女王
マーキスは、ダッカ上空に到達していた。舞は、上空からその景色を見て息を飲んだ…ダッカの村は、マーキスが言った通り燃えてほとんどが炭になっていた。未だ燻る焼け跡には、点々と人が歩き、何かを探しているようだった。マーキスが、険しい顔をして飛んで行くと、小屋のような物が、間に合わせに作られてあって、その前には焚き火がされてあり、そして、亡くなった人々が寝かされた場所もあった。
何より驚いたのは、数十体のグーラが回りに集結していたことだった。皆が同じ小屋の方向を見ている…その小屋の前では、なぜか二体のグーラが光輝いていた。マーキスは、そこへ向かって降りて行った。
「マーキス!」
圭悟が叫んだ。マーキスは、すぐに人型になると、圭悟に言った。
「ケイゴ!ダンキスは…、」
ダンキスが、ふっと笑った。
「おお、我が息子よ。なんだ、こんな夜明けに。」
マーキスは、ほっとしたようにダンキスに駆け寄った。
「ダンキス、良かった…オレは、夢を見て、それが真実だと直感して急ぎ戻って参ったのだ。主が、斬られたのが見えて…。」
ダンキスは頷いた。
「皆まで見なんだの?我らは助けられたのだ。」と、背後に立つ、ためらいがちな二人を指した。「ダイアナぞ。メク山脈の、グーラの女王だ。」
チュマが、ふっと息をついている。今人型になったばかりなのは間違いなかった。ダイアナは、すらりとした体型の、色の白いそれは美しい人型だった。髪は明るいグリーンで、瞳もグリーンだった。ダイアナは、自分の手足を見て、驚いた顔をした。
「なんと…軽いこと。」と、傍らのがっちりした体型の青緑の髪の人型に言った。「皆が大きく見える。のう、青緑の。」
そのグーラの人型はうなずいた。
「確かに、羽のように軽い。」と言ってから、自分の声に、驚いた顔をした。「人の言葉、話そうにも、前王か、女王の他は話せなかったのに。何を言っておるのかは分かったがの。」
チュマが、言った。
「それも、人型になったら術をかけるの。だから、話せるんだよ。」
ダンキスが言った。
「オレも少しならグーラ達の言っておることが分かるぞ。しかし、話せぬがの。さて、ややこしいので、そやつにも名を付けようぞ。あー、アレスでどうだ。」
「…何やら思いつきでつけたような。」
青緑のグーラ人型は言った。玲樹が、口を挟んだ。
「ま、名付けなんてそんなもんだよ。いいじゃないか、アレス。強そうだぞ?」
そのグーラは、頷いた。
「何でも良いわ。どうせ意味は分からぬ。では、オレはアレスで。」
ダンキスは、大儀そうに座りなおすと、二人を促した。
「では、中へ。オレの長男と、その嫁が今戻ったしの。話を聞こうぞ。」
ダイアナとアレスは、並んでその間に合わせの小屋へと入って来た。ダンキスは傷が痛むのか、肩を庇いながら奥の壁にもたれて座る。その横にぴったりと気遣わしげなシャーラが座り、マーキスと舞が並んだ。圭悟と玲樹が並んで座った後ろに、グーラ達…キール、リーク、キム、その他合わせて10体のグーラの人型達が座り、ダンキスに向かい合う位置にダイアナとアレスが座った。メク山脈のグーラ達は、外から中を覗いて見ている。人よりグーラが多いのではないかというような異常な光景の中、ダイアナが口を開いた。
「此度、我はこちらへ、金色の目の同族を探して来た。我ら王族は、いつも力と知能が最も高いとされる金色の目の連れ合いを探して、それを夫もしくは妻とし、優秀な子を残して参ったからだ。我らの集落には、一人も居なかった。なので探して居ったところ、こちらで目撃されたと言うではないか…あの、山へと悪魔を運んだとされる、優秀なグーラ、それが金色の瞳だったのだ。」
全員が、キールを見た。キールは、驚いた…確かに自分だけ、この中では眼が金色だが、グーラでは、珍しいことではないのではないのか。
「確かにオレの目は金色だが…珍しいものではないであろう?兄者。」
マーキスは、首を振った。
「いや、オレも遠い記憶だが、確かに金色の目のグーラはおらなんだの。どちらかというと、緑や青の瞳が多いのだ。稀に黒も居るが…金色は珍しい。」
