メク山脈のグーラ
キールが、必死に物理攻撃に徹して兄弟グーラ達と戦っていると、急に敵が退き始めた。
「…やつらだ!メクのやつらだ!」
誰かの声が言っているのが聞こえる。すると、別の声が叫んだ。
「なんだってこんな所に!退け!退くのだ!」
瞬く間に必死に敵兵達は走り出す。それを見たキールは、後ろにただならぬ気を感じて振り返った。
《助けに来た。我らに任せよ。》
その言葉は、グーラの言葉だった。今まで見たこともないほどの数のグーラ達が、ものすごい勢いでキール達の横を通過すると、逃げ惑いながら必死に走って行く敵兵達の上に、素早く舞い降りて敵を掴んでは引き裂き、片っ端から、まさに粉微塵状態にし始めた。キールは驚いた…自分には、あんな殺し方は出来ない。人と共に生きて来た…なので、敵であろうとも、人を残虐に引き裂いて殺すなど、考えもしなかった。
そのグーラ達は、残虐だった。いや、人の方が残虐なのだが、きっと人から見たらグーラのほうが残虐に見えるだろう。必死に逃れようとする敵兵達を追いかけて引き裂き食い千切り、その様は人にとっては地獄以外の何ものでもなかった。何しろグーラの数が多いので、囲まれたら対処のしようがなかった。
そうして、幾人かは逃れたかもしれないが、ダッカに攻め入って来た敵の部族達は、ほとんど皆殺しに近い状態になった。
玲樹が燃え残った幕を探して来て張って、その下にダンキスを寝かせていると、圭悟が歩いて来て、言った。
「玲樹、ダンキスは?」
玲樹は頷いた。
「危なかったが、命に別状はない。肩に傷を負っただけだ。」と、圭悟を見上げた。「で、その後ろの白いやけにきれいなグーラはどうした。」
圭悟は、苦笑した。
「なんだ、気づいているのに、やけに落ち着いてるな。」
玲樹はため息をついた。
「あれを見た後だぞ?」と、背後の池で、返り血を洗い流している数十体のグーラ達を後ろ手に指した。「もう何も感じねぇよ。」
圭悟は苦笑した。
「びっくりしたのはオレも同じだ。とにかく、負傷者を探そう。天幕を張る。それから、あっちの洞窟に隠して来た女子供を迎えに行かなきゃな。キール達はどこだ?」
玲樹が、向こう側で焼け跡を歩き回っている人影を指した。
「先にお前が言った事を始めてるよ。燃え残った物を集めて、人が入れる所を作っている奴らと、負傷者を探している奴らに分かれてる。皆キールの指示に従ってる。」
圭悟は、頷いた。
「じゃあ、オレが皆を迎えに行って来る。玲樹、ダンキスを頼む。」
白いグーラが、口を開いた。
『手伝おうぞ。』と、グーラの言葉で言った。《青緑の、数体連れてついて参れ。》
その声が女声なのに、玲樹は驚いた。これがグーラのメスか。でも、何と言ったのだろう。
『数体連れて行く。あれらに乗せるが良い。』
そのグーラは言った。確かに青緑色のグーラが先頭に立って、数体がこちらへ飛んで来る。圭悟は、おそるおそるその背に跨がった。
「じゃあ、すまないが山の方へ頼む。」
圭悟が言うと、白いグーラが何か言った。途端にグーラ達は飛び上がり、山の方へと飛んで行った。圭悟が、その背で振り回されているのが見える…人を乗せるのに慣れていないグーラなのだ。玲樹は、つくづくキールやマーキスを有難いと思いながらそれを見送っていた。
「…!!」
マーキスは、舞の隣でガバッと起き上がった。舞は驚いて、マーキスを見た。
「マーキス?どうしたの、汗びっしょり…。」
マーキスは、舞を見た。
「マイ…!やはりダッカへ戻ろう。オレは…オレはおそらく、真実を見ておった。ダッカに、三つの民族が攻め入っておるのだ。村には火が放たれ、ダンキスは…。」
マーキスは、唇を噛んだ。そして、弾かれたように立ち上がった。
「オレは行く。マイ、主は?」
舞は同じように立ち上がった。
「私も行くわ。アーク達には、手紙を残しておきましょう。ちょっと待って。」
舞は、辺りを見回して机の上にあった、クロスの上にペンで走り書きした。そして、既にグーラになって外で待っているマーキスに飛び乗って、ミクシアを飛び立ってダッカへと向かった。
「マーキス…きっと大丈夫よ。ダクルスの民族は、とても強いのでしょう?」
