身代わりの石
吹雪の中到着したその洞窟は、入り口自体はグーラ一体が通れるほどの大きさだったが、中はそこに立つと奥まで見通せるコンサートホールのような感じの広々としたものだった。次々にそこへと降り立って行くアレスとダイアナを見ながら、ヘリオスも最後にその入り口から中へと入り、滑空して洞窟の中へと降り、玲樹達が降りるのをじっと待った。玲樹は、ヘリオスから降りながら、正面にあるきらきらと輝く薄紫色の結晶の山を見つめた。アークは、既に先にアレスから降りてそちらへ向かっている。玲樹もトゥクに手を貸してヘリオスから降ろし、その山へと向かった。
一見して、自分達の現実社会でいうところの、水晶の山のようだった。しかし、こんなに大きなものを見るのは初めてだ。側へ寄って行くに従って、それが本当に大きなものであることが分かった。
洞窟の外は吹雪いていて、ヒューヒューと音を立てているが、中は風もなく穏やかだった。そのせいで、こんなものが存在し得たのだろうか。
玲樹が思っていると、アークは何の前置きもなく、腰に挿していた短剣でその紫の石をガツガツと砕き始めた。玲樹はびっくりしてアークに言った。
「おい、そんなもので簡単に砕けるのか?」
アークは、玲樹を振り返った。
「…駄目だ。案外に柔らかいかと思ったんだが。」
玲樹は、側へ寄ってその表面を触った。
「やっぱりな。ダイアナが、父王の首飾りを今までびくともしなかったって言ってただろう。硬いだろうなと思ってたんだよ。」と、ダイアナを振り返った。「これは、どうやって切り出してるんだ?」
それには、アレスが答えた。
『熱よ。』アレスが答えて、前に進み出た。『下がっておれ。』
玲樹とアークは、慌ててそこから避難した。するとアレスは大きく口を開いたかと思うと、その石に向かって細く絞った炎を吐いた。半径一メートルほどの広さの炎が石の山に当たり、消えたかと思うと、コロンと欠片が下へ落ちた。あれだけの炎を吐いて、落ちた欠片は大きさがアークの手のひらほどの物でしかなかった。アレスが、肩をすくめた。
『こんな感じでな。炎で切り出すわけでもなく、力に応じて山が分けてくれるような感覚よ。なので幾つも持って帰るのは困難よな。ここに居る皆でがんばって、その大きさの石がいくつ取れることか。』
玲樹は、アークを見た。
「やっぱり、普通の石とは違うんだな。力を計ってるっていうか、そんな感じか。」
アークは頷いた。
「恐らくそのようよ。熱というより、命の気に反応しておると見たほうがいいかもしれぬ。」と、手を上げた。「オレもやってみる。」
アークは、あえて風の魔法を使って石の山の端を砕こうと力を放った。すると、思った通り欠片がコロンと落ちた。今度は、子供の頭ほどの大きさだった。
「もしかしたら、マーキスを連れて来たほうが良かったのかもしれぬ。あれがやれば、もっと大きく切り出せたのではないか。」
玲樹は首を振った。
「いや、充分大きいじゃねぇか。オレの力だと限られてるが、無いよりいいだろう。」
玲樹も、炎の魔法を当てた。玲樹の力に反応したのは、人の女性の手の平ぐらいの大きさの石だった。玲樹は肩をすくめた。
「ま、こんなもんだろう。これの加工は、どうしてる?」
ダイアナが、首をかしげた。
『我らは、そういえば加工技術など知らぬな、アレス。』
アレスは頷いた。
『はい、女王。我らは砕いた物を繋ぎ合わせるだけでありまするので。細かく細工された、王の首飾りはどうやって作られておったのか、誰も知らぬのです。』
玲樹は、その石をじっと見つめた。
「これ…そういえば、オレが滞在していた村の村長も、こんな色の石が付いた首飾りをしていたな。ほら、言っただろう?ラピンだよ。大昔からある素朴な村だ。」
ダイアナが答えた。
『知っておる。あそこの民は、昔から我らに仇なすこともなく、穏やかでな。なので我ら、大風の時などはさりげなく守ってやるのだ。知ってか知らずか、あやつらは定期的に山の入り口の辺り、我らがいつも通る場所に台座を設けて、昔からそこへ酒や果物を置いておいてくれるのだ。言葉を交わすことも、直接関わることもないが、共存して来たと言うてもいいだろうの。』
玲樹は頷いた。
「そう、あいつらはグーラを山神だと言っていたからな。昔から困った時は助けてくれるのだと。オレはあの時はまだ、何も知らなかったから、そんな風に考える村もあるんだなと思ったぐらいだったが。」
トゥクは、驚いた顔をした。
「グーラを、山神と?」
神と崇める民が居たなんて。トゥクは戸惑った。やはり、考え方の違いなのか。我らは、偏った目で見ていたから、恨んでいたのか。
