キール
「身代わりの石は、無事に切り出して研磨してもろうて来た。」アークが、マーキス達に会ってから報告した。「どうしたわけか、縮めることが出来ぬので、この大きさのままこうして巾着に入れておる。ダイアナの分は、既に再びあの首飾りに組み込んでもう身につけておる。残り、8個…マーキスと、オレで4個ずつ持っていよう。」
アークは、重そうな布袋をマーキスに渡した。マーキスはそれを受け取った。
「つまりは、シャルディークの力を使えるのは、主と合わせて8回ということか。」
アークは頷いた。
「身代わりの石は、憑依される時に身につけておかねばならぬぞ。身代わりになる瞬間に肌につけておらぬと、効果は発揮せぬらしい。時間が無かったので我らの物は装飾品に加工出来ておらぬが、掴んだら良いと思うて。この袋に手を突っ込んで、握ればそれで良いのだからの。」
マーキスは、袋を開けて中を覗いた。
「確かにな。では、オレも腰にくくりつけておこう。いつなり掴めるようにの。」
二人がそれを大事そうに片付けていると、玲樹が言った。
「しかしまあ、あっちでは結構装飾品にしてる石だったぞ。これほど大きいのは稀だが、あの辺りでは何かの時にこれを使った装飾品を贈って、無病息災を祈るんだと。病気の身代わりにはならないようだがな。縁起のいい石で訳だ。」
圭悟は、ふーんとマーキスの腰に収まった巾着を見た。
「昔からの言い伝えかなんかなんだろうね。お守りみたいな感じで。オレ達の現実社会でも、いろんな言い伝えがあるけど、あながち間違っていないのかもしれないなあ。」
玲樹は、苦笑した。
「オレもそう思う。あっちへ帰ったら、すっかり迷信深いジジイのようになっちまうんじゃないかって。近くの神社の由来とかさあ…本当にあったことなのかもしれないじゃねぇか。」
圭悟は笑った。
「玲樹が迷信深くなるって?イメージが違い過ぎるよ。」
キールが、せっついた。
「早よう参ろうぞ。今からでもダッカに着くのは昼になる。」
圭悟は、慌てて頷いた。
「ああ、すまない。」と、ダイアナ達を見た。「着いたばかりで申し訳ないが、ダッカへ行こう。」
そうして再び、グーラ達は元の姿に戻り、どうした訳かダイアナだけがそのままでアレスによじ登り、しっかりとアレスの首に抱きついた。
「これで落ちませぬ。さ、出発を。」
ダイアナは、慣れたと言っていたが、まだ慣れぬようだ。圭悟もキールに跨った。
「よし、出発だ。」
そうして、四体のグーラは、7人とチュマとダイアナを分乗させて、ダッカへと飛び立って行った。
ダッカは、相変わらずグーラ達が復興のために木を切り出して来て家を建てていた。ダイアナとアレスが戻ったのを見て、皆一斉にこちらへ来た。アレスが言った。
「ご苦労よの。かなり進んだようだな。」
マーズが頭を下げた。
「後数軒かと。」
ダンキスがシャーラと共に出て来て言った。
「早かったの。そのままナディールへ行くのかと思うておった。」
圭悟が答えた。
「連絡待ちなんだ。ここには何もなかったか?」
ダンキスは笑った。
「あったとしても、グーラ達が居るゆえ何事も起こらぬわ。して、トゥクよ。」と、トゥクを見た。「何やら吹っ切れたような顔をしておるの。何かわかったか?」
トゥクは、グーラ達の手前、ばつの悪そうな顔をした。
「ああ…また、話すがの。」
ダンキスは察して頷いた。
「良い。それは主のことよ。オレは主が何かを得たのなら、それで良い。さ、皆中へ。シンルーも、主の臣下達も待っておるし、主らは帰らねばならぬだろう。その話もせねばの。」
キールは、真剣な顔をした。恐らく、ダンキスに聞かねばならないと思い出したのだろう。元々そのために戻って来たのだ。
トゥクはシンルー達が待つ小屋のほうへと歩いて行き、皆は、ダンキスについて屋敷の方へと歩いて行った。
