故郷
次の日、リーディスとリシマを街へと送って行くと言うシュレーを残し、マーキスとキールは、舞、メグ、ナディア、玲樹、圭悟、アークを分乗させてダッカへと飛び立った。シオメルからダッカまで、グーラなら一時間ほどで着いてしまう。見慣れた地上の形だと思っていたら、マーキスが言った。
『…これほどに離れておったのは初めてであるの。ダッカ、我らの里ぞ。』
キールも、懐かしげにそれを見ている。村人達が、総出で出迎えてくれた。村人どころか、グーラ達も出て来て出迎えていた。
『兄者!』
『兄者、キール!』
口々に、叫びながら寄って来る、その数9体。さまざまな色のグーラ達が、わらわらと二体を囲み、圭悟と玲樹、それにアークとナディア、メグは慌てて二体から離れた。舞は出て行く機を逸してしまい、どうしようかとマーキスの背でチュマを抱いて困っていた。
『兄者!なかなかに戻って来ぬし、我ら待ちくたびれておった。』
『キールばかり連れて参って。確かにキールは兄者の次に大きいが、オレだって役に立つのに。』
『兄者、オレは高速で飛ぶことが出来るようになって…』
『こら割り込むなキム!』
『お前が割り込んでおろうが、カール!』
『押すなというのに!』
『リーク、メイカを何とかしてくれ!』
『こら、足を踏んでおる、足を!』
『静かにせよ!!』野太いマーキスの声が言った。途端に、グーラ達はシンと静まり返った。『話は後で聞くゆえ。此度はオレの妻を連れ帰ったのであるぞ。少しは遠慮せぬか。』
皆しゅんとして左右に道を開けた。マーキスはフッと息を付いて、姿を人型にした。同じように人型になったキールと共に、マーキスは舞の肩を抱いて、チュマを腕に抱き、向こう側で待つダンキスとシャーラのほうへと歩いて行った。
ダンキスが、短い杖を片手に言った。
「よう帰ったな、マーキス。で、もう子が居るのか。順序を間違っておるのではないのか。」
マーキスは眉を寄せた。
「そんなはずはあるまいが。これはチュマぞ。あのチビが、こうして人型を取っておるのだ。」と、舞を見て、微笑んだ。「オレの妻になる、マイ。旅が終わったら、ここで一緒に住んでくれると申す。なので、主らの許しをもらわねばと思うての。」
シャーラが、ダンキスと共に微笑み合った。
「もちろんいいわ。ダンキスと、空き家に急遽手を入れさせて、あなた達の家にしたのよ。」
舞は、シャーラの腹を見た。少し、膨れている。
「シャーラさん、もしかして…。」
シャーラは、腹をさすって微笑んだ。
「ふふ。この歳になって、やっと授かったの。ダンキスがこうしてゆっくり帰って来るようになることを、知っていたかのようにね。今までは、本当にここに居なかったもの…王都ばっかりで。」と、ダンキスに寄り添った。「今、やっと幸せって感じ。お兄ちゃん達もたくさん居るしね。」
と、おとなしくなっているグーラ達を見た。マーキスは回りを見回した。
「ほんになあ、術で話せるようになって、まさかシャーラやダンキスにもこのようなことをしておるのではないだろうの。」
皆はギクとした顔をした。シャーラが言った。
「大変だったのよ、ダンキスが帰って来た時なんて、ダンキスとリークはこの子達にもみくちゃにされてて。皆が皆話すもんだから、一気に騒がしくなってね。普段はリークも人型で居ることが多いの。場所を取らないからって。」
すると、一体の茶色いグーラが言った。
『不公平ぞ。我らだって、普段人型で小さくて、必要な時だけ元に戻れたほうが良いのに。どうして、兄者はわかるが、キールと、リークだけ人型になれる?オレだってなりたい。』
マーキスが言った。
「キム、これはオレの力ではない。どうもグーラの魔力を使えば人型に変化は可能のようなのだがな…我が父がそうであったから。一度誰かに促してもらえば、後は簡単ぞ…チビ、してやってもらえぬか?」
チュマは、頷いた。
「うん。簡単だよ~。」と、手をぱーにして翳した。「はい。人型になるーって思って。」
8体のグーラ達は一斉に目を瞑った。きっと、必死に念じているんだろうな、と舞は固唾を飲んで見守った。
すると、明るい光が走ったその後に、どう見ても高校生ぐらいの男の子が8人、立っていた。チュマが、ホッと息を付いた。
「たくさん居ると疲れたのー。」