マーキスは頷いた。しかし、微かに震えているのが分かった。
「分かっている。しかし、相手は多勢だった。玲樹はダンキスと共に、皆を逃がすために敵に囲まれて戦っていた。そして、ダンキスが…敵に、刺された。」舞が、マーキスの背で息を飲む。マーキスは続けた。「そこで、目が覚めた。なぜにオレがダッカを離れておる時に、このようなことに。」
舞は、それが真実だとしたら、ダッカがどんなことになっているのかと、見るのが怖かった。ほんの一昨日、皆に祝われて式を挙げた場所なのに。どうして、そんなことに…。
舞も、こみ上げて来る涙をこらえることが出来なかった。
キール達が準備した間に合わせの小屋の中の一つで、ダンキスは目を閉じていた。出血は多かったが、玲樹の言った通り命に別状はなかった。外に、夜露から守れる程度に張られたシートの下、キムやリーク達が連れて来た村人の遺体が並び、すすり泣きの声が聞こえた。そこには逃げ遅れた子供やその母親の姿もあり、圭悟はいたたまれなかった。キールは、悔しげに唇を噛んだ。
「なぜに、このようなことを。」小屋の外に見える、数々の遺体に言った。「こやつらが、何をしたというのだ。人は…分からぬ。」
ダンキスが、目を開いた。シャーラが、言った。
「ああ我が君!よかった…気がついた?」
ダンキスは頷いて、シャーラに微笑みかけた。そして、キールを見た。
「キール…人には、いろいろ居るのだ。それぞれが、己が正しいと思うておる。やつらからしたら、我らの方が間違っておって、悪者と映っておるのであろうよ。こうして人の命を奪って…それで、何であろうかとオレは思うがの。そして、命を落としたのであるから、あやつらも愚かよな。」
外から、白いグーラが覗き込んだ。
『ダンキス?気が付いたか。』
キールが、驚いたようにそのグーラを見た。女声…つまりは、これがグーラのメスなのだ。キールは、今まで同じ種族のメスを見たことがなかった。ダンキスが、大儀そうに体を起こした。
「ああ…ダイアナか。主が、我らを助けてくれたのであるな。」
ダイアナと呼ばれた、そのグーラは頷いた。
『偶然であるぞ。我がこちらへ参ったのは、別の用件であったのに、このような場に行き合わせてしもうて。案じたが、無事でよかったことよ。』
ダンキスは頷いた。
「そうか…皆は共か?シスは?」
ダイアナは首を振った。
『父上は亡くなった。人のせいではないぞ?寿命であっての。我が今の女王よ。』
圭悟と玲樹はびっくりした顔をした。女王だって?グーラの?!この白い…きれいなグーラが。
「そうか…。」と、皆を見回した。「これはの、メク山脈で行き会ったことがある、その地域のグーラの王の娘、ダイアナだ。今は女王になったようであるがな。」
ダイアナは、言った。
『我らに言葉を教えたのも、ダンキスよ。おかげで人が何を話しておるのか分かって、我らの種族は生き延びることが出来た。ダイアナという名は、ダンキスがつけたのだ。我らには本来名がないからの。』と、ダイアナは顔をしかめた。『なんと、不自由であるな。人はこのように狭い場所に入れるのだから。』
圭悟が、玲樹に抱かれているチュマを見た。
「チュマに、人型にしてもらったらどうだ?」
チュマは、うとうとしていたが、目をぱっちり開いて頷いた。
「いいよー。」
ダイアナは、目に見えて驚いた顔をした。
『人型?!我が?!』
すると、後ろに居たグーラが一体寄って来た。青緑のグーラだった。
《女王。では我も共に。》
ダイアナは、振り返った。
《青緑の。しかし…うまく動けるのかどうか。》
青緑のグーラは、キールを見た。
《ご心配にはおよびませぬ。あやつらを見れば分かる。人の体など、簡単に操れるものぞ。》
キールは、その青緑のグーラに言った。
《確かに、この体は楽だ。そのように構える必要はない。》
ダイアナは、頷いた。聞いていた人には何を話しているのか分からなかったが、ダンキスには分かるようだった。
「そう、案ずるな、ダイアナ。さ、前へ。」
ダイアナは、おずおずと前に出た。そして、青緑のグーラも進み出るのを見て、チュマが手を上げた。