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心の準備

日も暮れかかった頃、シオメルに到着した。キールの上から離れてその繭を見たリーディスは、険しい顔をしてひとつ、頷いた。

「…もう良い。詳しい話をしようぞ。皆の居る所へ。」

アークは頷いて、キールに言った。

「じゃああの農場へ戻ってくれ、キール。」

キールは、何も言わずに頭をそちらへ向け、飛んで行った。

農場では、心配した皆が窓から空を見上げて待っていた。すぐに戻るとだけ言い置いて出たので、なかなか戻らぬのに心配していたのだ。

ラキは、リーディスが来ると聞いて街の宿屋の方に行ってしまっていた。シュレーが説得しようとしたが、無駄だった…ラキははなから聞く耳は持たず、さっさと出て行ってしまったからだ。しかし、まさかアークがリーディスを連れに行っていたとは知らなかったので、キールからリーディスまで降りて来た時は驚いた。

「ああ、メグ!」

舞が叫んで駆け出して、メグに抱き付いた。

「舞…!良かった、無事で!一緒に行けば良かったって、何度も思った…。」

舞は首を振った。

「もう、歩いたり走ったりばっかり。来ない方が良かったわ。でも、これからは一緒に来てくれるの?」

メグは頷いた。

「ええ。もう大丈夫。一緒に頑張ろうね。」

レムとマイユが、緊張気味に歩み出た。

「陛下…まさか、このような場所に、陛下をお迎えするとは、私達は…、」

リーディスは手を振った。

「構い無い。我のことは、王と思わずとも良い。」と、身軽そうに出て来たリシマを見て、眉を寄せた。「なんぞ、リシマ。主はまた、すっかり寛ぎおってからに。」

リシマは、同じように眉を寄せた。

「主こその、リーディス。しかし、長く迷惑を掛けてしもうたようよ。我の民を、救うのに手を貸しておらわねばならぬ。」

リーディスは頷いた。

「シアの港に、たくさんの少数民族の者達が到着しておる。アークから聞いておったゆえ、すぐに対応はさせておるがな。大変なことよの、リシマ。」

アークは、それは初耳だったので、リーディスを見た。

「では、ランツやメクルは、すぐに対応をしてこちらへ参っておるのですな?」

リーディスは頷いた。

「ああ。あちらに居る70の少数民族のうち、確認出来ておるのは52。他はわからぬ…恐らく、山岳地帯に住む者達で、まだ連絡が届いておらぬのやもの。リーマサンデも広いゆえ。とにかく、中へ。報告は受けておるし、ここへ来るまでアークにだいたいのことは聞いた。それに、繭も見た。これからのことを話さねばならぬ。」と、歩いて行きながら、シュレーを見た。「…シュレーか。」

シュレーは、人型になっていたのを思い出して、リーディスに頭を下げた。

「は。今はとりあえず、あちらで正体がばれぬようにと、術でこのように。」

リーディスは、頷いた。

「…そうか。」

リーディスは、それ以上は言わなかった。シュレーがなぜ軍を出ていたのかも、アディアがどうなったのかも知っていたからだ。皆は黙って、ただただ恐縮しているレムとマイユの案内に従って、居間へと入って行った。


マイユから出された茶を飲みながら、リーディスは言った。

「なんと身軽で心地良いことか。我もこの方が、考えるにも頭が働くというものよ。うるさい臣下達や兵は、我には不必要よな。そう思わぬか、リシマ。」

リシマは頷いた。

「我もそう思う。だが、今はデューに捕えられた臣下達を思うと不憫でならぬのだ。騒がしかったのが、逆に懐かしく思うようになった。」

リーディスは、リシマを見た。

「リシマ…。」

リシマは、苦笑した。

「とにかく、リーマサンデは今大変なことになっておる。長くデルタミクシアに封じられていたデクスと申すかつては人であった悪魔が、人に憑りついてこのようなことになっておるのだと聞く。まずはその封を完全なものとし、そことの繋がりを絶ち、そして我が王城を占拠しておるデクスに憑かれたデューを滅し、後にまたデルタミクシアの本体を滅するという、大変なことをせねばならぬらしい。」