チュマは言う。しかし、ダンキスがどうして最初にマーキスとキールとリークを選んだのかは、その人型を見てわかった。マーキスは20歳なのだが、人型はどう見ても20代後半から30歳ぐらいにしか見えず、他のグーラ達と同い年の17歳のキールとリークは20代半ばぐらいにしか見えない外見なのにも関わらず、あとの8人はどう見ても高校生なのだ。つまり、年相応だ。この人型は、精神年齢に準じているのが、舞にも他の仲間達にも分かった。
マーキスが言った。
「その格好になったからには、人のことを学び、人のように振舞わねばならぬ。中途半端なことをしておってはならぬぞ。わかったの。」
8人はお互いを見てはしゃいでいたが、慌てて神妙な顔をして、頭を垂れた。
「はい、兄者。」
そしてまた、マーキスが歩き出すと後ろでじゃれ合っていた。舞はそれをそっと振り返って、あれはあれで年相応でかわいいのかもしれない、と思って見た。
マーキスは、後ろに構わず横を歩くキールを見て言った。
「ダンキス、キールは大変にようやってくれた。此度のあの、悪い気の繭は、こやつが身を捨てて掴んで遠くへ運んだゆえ、街中で大きな被害を出すこともなく済んだ。」
ダンキスは、誇らしげにキールを見た。
「ああ、聞いておるぞ。ようやったの、キール。グーラがどれほどに優秀かと、ここの所の主らの活躍で世の中ではちょっとした話題になっておるのだぞ。我らがグーラを保護しようとしておることに否定的だった部族も、なので何も言えなくなっておるわ。主らのお蔭よ、マーキス、キール、リーク。」
ダンキスは、まだ足を引きずっていたが、痛みはないようだった。後ろからついて来ていた、圭悟達を振り返って、ダンキスは言った。
「ようがんばったようだの。リーマサンデのことは聞いたぞ。今日は、我が息子のマーキスとマイの結婚式であるから、主らもゆっくりして行ってくれ。二人を村の女神の祭壇の前へ連れて参って、そこで誓うだけのことだがの。」と、シャーラを見た。「ではシャーラ。マイの準備を。」
シャーラは頷いた。
「さあ、マイ。こちらへ。」
舞は、気になっていたことを口にした。
「あの…ここに預けて行っていた、りっちゃん達はどうしたでしょう?旅立ちましたか?」
シャーラは、ダンキスを見た。ダンキスは、ため息をついた舞を見た。
「マイの友のリツコであるな。あれは、マイと同じ異世界から来ておったろう。傷が治った頃、あの男と共に、急に光り輝いたかと思うと、すーっと消えて行った。あれは、あちらへ帰るということではないか?」
舞は、驚いた…律子達は、あっちへ帰ったのか。ということは、旅の途中でもこうしていきなり帰ってしまうことがあるってこと…。舞は、今自分があちらへ戻ってしまったら、どうやってこっちへ来たらいいんだろうと不安になった。マーキスと離れたまま、何年もそんなことになったら…。
「マイ?」
余程不安な顔をしていたのか、マーキスが心配そうに舞の顔を覗き込む。舞は、慌てて笑顔を作った。
「ごめんなさい、マーキス。そう、私達にもどうしようもないの。いきなり帰ったり来たり。りっちゃんも、きっと皆にお礼も言えないままで、心残りだったでしょうに。また、こちらへ来たら訪ねて来ると思います。」
ダンキスは頷いた。
「知っておるよ。気にしておらぬ。主らは
皆、そう言った感じであるからな。さ、シャーラと式の準備をして参るが良い。皆、待っておるぞ。」
舞は、頷いてシャーラについて歩いて行った。マーキスは、それを少し名残惜しげに見送っていた。
シャーラについて、その家に入って行くと、そこには美しい白い布地で作られた、丈の長いドレスが掛かっていた。舞が絶句していると、シャーラは言った。
「これはね、私がダンキスと結婚した時に着た物なのよ。」シャーラは、懐かしそうにその生地を撫でた。「いつか、私達の子供が結婚する時、これを着せようって言って、ずっと置いていたのに、ここまで子供が出来なかったでしょう?この子は、男だし。」と、お腹を擦った。「だから、私達の最初の息子のマーキスの花嫁には、これを来てもらいたいの。マイは、私と同じ体型だから、着れるはずよ?さ、着てみて。」
舞は、喜んでそれに腕を通した。誂えたようにぴったりと体に馴染む。そうして、たくさんの花が運ばれて来て、髪を結われてそこへ挿されて行くのを見つめながら、本当に結婚するんだという実感が、ひしひしと湧いて来た。