デシアの闇の中
ラキとシュレーは、見張りの間をかい潜り、デシアへ入っていた。一度行っていた場所であり、ラキは長い間滞在していた場所ということもあって、勝手はわかっていた。なので、昔の地下坑道を利用して作られたという地下の通路をうまく利用して、難なく王城の側まで来ていた。
ラキは言った。
「まさか、自分が潜む側になるとは思わなかった。」ラキは、自嘲気味に笑った。「王城へ入る場所には見張りを置いてあるが、首都自体には簡単に入って潜めるなとは、常に思っていたんだがな。これほど簡単だったとは。だが、やはり王城に入るのは難しそうだ。」
シュレーは頷いた。
「特にオレは、この姿でもお尋ね者だからな。どうする?とにかく、デューの居場所を探りたいんだろう。」
ラキは頷いた。
「おそらくナディールに居るだろうが、こちらも放っては置かないだろう。どれぐらいの間隔でこっちへ戻って来てるのか、知りたいと思ってな。出来ればこっちに居る時にあっちの兵器を破壊して、最後にここでデクスを消すのがいいのではないかと思うんだが。」
シュレーは、眉を寄せた。
「いや…あっちの方がいいんじゃないか。ここに篭られたら、守りが堅い王城な分面倒なことになる。襲撃するならナディールで行なったほうがいいと思う。」
ラキは、シュレーを見た。
「…確かにそうだな。ナディールは襲われるような村ではなかったから、守りは無いに等しい。デューの居場所へたどり着けるのが、早いだろう。では、とにかくデューの行動パターンを把握しなければ。」と、ラキは、歩き出した。「ついて来い。こっちなら、恐らく行ける。」
シュレーは、ラキについて、ぼこぼこと岩の突き出る暗い通路を歩いて行った。
しばらく歩くと、ラキが立ち止まった。
「まさか…あいつらか。」
シュレーは、ラキの視線の先を見た。そこには、シンシアとデューラスが並んで立っていた。慌てて顔を引っ込めたが、向こうからデューラスの声が飛んだ。
「おい!そこに居るヤツら!分かってるぞ、出て来い!」
ラキとシュレーは、顔を見合わせた。ラキは、驚いた様子もなく、ためらうこともないまま歩いて二人の前に出た。
「何をしてる。いつから警備兵なんかやるようになったんだ。」
デューラスが、ラキを見て飛び上がった。
「ラキ!」そして、駆け寄って来る。「こっちが聞きたい!お前、どこへ行ってた…」
そして、ラキの背後のシュレーを見て顔をしかめた。
「…なんだ。そいつはシンじゃねぇか。お尋ね者を捕らえて来たのか。」
ラキは首を振った。
「違う。今は一緒に行動してるんだ。お前ら、どうしてここの黒い気に飲まれない?」
デューラスは、回りに漂う黒い気を剣先でかき回すようにして言った。
「これか?飲まれるってなんだ。他の奴らみたいに人形みたいになることか?」
ラキは、頷いた。
「そうだ。やはり皆憑かれてるんだな。」
シンシアが答えた。
「デューラスは飲まれても飲まれなくても関係ないんじゃない?いつもそんなだもの。」と、ラキを見た。「私は違うわ。心の中に、結構いい男が入って来たの。目は金色だったけど、髪が、そうラキみたいに紫っぽい黒で。でも、私を見て、『お前は駄目だ』って言ったと思ったら、消えちゃった。失礼しちゃうわ。何が駄目なのよ。」
ラキは、ふんと鼻を鳴らした。
「ま、いろいろとな。」
シンシアは頬を膨らませた。
「何よ、いろいろって!とにかく、それから何もないわ。それで私達二人、レンに、守ってろとここへ放り出されてそれっきりよ。」
ラキは、シンシアを見た。
「レンも、様子がおかしいか?」
シンシアは頷いた。
「ええ。みんなよ。まともなヤツなんて一人も居やしない。階段から落ちたヤツが首の骨を折って死んだけど、悲鳴も上げなかったし、側に居た者達も見もしなかった。それどころか、その体を踏み越えて行くのよ?」
デューラスが、少し暗い顔で頷いた。
「あれは不憫に思って、オレが外へ運び出して墓所へ安置して来てやったがな。だが、その辺で死んでるヤツが多くて、追いつかない。誰も寝ないんだ。」
ラキは、シュレーを見た。
「やはり早くここを解放しなければやばい。犠牲者がもっと増える。ここの浄化を急がなければ。」
