ダッカでの結婚式
舞とは裏腹にマーキスの方は、ダンキスの服では大き過ぎるので、ダンキスの弟のラーズの服を誂え直させてそれを着ていた。回りでは、うるさく騒ぐ弟達を、リークがたしなめていた。どうも、マーキスとキールが留守の間、リークが皆の世話をしていたらしい。マーキスは、ため息を付いた。
「人型になったのが嬉しいのは分かるが、少し落ち着け。オレの式だと言うておるのに。マイが怒ってしもうたらどうするのだ。人らしくせよ、人らしく!」
マーキスに叱られ、皆はまたしゅんとなった。
「申し訳ない、兄者。」
それを見て、圭悟は苦笑した。
「たくさん居るグーラも、個性があって面白いな。ああして見ると、同じ年なのにみんなそれぞれ全く違うんだなあ。」
すると、ダンキスが言った。
「それはそうよ。こやつらはグーラの同じ集落の卵だったからの。」訳が分からないと、目を丸くしている圭悟や玲樹に、ダンキスは言いかえた。「あー、同じ親の卵ではないのだ。群れで行動するグーラは、メスの発情期が同じでな。一斉に産卵する。その、卵を温めておった集落を、グーラを目の敵にする部族が襲ったのだ。突然のことで、グーラ達も必死に応戦した後があった。我らが駆け付けた時には、卵を守ろうとした親たちの死体が、そこらじゅうに転がって…あまりに不憫で、死したグーラ達を埋めてやり、無事だった卵は皆大切に持ち帰った。それが、10個の卵、こやつらだったのよ。」とダンキスはため息を付いた。「シャーラがそれは大変な思いをして温めておった…そんな時に、今度は瀕死のマーキスを拾って帰った。また大変だった…。まあ、何が大変だとて、生まれた後が一番大変だったがな。寝る間も無うて。マーキスが手伝ってくれねば、10体の子育てなど出来なかったわ。一気に生まれたからの。」
マーキスは、衣裳を着付けられながらダンキスを見た。
「それは、初めて聞く。そうか、あれらはそういった経緯でここに来ておったのか。」
「それ以外で、グーラが我が子の卵を手放すわけはあるまい?」ダンキスは言った。「あやつらは賢い。こやつらを見ても分かるように、他の魔物とは明らかに違う。しかし、それを恐れるあまり、嫌悪するやつも居るのだ。我らはそんな種族を、抑えることが出来るようにと思っておるがの。」
マーキスは、黙り込んだ。そんな者達の一部が、母を殺して、父を瀕死に追いやり、オレを誰の子かも知らぬで育つ環境に置いた…。
「…ほんに、人にはいろいろあるものよ。」マーキスは、言った。「しかし、オレの両親はダンキスとシャーラぞ。それでよい…他は、知れば不憫になるだけよな。」
ダンキスは、マーキスを見た。
「我らはお前の親であるつもりぞ。しかし、主を世に生み出した両親のことも、もし生きておるなら敬わねばならぬぞ。マーキス…その命があるからこそ、今、マイを迎えることも出来るのだ。分かっておるの?」
マーキスは、頷いた。額にも飾りを付けられ、まるで部族の長の式のようだった。確かに衣裳が長の物なので、そう見えるのは当然かもしれないが、マーキスの威厳は、やはり長に相応しいものなのだ。
「おお、立派なものよ。」と、ダンキスは言った。「こちらへ。女神ナディアの祭壇へ行こう。と言っても、あれらの真実を知ってしまっておる主らにとっては、複雑かもしれんが、それが決まりなのでな。」
部族の村々には、神殿はないが、祭壇が設けられてあるのが通例だった。マーキスがダンキスについて出て行くと、舞がシャーラに連れられて出て来るところだった。メグが、それを見て言った。
「まあ…きれい!」
舞は、裾の長い白いドレスに身を包んで、結い上げられた髪には、たくさんの生花が挿されて飾られていた。きれいに化粧をされた舞を見て、マーキスですら息を飲んだ。グーラと人の美的感覚は違うだろうにだ。
「何をぼーっとしておる。手を取って行くのだぞ。」
ダンキスに言われ、慌てて舞の手を取ったマーキスは、舞に小声で言った。
「マイ…とても美しい。」
舞は、少し頬を染めてやはり小声で言った。
「マーキスだって…とっても似合っているわ。」
村人達に見送られ、二人は村の端にある石の祭壇の前に立った。司祭を務める村人が手を上げて、二人に誓いの言葉を述べさせる。二人は緊張気味にそれを言い終えて、ホッと息を付いた時、目の前にシャルディークの姿が現れた。
