移住の真実
そこは、長い年月を風雨にさらされて来たので、外はほとんど形を残していなかった。
しかし、内側へ入ってみると、案外にしっかりとした石を使って作られていて、はっきりとした形が残っていた。石の棺が間隔を開けて並ぶ中、一番手前の棺を見た…なぜなら、長を示す大きな紋様が彫られていたからだ。
「…ここの長が、最後に亡くなったのか。」
トゥクは独り言を言って、棺に回り込んだ。アレスと、その後に続いて入って来たダイアナが、黙って見ている。トゥクは、それを気にしないようにしながら、そっとその棺の蓋を押して、斜めに開いた。
中には、やはり一般の民が亡くなった時とは比べ物にならないほどの装飾品を身に着けた、背の高い遺体が眠っていた。まだ若かったのか、衣装が若者のそれだった。棺の蓋には、『レイ』と書かれてあった。レイは、ルースの前の長。ルースは、今のラルーグの初代長だった。
トゥクが、考え込んで居ると、いつの間にか近づいていたダイアナが声を掛けた。
「何か分かり申したか?」
トゥクは、びっくりして飛び上がった。ダイアナは、そのトゥクに驚きながら、困って棺を見た。
「ここには、何と?」
トゥクは、答えた。
「…レイと。これは、ここの最後の長なのだ。」
ダイアナは、その棺に触れた。
「レイ…。」
途端に、パアッと光が噴射した。驚いたダイアナがふらつくと、それをアレスが慌てて抱きとめて自分の背後に回した。光は、現れたのと同じように一瞬にして収まり、そこに、ボーっとした人影が見えた。
『アーシア…来てくれたのか。』
その男は、親しげにダイアナを見た。金髪で、年の頃はまだ、20代前半ぐらい。とても綺麗な顔立ちの男だった。ダイアナは、アレスの後ろでためらいがちに言った。
「我は、アーシアではありませぬ。ダイアナと名をもらった。」
その男は、驚いたようにじっとダイアナを見つめた。
『そういえば、アーシアは黒髪であった。主は瞳の色は同じだが、髪まで緑よの。』
トゥクは、その人影を見上げた。
「あなたは、レイ?」
その人影は、頷いた。
『そういう主は、ルースによく似ておるが…。』
トゥクは言った。
「我は、トゥク。ルースから続いておる数代後の長。あなたは、もう何百年も前に亡くなったかたなのです。」
レイは、驚いたような顔をした。
『死んだ?』と、棺を見た。そして、開いた棺の中も見て、フッと息を付いた。『そうか。殺されたのだな、山神の王に。』
アレスもダイアナも、そしてトゥクも驚いた顔をした。
「殺されたのですか…グーラに。」
レイは、眉をひそめた。
『神をそのような言葉で呼んではならぬ。我らを守ってくださっておったのだ。なのに、我がそれに叛くようなことをしたゆえ…殺されて、当然だったのだ。我の最後の記憶は、必死に泣き叫ぶアーシアと、悲しげな瞳の山神の王。』と、ダイアナを懐かしそうに見つめた。『ああアーシア…あのようなことをした我を、最後には泣いて送ってくれたのか。』
ダイアナは、困ったようにレイを見た。我は、そのアーシアではないのに。だが、何も言わずに黙っていた。
トゥクが、言った。
「お教えください。あなたの跡を継いだルースは、一族を連れてここを去った。そして、新しい地で、グーラを憎むべきものとして言い伝え、その集落を襲っては根絶やしにする行いを繰り返しておりました。しかし、我には解せなかった。その理由を、ここに調べに参ったのです。」
レイは、驚いたような顔をした。そして、深いため息を付くと、頷いた。
『ルースは我が弟。おそらく我を殺されて、理由も調べずただ恨んだのであろうの。』と、トゥクを見た。『アーシアの前で話すのは我もつらいがの。』
レイは、少し黙った。思い出しているようだ。三人が固唾を飲んで見守る中、レイは話し始めた。
レイは、一族を収める若い長だった。グーラを山神と崇め、そしてその守りの中で何不自由なく暮らしを営んでいた。小さな村だったが、隣のラピンと共に、そうやって幸せに一族は繁栄していた。
そこへ、少し離れた神殿に仕えていたという、大変に美しい黒髪に緑の瞳の女が迷い込んだ。薬草などを採りに出て、そのまま帰り道が分からなくなり、困っていたところを山神が助けて連れて来たのだと言う。ラピンへと連れて行かれたその女は、巫女だったというだけあって術にも長け、皆の病を治し、そして何より山神の言葉が分かり、皆に乞われてラピンに留まることになった。
山神がもたらした幸福だと皆がその女を大切にしていた。
その女の名は、アーシアといった。アーシアの美しさは、若いレイには眩しいほどのものだった。神に仕えていても、人懐っこく取り澄ましたところのないアーシアに、レイは毎日のように会いに行っていた。そうして辺りを散策しては、たくさんのことを話して、そのうちにレイは、深くアーシアを愛するようになった。
しかし、アーシアが話すのは、山神の王のことばかりだった。いくら慕わしくても、山神は別の生命。婚姻など無理であろうと気にも留めていなかったある日、アーシアから思いも掛けない言葉を聞いた…姿を変える、術があるのだ、と。
アーシアは、山神の王に頼んで、元居た神殿へとその背に乗って戻り、そこで調べて来たのだと言った。レイを友人だと思っていたアーシアは、嬉しそうにその報告をした。力を使い過ぎても身に負担がない石も見つけたのだと言う。レイは、居た堪れなかった…愛するアーシアが、その身を山神と同じものに変えてまで、嫁ぐのだというのだ。あの美しい姿を、遠めに見ることすら叶わなくなる…。
いよいよ次の日は術を使うというその夜、レイはアーシアの住む村の外れにある、山神を祭る台座の近くの家へと潜んで行った。
アーシアは、まだ眠っていなかった。寝台の上に座って、じっと窓から見える月を見つめていた。レイは、その美しさに我を忘れた…そして、突然に飛び出してアーシアを抱きしめて、寝台の上へ押し倒した。
アーシアは、驚いて必死に抗おうとした。だが、女の力などレイの前には何でもなかった。それでもアーシアは、必死に言った。
「おやめください!あのかたに嫁ぐ身なのです!」
それでも、尚もレイがアーシアを放さずにいると、その叫びを聞いた、山神の王が物凄い速さで舞い降りて来て、家の屋根ごと吹き飛ばすと、レイを睨みつけて吹き飛ばした。
『我が妃になる女ぞ!手を出すことは許さぬ!』
レイは、激昂していた。普段ならひれ伏して決して抗うことなどない山神の、しかも王に向かって、剣を振り上げた。
「やめて!レイ!」
山神は、避けるばかりで決して攻撃しては来なかった。レイは、余計に我を忘れて闇雲に斬り込んだ。
『止めぬか!主は我に敵わぬ!殺してしまう!』
山神の王が叫ぶのに、レイは剣を振りながら叫んだ。
「我が愛しておったのに!この美しい姿まで、主は変えてしまおうというのか!」
一瞬、レイの叫びに、山神がひるんだ。その隙に、レイは大きく斬り込んだ。
…一瞬だった。
レイには、それが見えなかった。だが、手から剣が飛んでいて、自分は床に仰向けに倒れていた。体に力が入らない。何が起こったのだ…?
「ああレイ!レイ!しっかりして!どうしてこんなことを…!」
レイは、ほのかに笑った。
「アーシア…。」
美しい、アーシアの姿。自分の名を呼んでいる…。
そこで、レイの意識は途絶えた。