手分けして
マーキスと二人で、元の自分の家のところにとりあえず間に合わせで建てられた小屋の中へ入ると、マーキスは言った。
「マイ、さっきのこと、気になるのだ。まだ主のオーラはほんのり薄紅色であるし。」
マーキスがあまりに真剣で、どこか悲壮感が漂って来ているのを感じた舞は、マーキスを見上げて言った。
「マーキス、どうしてそんなに必死な感じなの?私はあなたの奥さんでしょ?どうして他の人を好きになるとか、そんな風に心配するの?あのね、私はさっき、あなたとずっとずっと一緒にここで暮らして行くために、自分が頑張らなきゃって決心したの。だから、きっと気がピンクなんだと思うわ。いつまで経ってもそんな風に心配して…私にはマーキスしか居ないわ。大切なダンナ様なのに!」
マーキスは面食らった。突然に舞が怒ったからだ。そして慌ててしどろもどろに言った。
「そう…それはそうだが。レイキが、あのようなことを申すし。それに、オレは人のことがよく分からぬから、もしかしてと…。」
舞は、ため息をついた。
「玲樹はいつもあんな感じなの。違うって分かってても、からかって。だからあれは悪い冗談なのよ。いちいち間に受けていたら、心配ばかりしていないといけなくなるわ。マーキス、もう結婚してるのよ?私はあなたを選んだのだし、ずっと一緒に居たいと思っているの。だから、そんなことで心を乱したりしないで。もっと余裕を持って。私は離れたりしないって。」
マーキスは、うんうんと頷いた。
「わかった。すまぬ。そうだな。我らはもう結婚しておるものの。主の気は嘘をついておらぬ。もう、こんなことは言わぬから。」
自分より20センチ以上大きなマーキスが、身を縮めて一生懸命言うのに、舞は苦笑した。そんなに怯えなくても。別に、こんなことで嫌いになったりしないのに。
「マーキス…もういいわ。怒ってないわよ?ただ、無茶はしないでね。これからも、ずっと一緒に居てくれるんでしょ?私だけ生き残ったり、そんなの、絶対イヤ。二人で無事に帰って来て、ここで一緒に暮らすの。子供だって一緒に育てたいもの。」
舞は、言いながらマーキスの首に腕を回した。マーキスは、微笑んで頷いた。
「そうだったな。まだ子をなすことが残っておったわ。マイ…将来生まれる子のためにも、世を平和にしようぞ。オレは、主と子を守る…。」
舞とマーキスは抱き合って口付け合った。明日、あの繭と戦うために出発する。またダッカへ戻って来るまで、きっとこんなに二人でゆっくり出来ないだろう。
そう思って、舞はマーキスを抱く手に力を入れた。マーキスも、同じように返すと、そのまま舞を抱き上げてベッドへと向かった。
アディアは、ふと我に返った。
一心不乱に暖を取ろうと命の気を吸い上げていて、月の光を感じたのだ。今まで、何も見えなかったそのどこにあるのか自分で分からない目には、ハッキリと二つの月が見えたのだ。
一体どうやって物をみているのか分からない。実際、アディアには分からなかったが、今まで体として使っていたその人の肉体は、醜く変げし、鱗の様なものが全身にびっしりと生え、瞼は開いていなかった。
しかし、アディアは、視界が広がった事に嬉々として回りを見た。たくさんの蔦の枯れたような色の物が絡まりあい、半球を作って大地に根差しているようだ。それは、明らかにそこにあってはいけないもののような気がした。アディアは、そこから離れるべきだと思い、体を動かそうとした。
だが、びくともしない。動く気配もないようだった。なので、アディアは自分の体を探そうとした。そして、瞼がどこにあるのかも分からないながら、自分の体…自分の体と念じながら視野を変えた。
すると、はたと視界が変わった。確かに瞼の動きを感じる。やっと見つけたと、重い瞼を開いた。最初に見えたのは、目の前に交差するたくさんの、あの蔦の絡まりあった壁であった。その隙間から、僅かに月の光が漏れて来ているのがわかる。アディアはきしむ様な自分の体を無理に動かして、回りを見た。シンと静まり返ったそこは、暗くてよく見えなかったが、どうやら先ほど見たあの半球の中のようだった。出口を探さなければと、腕を動かそうとして、鱗のようなものが目に入った。
魔物…!?