『我の子孫の婚姻ぞ。めでたいことよ。のう、ナディア。』
すると、大気からすーっと現れたナディアが言った。
『本当に…。いついつまでも、幸せに、マーキス、マイ。』
村人達が、ざわめいた。シャルディークとナディアは、微笑み合って再び現れたのと同じように大気に溶け込むように消えて行った。
「おお、女神が。初めて見た。」
司祭も、目を丸くしている。マーキスは舞を見て、舞が微笑むと悪戯っぽく笑い、舞を抱き上げて歩き出した。
「ま、マーキス!重いんじゃないっ?」
舞がびっくりして言うと、マーキスは首を振った。
「主など軽いものよ。担いで走っておったくらいであるのに。それより、メグから聞いた。これを、お姫様抱っこというそうだの。結婚式では、軒並みやることだというので、オレもやってみたのだ。」
舞は笑った。
「確かにそうかも。夢だったのよ、こうしてウェディングドレスでお姫様抱っこ!」
舞は、マーキスに唇を寄せた。マーキスは、それを受けようとしながらも、言った。
「…確か人前は嫌だと言うておらなんだか?マイ…。」
舞は、微笑んだ。
「結婚式だから、いいの。」
二人は、たくさんの人の歓声の中、口づけ合った。
そうして、宴席の場へと移って行った。
圭悟や玲樹が入れ替わり立ち替わりマーキスに酒を注ぎに来る横で、ダンキスが涙を流して喜んでいて、キールが落ち着いて酒を飲んで見計らっては、マーキスが飲みすぎないように自分が代わりに杯を受けていたりした。リークはそんな場に初めて入ってはしゃぐ弟達の面倒を見、皆楽しく宴を過ごしていた。そのうちに日は暮れて、それぞれの割り当てられた客用の家に入って行く中、マーキスと舞は、ダンキスとシャーラに連れられて、自分達の家に案内された。
「ここが、これからあなた達の家よ。」シャーラが、嬉しそうに言った。「村人達も、巫女が嫁いで来てくれたととても喜んでくれたわ。しばらくは旅ばかりで使わないだろうけど、掃除はさせておくから。いつでも帰って来てね。」
舞は、頷いた。
「本当にありがとうございます、シャーラ、ダンキス。」
マーキスも言った。
「このように大きな式になろうとは思わなかった。すまぬの、ダンキス、シャーラ。」
ダンキスは首を振った。
「息子のことぞ。これぐらいはの。オレも、ナディアとシャルディークをこの目で見られて、嬉しいことよ。」とシャーラを見た。「では、我らはこれで。何か問題があったら言うが良い。」
ダンキスは、シャーラと共にそこから見えている自分達の家に向かって行った。マーキスと舞は、それを見送ってから、その木の家に入って行った。
中は、木の香りがして、新しく設え直してくれたことが分かった。テーブルの上にもベッドの上にも、たくさんの花が飾られてあって、どこかのリゾート地に新婚旅行に来たみたいだと舞は思った。
「見て、すごいわ、綺麗…、」
舞が言って指差すと、マーキスは突然に舞を抱き上げて、ベッドの上に飛んだ。舞はびっくりした…いつものマーキスと違う。
「マーキス…?どうしたの、花が下敷きになってるわ。」
花が飾られたままだったので、二人で花に溺れているようだった。マーキスは、思い詰めたように言った。
「…アークに、いろいろ教わった。ダンキスも、オレを案じて何度も聞いて来るゆえ、いくらか教わった。だがしかし、オレはグーラであってもこういうことはしたことがなかったし、先に言うが人として完璧に出来るかと言われると自信はない。」と、じっと舞を見つめた。「マイ、だがの、回数を重ねたらコツは掴めると皆申す。なので始めは我慢してくれぬか。」
舞は、唖然とした。我慢も何も、私だって何も知らないから、分からないんだけど。
「あの…マーキス。私も全く初めてなの…。だから、何が我慢とか分からない。私達は、私達なんだから。他の人と同じでなくても、いいと思うわ。だから、あまり構えないで…いつもみたいに、抱き合ってるだけでもいいぐらいよ。」
マーキスは、首を振った。
「やっと、結婚出来るのに。」マーキスは、舞に唇を寄せた。「マイ…愛している。これからはずっと共よ。」
「マーキス…愛してるわ。」
舞は、緊張気味に目を閉じた。
そうして、二人はこのディンダシェリアという世界で、結婚したのだった。