母の遺したもの
シュレー達からは、無事に洞窟を抜けてライアディータ側へ渡り、そしてそこから山の中をナディール方向へ向かっていると連絡があった。まだ、レイからの連絡はないようだ。
身代わりの石が確かに使えるのか試しておくと言うアークと、それに従っているナディア、それにナディアとすっかり親友であるメグを残して、ダンキスとキールとマーキス、そして舞、圭悟、玲樹、アレスとダイアナは、キール達10体の卵を保護して来たという、集落の跡地へと南へ向かって飛んだ。
マーキスに乗っていたダンキスは、後ろの舞に言った。
「もう、18年ほど前のことであるからの。何か残っておれば良いが。」
舞は、頷いた。
「本当に。何もなくても、そこを見てキールが納得出来ればいいんだけど。」
二人を乗せているマーキスは言った。
『人のように確かな家を建てておるわけではないしの。葉などを組んで巣を作るゆえ、18年あれば風雨に晒されて形はあるまい。装飾品も、メクのグーラのように人に信仰されておったら献上物などであるやも知れぬが、元々こちらのグーラ達の間ではそのような習慣はない。なので、何も残っておらぬ可能性がある。』
ダンキスは、地上を見るのに必死で、ろくに聞いていないようだった。そして、うなった。
「うーん…恐らくこの辺りのはずぞ。マーキス、もう少し低く飛んでくれぬか。」
マーキスは、言われた通り低空に飛んだ。岩場が続いている。そのまま進んで行くと、ダンキスが不意に言った。
「おお!あの岩に見覚えがある!」目の前には、こちらに向かって突き出ている、大きな岩があった。「右だ。ここを真っ直ぐに行って…ああ、その森の先ぞ。ここからは歩かねば。」
マーキスは、その森の入り口に降り立った。キールとアレス、ダイアナも次々に降りて来る。マーキスが、人型を取った。
「ここか。」
ダンキスは、頷いた。
「この奥よ。」と、不自由な足を器用に動かして岩場を抜けて行く。「あの時、我らは誰かがグーラを襲撃しているらしいとの報を受けて、慌ててここへ参ったのだ。我らが到着したのを知って、あやつらは逃げ戻った。もう少し早ければ、助けられたやもしれぬのに。あの頃は、グーラに乗っておらなんだからの。」
ダンキスは、遠い記憶を頼りに歩いて行った。確かにその道は、とても広く木がそこだけ生えていなかった。誰かが、そこに通り道を作ったような感じだ。
次々に人型を取ったグーラ達が後に続く。舞も、マーキスの後について歩いて行った。
「…なんか、キール達に初めて会った時のことを思い出すんだが。」
圭悟が、回りの森の様子に身震いした。確か、圭悟が落ちて、キールに引きずって行かれて、そこは巣だったのだ。あの時はまだ話せなかったので、キールが圭悟を助けようとしていることすら分からなかった。舞が術を使うまで、すっかり食べられてしまうものだと思っていたものだった。
キールが低く笑った。
「…ああ。あの時か。確かにこんな感じよの。ライカやメイカに言うて、確か巣はこんな感じと本能に従って作ったものよな。」と、回りを見た。「思えば、ここを知っておったのかも知れぬ。だが、あれからこうして人と話せるようになって、我らどれほどに変わったものかの…。」
マーキスも、黙って何かを考えている。確かに、意思疎通が出来なかった頃は、お互いに誤解もあったかもしれない。しかし今は、こうして話せるのだ。全ては巫女の力、巫女の術のお陰だった。
そんなことに思いを馳せながら歩いていると、先頭を行くダンキスが言った。
「おお!ここよ!確かにここだった!」
そこは、広場のようにそこだけぽっかりと木が生えていない、森の中の空間だった。地面は、ところどころ踏み固められたような跡があり、浅い穴が開いていたりした。そして、崩れてもはや形はとどめていないものの、葉の茎らしきものが、上にかぶせられていたのだろう跡があった。間違いなく、この辺りのグーラの巣の形だった。他のグーラから考えて、それは小さめな集落であった。
「ここが…。」
キールは、回りを見回した。ここで、自分は卵として生まれた。ここから、ダンキスがダッカへと連れて帰った…。
「…20体ほどか。」
アレスが言う。集落の規模から、それぐらいの数が生活していたと思われる。ダンキスが頷いた。
