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ディンダシェリア ~The World Of DYNDASHLEAR~  作者:
明らかになって行く過去達
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力のリスク

トゥクは、ぼんやりと小屋の中で座っていた。

自分は、どうしてあれほど必死にここへ来ようと思ったのだろう。ダンキスのことは嫌いではない。しかし、ダンキスの飼うグーラは、物心ついた時から憎むべきものとして教えられて育ったので、恨まずにはいられなかった。だが、幼い頃より、ふと我に返る時があった。それは、グーラ達の行動だった。

グーラ達は、自分達が攻めて行かなければ、絶対にこちらへ攻め入って来ることはない。そして必ずしも皆殺しにする訳ではなかった。もちろん、グーラ達が住む集落へ攻め入れば、攻め入った者はそこに留まる限り殺されたが、集落から逃げた兵達を、無理に追って来ることはなかった。そして女子供と遭遇しても、グーラはじっと見るだけで襲わないと聞いていた。そして、グーラ達が何やら会話らしきことを交わしているのも見てとれた。そんな行動から、グーラは高度な知能を持っていて、そして本来平和的な性質なのではないかと、思うことがあったのだ。

しかし、周囲の大人達から聞かされる残虐な昔話は、トゥクの憎悪を大きく育てた。そして、子供の頃に感じたことなど忘れてしまった頃、族長となったのだった。

同じように恨むことを教えられて育った者達と共に、小さなグーラの集落を襲った。少しずつ世から、あの忌むべき存在を消して行くのだと己の使命に燃えて生きていた。

そして、ここ最近になって、こんな小さなことをしていてグーラを殲滅出来るのかと急に抑えきれぬ思いが突き上げて来た。そう思うと怨嗟の思いが胸を駆け上がり、グーラを飼っているダンキスさえも憎むべきものだと思うまでになった。それでも、ダンキスと一度話してみたいと思ったのは、トゥクの最後の良心だったのかもしれない。だが、ダンキスを見た時、それが吹き飛んでしまった。グーラ…グーラを保護する憎むべき者!

トゥクの頭の中には、もう恨みしかなかった。全て消してしまおうと、周辺の同じようにグーラをよく思わない部族に呼びかけた。賛同したのはたったの2つ…なぜなら、襲撃しようとしている場所が、ダンキスの居るダッカだったからだ。ダンキスは、周辺部族に信頼も厚く、グーラを飼っていようとも誰も気にも留めていなかった。それどころか、ダンキスが言うのだからグーラは賢い魔物なのだとまで言う輩が居たほどだった。

それでも三つの部族を合わせれば、戦闘民族のダクルスと言えども恐らく堕ちるだろう。

トゥクは、もはや何かに取り憑かれたかのようだった。そしてダッカに攻め入り、女子供まで目に入る者には容赦なく手を掛けたのだった。

トゥクは、狭い小屋の、上の方から入って来る二つの月の光を見上げた。なぜ、そこまでしたのだろう。女子供まで手に掛けたことなど、今までなかった。そこまで恨む、何がダンキスに、グーラにあったのだ。

トゥクはじっと考えていた。恨み…。子供の頃の疑問など、すっかり忘れていた。こうして囚われ、風前の灯火となった命と向き合って、やっと思い出した。グーラは、我らに何をしたのだろう。幼い頃に聞かされたあのグーラの殺戮の話の数々は、本当の出来事だったのだろうか。困ったことに、自分は一族の長でありながら、そんなことは考えたこともなかった。自分達の生活の大部分を占めているグーラ攻略のための時間は、必要なことだったのだろうか。その他に、何かすることがあったのではないのか…ダッカは、これほどに豊かな村だった。我らの村は、ここまで村人のために力を入れていたことがあったろうか…。

トゥクは、自分の心に生まれた、小さな後悔の念を、どうにかして振り払おうとした。だが、無理だった。無残に返り討ちに合ってしまった、自分について来てくれた村人達の命を考えると、どうしても自分のした軽率な行動を忘れてしまうのは無理だったのだ。

トゥクは、じっと、ただそんなことを考えて月を見上げ続けた。


小屋の戸が、軽い音を立てて開いた。トゥクは、後ろ手に縛られたまま、そちらへ目をやった。すると、そこには二人のがっちりした体型の男が立っていた。不思議な色の目をしている…これはグーラか、人か?

一人が、進み出てトゥクに言った。

「主、ダンキスが呼んでおる。こちらへ。」と、傍らの別の者達のことも見た。そして、もう一人の男に言った。「他はどうする、キール?連れて参るか?」

キールと呼ばれた男は答えた。

「そうよの。後で説明するのも面倒であるし、この際連れて参ろう。」

問うた男は頷いた。

「よし。さあ、立て。」

トゥクは、いよいよかと思った。皆の前で処刑され、見せしめになる。自分がしたことを思えば、それは当然のことだと思えた。

「…夜に処刑か。」

トゥクが言うのに、キールと呼ばれた男が答えた。

「別に殺してもいいが、ダンキスは話をしたいようだ。我らに選択権はないゆえ。もちろん、主らにもの。」

今更に、何の話だ。

トゥクはいぶかしんだが、側近二人に挟まれ、ラーリスの民シンルーと四人で、前後を二人の男に挟まれて小屋を出て歩いて行ったのだった。


そして約30分後、トゥクを含めた四人は絶句していた。縛られていた縄は、ここに来て解かれていた。だが周囲を囲まれた状態で、逃げ出すことは不可能だった。仮に囲まれて居なくても、逃げ出そうとは思わなかったろう…それほどに、今聞いた事実は衝撃的だったのだ。