シュレーは、ラキに首を振った。
「確かにそうだが、デクスが居る限りここを一時的に浄化してもまた同じことだ。それに浄化したのに気付いて警戒されてどこかに潜まれたりしたら狙うことも出来なくなる。今は一刻も早くデューの動きを把握して、ナディールで片を付けるべきだ。」
ラキは、唇を噛んだが、頷いた。デューラスが、ラキを見た。
「何の話だ?ボスの動きだって?」
ラキは、二人を見た。
「シンシア、デューラス。これは以前人だったヤツが世を破滅に導こうと行なっていることなんだ。このままでは、ライアディータどころかリーマサンデも、皆滅んでしまう。ここの奴らのように、皆呆けた状態で操られてな。デューには、その昔生きた亡霊みたいなヤツが取り憑いてるんだ。」
シンシアが息を飲んだ。デューラスも目を丸くしたが、すぐに引きつった笑いを浮かべた。
「何だよ、藪から棒に。亡霊だって?」
ラキは、険しい顔のまま頷いた。
「そうだ、ライアディータでは悪魔と言われていたヤツだ。金が儲からないなんてレベルのことじゃないぞ。命がない。何しろ、生きて行く場所が消えるかもしれないんだからな。この世界の、全てが。」
シンシアは、青い顔をして珍しく真面目に言った。
「…つまり、世界の消滅?」
ラキは、頷いた。
「そうだ。何もかも無くなる。」
デューラスが、シンシアと目を合わせた。シュレーが、言った。
「何だ?」
「いや…」デューラスが、シンシアと目を合わせたまま言った。「だからなのか、と思ってな。」
ラキが、足を踏み出した。
「何か知ってるのか。」
デューラスは、渋々といったように頷いた。
「…あの、地下の兵器だ。今はナディールへ運ばれてここには無いが、あれの開発者達は皆、心ここにあらずな感じだったろう?今じゃ、皆そんな感じになっちまっているが。ま、それがお前の言うところの悪魔に飲まれた状態なんだろうがな。」
シュレーとラキは、急かすように言った。「それで?」
シンシアが言った。
「ラキが居なくなる少し前、いつものように見回りに出かけたのよ。何か変なことを言うやつが居たら報告するように言われていたでしょう?で、その時に、見つけたの…ミクスというヤツで、まるで我に返ったように、目に生気が戻ってて、必死に自分のコンピュータの画面を見ていた。あそこのやつらは皆死んだような目で黙々と作業してるのに。だから、私達声を掛けたの…何か問題でも?とね。」
デューラスが頷いた。
「そうしたら、そいつは脂汗を流しながらこちらを見て、オレ達に掴みかからんばかりの形相で言ったんだ…『こいつは駄目だ。空間に穴を開けられちまう!誰がこんなものを!オレなのか!』ってね。何を言ってるんだと思ったが、命令通りにそいつを連れて行って、レンに引き渡した。あいつは、まだ叫んでた…世界が消滅するぞ!今すぐ止めろ!とね。」
シンシアは、長いため息を付きながら言った。
「頭がおかしくなったのだと思ってた。でも、あいつは本当のことを言っていたのね。」
「だから、消された。」シュレーが続ける。そして、ラキを見た。「急ごう、ラキ。空間に穴を開けるとは、どんなことなのかオレには分からないが、とにかく早くデューの行動を調べに行こう。でなければ、本当に取り返しの付かないことになる。」
ラキは、頷いた。デューラスが言った。
「じゃあ、オレ達と一緒に行けばいい。なに、その辺の兵隊は何を見ても反応しない。レン辺りは気付くだろうが、そうなったらオレ達が捕らえて来たと言うよ。」
ラキは、頷いた。
「そうしてくれ。レンは、ある程度の判断が付くのか?」
シンシアは頷いた。
「ええ。禁止事項があいつに見つかったらうるさいの。でも、ぼーっとしている時もあるわ。」
おそらく、デクスがリンクして居る時としていない時で変わるのだろう。ラキは、シュレーを見た。
「二手に分かれよう。オレはデューラスと司令室へ行く。お前はシンシアと、地下の兵器格納庫跡の様子を見て来てくれ。何か、資料が残っているかもしれない。終わったらここで落ち合おう。」
シュレーは、頷いた。そして、目の前の扉を開けると、王城の中へと足を進めたのだった。