いつもの居間に、囲炉裏を囲んで皆で座った。ダンキスが定位置に座って、皆に茶を振舞っているシャーラを穏やかに見ている。茶が皆に行き渡った時、キールが口を開いた。
「ダンキス、聞きたいことがある。」キールが突然に言ったので、驚いたようにダンキスはキールを見た。「オレの、卵があった集落のことだが。」
ダンキスは、目を細めた。
「ああ。主も、己の出生に興味を持つようになったか。」
ダンキスは言いながら、目の前の茶に口をつけた。キールは頷いた。
「オレの集落があった場所とはどこぞ?親は、既に亡かったのであるな。」
ダンキスは、頷いて遠い目をした。
「…18年ぐらい前ぞ。主らはまだ生まれて間もない卵だったからの。それからシャーラがここで必死に温めて、数ヶ月で皆孵り始めた。殺されていた親達は、オレが皆村人と総出で埋めて参ったし、どれがキールの親であったかは定かではないの。」
シャーラが、ダンキスの横へ座りながら言った。
「でも、キールは特別だったわ。卵に色がついていたもの。」
キールが、驚いた顔をした。ダンキスが、困ったように眉を寄せた。
「そうだったかの?」
マーキスも頷いた。
「ああ、確かにの。他は白いのに、キールだけ黄色っぽい色だったような。」
シャーラは、憤然として言った。
「まあ、黄色じゃないわ、金色よ!私が孵したんだから、間違いないわ。マーキスったら、あの頃は全く興味を示さなかったじゃないの。まだここへ来たばかりだったし。」
アレスが、びっくりしたようにシャーラを見た。
「金色?金色と申したか。」と、ダンキスを見た。「ここらの集落のグーラは、そんなに頻繁に色の違う卵を産むのか。」
ダンキスは、首を振った。
「いいや、皆白いがの。確かにあの時金色の卵が一個混じっていたが、それがキールだったのかどうかはオレには覚えがない。何しろいっぺんに孵り出して、てんやわんやだったのだ。一体一体きちんと覚えておるのは、シャーラぐらいのものよ。」
シャーラは、頷いた。
「当然よ!私が孵したんだもの。母親よ?」と、フッと息を付いた。「でもまあ、あの時は一度に孵って訳が分からなくなりそうだったから、一体一体に生まれてすぐ名前を書いた足輪を付けたの。だから、あれは間違いなくキールなのよ。」
ダンキスは、何かを思い出したような顔をした。
「おお、そういえばどの卵の前にも父母で倒れておったのに、金色の卵は母だけだったの。最初何もないのかと思ったが、母親を埋葬しようと避けたら、下から金色の卵が出て来たのだ。最後まで、己の身を張って守っておったのだろう…そう思うと不憫でな。父は何をしておったと思ったが、恐らく巣を離れて戦っておって命を落としたのであろうな。」
アレスとダイアナが顔を見合わせている。そして、アレスが言った。
「ダンキス、ならば我もその集落の跡地とやらへ行きたい。確かめなければ。」
ダンキスが、目を丸くした。
「なんだ、婿の出自が要るのか?しかし、跡地へ行っても何も残っておらぬかもしれぬぞ。我らが埋葬した場所ぐらいしか、案内できぬがな。それでも良いか。」
それには、キールが頷いた。
「構わぬ。なので、我はそこを見たい。」
ダンキスは、じっとキールを見ていたが、シャーラに視線を移した。シャーラは、頷いた。それを見て、ダンキスは言った。
「わかった。主らに乗ればすぐの場所。ここから南へ真っ直ぐの山岳地帯よ。明日の朝、参ろうぞ。」
キールは、ホッとしたように一つ、頷いた。
「わかった。」
舞は、その様子を見てから、マーキスを見た。マーキスは、その視線に気付いて舞を見る。そして、問いかけるような視線を投げかけて来た。舞は、小さな声で言った。
「マーキス、私も行きたいわ。キールのことでしょう。何か助けになるかもしれないし。」
マーキスは、頷いた。
「オレも同感よ。共に参ろうの。」
そうして、それぞれの思いを胸に、皆は次の日に備えた。