ダイアナが、頷いた。
「金色の目は、選ばれた証と我らの里では言う。思うた通り、主はあの、悪い気を放つものを山へと遠ざけたではないか。我らでは出来なんだ。」
キールは首を振った。
「もしも兄者が居れば、恐らく兄者が行ったであろうよ。オレは、そこにオレしか居なかったからそうしただけ。特別なことではないわ。」
アレスが言った。
「それでも、主の瞳が金色であることは変えられぬ。我らが永きに渡って守って来たことなのだ…女王の、連れ合いになってもらわねばの。」
キールは、目を丸くした。なぜにオレが。ただ目が金色というだけで。
「…無理ぞ。」キールは言った。「突然に来て、連れ合いになぞ。いくら美しくても、どんな女かも知らぬのに。一生を共に生きるのだぞ?それに、オレはここを離れるつもりはない。」
アレスが驚いた顔をした。
「なんと失礼なことを。主の、女王は今まで、金色の目の男を探して、決して他の男になど目をくれなかったのに、主にはこのように申しておられるのだぞ。」
キールは、アレスを睨んだ。
「それでも、オレにとっては知らぬ女ぞ!まだ、身を固めるつもりもない。だいたい、17年しか生きておらぬのに。」
それには、ダイアナが答えた。
「ああ、我もまだ17年しか生きておらぬ。そんなことは案じる必要はないの。」
キールは驚いた顔をした。
「同い年と申すか。」
ダイアナは頷いた。
「我は子供の頃から父の後を継ぐために生きて来たからの。父が亡くなって、王座に就いただけのこと。歳は関係ないの。」
キールは、黙った。そうは言っても、いきなり結婚相手を決める気にもならない。確かに美しいが、如何せん会ったばかり。兄者とマイだって、出会った当初は仲間でしかなかった。
キールが黙り込んだので、ダンキスが言った。
「そのように性急に決めることではないのではないか。キールも、戸惑っておるようぞ。それにの、我らはこんな、小さな種族だけでは収めることの出来ない問題を解決しようとしておる最中なのだ。キールは、此度それに手を貸しておる状態。婚姻だなんだと浮かれておる場合ではないのよ。主らも知っておるだろう…あの、暗い気を持つ繭ぞ。」
アレスとダイアナは、顔を見合わせた。
「…知っておる。だがしかし、あれは我らにどうの出来る代物ではないであろう…あのような気は、見たこともない。」
ダイアナが言うのに、圭悟が答えた。
「我々は、その術を知っているんだ。あれを何とかしないことには、いずれあの気にこの地全てが飲まれてしまう…キールが、命を懸けてあれを遠ざけようとしたのも、だからなのだ。あの地におとなしく留まっておる今、我らはあれを根絶するために、行動しようと思っている。なので、それどころではないっていうのは、嘘ではないんだ。」
ダイアナは、じっと考えながらキールを見ている。キールは、わざと視線を合わせずに横を向いていた。すると、ダイアナは何かを決意したように立ち上がった。
「わかった。ならば、我らもそれに力添えを。」と、アレスを見た。「ダッカの復旧に力を貸せ。他の民族が襲って来る可能性もあるし、このままでは置いておけぬ。我と供を一人、連れて参るゆえ、選べ。」
アレスは、頭を下げて膝を付いた。
「は。では我が供を。」と立ち上がって外へ出て行きながら言った。「ここに駐在させるゆえ。ダンキス殿、詳細な指示を。」
ダンキスは、ラーズに頷き掛けた。
「我が弟、こちらの長、ラーズに聞くが良い。助かる。」
ラーズが、アレスに並んで出て行った。シャーラが、ダンキスを見た。
「我が君…。」
ダンキスは頷いた。
「まずは、民達の生活を元に戻さねばならぬ。亡くなった者達の弔いもの。それに、グーラ達に滅しられた、あやつらの塚を作ってやろう。あやつらはあやつらなりに、信念に基づいて戦った。それが、間違ったことであっても、死者を鞭打つことはない。」
シャーラは、頷いた。東の空が白んで来ている…長かった、夜が明けようとしていた。