょう。」
シンシアが言う。デューラスが、それを見つめた。皆、行儀良く一列に並んで歩いて行く先には、扉があって、そこを一人入ると、戸が閉まり、そしてまたしばらくして開いて、一人入ると、また閉まるといった状態だった。戸は二枚並んでいるが、行列が入って行くのは向こう側の向かって左側の戸。じっと目を凝らして見ていると、戸が開いた時、向こう側の床は動いていた。つまりは、オートウォークのような、ベルトコンベアーのような、そんな状態のようだった。行列は続いているが、それを監督するような者の存在は確認出来なかった。
「なんだろうな…向こう側の床が動いている。」
シンシアが、頷いた。
「そうでしょう。でも、こっち側には建物はない。だから、地下へ向かっているのは確かなんだけど、この向きなら、あの格納庫の方角じゃない?」
デューラスは、その言葉を確かめるように格納庫の方を見た。
「…確かに。」
すると、その建物の上に伏せている二人の耳に、大勢の足音が聞こえて来た。通路を通って来る奴らじゃない…。
反射的にそこから滑り降りた二人は、身を潜めてそれを見守った。大人数の足音は、この建物と繋がる大きな建物に、整然と並んで入って行った。そうして、見ている二人の目の前を、デューが歩いて来た。そして、その大きな建物の方へと歩いて入って行く。
「…デューが帰って来た!」
デューラスが、小声で囁くようにシンシアに言った。
「レイから連絡はなかったでしょう?どうしたのかしら。」
デューラスは首を振った。
「わからない。だが、もしかしてデューはここを通るんじゃないか?」
デューは、再び慎重にその小さな建物に登った。そして、そっと天井の窓から下を見ると、やはりそこにデューが入って来た。そして、無表情に歩いては戸に吸い込まれて行く人達を眺めた後、右側の戸を開けて入って行った。そこは、確かに下へ向けての階段があるのが見えた。
「地下通路があるんだ。」デューラスは、シンシアを見た。「間違いない。だが、あいつは右側を抜けて行った…間違いなく違うものだ。右側の戸の向こうには、地下へと階段が続いていた。」
シンシアが言った。
「とにかく、皆がもう来るわ。合流しましょう。あいつが戻って来たなら、二人で行動するのは危ないわよ。」
二人は頷き合い、背後にある森へと走り去って行った。
ラキは、シュレーを振り返った。
「もう、待ち合わせ場所は知らせたか。」
シュレーは頷いた。
「ああ。今向かっていると言っていた。デューが帰って来たらしい。」
ラキは、驚いた顔をした。
「レイは、何も言って来なかった。どういうことだ?」
シュレーは、首を振った。
「わからない。何かあったのか?とにかく、二人に聞いてみるよりないだろう。」
後ろで、舞とマーキスが顔を見合わせた。メグが、不安そうな顔をしている。圭悟が、言った。
「戻って来たなら、先に兵器を破壊しておくことは出来ないな。一刻も早く格納庫へ入って、デクスを消してしまわないと。」
玲樹が言った。
「これだけの人数が居るんだ。二手に分かれてデクスに立ち向かう者と、兵器を破壊する者に分かれたらいいじゃないのか。そうしたら、時間も短縮できるだろう。」
キールが、さらに後ろから言った。
「デクス本体は力があるぞ。あの黒い気には抗えない力がある。あれに憑かれたらどうしようもない。」
舞が、それに同意した。
「確かに、振り払おうとしてもなかなか離れなかったわ。自分の力を使おうにもとり憑かれているから発動しないし、入り込まれないように踏ん張るのがやっとだった。今浄化出来るのはナディアが居ないから私とチュマだけなの。だから、一箇所に固まって、皆を守りながらデクスを消すことに専念したほうがいいわ。」
キールが、舞を見た。
「浄化せねばならなくなったら、オレかダイアナが女神ナディアを降ろせば済むことだ。そこは案ずることはない。」
マーキスが割り込んだ。
「だが、身代わりの石の数が限られている。なので、出来るだけそんなことにはならぬように行動することぞ。やはり、分かれて戦うことは避けた方が良い。」
ラキが、頷いた。