玲樹は、そんなトゥクを振り返った。
「なあ、一度お前の首飾りのことも、ラピンの村長に聞いてみたらどうだ?ここらのことだろう。知っているかもしれねぇし。この石を採ったら、ラピンへ行って厄介になろう。グーラ達の村に迷惑掛けるわけにいかないし、ちょうどいい。」
アークは、口を挟んだ。
「いい考えだ。そこで加工もしてもらえるかもしれぬし、トゥクの疑問の答えが見つかるかもしれぬ。さあ、石は多いほどいい。今のままでは、必要な大きさを考えたらまだ僅かだ。皆で力を当てよう。」
『二度は出来ぬぞ。』アレスが、急いで口を挟んだ。『己を探ってみよ。力が一気に減っておるはず。ここはあくまで普通の場所ではないのだ。欲をかいて何度も切り出そうとすると、命の気が枯渇して死する。』
玲樹は、確かに体が異常に疲れているような気だるさを感じた。もしかして、計られていると言うよりも、命の気を吸い取られているのだろうか。その代わりに、身代わりになる身を削ってくれると。
「…うまく出来てるじゃねぇか。」玲樹は、言った。「つまりは与えた命の気に相応の代価として欠片をくれるんだな。オレの欠片は、せいぜい一人分だ。だが、アークの石なら四つは取れるな。」
アークは、それをじっと見た。
「上手く取ってもらわねば。マーキスの分も要るのだ。それで、シャルディークの力を使える回数が決まる。」
ダイアナが進み出た。
『我は、己の分は己で採りまする。』
ナディアも、手を上げた。
「少しでも、我も力になるのなら。」
ヘリオスも、渋々ながら口を開いた。
『では、オレも。アレスのように大きくはならぬがな。』
すると、トゥクも言った。
「オレも」皆が、驚いて見ると、トゥクは少し戸惑ったように視線をそらした。「確かに…あまり取れぬかも知れぬが、無いよりは良いであろうが。」
アークが大きく頷いた。
「頼む。」と、皆を見た。「では、早く済ませて戻ろう。」
皆が、一斉に石の山へ向かう。
そうして、それぞれの力に応じた大きさの石を手に、ラピンへと向かったのだった。
ラピンは、思ったよりずっと大きな村だった。
確かに家々は木で簡素に建てられてあり、素朴な雰囲気だが、貧しい感じは全くしなかった。むしろ、豊かな印象だった。そこへグーラに乗って到着すると、皆大騒ぎになり、もはやコツを覚えて人型になる事の出来る三体が人型を取ると、もはやパニック状態だった。慌てて必死に出て来た村長は、転がるように膝をついて言った。
「まさか山神がこのような所にまでいらっしゃるとは思いもせず…どうしたら良いやら我ら動転しておりまして…。」
村人達も、頭を地面に擦り付けんばかりになっている。ダイアナが言った。
「我らは神ではない。主ら人が言うところのグーラと呼ばれる種族。そのようにかしこまることはない。」
しかし、それでも村長は頭を上げなかった。
「ですがこうして我らに合わせて人の形になってくださり、我らの前に下りてくださったからには、何か我らに不都合があったのではと…。」
ダイアナは首を振った。
「そうではない。この姿は、確かに人と意思疎通をするために術で行なっておることであるが、不都合があったのは別のこと。この世界が脅かされるような事態になっており、それを正そうとしておるこの者達の手助けをするためぞ。」
玲樹が、進み出た。
「久しぶりだな、マシーク。そんなにびびることはねぇよ。こいつらは、仲間なんだ。」
やっと、そこで村長は頭を上げた。
「レイキ!主…久しぶりではないか。では、主が山神の言う、世を正そうとしている者なのか。」
玲樹は、頷いた。
「オレだけじゃない。とてもオレと、オレのパーティだけでは手に負えない事態になってしまってな。こうして、手助けしてくれる者達と共に、旅をしてるって訳だ。」と、ダイアナとアレス、ヘリオスを指した。「こっちから、メクのグーラの女王、ダイアナ。その臣下のアレスと、ヘリオスだ。」
ダイアナは言った。
「だから、我らは神ではないと言うのに。そのように頭を下げるでない。立て。」
村長のマシークは、渋々立ち上がった。
「では、ダイアナ様、アレス様、ヘリオス様。私はこちらの村の長、マシークと申します。」
玲樹は、それからこちらの四人を指した。
「こっちは仲間のアーク、ナディア、メグ、それからトゥクだ。」
トゥクが、仲間と言われて驚いた顔をしたが、黙っていた。マシークは、同じように四人にも頭を下げて、それから言った。
「それでは皆様、こちらへ。お話をお聞きいたしましょう。私の家へ。」
たくさんの村人達が見守る中、グーラも合わせて8人は、マシークについて奥にある村長の家へと歩いて行ったのだった。