合流
圭悟達は、デルタミクシアから少し下がった場所までグーラで到達することが出来ていた。
木の影を抜けるように飛び、勘づかれるギリギリまで行って歩くのを少なくして、時間を短縮したのだ。道などないその斜面を、圭悟、玲樹、舞、メグ、アーク、そしてマーキス、キール、アレス、ダイアナの9人は慎重に降りていた。アレスはダイアナを背負い、転がり落ちないようにと細心の注意を払っていた。
先頭を行く圭悟が言った。
「もう少しだ。シュレーから送られて来た位置は、ここを降りきった所にある崖の脇にある木の根の穴だからな。そこまで行けば、その崖下にナディールが臨めるらしい。」
後ろの玲樹が言った。
「かなり時間を短縮出来たな。まだ明るい。そこで飯を食っても大丈夫なんじゃないか。」
マーキスが後ろから言った。
「分からぬぞ。もしかして夕刻にはナディールへ着いた方がいいかもしれぬ。すぐに出発しようと思うておるかもしれぬ。」
確かにそうかもしれないと、圭悟が思いながら思わず足を速め、皆がそれについて行った結果、かなりの時間短縮に成功した。
その崖は、突然に目の前に現れた。
広くリーマサンデがかすんで見え、眼下にはナディールの変わり果てた姿が見える。圭悟は、ただ呆然とその景色に見入っていた。
「圭悟!丸見えになるぞ!」
玲樹の、切迫した小声の叱責が飛んだ。
自分が崖の上に堂々と立っていたことに気付いた圭悟は、思わず身を伏せ、じりじりと下がった。
「…あんまり絶景だったから、我を忘れてしまった。」
圭悟が言い訳がましく言うと、玲樹はため息を付いた。
「しっかりしてくれよ。命が懸かってんだからな。」
圭悟は、おずおずと列に戻った。すると、脇の大木の下からシュレーが出て来た。
「来たか。思っていたより早かったな。とにかく、こっちへ。」
皆はそれに従って、その木の根の穴へと入って行く。そこは、思っていたより広く、シュレーとラキを合わせて11人が入っても充分に余裕があった。
ラキが、深刻な顔で何かを見ていたが、それから目を上げた。
「…来たな。じゃあ状況を説明して策を立て、出発だ。」
皆は、やっぱり、という顔をした。シュレーが言った。
「時間に余裕がないんだ。だが、食事だろう?」と、皆を見回した。「体力は必要だ。おそらく寝る間はない。オレ達は今済ませたから、お前達も手近なものでも食べながら聞いてくれ。」
メグと舞が慌てて自分達のカバンを探った。二人は食糧係で食糧の大半を持っている。急いですぐに食べられる、シャーラに持たされたサンドイッチを出して大きく戻し、皆に配った。個人個人が持っている飲み物を手に、サンドイッチに食いつきながら、シュレーの話を聞いた。
「今、シンシアとデューラスが下へ先に降りて行ってるんだ。あいつらはまた、あの黒い気に飲まれることはないし、安心していい。」と、ラキを見た。「…で、さっき下へ着いたと連絡があったんだが、まだデューは戻っていないそうだ。シンと静まり返って、今人っ子一人居ないように見えると言って来た。警備兵すら置いていないようだな。」
玲樹が、口をもごもご言わせながら言った。
「だが、ここには三百人ぐらい兵を連れて来てたんじゃなかったか?それに、ナディールの住人達は?」
シュレーが首を振った。
「一人も見当たらないようだ。どこかに集められて篭められているのかもしれない。シンシア達が、兵器の格納庫の方へ向かうと言って、連絡が途切れた。そこから、まだ連絡が来ていない。あっちで何を見てるか、まだわからんな。」
ラキが、横から言った。
「とにかく、命の気がないはずなのに、今もあの兵器には気が充填されて行ってるんだ。どうやっているのかは分からない。だが、満充填されるまで、そう時がないことは確かだ。」
シュレーが後を継いだ。
「さっきシンシアが解析した結果、夜明けまでには充填が完了してしまうようだ。だから、先に下の様子を見に降りて行ったんだよ。」