ダンキスが話を終えてじっとトゥク達が理解するのを待っている。他の者達も、ただトゥクを見つめていた。作り話だろうと言いたかったが、それを見透かしたように呼び出されたシャルディークという男の透き通った体を見上げて、言葉が詰まった。そのシャルディークは、宙に浮いて皆を見下げながら、言った。

『…哀れな。こやつ、デクスの気が少し残っておるな。恐らく繭の影響であろう。風向きであの気が流れる場所もあるかと思うておったが、あの気に飲まれておったの。マイかナディアに完全に浄化されれば、もっと本来の良識が戻って参るだろうて。』

トゥクは驚いた。まさか、山岳地帯の悪魔のせいで、オレは踊らされていたのか?

マーキスに寄りかかっていた舞が、大儀そうに立ち上がろうとした。しかし、ナディアがそれを制した。

「我が。マイは休んでいなさい。」

舞は弱々しく微笑んで頷いた。ナディアは、すっと立ち上がると、四人に向けて手を翳した。四人は、びくっと身を縮めた。何をされるのかと思っているのだ。

浄化の光が四人を包んで、すぐに退いた。ナディアは、振り返った。

「本体に比べたらたわいもないこと。まるで塵でも払っているかのようでした。」

それには、シャルディークが答えた。

『それはそうであろう。まさに塵のようなものであるし。生きておる気ではない。叩けば落ちる。既に、力のないこやつら自身でも、粗方落としてしまっておったからの。』

トゥクはシャルディークを見上げた。

「落とす?そんなことをした覚えはないが。」

シャルディークは答えた。

『無意識の防御反応ぞ。己を強く持っておれば塵になど憑かれることもない。つまりは主は、普段から己の行動に違和感を持っておったのであろう?揺らいでおる所へ簡単に憑かれるのだ。』

トゥクは、下を向いた。確かに、心の奥底できっと、幼い頃の記憶が言っていたのだ。それでいいのか、それで間違いないのか、と…。そこへ、付け込まれたのか。

トゥクが黙ると、ダンキスはシャルディークに言った。

「我が息子の身を預けるに当たり、聞きたいことがある、シャルディークよ。」シャルディークが、ダンキスを見た。ダンキスは続けた。「主が憑くことによって、マーキスに問題は出ぬのか?」

シャルディークは、じっとダンキスを見つめていたが、答えた。

『…必要なことであるから、我は薦めた。だが、これは自分の身に生来相応に備わっている力を使うのではなく、大きな力を身に取り込み使うという離れ技。本来頻繁に行うべきではない。なぜならそれによって細胞が激しく活性化するからだ。限界を越えた時、老いるのが早くなるのか、それとも異種へ変げするのか…我にも分からぬ。』

舞が、息を飲んだ。そんな…そんな危険が伴ったなんて!

「どうしておっしゃってくださらなかったの!」舞が、ふらつきながらも立ち上がった。「マーキスに何かあっていたら、どうしたのですか!」

マーキスが、慌てて舞を抱き寄せて座らせた。

「良い!マイ、体がまだ元に戻っておらぬのに!」

舞は首を振った。

「体に何かあったらどうするの?もしかしたら、大変なことになっていたかもしれないのよ!皆のためにしていることなのに…マーキスに何かあったら…。」

舞は、マーキスの顔を見て言っているうちに涙があふれて来た。

「マイ…。」

マーキスは、舞を抱きしめた。シャルディークが、答えた。

『我は、聞かれなければ答えぬ。誰もそれを我に問わなかった。我は、力が必要な時に呼べと言うた。入るのに適しない体には乞われても入らぬ。主らがどれほど我を使うかは、自由ぞ。』

圭悟は、その言葉にハッとした。確かにそうだ…ここぞという時だけにせず、頻繁に呼び出してその力に頼ることは、シャルディークの望んだことではない。

「…もはや、死者だからですか。」

シャルディークは、大きく頷いた。

『その通りよ。我の意思など無きに等しい。我が世を動かしてはならぬのだ。死者の意思が生者の世界を動かすことは出来ぬ。我は、力を貸す。そう言ったの。その中には、知識を与えることも入っておる。聞かれたことには答える。それは主らの意思で聞いておるからだ。しかし、それ以上の知識を我の判断で話すことは出来ない。それは我の意思だからだ。それによって主らを誘導することになるからだ。なので、必要なことは全て聞くが良い。我はそれに答えよう。どうするかは、主らの意思ぞ。』

アークが言った。

「…デクスは、そう判断しなかった。」

シャルディークは、頷いた。

『その通りだ。あやつは自分が世を支配すると思うておるゆえ、我とは真逆であろう。言葉で操り、己の意思のままに動かす。我はそのようなことは望まぬ。』

しかし、危険だと分かってもそれを止める訳にはいかない。デクスを完全に消してしまうには、シャルディークの力が要る。玲樹が、フッと息を付いた。

「まったく…どうにかアークにも、力を使えるような方法は無いのか。分散した方が、危険も少ないだろう。どうしてもシャルディークの力は必要なのに。」

すると、意外な人物が顔を上げた。

「…聞いたことがある。」トゥクだった。皆が驚いてそちらを見る。「我の幼い頃のことぞ。我らはあんな片田舎に居るので、長老からの話が唯一の娯楽であった…その中に、身代わりの石というものがあった。」

皆が息を飲んだ。それは、いったい…?

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