「そうだな。とにかく皆で固まっておこう。それぞれに役割を持って戦うんだ。」と、マーキスとキールを見た。「お前達は力が強いから、前だな。それにアーク。オレも憑かれることがないので前に出る。そっちのチビに最後尾から浄化の膜を張らせよう。なので、マイも前で戦ってくれ。」
舞は、分かっていたことなので頷いた。マーキスがアークを見た。
「オレがシャルディークを降ろそう。主はどうする?」
アークはマーキスを見た。
「身代わりの石が砕けたら、そこまでということだ。砕けた時点でオレのほうへ移ってもらう。シャルディークにはそれが分かるからな。ある程度まではがんばるようだが、それが限界を越えると砕けるのだ。」
圭悟が、驚いた顔をした。
「砕けるのは、終わってからじゃないのか。」
アークは首を振った。
「身代わりの石が受けることが出来る大きさの力までしかもたないんだ。それを越えると砕ける。そして、そのままが体に負担となってのしかかる。」
玲樹は、圭悟を見た。
「こっちには、アークとマーキスで石が7個しかないんだぞ。」
マーキスが首を振った。
「オレはそのままでも少しぐらい大丈夫ぞ。今までそうだったではないか。いよいよとなったら、そのまま降ろす。」
舞が、驚いたようにマーキスを見た。
「今までの負担があるからこそ、そんなことは出来ないのよ、マーキス!危ないことはしないと言ったでしょう?私の浄化の攻撃魔法がうまく働けば、シャルディークの力だけに頼らなくても良くなるわ。だから、身代わりの石無しではシャルディークを降ろしたりしないで。」
マーキスがそれに答えようとした時、そばの茂みががさがさと揺れた。皆が警戒して見ていると、デューラスとシンシアが息を切らせて現れた。
「デューラス!シンシア!」
二人に、あまりいい思い出がない圭悟達は複雑な気持ちだったが、シュレーが歩み寄った。
「ご苦労だったな、二人とも。それで、入り口は見つかったか。」
シンシアが頷いた。
「あいつが戻って来たから、最初は困ったと思ったけれど、入り口かもと思って見ていた場所に入って行ったのを見れたからラッキーだったわ。」
デューラスが言った。
「やはり地下から格納庫へ抜ける道があるな。大きな建物に人がたくさん集められて、そこから通路を抜けて一列で小さな建物の中にある戸を抜けて行くんだ…しかも、一人ずつな。」
シンシアが肩をすくめた。
「何でなのか分からないのよね。あんな場所に、どうして皆を整列させて向かわせるのか。」
デューラスは、腕輪のディスプレイを押して、白い画面に返ると、指先で絵を描いた。
「こう、建物が繋がっていてな。」皆が、それを覗き込んだ。「中は、二つの戸に分かれていた。向かって左側のほうに人の列が、デューは右側を通って行った。格納庫の中も、地下がどうなってるのかもまだ調べられてない。あいつが帰って来たし、そこまで深入りしない方がいいかと思った。」
ラキは、デューラスを見た。
「その通りだ。勝手に入って何かあっては、オレ達だって助けに行けないかもしれないからな。では、この右の戸を入るしかないのか…。」
舞が、あ、と言った。皆が、そちらを向く。
「何か気になるのか?」
シュレーが聞くのに、舞は頷いた。
「きっと、それってナディールの地下を利用してるんじゃないかしら。だって、ここも神殿なのよ?」
今度は圭悟があ、と言った。
「そうか、神殿は例外なく地下施設があるから…。」
舞は頷いて、自分の腕輪を開いた。
「前にここへ来た時、奥から出て来た人達は、奥の階段から上がって来たわ。」と、デューラスのように指で簡単に見取り図を書いた。「この辺り。だから、あのこっちに新しく建てられたほうじゃなく、元から村にあったあの建物に行って、そこから地下へ抜けて行けば格納庫へ抜ける道もあるはずじゃないかしら。」
皆は、ふむふむと頷いた。ラキが村の建物の方を見上げて言った。
「よし、じゃあ早く向かおう。地下をあの位置から下がって来るなら、時間が掛かる。兵器の充填を考えると、早く行くしかないからな。」
日が落ちて来て、暗くなって来ている。皆はこちら側から森を抜けて、ナディールの建物へと向かった。