リーディスは頷いた。

「なんでも、負の感情に憑りつくそうであるな。人間、誰しも持っておるものであるのに…難しいことよ。」と、皆を見回した。「…それで、それを確実に仕留められるのはシャルディークを憑依させられるアークとマーキスだけであるそうだの。主ら、心の準備はどうか?」

アークが、身を乗り出した。

「それにつきましては、陛下、少しお時間を頂いて、ミクシアへ行きたいのでございます。」

リーディスは驚いた顔をした。

「ミクシアへ?あのような場所で、何を?」

リーディスには、細かいことは報告しては居なかった。アークは、リーディスに言った。

「…実は、オレの母が、ミクシアのサラマンテであるのことがわかり申した。なので、長い間疑問に思っていたこと、母に聞いて納得してから向かいたいと思っております。」

リーディスとナディアが、明らかに驚いた顔をした。

「だから…アークは神殿のサインが見えたのですね。」

ナディアが言った。アークは頷いた。

「そう。そして、オレの姉の子が、マーキス。」と、マーキスを見た。「歳の離れた姉が、死ぬ前に遺したのがマーキスだった。我らは、血が近いのです。」

リーディスは、マーキスとアークをまじまじと見た。そして、頷いた。

「そうか…他人のそら似かと思うておったが、違ったの。なので主ら二人がシャルディークをその身に降ろすことが出来るのだな。しかし…グーラでありながら巫女の血を引くとは。なんと稀有な存在であるのか、マーキス。」

マーキスは、目を伏せた。自分も、そんなことは考えたことの無かった。親を恋しいと思ったこともなかった…親がいないのが当たり前と育ち、ダンキスに拾われてからは、ダンキスとシャーラが両親だったから…。

リーディスは言った。

「わかった。ならばデルタミクシアに向かうのは、二週間後と定めよう。それまでは、主らも心の準備をするが良い。我も、メル高原にリーマサンデから逃れて来た者達を住まわせる仮の村を作らせようと、今軍を移動させておる。何しろ今は、シアの郊外に仮に住まわせておるだけで、満員状態での。作った仮の村に、ミクシアの巫女やナディアに、命の気を遮断する膜を張ってもらわねばと思うておった所。準備に時間が掛かるゆえ、それぐらいあった方が我も助かる。」

リシマは、リーディスを見た。

「我も手伝おうぞ。」

リーディスは笑った。

「何を言うておる。主がするのよ。我が手伝うのだ。」と、背伸びをした。「では、我も今夜はここで。良い所よの、気取った所が無いのが良い。リシマ、久しぶりに主と同じ部屋で休むかの。」

レムとマイユが仰天している。

「へ、陛下、うちは本当に、粗末なものしかありませんで…」

リーディスは笑った。

「何を申す。」と、くんくんと鼻を動かした。「ルクルクの匂いがするの。」

マイユが顔を上げずに言った。

「あの…ローストルクルクでございます。今夜の料理に、皆に出そうかと思っていたのですが、陛下のお口に合うかどうか…。」

リーディスは目を輝かせた。

「おお、好物ぞ。」

リシマが頷いた。

「ここの料理は皆うまいぞ、リーディス。我はここへ着いてから毎食ここで食しておるが、全てが上手いのだ。チーズもミルクも、それはうまい。主も楽しみにして居るが良いわ。」

ドンドンとハードルが上がる感じに、マイユはただただ縮こまっていたが、舞が立ち上がってマイユにそっと言った。

「いきなりこんなに押し掛けてごめんなさい、マイユさん。でも、マイユさんの料理は本当に美味しいですよ?ここのチーズもみんなマイユさんとレムさんが作ってるんでしょう。自信を持ってください。」

マイユは、小さく頷くと、舞と共に、たくさんの料理を運びこんで、その日の夕食は始まったのだった。


結局「うまい!」を連発して食事の作法はどこへやら、あれほど王城では背筋を伸ばして美しくナイフとフォークを運んでいたリーディスが、ここではナイフをほっぽり出してフォークのみで好きなものを好きなだけ食べ、地酒を飲み、楽しそうに食事をしていた。王城での食事は、何か緊張感漂うものがあったが、やはりリーディスも人なのだなと、その姿を見ていて舞は思った。リシマとは仲の良い友達であるのは確かのようで、ずっと二人で、手作りのチーズ、手作りの生ハム、手作りの地酒を手に話し込んでいた。