アディアは、反射的に腰へ手をやった。軍に居た頃は、いつもここに剣を下げていたのだ。だが、代わりに触れたのは、あの蔦だった。剣はどこにと顔をそちらへ向けた途端、アディアは固まった…自分の腰から、蔦が生えているように見えたのだ。
慌てて体を見回すと、自分は鱗のようなスーツを着ているように見えた。だが、ふと視界の端に自分が着ていた服の切れ端を見つけた時、アディアは悟った。
『イヤアアアア!!』
アディアは、もはや声にならない声で叫んだ。これは、スーツではない。自分は何も着ていない…これは、自分の肌なのだ。
アディアは、さっき魔物と間違えた鱗も、自分の腕だったことを知った。この蔦は、自分の体から出たものが無数に伸びて枝分かれし、こうして自分を囲む繭のようになっているのだ。
アディアは、鱗で覆われた手で顔を覆って泣いた。私は、魔物になってしまった。しかも、これは地を毒している…禍々しい気が自分を伝って湧き上がり、この地へ拡散している。全てはこの、デクスという命を有している、自分のせいで。
アディアの絶望の叫びは、山肌を震わせていた。
次の日の朝、アークは日の出と共に、グーラ達と玲樹、それにアディアと共にダッカの端で立っていた。メル高原をメク山脈へ向けて飛び立つためだ。
同じように圭悟、キール、マーキス、舞、メグも準備を済ませて見送りに来ていた。自分達は、山岳地帯の方へ向かうので、反対側になるのだ。
アークが言った。
「では、行って来る。主らも無事にあの繭を破壊出来ることを祈っておる。」
圭悟は、頷いた。
「アークも、気をつけて。メクは今の季節、かなり寒いはずだ。無理をしないようにな。」
玲樹が言った。
「あっちはあっちなりに知恵を使って暖かく過ごしてるんだよ。心配ない。それより、お前達の方が大変だ。あの繭の中へ入って行くんだろう。絶対に無理をするなよ。駄目だと思ったら戻るんだ。そして、オレ達が戻るのを待て。」
圭悟は、笑った。
「分かってるって。玲樹が慎重なことを言い出したら気持ち悪いな。いつでも一人で勝手に出て行くやつだったのに。」
玲樹はふんと不機嫌な顔をした。
「慎重にもならあな。圭悟、メインストーリーだぞ。ここまで皆が無事だったこと自体、奇跡だ。前回少し関わっただけで仲間を失ったほど、覚悟がないと危ない仕事をしてるんだ。お前が一番、わかってるんだろうが。」
圭悟は、急に表情を硬くして、頷いた。
「分かってる。だからこそ、萎縮して体が動かないなんてことがあってはならないんだ。オレは、もう以前のように逃げたり恐れたりしない。命が掛かってる。」
アークが言った。
「本来、主のように繊細な者には向かぬのにな。我ら、結構恐怖に対して鈍感であるのだ。なので少々無謀だと言われることにも突っ込んで行ける。勇敢ではないのよ。」
玲樹はへ?と言う顔をした。
「なんだよアーク、オレ、ちょっとお前を尊敬してたのに。鈍感なだけって。」
アークは豪快に笑った。
「人など皆同じよ。オレだって怖いと思ってしもうたら足がすくむわ。思う前に行動するからすぐに足が出るだけで。」
玲樹は肩をすくめた。
「ま、メクに幽霊とか居ないことを祈る。そしたらオレも、勇敢に見えるかもしれねぇ。」
アークが、ナディアを抱いてアレスに跨った。玲樹もそちらへ向かおうとすると、そこへダンキスがトゥクを連れて歩いて来た。
「さ、昨夜話しただろう。これも連れて行ってくれる約束ぞ。」ダンキスは、バツが悪そうにしているトゥクの背を押した。「頼んだぞ。主らの確執の深い所が、分かるやもしれぬのだ。これで少しでも争いが無うなったら、オレは嬉しいがな。」
白いグーラ、ダイアナが、じっとそれを見ている。側の玲樹も、固唾を飲んでそれを見た。ダイアナは、しばらく黙った後、言った。
『…そこの、薄青のにレイキと共に乗るが良い。』
玲樹はホッとして、トゥクを促してその薄青色のグーラに跨った。トゥクは、当然のことながらグーラに乗るのも触れるのも初めてだったので、おっかなびっくりといった感じだ。玲樹は、ダンキスに頷きかけた。
「ま、このグーラさえ揺らさず飛んでくれたら、大丈夫だろうよ。」
尻の下のグーラは答えた。
『そこは学んだゆえ。オレは大丈夫だ。だが、主らが落ちるでないぞ。』
「よろしく頼むよ。」
玲樹は、自信なさげに言った。ダイアナは、残ることになった兵のグーラ達に向かって言った。
『我らがまたここへ戻るまで、ダッカは頼んだぞ。』
マーズが、人型のまま進み出て答えた。
「はい。お任せください。」
ダイアナは頷いて、一声鳴いた。その声と共に、グーラの一団はメク山脈へ向けて、一斉に飛び立って行ったのだった。