「確かにそれぐらいだったかの。この先に、埋めてやったのだ。一体一体穴を掘って、埋めては上に石を乗せ、を繰り返したゆえ。卵も、いくつか被害にあっておって。それは、母親と共に埋めてやったがの。」
ダンキスは、そちらへ向かって歩いて行く。皆は、回りを見ながらそれについて行った。
少し森の奥まった場所に、それはあった。
ダンキスが言った通り、人の頭ぐらいの大きさの石が、横一直線に三列で並んでいる。グーラは大きいので、穴を掘るのが大変だっただろうな、と舞は思った。ダンキスが、それを見て悲しげに言った。
「ここに、穴を掘っての。」と、一つの石に歩み寄った。「一体連れて来ては埋めてやりと、それを繰り返し。穴を掘る係と、運ぶ係に別れて、日暮れから夜が明けるまで掛かった。」
玲樹は、またキールの母親辺りが幽霊になって出て来るのかと思ったが、それはなかった。静かで、木立の間から光が漏れている。
ダンキスが、一つ一つを見ながら歩いた。
「父親は分からぬが…母親は、これよ。」と、一つの石の前で立ち止まった。「金色の卵を抱いていたグーラ。こやつだけ、首にこれを下げておって。この辺りのグーラにしては、珍しいであろう。」
よく見ると、その石には首飾りが掛けてあった。埋葬する際に、ダンキスがしたらしい。キールは急いでそれに歩み寄って、屈んでその首飾りに触れた。オレの母親が、この下に眠っている。襲われた時、最後までオレの卵の上から動かなかった、母。顔も知らない…。
それを察したかのように、ダンキスは言った。
「それは美しいグーラだったぞ?ダイアナにも劣らぬ。淡い色合いの、ピンクのグーラでな。死してもそれは変わらなかった。それが余計に哀れでな。」
ダイアナがためらったようにアレスを見上げた。アレスが、つかつかと歩み寄って来ると、その首飾りを覗き込んだ。
「女王…!紋様が…、」
それ以上の言葉が続かない。ダイアナが、近寄って来て、その首飾りを見た。
「ああ」ダイアナは、アレスを見上げて言った。「では、キールは、我の…!」
ダンキスは、戸惑った顔をした。
「なんだ?どうした?」
圭悟と玲樹が、寄って来てその首飾りを見た。
「え…これは、身代わりの石じゃねぇか?」
玲樹が言うのに、圭悟が答えた。
「それはそうだが、誰でもあそこへ入れたら手に入れられるだろう。」
アレスは、圭悟を見て首を振った。
「確かに石はそうだ。だが、この金色の台座に彫ってある、紋様は我が王の物。王がこれを与えるのは…」
「その妃だけ。」ダイアナが、先を継いだ。「そして、その子にそのままそれが受け継がれるのだ。我は、王座を継いだので父から譲られたがな。」
キールが、目を見張った。圭悟も玲樹も、舞もマーキスも目を丸くしている。
「では…キールは、ダイアナの?」
マーキスが言うのに、アレスは頷いた。
「女王の、弟か兄。どちらにしても、次の王になっておった者ぞ。」と、ダイアナを見た。「王は、おそらくこの妃を亡くされてあのように弱られたのだ。我が父が亡くなった、あの時に。確かに父だけを供に忍びで出かけられるようになったのは、あの頃であり申した。我も、幼かったゆえはっきりとは記憶にございませぬが。」
ダイアナは、じっとその首飾りを見つめながら、頷いた。父にはあの頃妃が三人居た。だが、子を生んだのはダイアナの母の一人。そのはずだった。だが、ここにも父の妃は居たのだ。誰にも知られず、ひっそりと。
「なぜに父は、このかたをあちらへ呼び寄せなかったのか。」
ダイアナが言うのに、アレスは答えた。
「集落の中でも、王の妃に迎えて欲しいと言われていた女はたくさん居りましたゆえ。しかし、王はそんなことは望んでおられなかった。なので、まさかその時に外から妃を迎えるなど言えなかったのでしょう。このおかたも、メクへ来てもそんな中でつらい思いをなさったでしょうから。」
ダイアナは、まだじっとその首飾りを見つめている。ダンキスは、それをその墓石から取り上げた。
「ならば、これはもう主の物ぞ、キール。」ダンキスは言って、キールの首にそれを掛けた。「母はここに眠っておる。父は、メクの王シス。主の出自が、これではっきりしたではないか。」
キールは、その首飾りに触れた。父が、メクの王。ダイアナは、我の妹か、姉…。
キールは、自分の金色の瞳が父譲りであったことを、その時初めて知った。