そんな兄の姿を見て、ナディアが言った。

「お兄様は、リシマ様と、小さな頃からあっちこっちへ出掛けては遊んで居られたのですわ。」ナディアは、ふふと笑った。「お互いに、お互いの国へ留学と言って行き来もしておられたし。両方が王座に就いたので、長く離れておられてなかなか交流も出来ておられなかったけれど、久しぶりに、こんな形とは言えお会いになって、嬉しいのではないかしら。それは心配しておられたから…リシマは悪いヤツではないからとおっしゃって。」

舞は、二人の背を見た。王という柵を背負って、普段はなかなか話すこともままならないなんて。

メグが、横から言った。

「リーディス様は、公式の時はそれは堅いお顔をなさるけど、普段はあんな感じでいらっしゃるわよ?ずっと王城に居て、ナディアと一緒に居たから、私は知っているけど。」

舞は、フフと笑った。

「あの方がなんだか人間らしいわね。」

舞が笑うのに、目を合わせたマーキスが微笑み返した。二人の様子を見て、メグは言った。

「舞、なんだかあなた達…」と言い掛けて、左手を見た。「あら?舞、あなた結婚したの?!」

ナディアも、驚いたように二人を見る。舞は首を振った。

「ううん、まだ。これは、約束をしたから…。」

「明日、ダッカへ参る。」マーキスは、舞の肩を抱いて引き寄せた。「ダンキスとシャーラに報告せねばならぬし。我ら、明日ダッカで結婚するのよ。」

「ええ?!」

こちらの話に入っていなかった圭悟と玲樹も、シュレーも振り返った。マーキスの方が驚いたように皆を見返した。

「なぜにそんなに驚いておる。元より結婚すると、言っておったではないか。マイが、良いと言うてくれたのだ。」

舞は、皆があまりに注目するので恥ずかしくなって下を向いた。どうせ皆に言わなければならないが、こんなに注目されたら恥ずかしくて仕方がない。ナディアが、舞に小声で言った。

「マイ、結婚すると何をするか知っておりますか?我は知らなくて、サラ様に教わったのです。知っておかないと、きっとびっくりするのですが…」

舞は苦笑した。

「大丈夫よ、ナディア。私も教わって、知っているから。」

ナディアは、少し驚いた顔をしたが、頷いた。

「まあ、よかった。突然に知ったら、ショックですものね。」と、微笑んだ。「でも、嬉しいこと。マーキスはアークの甥なのでしょう。ならば、舞は我の姪になるのですわ。この上はメグがお兄様の妃になってくれれば、我ら姉妹ですのに。」

メグは真っ赤になった。

「え…無理!時々王族なのは耐えられるかもしれないけど、私は庶民なの!リーディス様だって、もっと綺麗なお姫様がいいと思っていらっしゃるわ、絶対。」

ナディアは、ちらとリーディスを見た。

「そうかしら…案外とお兄様って、変わったものがお好きなのよね。」

「変わってものって…。」

メグは、苦笑した。舞は笑った。

「ふふふ、メグが王妃様になったら、お城に入りたい放題よね。一度トライしてみたら?」

メグはぶんぶんと首を振った。

「もう、いい加減にして!」と、話題を変えた。「それより、私も行っていい?ダッカに。結婚式するんでしょう。私も祝福したいわ。向こうはもう知ってるの?」

それには、マーキスが答えた。

「今日の昼過ぎに知らせをやっておる。びっくりしておったが、待っていると言っていた。大層なことはせぬと思うぞ?人は結婚の時、どんな儀式をするのか知らぬがな。」

ナディアがアークを見た。

「我は…アークとミクシアに行くので。式には出れぬわね。」

アークが、ナディアに微笑み掛けた。

「行きたいのであろう?我らの式も、落ち着いたら挙げねばならぬし、その時には参列してもらいたいしの。ダッカへ寄ってからミクシアへ参ろう。」

圭悟達もわらわらと寄って来た。

「オレ達も行くよ。そうか、しかし明日とは急だなあ。」

「キールに乗せてもらって行こう。結婚祝い買えないじゃねぇか、急すぎて。」

玲樹がぶつぶつと言っている。

そんな中、シュレーは何も言わずにそっとその場を後にしたのだった。

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