マーキスが言った。
「ならば、下まで飛んで降りたらどうか。どうせ、あやつらは今居るのか居ないのか分からないような常態なのだろう。ならば、こちらが側に飛んで降りても気付かぬのではないのか。デューの帰らぬ今は、狙い目ぞ。」
シュレーとラキは、顔を見合わせた。そして、ラキが頷く。シュレーも、頷いた。
「よし。それで二時間短縮出来るな。ここからは目立ち過ぎるから、こっちの森側から低空を降りて行こう。裏からナディールへ入ったら、今なら大丈夫だろう。」
ラキの腕輪が、ぴぴと鳴った。ラキは、スイッチを入れた。
「どうだ?」
『今、格納庫近くまで来た。』デューラスの声だ。『だが、この隔壁は手ごわいぞ。一気に破壊すれば穴は開くだろうが、知られてしまう。しかも入り口らしきものがない。なので、とりあえず今はどこから出入りしているのか調べようと思っている。』
ラキは答えた。
「頼む。こっちは、思ったより早くそっちへ行ける。相変わらず人は居ないか?」
『いや、さっきあっちで何人もが並んで歩いている場所があった。皆黒い気に飲まれていて正気ではないようだったが、同じ方向へ向かっていたな。そこにしか人は見ていない。』
デューラスが答えるのに、ラキは険しい顔をした。
「わかった。そっちへ着いたら連絡する。裏側で落ち合おう。」
『了解。』
ラキは、通信を切った。圭悟が言った。
「それは、傍受されないのか?」
ラキが顔を上げた。
「そんなことをしている人が居ない。傍受している信号が出ていないんだ。オレが今持っている機械は、あらゆる電波やエネルギーを解析することが出来るんだが、ここにあるのはあの兵器の命の気ぐらいのものだ。だから、音声で普通の通信を行なっている。」
皆が一様に口にサンドイッチを突っ込み終わったのを見たシュレーは、まだ口をもごもご言わせているのを横目に言った。
「さあ、出発だ。とにかく先に中へ入って、兵器を壊してからデューを迎え撃つのが今は最善だろうからな。行くぞ!」
到着してまだそう経っていない9人は、食事が終わるか終わらない間に、外へと押し出された。マーキスとキール、アレスがグーラに戻る。その背に、残りの人型ダイアナと、人7人が分かれて乗った。ダイアナまで下に戻ると、かさばってもっと目立つことになるだろうからだ。
マーキスに乗っていた舞は、久しぶりにポシェットに入れたチュマを覗き込んだ。
「チュマ、大丈夫?狭くて疲れてない?」
チュマは、首を振った。
『平気。このままでも、他の人に気の補充は出来ないだろうけど、浄化の膜ぐらいは張れるから。言ってね、マイ。』
舞は頷いた。
「うん。ありがとう。戦いが始まったら、奥へ引っ込んでいるのよ。」
マーキスが言った。
『横を、木に紛れて行くのだな。』
圭悟が頷いた。
「うん。行けそうか?」
アレスが答える。
『我らは問題ないのだ。問題は主らよ。背に乗っておるのに、木の枝までこちらは気を遣ってられぬ。』
アレスの背の、ダイアナが言った。
「では、皆ぴったりと体をつけて伏せると良い。一体化しているような感じであれば、我らは自分の体を木に当てることはないゆえな。主らにも当たらぬから。」
ダイアナが、手本とばかりにアレスにぴったりと伏せるように抱きついた。皆が、それを見て一斉に倣う。マーキスが言った。
『では、参るぞ。』
マーキスが先頭を飛び立った。それに、キールが続き、続いてアレスが飛び立った。ダイアナは、一番前でアレスの首に抱きつき、身をその首から下へと沿わせてくっつきながら、ふふと笑った。
「ああ、懐かしいの、アレス。我は幼い頃この主の身の暖かさに、いつも安心したものよ。」
アレスは、ためらうようにダイアナを少し振り返った。
『女王…。』
三体はおおよそ人が歩くのとは比べ物にならないスピードで、ナディールへと下って行った。